前半の長ったらしい地の文、読むのが億劫でしたら読み飛ばしてください!
最後まで読んでいただけたらうれしいです!!
超えてはならない一線。
それはタブーであり一種の不文律。
トレーナー。
彼らだけは担当ウマ娘に対して恋をしてはならない。
鋼の意志で一定の距離を保ち続けなければならない。
彼女らウマ娘という最高速を相手にして。
そして皮肉にもその理由を本当の意味で理解できるのは、恋に落ちてしまった彼本人だけだ。
× × ×
ふとアグネスタキオンの言葉を思い出す。
『可能性の果ては遥か彼方だ』、と。
あの皇帝、シンボリルドルフとハナ差で競り合ってなおまだまだ速くなれると、あの時彼女はそう言った。
気付けばあの時からずっと、俺は彼女に目を奪われたままでいる。
自分以外すべてを置き去りにして消えてしまうかのような、あの走りに魅せられたその時から。
ただその感情に不覚にも、恋の名をつけてしまったのが最大の過ちだった。
トレーニング後の調整ランを終えたタキオンが小走りでこちらへ駆けてくる。
スポーツドリンクとタオルを手に用意して、意識は再び考え事へ戻っていく。
憧れて、恋して……盲目でいるようじゃトレーナーなんて務まりっこない。
現に俺は今まで、タキオンにトレーナーらしいことなんて全然やってあげられたことがなかった。
でも、それでも俺は、タキオンのトレーナーを辞めたくなかった。
これは子供みたいなわがままだ。
タキオンの相手をできるのは自分だけでいたいし他にはいないと、そう思っていたかった。何よりも俺が自分から彼女と離れるなんて考えを一瞬でも頭に浮かべたくなかった。
足音が目の前まで近づいてきてタオルを差し出す。目を合わせられないのはご愛敬。
「ふぅ、今日の走りはどうだったかな、トレーナー君?」
受け取ったタオルで汗を拭きながらタキオンが声をかけてくる。
「そう、だな……。綺麗だったよ」
あ、やば……。考え事ばかりしていて取り繕うのを忘れた俺は、つい思ったままを口に出してしまう。
「なんだいそれは。口説き文句じゃあるまいし」
変なことを言うもんだ、と笑いながら今度はドリンクを一口。
冗談だと思われたみたいだ。
いまだ少し上がったままの彼女の息。
長い前髪なのもあって、毛先に大きな雫がついているのが見える。
タキオンは研究者肌なのに不思議と汗が似合う。これでいて意外と泥臭いところがあるからかもしれない。
「まぁ悪くない走りだったのならいいかな」
タオルは首にかけて、ドリンクは蓋をして俺に手渡す。そして伸びを一回、深呼吸を一回してピンと耳が跳ねる。
なにか思いついたのか、わざとらしい笑みを浮かべるタキオン。今日という日はその妖しい表情にも魅力を感じてしまう。
「それじゃあ、普段からの努力の労りとして今日は砂糖を多めに入れていいかい?」
何を企んでいるのかと思ったが、いつもトレーニング後に俺が淹れる紅茶に入れる角砂糖の個数を交渉しようとしているらしい。
トレーナー室まで二人で歩きながら、ある回想が頭に浮かぶ。
いつのことだっただろう、タキオンは淹れてある紅茶にドボドボとカップから溢れんばかりの砂糖を投入していたことがあった。
それを見た俺はさすがに彼女の健康状態が気になって、俺の目が届く範囲の時くらいは常識的な飲み方をしてくれ、とお願いをしたことがあったのだ。
それから、意外にもタキオンはお願いを聞き入れてくれて、こうしてできるだけ甘い紅茶が飲めるように掛け合ってくるようになった。
タキオンのことだから問答無用で自分が飲みたいように飲みそうなものだけど……。今でも理由はわからない。
うーんと口に手をやって考えてから、右手を開いて五個、とタキオンに手で伝える。
「えー⁉どういう冗談だ! 昨日よりも少なくなっているじゃないか!」
