王妃殿下付き侍女(予)の一日   作:ほしな まつり

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王妃殿下付き侍女(予)の一日・その後

王妃殿下付き侍女の一日の始まりは早かった……侍女長が言っていたよりも。

だって陛下が起きないのだ。

正確にはベッドの中で抱きしめているご自分の奥さんをなかなか離してくださらないのだ。

それにご成婚式から数ヶ月経った今でもお嬢様…じゃなかった、王妃様の朝のお支度には結構な時間がかかる。だから自動的に侍女達の一日の始まりが早くなる。

とは言っても公爵家にいた時みたいな時間に起床するわけじゃないから私を始めお屋敷勤めから城勤めに移った侍女達にはなんら問題は無い。こちらが平気でいるから他の侍女達も「頑張るしかないわね」って笑ってる。

こんな感じで王妃殿下付き侍女達の関係性は概ね良好だ。思うに朝一番から自分達が一丸となってひとつの目標に懸命に取り組むことで仲間意識みたいなものが生まれたんだろう。

そういう意味では陛下に感謝してもいいのかもしれないけど……やっぱりそういう気にはなれない。

だって繰り返すけど、本当に毎朝王妃様を離してくれないんだから……。

 

 

 

 

 

今朝も陛下の私室の扉の前では従者が一名と近衛騎士が一名、陛下の起床を待っている。

今日のお当番ははっしーさんとあの少年騎士かぁ、と、思いながら私と数名の侍女達が控え室に入ろうとすれば、向こうから「頑張って下さい」と応援オーラが流れてきた。

そうだよね、あっちは何も出来ないもんね。私達の頑張り次第だからね、陛下が起きるの。

ちょっとずるい気もするけど「だって俺達が国王夫妻の寝室に入るわけいきませんから」って、ご成婚してすぐの頃言われたの……確かにそうなんだけどさ、それでもこの大変さを少しは従者さん達にも感じて欲しいっ。

まぁ、実際はどう考えても無理だから不毛な感情は潔く踏み潰して私達はその国王夫妻の寝室の前に立ち、ふんっ、とヤル気を再注入した。

けど、ヤル気は内で燃やしてあくまでも淑やかに落ち着いて恭しく寝室の扉を控えめにノックする。

返事は期待していない、と言うか真の目的はノックの音で陛下を起こしたくないわけで、でも入室はしたいから形式上しているにすぎない程度の音しか立てていない。

当然扉も極力音を出さないよう動かす。足音は「スポンジケーキ」絨毯が吸収してくれるから心配ないけど、とにかく気配を消して寝室にさささっ、と侵入する……もはや侍女とは思えない動きだ。

だけどこれも全部王妃様を国王様の腕の中から救出するため……なんかちょっと姫を魔王から救出する勇者の気分。

そろそろ起床時間とわかっていらっしゃるからだろう、王妃様だけが私達の入室に気付いて、ちょっと寝ぼけ眼のままこちらに顔を動かしつつ魔王に捕まっている姫が助けを求めるみたいに私達の方へと細く真っ直ぐな腕を伸ばされた。

あ、ダメです、王妃様、もっとゆっくり動かないと気付かれて……と思った瞬間、王妃様の背中に密着してその細腰に両腕を巻いているだろう陛下がもぞりと動いてさらに密着度を高めたらしく、ちょうど華奢な肩口に陛下の真っ黒な髪が被さった。

侍女一同、声にはしない落胆の悲鳴を「あああぁぁぁ」と低く太くあげる。

これで任務の難易度が上がってしまった。

それはお妃様も自覚なさるくらい目が覚めたようで「ごめんねぇ」とはしばみ色が涙ぐんでいる。

あ、それもダメです、陛下の大好物なお顔になってます。

しかし私達王妃殿下付き侍女だってここ数ヶ月、伊達に毎朝毎朝こんな場面を乗り越えてきたわけじゃないんだから今朝だってなんとかなるっ、私達はやれば出来る侍女達ですからっ、安心して下さい王妃様っ、と心意気も新にまず私を含めた腕力、瞬発力に長けた侍女二名が息も殺してベッドに近づく。

