王妃殿下付き侍女(予)の一日   作:ほしな まつり

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王妃殿下付き侍女(予)の一日・8

それからお嬢様は無機質さを纏う近衛騎士に戻って無言で陛下の背後に付き従い、はっしーさんや私と共に陛下の私室へ。

ほおおっ、ここが国王陛下の私室ですか。で、あの扉の向こうが寝室で更に王妃様の部屋に通じてるんですね。

私は陛下の部屋を出入りする事はあまりなさそうだけど廊下から見て王妃様の部屋の扉の前後にあるのが何の部屋なのかは把握しておかなきゃ、だから助かります。

目がくらむほど豪華っ、な造りじゃないけど使い込まれている質の良い調度品が部屋全体を温めているようで落ち着くなぁ。

陛下はどこもかしこも分厚いカウチソファに腰を降ろすと空いているご自分の隣を気まずそうに指で示した。

部屋に入って少し気が緩んだようで、同じように、もじっ、と踏ん切りが付かないご様子のお嬢様の後ろで私は陛下にも聞こえるよう「御髪が乱れてしまいましたね」と前置きをしてから、はっしーさんに「こちらで整えさせていただいてもよろしいでしょうか?」と尋ねる。

はっしーさんが声を出す前に髪を乱した張本人から「構わない」と謝罪みたいな声で許可が下りた。

そうですよね、このメンバーでこの状況、二回目ですもんね……でも今回は私、怒ってるわけでも呆れてるわけでもないですよ。

 

「お嬢様、一旦騎士面(マスク)、外させていただきます」

 

驚く気配と同時に振り返ってしまう前に素早くパチッ、と金具を外し、そのまま結い上げていた髪も解く。

サラリ、と流れ落ちるシルクのように繊細な栗色の髪、騎士面に隠されていた綺麗なはしばみ色の瞳、それを目にした途端陛下は弾かれたように立ち上がってお嬢様に向け手を伸ばされた。

と言っても触れようとしたわけじゃない。

お嬢様をエスコートする為にその手を差し出したのだ。

まるで求婚するみたいに乞い求める真っ黒な瞳を見たお嬢様は困惑や怯え、迷い、不安といった負の色を残したまま、それでもそっ、と陛下の手にご自分のそれを重ねた。陛下は紳士が令嬢に接するそれでお嬢様を敬いカウチへと誘い、手を捕まえたままご自身はその足元に片膝を突く。

いくら「スポンジケーキかな?」って思う程分厚く踏み応えのある絨毯の上とは言え国王が膝を突いてる姿なんて絶対見ちゃいけない場面だから私は自慢の瞬発力で「ブラシ、取ってきますっ」と言ってはっしーさんの腕を掴み「案内お願いしますっ」と力いっぱい引っ張った。

背後で「陛下っ!?」とお嬢様の驚く声がしたけど、陛下が「私的な場所で陛下呼びは禁止だろ、アスナ」って優しい声が続いてたからこのまま婚約者としてご成婚を前に二人だけで色々な話をしていただけるだろう。

お嬢様にも不安な時は陛下からのアクセや剣じゃなくて、陛下ご自身を頼ってもいいんだとお気づきになって欲しい。

ちょっと重い扉を片手で開けて、今回だけは無言で部屋を辞する。

侍女長に見つかったら絶対零度の氷矢の視線が刺さりそうだけど、今は部屋からの緊急退避の方が優先順位上だったから……怒られる時は一緒に怒られてください、はっしーさん。

私達の声も扉を閉める音さえもお二人の邪魔をしたくなかったんですよ、と廊下に出てから二人揃って「ふはぁっ」と息をつく。

今出てきたばかりの扉をチラッと見てはっしーさんが不甲斐ない、と自らに落胆した顔で苦笑にも似た笑みを零した。

 

「いつだってご自身の剣のように鋭く真っ直ぐに近衛騎士を務めていらしたから、アスナ様は強い方なんだと思い込んでましたけど、よく考えたらまだ十代後半のお嬢さんなんですよね」

「私に言わせれば、とびきり素敵なお嬢様です」

「はい、おっしゃるとおりです」

 

心からの賛同に私も思わずにこり、と微笑んだ。

 

「それではお嬢様が使われているお部屋までの道案内、お願いします。今回は……まあ前回みたいに急ぐ必要は……あ、でも陛下のご政務、大丈夫なんですか?」

 