尻尾をぶんぶん振っているのを見るに、どうやらお気に召さなかったらしい。というか抗議してくるのはいいけど、顔を寄せてくるのはやめてほしい。顔が赤くなっていないか心配だ……。
「でも、昨日がご褒美だって言って六個だったし……」
つい昨日、タキオンは今と同じようなことを言っていたのだ。聡明な彼女が覚えていないはずもない。
「んー覚えていたか。短時間の記憶を失う薬の開発も視野に入れるべきかな……」
甘さのためにそこまでマッドになるのかタキオン……。
俺は静かにゆっくりと右手に左手の人差し指を加えいれた。
こうしてタキオンと他愛のない話をするのはとても楽しい。これは以前からも変わらないことだった。少しだけ、彼女への視線に熱が籠っている。
そうこう話している間にもうトレーナー室の近くだ。
「まぁいいだろう。私は軽く汗を流してくるからいつものように待っていてくれ」
完全には満足いっていないようだが、一先ず妥協してくれたようだ。でもこっちだって割合一対一の紅茶入り砂糖をほいほい飲ませるわけにはいかない。
ゆっくりでいいよ、と声をかけると言われるまでもない、と彼女の耳と尻尾がゆったり揺れた。
日が陰ってきていて湿度が上がっているのを感じる。一雨降るかもしれないな。
後姿を目で追うのをやめてトレーナー室へと向かい始めた。
俺はタキオンのことが好きだ。この事実は今までの経験からいって確実に彼女の好奇心に火をつけるだろう。
そしてそれはもしかすれば、彼女への想いを更に強めることへつながり彼女の夢の邪魔になってしまうかもしれない。それだけは嫌だ。
ならば隠し通すのみ。
俺自身、別に好きだからと言ってタキオンとどうこうなりたいって訳じゃない。全くないかと問われれば、それはうん、あれだが。
でもそれよりも彼女の研究を前に進める方が何倍も大事だってことは本気で、声を大にして言える。
よし、と気合いを入れなおしてトレーナー室へと歩みを進めるのだった。
× × ×
タキオンを見送った後、トレーナー室で簡易シャワーを浴びに行ったタキオンを待つ。
いまだソワソワと気の逸りが治まらない。
原因は考えるまでもなく判っていた、十中八九、昨晩見た夢のせいだ。
トレーナーとしてあるまじく、俺はタキオンと、その、キスをする夢を見てしまった。
だがしかしそれでも、大の大人がこんなにも気持ちを切り替えられないものか……。
彼女のことを考える、それだけで心臓は高鳴り心は正体不明の不安感に包まれる。
さっきから何度も深呼吸を繰り返してみてはいるが、あまり意味はないようだった。
少しでも気分を落ち着けようと、ティーセットを取り出してポットのボタンを一押し。
お湯が沸くのを待つ。
これは紛れもない正真正銘の恋なんだろうか?
真っ先に疑うべきは俺がモルモットであることなんだろう。
が、タキオンが隠して俺を被検体にする時はわりとわかりやすい態度をとるし、そも彼女が俺に対して惚れ薬なんて盛りそうにないし盛る意味も、多分ない。
ということを鑑みれば、要は俺がただ自制の利かないダメトレーナーだという可能性が高い。悲しいことに。
ピーとお湯が沸いた音がして、ポットとカップをお湯で温めはじめる。茶葉は……今日はキーマンにしよう。
あの時、俺は彼女が脚に爆弾を持っていることに気づかなかった。
ポットのお湯を捨て、ティースプーン二杯分ポットに茶葉を入れる。
あの時、俺は彼女が走り方を変えたことに気づかなかった。
ぐらぐらと沸騰したお湯をポットに勢いよく入れる。タオルケットを上からかけて、あとは三分ほど待つだけだ。
俺はもう間違えられない。俺は変わらなきゃならないんだ。盲目のままじゃいられない。
今度はカップのお湯を捨てて、棚から角砂糖の入ったキャニスターを取り出す。
ガチャと扉が開く音がして、お風呂上がりのタキオンが姿を現す。
あ、かわいい……。
いやいやいや、ダメだろ! 引き締めた気が一瞬で緩んでしまった。しっかりしろ、俺!