気付かれてないかな?、お目覚めになりそうかな?、って確認したいけどお顔は王妃様の背中に押し付けられてるから絶対額とか頬とか鼻先とかでぐりぐり気持ちよく素肌を堪能しちゃってますよね、陛下、って思いつつも、公爵令嬢でいらした時からその肌の心地よさを御存知だったからもう今更何も言いますまい。ただ、その触り心地の良さは私達侍女の誠意の証(あかし)ですから、そのあたりをお忘れなく。

そう、今、私の目の前のベッドで陛下とシーツの二重にくるまわれている王妃様はどこもかしこも素肌状態。昨晩「今日も一日ありがとう、おやすみなさい」と寝室から辞する私達に笑顔でお声を掛けて下さった時はしっかり夜着を着用されていたはずなのに、今朝は素肌……今朝も、が正しいんだけどね……うん、ご夫婦仲良しでなりよりです。

これで起床の際に、ぱっ、と王妃様を解放して頂ければ文句ないんだけど、はっしーさんが言ってた陛下のアスナ様に対するご執心ぶり、甘く見てた……とにかく早く朝のお支度にかかりたいんですよぉっ。

そりゃあ最初はね、相手は国王陛下なんだから正攻法でお願いしたよ。王妃様といっしょになって「陛下、陛下」って何度も呼んだけど「あと五分、あと十分」っておっしゃって……なんで時間増えてるのっ!?、ってなって、起床された後も思い切って「困ります、妃殿下のお支度には時間がかかるんです」って申し上げたけど「アスナの抱き心地が最高でさ、つい。いつも悪い」って気軽に返されてしまうと侍女の立場としてはそれ以上強くも出られず。

それなら陛下の従者さんから言ってもらおう、ってなったけど全員から見事に「無理です」って拒否られた。

だからもう陛下に気付かれないよう王妃様を引っ張り出す作戦に切り替えざるを得なくなったんだよね。

それでこうして密かに王妃様奪還作戦を遂行中の私達。

「王妃様、もう片方の手もこちらに伸ばせますか?」とジェスチャーで問いかける。

今度はゆっくり慎重にシーツの中から白魚のような指が見え、それが段々と私達の方に距離を縮めて……くる途中で「ぴゃんっ」と魚が跳ねたような声と共に真っ白なカンバスへ、とくとくと朱を注いだみたいに王妃様の肌が染め上げられた。

 

「そ、そこ、撫でないでぇ」

 

堪らずに細く小さく懇願する王妃様のお声で私達に更なる緊張が走る。

原因は王妃様の腰にあったと思われる陛下の手が無意識に上に移動したのか、下に移動したのか·····追求しても仕方ないものは全無視で、こうなったら一刻の猶予もないと隣の侍女と視線だけで同時に頷き陛下が完全に覚醒する前に王妃様の腕をそれぞれが素早く掴む、と同時にえいやっ、と引っ張った。

すぽんっ、とベッドから飛び出した王妃様をその勢いのまま私達の後ろ、二人で広げ持っていた大判のタオルの中に放り込む。

私達が手を離すと同時にタオルに包み込まれた王妃様がたたらを踏みそうになるのを両脇の二人がお支えして無事に救出完了だ。

ふぅっ、今日も朝からいい仕事をした、と全員がかいてもいない汗を拭うように額を手の甲でぬぐう……気持ち的に。

ここから朝の支度が始まるからそんな悠長なことをしてる場合じゃないのはわかってるんだけど、取り敢えず陛下から奪還できれば後は私達次第なので侍女の本領発揮へのスタートコールみたいなものだ。

一瞬見えた素肌の、陛下によって散らされた朱の位置を思い出して今日のドレスのデザインなら問題ないかを頭の中で確認。それにあの程度の勢いでお嬢様の足がふらつくと言う事は…で、お側近くに寄って「軽くマッサージしますか?」と伺ったが「大丈夫よ」とのご返答だったので着替えの前に蒸しタオルで全身を温めるだけでいけそう。ただ目元だけは冷温を交互にして腫れをなんとかしないと。肌が白磁のようだから赤みとかすごく目立ってしまうのに、また昨晩も陛下に泣かされたんですか……。

