王妃殿下付き侍女(予)の一日   作:ほしな まつり

7 / 9
王妃殿下付き侍女(予)の一日・7

続いて「陛下っ」という叱責に近い声……でもその成分は怒りではなくてひたすらの羞恥。

思わず顔を向けてしまったのは私とはっしーさんだけじゃなくて、向こうにいる近衛のお二人もじゃれあっていた動きをピタリと止めて何事かと騎士面(マスク)ごしに怪訝な視線を送っている。

ぷるぷると震えているお嬢様のお顔はこちらからは見えないけど……あやや、首筋はもちろん耳たぶまで真っ赤じゃないですか。

ああぁ、多分、あれかな、後ろから陛下にお耳をハムッ、とされちゃったのかな、それともカプッ、かな?

ごめんなさいお嬢様、それって前からも横からも後ろからも通用する技なので……最悪、どんな体勢からでも顔を近づけられれば攻撃できるから致命傷には至らないけど対象を怯ませるのに有効、って父から教わった捨て身の一撃的なやつで、もちろん父は「食い千切るつもりでやるんだっ」て言ってたからこんな使い方は想定してなかっただろうな。

陛下の対象者であるお嬢様は背後から抱きしめられて自由を奪われ、耳を攻撃されて抵抗意識をなくし……ある意味正しいのかもしれない。

ただ逆に陛下の方はなんか盛り上がっちゃったみたいでそのままツーッと撫でるように唇を移動させて美味しそうに色づいてしまった首筋にちぅっ、と小さな音を添えてそれを押し付けた。

 

「ひぁっ」

「あ…他の奴には聞かせられないな」

 

一瞬にして冷静さを取り戻した声に何やら仄暗い剣呑さを帯びた視線が素早く私以外の男性を貫く。

この場で流石の反応速度を見せたのはただ一人……腰に東洋の剣を佩いでいる、さっきから少年騎士とじゃれていたクラインさんだ……けど……この人も優しい人なんだなぁ、両手でご自分の両耳を塞げばいいのに片方を少年騎士の耳にあててあげてるから……ぶっちゃけ聞こえてましたよね。

二人共片耳分だけ聞いてはいけないお嬢様のちょっと色を帯びたお声を拾ってしまったわけで……「やべぇ」とちいさく口が動いてる青年騎士と、お嬢様と同じくらい真っ赤になってる少年騎士。

一方、私の隣ではしっかり両耳ぱっぱかで聞いてしまったはっしーさん。

同性の私だってお嬢様のあんなお声、むずもぞっ、としたもんね、他の男性に聞かせたくないのは十分理解出来ますけど、陛下、自業自得なのでは……。お嬢様の方は陛下の所行に色々我慢の限界だったようで、陛下の意識が周りに逸れた隙を突いてその腕から抜け出したかと思うと反転、腰を落としてチャキッ、とランベントライトの柄に手を掛けています。

 

「待て、アスナ。落ち着けって」

 

落ち着けなくさせた張本人が何を……。

お嬢様、いつでも剣を抜ける体勢のまま陛下を上目遣いで睨み付けてるけど本気の殺気じゃないから、私も慌てず騒がずで事態を見守っていると子供が癇癪を起こしたように「うーっ」と唸り、陛下に向けて剣先ではなく声を叩きつけた。

 

「だからさっきから今は騎士なんだからダメって言ってるのにっ……言ってるのにっ、キリトくん、全然聞いてくれないしっ」

「それはゴメンって。けどアスナのダメってよけい煽られるって言うか……」

「キリトくんのバカッ」

 

国王陛下をバカ呼ばわり……うちのお嬢様が可愛い格好良すぎる問題も含めてどなたか何とかして下さい。

騎士面(マスク)の下は真っ赤だし、声も潤んじゃってるし、陛下のこと「キリトくん」呼びするほど動揺しまくってるお嬢様……と言うか陛下をそんな風にお呼びするんですね、初めて聞きました。

まぁ、お嬢様がプチ切れた衝撃で男性陣の赤みは完全に引いて、少年騎士は顎が外れたのかな?、ぱっかーんっ、と口を開けたまま固まってるし、その後ろのクラインさんは心底うんざりしたお顔で事態の収拾を完全に放棄している。

はっしーさんに至っては目を瞑って天を仰いじゃって、もう自発的にご自分の存在消そうとしてませんか!?