ふぅと息をついてタキオンを見ると、彼女はブツブツと何かを呟きながらパイプ椅子へと腰掛けた。
これはいつも通りの光景だ。
風呂というものは人バ変わらず考え事をするのに最適なようで、タキオンはいつもこの時頭を研究でいっぱいにしてここに入ってくるのだ。
だからタキオンがいつも座る席には、メモ用にA4サイズの用紙がいつでも置いたままにしてあったりする。
でも、もう少し髪を乾かしてから出てきてほしいな。水滴が垂れるということはないまでも、まだ全然髪が湿っているのが目に見えてわかる。まあ、タキオンだし仕方がないと言えば仕方がない。
そろそろ三分かな。
タオルケットを取ってポットの中を軽くかき混ぜる。ふわっと香りがわずかに漂った。うん、いい香りだ。
二つのカップに交互に紅茶を注ぎ入れていく。段々と紅茶の香りが部屋の中を満たしていく。
紅茶を淹れたのは正解だったな。風呂上がりのタキオンが自分の心臓に良くないのは、もはや言うまでもない。
それにしても、タキオンは考え事に集中しているときけっこう怖い顔をしている。
何も知らずに見たら多分、もしかして怒ってる? と勘違いしてしまうだろう。
でもその分、なにか閃いた時の表情はかなりにこやかでかなりギャップがある。
そしていまちょうど、タキオンは何か思いついたようで楽しそうにメモを書き殴りはじめた。
ちょうどいいタイミングだな。最後の一滴をカップに入れ終えてキャニスターと一緒にタキオンのもとへ持っていく。
「今日はキーマンにしたよ」
言いながらタキオンの隣に腰掛ける。無意識に、気づけばいつもより少しだけ距離をとって座っていた。
「いい香りだ、やはりトレーナー君の淹れ方はうまいね」
ペンを置いたタキオンは一通り香りを堪能した後、角砂糖を一つ摘まみいれながらそう言った。
「あ、ありがとう」
なんだか喜んでくれたのがこれまでより嬉しくて、照れた反応をしてしまう。
怪しまれる前に話題を変えよう。
「今日のトレーニングはどうだった?」
と言う間にもタキオンが三つ目の砂糖を入れているのが目に入ってくる。
四、五、六……。七個目まで摘まむとタキオンは不敵な笑みを携えて、ちらっとこちらを窺ってきた。
子どもが構ってほしさにいたずらしてるみたいだ、とかなり失礼な感想が思い浮かんだ。かなりかわいいがグッとこらえて、努めて冷静に真顔でタキオンを見つめ返した。
「んン……それでは今日のフィードバックを始めるとしようか!」
シュガートングを置いて蓋を閉めるタキオン。どうやら諦めてくれたようだ。
一息ついてからタキオンは今日の振り返りを始めた。
俺はその間、必死に全力でトレーナーらしいアドバイスができるよう熱を入れて頑張っていた。
「ふぅン、こんなところかな」
タキオンがそう言って最後の一口を飲み終えると、ミーティングが終わりを告げる。
この調子なら、全然大丈夫そうだな! バレるのバの字もバレる可能性を感じない。この話もこれでおしまいかな……。
「脚、今日は診ないのかい?」
座ったまま伸びをしたタキオンの声が、余裕をかましていた俺を大きく震わせた。
そういえばそれがあった……!
タキオンが今日は、といった通り俺はあの日の彼女の脚についての告白から、トレーナーとして自分にできることは何だろうと考えてきた。
それの一つがこれ、トレーニング後の脚の診察だ。
でも今この心理状態でタキオンに触れるっていうのは、反応を目につけられること請け合いだ……どうしたものだろう。
カップから最後の一口を飲んでタキオンを一瞥する。
彼女はすでにもう素足で準備完了。椅子に座って体勢整いました、ってご様子だ。
ふぅ~と静かに息を吐いて覚悟をキメる。バレなきゃいい、バレなきゃいいんだ。
「ん、診ようか」
さも平静であるかのように装って自分のパイプ椅子を動かす。タキオンと向かい合う形だ。
俺が彼女に向って両手を差し出すと、慣れた様子でいつものように脚を預けてくる。
おそらく心情的に、俺とタキオンは対極の位置にいることだろう。
「じゃあ、始めるな……」
そう声を掛けると彼女は一つ瞬きをしてどうぞ、と目配せをとばしてきた。
俺が診察する間はもとの作業に戻るらしい、A4紙を手に取っておそらくまた考え事をしている。一枚の紙が帳のようになって表情を隠しているため確実ではないが。
だが、顔を見られないのはなんたる幸運! 自分でも今顔が強張っている自覚があるし、こんな顔を見られたら最後、なんだいその顔は? とにやけ顔が待っていることだろう。
今の間にいつも通り、何事もなく、可及速やかに診察を終わらせてしまおう。
まずは最初に、脚に腫れがないかを見ていく。油断せずに行こう。
あんな60キロもスピードが出るようにはとても思えないような細く長く、綺麗な脚だ。
風呂上がりのそれは手には言葉に表わせない触感を届けたし、鼻腔には甘……。
一言でいえば今の俺は、男子中学生と形容するべき恋愛初心者でしかなかった。
彼女の脚が自分の上に乗っている、そう意識してしまうことで過敏になった神経は触れるところ全てを熱く感じさせる。
いや実際に俺の手は熱くなっているのやもしれない。
気づかないでくれ、と祈るばかりだった。
タキオンは俺と同じで一つのことに没頭してしまう質だしきっと大丈夫、なはずだ。
脚の可動域が正常なのを確認したあと、ふくらはぎから足先までの筋肉をみる。最後に軽くマッサージングしたら片脚は終わりだ、いつもなら。
うーんダメだ……あまりにも頭が冷静でなくどちらかと言えば間違いなく、脚より俺の頭の方が正常じゃなかった。
これでしっかり診られていない、なんてことがあったらそれは俺がただタキオンの脚を触りたいだけの変態になってしまう。それはなんとも不味い。
もう一通り入念に診なおしたあと、やっとのことでマッサージを始める。落ち着いて、冷静に、冷静にな……。
「く、ククク……」
マッサージを始めて一分が経ったくらいのこと。タキオンから突如笑いがこぼれてくる。A4紙が小刻みに震えるのだけが見えていた。
な、なんだろう……?