ホントにもうちょっと手加減して欲しいのが本音だけど、ご成婚したての頃は朝で侍女が迎えに来てるのに陛下の腕からは抜け出せないし、出たいけど何も着てないし、で王妃様も困惑と羞恥で半泣き状態だったからもっと大変だった。ちなみに貴族令嬢なら入浴や着替えなどで侍女に素肌を晒すから別に全身を見られても恥ずかしいって感覚はない。と言うか王妃様の場合はその曲線美にこっちが見惚れて逆上せそうになる。

だから王妃様としては陛下と夜を過ごされた後の肌を見られるのが恥ずかしかったんだよね。

気持ちはわかりますけどちゃんと侍女教育されてるから平気なのに……あ、でも、初々しく目に涙を浮かべて恥ずかしがる王妃様はかなりの破壊力だった。

それもほぼ毎日毎日繰り返していれば徐々に王妃様も慣れて、今では蒸しタオルでケアしたり、時にはマッサージも必要だったりと朝のお支度の時はほんのり頬を染める程度になってきてるのに相変わらずベッドで陛下の腕の中にいる状態を侍女達に見られるのはまだ慣れないらしい。

王妃様のお身体にしっかりタオルを巻き付けた頃、測ったように陛下が「くわぁっ」と欠伸をされて目をこする。

そそっ、と侍女達は壁際に一列に並んで頭を垂れれば、むくりと起き上がった陛下はぼんやりとした瞳で何かの感触を反芻するように片手を軽く握ったり開いたりの後、その感触を求めて寝室内を眺めてからお妃様を見つけて幸せそうに笑うとバサッとシーツをマントよろしく身体に巻き付けてベッドから立ち上がった。

陛下も王妃様と同様、何も身につけていらっしゃらないはずだから私達侍女への配慮なんだろう。

ズリズリと「スポンジケーキ」絨毯にシーツの余りを引きずりながらご自分と同じような格好でタオルを巻いている王妃様の前までやってくるとコウモリかムササビみたいにシーツごと両手を広げて軽く抱き寄せ、頬にキスをしながら「おはよう、アスナ」と告げている。

王妃様もふにゃり、と微笑んで陛下の耳元まで唇を寄せ「おはよう、キリトくん」と小声で返しているけど、ごめんなさい、ここにいる全員聞こえてます。どうも王妃様は陛下への「キリトくん」呼びを聞かれたくないみたいなんだよね。

なんで?、どうして?、とっても可愛いのに。

 

「それじゃあ、食堂で待ってる」

「はい、陛下」

 

ほら、もう「陛下」呼びになっちゃってる。

時々、その食堂でも珍しい料理のお皿があると「これ美味しいっ。ね、キリトくん」ってうっかり「キリトくん」呼びになっちゃうことがあって、その直後の王妃様の照れ顔や陛下の甘々な笑みにその場にいる給仕係りや従者、侍女全員悶え崩れ落ちそうになるのを必死に我慢して、料理長の腕前を心の中で褒め称えるのだ。私室や食堂では「キリトくん」呼びでいいのにっ、てみんな思ってると思うけどその照れ顔も見たいから複雑な心境。

さて、では王妃様は一足先に寝室から居室へと移られるので付き添う侍女の姿も完全に扉の向こうに消えたのを確認してから私は反対側にある陛下の居室への扉をノックした。

すぐさま向こう側から「失礼します」のはっしーさんの声とほぼ同時にカチャリと取っ手が回る。

本来なら陛下に見送らせて先に部屋を辞するのはダメなんだけど、王妃様お支度に時間必要だし、それにあの格好だから万が一にでも陛下の居室で控えている者達の目に映すわけにはいかなくて、従者さんは王妃様の移動が完了するまで扉は開けるな、って陛下より厳命さてるんだよね。