お嬢様に怒られてガリガリと頭を掻いた陛下は「あー…」とか「うーん」とか、弱り切ったお声を出しているけどちっとも解決策は浮かばないみたいだ。

痺れを切らしたお嬢様が「任務に戻りますっ」と投げ捨てるように宣言し、私を見て頷く。

では、お嬢様がお呼びですからこれで失礼します、とはっしーさんに黙礼すれば表情で縋ってくるのがわかったけど、いえいえ私じゃどうにもできないですよ。お嬢様に怒られてこの後陛下が使い物にならなくなりそうだなぁ、とは思いますけど、雪熊の干し肉、今度持って来ますね。

私がお側に付くやいなや「失礼いたしますっ」と言ってぷいっ、と陛下に背を向けた拍子にランベントライトがチンッと引き留めるように音を立てる。

あれ?、なんで鳴るの?、と不思議に思って見れば未だにお嬢様の片手は剣の柄を握っていて、それに気付いた瞬間、考える間もなく「お嬢様」と声をかけていた。

侍女に呼ばれたくらいで足を止めてくださる公爵令嬢の後ろ姿にはっしーさんがちょっと驚いたのがわかる。

きっとお城勤めで沢山のご令嬢をご覧になっているからだろう。でもうちのお嬢様と私達公爵家の侍女達の間では嬉しい事に当たり前なんです。

へへっ、存分に驚いていいですよ。

もう一度「お嬢様」とお呼びしてから、振り返ってくださるのを待って大きな笑顔で迎えた。

 

「今晩のお食事のデザートは苺のシャーベットにしましょう」

 

料理長、旬でなくても出せるように常に冷凍苺をストックしてますから。

 

「それに入浴後はとっておきの香油を使いますね」

 

公爵家でもなかなか入手できないけどお嬢様のお気に入りのヤツ、お風呂上がりのケアも皆で丁寧に念入りに磨きますとも。

 

「あとお休み前の飲み物ですが、今晩はホットミルクへ特別にハニーシロップを数滴……本当に特別ですよ」

 

アレ、奥様の好物なので勝手に減ってるのがバレると氷点下の視線で睨まれるんです。

 

「ですから……大丈夫です。いつもお伝えしている通り、公爵家の使用人達は全員お嬢様の味方です」

 

近衛の騎士装の時はアクセサリー付けられないからなんですね、不安な時は陛下からの……ランベントライト。

私の言葉に最初は意味が分からず戸惑われていた様子のお嬢様が今は唇を震わせている。

それから絞り出すようにか細い声がこの場に力なく漂った。

 

「……最後まで…最後の一日まで、ちゃんと近衛騎士でいたいの。でないと次に進めないから……」

 

そっか。既に王妃としての知識や品格がおありになるからって心まで出来上がってるわけじゃないんだ。お嬢様は王妃になりたかったんじゃなくて陛下のお嫁さんになりたかったんだし、貴族から王族になるのだって覚悟も必要だろう。今まで守る対象だった王族に今度はご自分がなられるわけだし、更に大きな物を守らなくちゃいけないお立場になる。

 

「はい、お嬢様は立派な近衛騎士です。近衛騎士になる為にどれ程努力されたか私は知ってますから。ですから次のお役目も私が全力でお助けします。お嬢様は大丈夫です」

 

この国王夫妻なら皆が力を貸してくれるはずだから。

それでも完全には不安の消えないお嬢様に同僚の青年騎士が「じゃあコレは俺が引き取ってやるよ」と言って同じ騎士装の少年の頭をトントンと人差し指で突く。

 

「おい、オレの警護はどうするんだ」

 

陛下の少し焦った声。

城内とは言え丸腰の陛下と従者では流石に心許ない。その従者は体力とか筋力とかは色々残念なはっしーさんだし。

ごもっともな陛下の問いに、察しろよと言いたげなクラインさんが「だーかーらー」とバンダナ巻いてツンツンしてる髪をぐしゃり、と掴んだ。

 

「うちの近衛騎士団実力ナンバーツーと交代するならいいだろ?」

 

「え?」という驚きはお嬢様か陛下か。

 

「城内の案内、俺が代わりに新人坊やを連れてってやるっつてんだよ。そこの侍女さんは陛下やアスナと一緒に国王夫妻の部屋の位置を教えてもらえ。その場所は絶対覚えなきゃなんねえ所だろうしな。ついでにアスナはその部屋で少し陛下と話をしてこい」

 

ぱっ、と後方にいるはっしーさんに向け「そんくらいの時間、なんとかなるよな?」と挑戦状を叩きつけるみたいに言えば、珍しくはっしーさんが自信満々の笑顔で「はい」と頷いた。

 

「俺も陛下の従者になった時からアスナ様の味方ですからね」

「言うまでもないけど、近衛騎士団だってそうだからな」

 

当たり前のように付け足した言葉が照れくさかったみたいで「おらっ、いくぞ」と新人騎士の首根っこを掴むなり私達が向かうはずだった方向へ引っ張って行くその姿にお嬢様が「ふっ」と吹き出して「ありがとう」と笑顔になる。

ただ引っ張られている少年だけが状況をわかってないにも関わらず「僕もっ、僕もアスナ様の味方ですっ」と脳天気に叫んでいるのはどうしたもんかなぁ。




お読みいただき、有り難うございました。
唯一の(!?)シリアスっぽい回
(キリト陛下が調子に乗りすぎた回、とも言う)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。