髪を整える為のブラシを取ってこなくちゃいけないんだけど……それに多分化粧道具も……お嬢様はクラインさんにお役目を代わっていただいたから時間の問題はないとしても陛下は違うよね?、とはっしーさんを見たら、はっしーさんはほろ苦い声で「早急に調整しますよ」って、へにょーんと眉毛をハの字にして笑った。

 

「……って、え?、それより道案内って口実じゃなかったんですか?、俺、とりあえず陛下の執務室に行きたいんですけど…」

「へ?、ちょっ、ちょっと待って下さい。私、ここからお嬢様のお部屋までの行き方わかりませんよ」

 

さっきは騎士団員室に行ってから城内をウロウロしてる途中で陛下と遭遇して、その後こちらの私室まで来たけど同じ道を引き返してたら絶対遠回りだよね?。いくら急がないといっても無意味に彷徨いたくないんですが……って目で訴えてから言葉でとどめを刺す。

 

「侍女長からの課題、今日の午後はお城の中を覚える、なんです。新人騎士のあの子はちゃんと案内してもらってるのに……」

 

ちょっとの沈黙と見つめ合う私達。

既に疲れ切ったような顔になったはっしーさんはすっごく言いたくなさそうな声で、しかも溜め息と一緒に「わかりました」と吐き出した。

 

「ですがアスナ様のお部屋の方向に陛下の執務室もあるので、先にそちらに寄ってからお送りする、で構いませんか?」

「もちろんです」

 

そのくらいは譲歩しますよ、と言うか陛下の執務室の場所も覚えておきたいし。

 

「ついでにここから執務室を経てお嬢様のお部屋に着くまで、見える場所や通路両脇にあるのが何のお部屋なのかも教えて下さい」

「それって俺の口と足がヘトヘトになりそうですね……」

「……抱きかかえましょうか?」

「……勘弁してください」

 

そう言ったけどはっしーさんはお嬢様のお部屋までそれはもう丁寧に案内してくれた。途中、陛下の執務室で他の従者さん達に事の次第を説明した時は室内から「うわーぁぁぁ」って口から魂出ちゃったような低い声がいくつも聞こえたけど、すぐに関係各所への通達事項をはっしーさんに飛ばしてたから切り替えの早い見事な職場だと思う。

私を送り届けてからあちこちへ調整に走ったはっしーさんと、お茶セットをお城の侍女に頼んでお化粧や髪型の道具を一揃え持った私は再び陛下の私室前で待ち合わせ、大げさにノックをしてその後しばらく待ってから扉を動かしたのだった。

結局私が見たのはあの日と同じ光景で、カウチにぴったりくっついて座り陛下にしっかり抱きしめられているお嬢様。

恥ずかしさからこちらにお顔を向けられないのはわかりますが、そうやって内側に入ろうとすればするほど陛下の首元にお顔を埋める形になっちゃうの、わかってますか?。

そんな仕草すら愛おしいと髪に頬ずりしている陛下はさっき退室した時とうってかわっての極上々機嫌。

なんだか私達が入室に時間かけた意味あまりなかったですね、とはっしーさんを見たら、はっしーさんも相変わらずの反応で米神の血管盛り上げて「「へーいーかぁーっ」って叫んでた。

その後、お嬢様と一緒にお部屋に戻って聞いたところ、今後成婚式まで近衛姿の時は人前で触れないと陛下に約束させたそうだ。だからさっきの二人きりの私室では陛下に構い倒されちゃったんですね。

ただ人間ってダメ、ってされると、更に言えばきっと陛下はお嬢様から「ダメ」ってされると、その反動がすごい勢いづきそうな気がするんだけど……という私の予想は的中して、それからご成婚式まで陛下は人がいる場所では決して近衛騎士のお嬢様に手を伸ばす事はなかったみたいだけど、はっしーさんしか居ない場所なら思う存分だったらしい。

「俺って存在認識されにくいんですかね?、やっぱり羽虫ですか?」って涙声のはっしーさんには同情を禁じ得なかった。

婚約者として登城してる時は侍女も数名付けてますし、近衛の時の方が身軽に陛下と一緒の時間が取れるんですよね、皮肉なことに。

こうしてお嬢様は願われた通り最後の一日まで近衛騎士としての勤めを立派に果たし、その数週間後、盛大な成婚式を挙げてこの国の王妃殿下となられたのだった。




お読みいただき、有り難うございました。
劇場公開に向けてのカウントダウン投稿なので公開日前日か初日に
完結する予定でしたが……もう少しだけお付き合い下さい(苦笑)
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