だから余計にはっしーさん達従者の皆さんは起床部隊の侍女達にエールを送るわけ。

朝の挨拶を受けながらはっしーさんの前を悠然とシーツおばけの陛下が通り過ぎる。

陛下もこれから身支度をなさるんだろうけど、もともと侍女を付けてないから準備さえしてあればほぼご自分で出来てしまうらしい。だからちょっとだけ立ち話の余裕があるわけで扉の向こう側に立っているはっしーさんが小声で話しかけてきた。

 

「今朝もご苦労様でした」

「いえいえ。今日の王妃様はアジュール・ブルーのドレスを着用される予定です」

「そうですか。では陛下も近い色のカフリンクスにしますね」

 

こういった演出、王妃様はとても喜ばれるから。

もちろん毎回揃えられるわけじゃないけどお気づきになった時、宝物を見つけたみたいに、パッとお顔が華やぐ瞬間、侍女冥利に尽きるんだよね。その後何の事かわからない陛下が「なになに?」って視線で問いかけてみたり、ご自身をキョロキョロしてみたり、それを可笑しそうに眺めているお二人の空気がこの国の平和の象徴みたいでとても微笑ましい。

軽く打ち合わせも出来たし、それではお互い職務に戻りましょう、と既に阿吽の呼吸でほぼ同時に軽く頭を下げて区切りを付けようとしたら、はっしーさんの後ろから、ひょいっ、と黒い騎士面(マスク)が飛び出てきた。

 

「わっ、良い匂いがします」

 

どうやら寝室から漂ってきた匂いを嗅ぎ取ったらしい……本当に仔犬なのっ?!

多分はっしーさんだって気付いているだろうに敢えて口にしていないのは居室で身支度中の陛下の耳に届いたら城内マラソンが城内激走にランクアップするからだ。

 

「口を閉じた方がいいと思います。陛下が本気で剣を構える前に……」

 

はっしーさんの助言に深く頷く……ついでに鼻も塞いでほしい。

ことお妃様関連には敏感な陛下だ、朝の起床の件だって侍女達の間では「本当は陛下、起きてない?」って皆が疑うくらい。

しかもこの少年騎士は「成婚後は出来るだけ私に付けて下さい。もうちょっと指導を続けますから」との王妃様の意向でリード付いてるのかな?、ってくらい割としょっちゅう王妃様のお側に控えてるから段々陛下の目が物言いたげになってきてる。

だいたいご成婚前にあれだけ浅慮な懇請をぶちかましたくせに、いざ王妃様のお名前とお姿が明かされるとガッツポーズで喜びまくってたもんね、お城の中庭を駆け回ってたよね、色々恥ずかしくないのっ?、私の方が恥ずかしい。

ここはひとつ教育的指導が必要だろう。

 

「お妃様の残り香を嗅がないでください」

 

言うなり騎士面(マスク)の上から思いっきりデコピンをお見舞いする。

 

「ーったいっ、痛いっ、痛いっ」

 

でしょうね。うちの兄達でさえ私のデコピンをくらうと床にうずくまるから騎士面(マスク)ごしでもそこそこの威力はあったはず。父親直伝のデコピン、久々に決まったなぁ。

 

「相変わらず姉ちゃんのデコピン痛すぎるっ。これってもう打撃の一種だよっ」

 

騎士面(マスク)の上から両手で額を押さえている少年騎士の弟に私は眉を吊り上げた。

 

「城内で『姉ちゃん』って言わないっ。せめて『姉さん』にしなさいっ」

「なんだよっ、アスナ様の前じゃお淑やかな侍女ぶってるけど、スカートばさばささせて城内走ってるの侍女長に言いつけてやるっ」

「なんで知ってるのよっ。あと『アスナ様』じゃなくて『王妃様』だからっ」

「僕にとってはいつまでも一番尊敬できる先輩なんだから『アスナ様』なのっ」

「一回陛下の剣でぶっ飛ばされてきなさいっ」

「もう何回もぶっ飛ばされてるよっ」

 

私達姉弟の間ではっしーさんはひたすら存在を消していた……。




最後までお読みいただき、有り難うございました。
これで完結です。
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