つい手を止めて待っていると、タキオンは持っていた用紙を机に戻してこちらに居直る。
「モルモット君、君は私に何か隠し事をしていないかい?」
え゛、と勝手に困惑の言葉が口をついてでる。
「いや、今笑ったのはあまりに脚がくすぐったかったからなんだがね。私は神経が敏感な方なんだ。まぁそれよりも言いたいのは、どうも今日の君はどこかぎこちないってことだよ。まるでこう……」
やばい、バレてしまったのか……。これで終わりなのか……。
上がりきった体温がゾッと冷めていくのを感じていた。
「今日がまるで初対面の日のような!」
セーフ! すんでのところでセーフ!
だがまだ、危機から脱したわけではない。
「具体的かつ明瞭に説明を頼むよ、モルモット君?」
怪しげな瞳と微笑みが俺に正直になれ~とさそってくるが、俺にだって意地がある。
鋼の意志をもって、俺は口を開いた。
「うーんそろそろレースがあるだろ? それで少し慎重になってたのかも……」
これはかなり良い言い訳なはずだ。実際レースも目前に控えているし嘘だと思われることはないだろう。
「なるほど、なんとももっともらしい理由だね。だが、らしすぎるね! 納得は全てに優先するよ、モルモット君」
どうやら研究者であるタキオンの勘が俺を疑わせたらしかった。ドドドドと滝のように冷や汗が出てきて止まらない。
「そうかな……? ただありのままを答えただけなんだけど……」
「ふぅン? あくまで白を切る訳だね。いいだろう! 君が堪えるか私が飽くまで問答を続けようじゃないか!」
ん~? と訝しんで首を傾けるタキオン。どこか楽しげに見えるのはなぜなのだろう。
「よし、手を出してくれたまえ。あらゆる可能性を追求しようじゃないか!」
いつの間にやら、部屋の隅に置いてあった心拍や体温を測る器具がどんどんと俺の前に運ばれてくる。
いかにもマッドサイエンティストがしそうな両手を開くポーズをとりながら彼女はそう言った。
こうなったらもう彼女を止める術はない。三年の付き合いが俺を諦めさせていた。
「この前使ったのを面倒臭がって置いたままにしておいて良かったよ。ものぐさもたまには役に立つね」
言いながらタキオンはテキパキと俺の腕や指に続々と器具をつけていく。
今、完全にモルモットとしか見られていないこの距離感は、俺にはちょっと近すぎるというか、もう……近い!
「うん、これで準備完了だ……ん?」
こっちは全然心の準備できてないのに! と頭の中で抗議していると、測定値を見たタキオンが何かを不思議がっていた。
「どうかしたの?」
「いや、なんでもないよ。それよりまずはリラックスだよ、ほら深呼吸!」
なんでもないってことはないだろうとは思ったものの、やれることもないのでとりあえず言われたままに深呼吸をする。
前のように、タキオンが面白くない反応をするのが俺にとっての勝利だ。
「なるほどなるほど……。それじゃあモルモット君……ほら」
数値を見て何を考えているのか皆目見当もつかぬまま、目の前にタキオンの左手が差し出される。手には何も持っていない。
お手……かな?
これじゃあモルモットというよりペットだな、なんて思いながら手を乗せたのが俺の敗北を決定づけた。
手と手が触れあって数秒。
なんだろう……? と思ったその瞬間だった。
タキオンは俺の手をゆっくりと持ち上げると、まるで恋人にするみたいに甘く、優しく指を絡み合わせてきた。いわゆる恋人繋ぎってやつだった。
俺はなぜかその一部始終を見ていることしかできなかった。なぜか抵抗もしないままボーっと、指と指が絡み合っていくのを眺めていた。
おそらく、あまりに突拍子もない行動に理解が追いつかなかったのだ。
だから、意識が戻ってきてからは速かった。
まずこの、甘々に合わせられた手を離、離して、あれ? 離れないな。
離れないどころか逆に、タキオンはニコニコしながら俺の手をにぎにぎし始め、俺の心臓はさらにドキドキを加速させていた。
「このぐらいでいいかな……。さて、トレーナー君。なにか釈明は?」
実験終了、と俺の手をポイっと放ったタキオンが、測定結果をわかりやすく指さしながら見せてくる。
「まあもう言うまでもないが、どうやら君は私に近づかれたり触れられたりすると心拍数、および体温が上昇する傾向にあるようだ……」
いい加減お縄につけ、と言いたげに薄く笑みを浮かべるタキオン。
終わり……か。
「タキオン……」
「確かに俺は君のことを好きになってしまった、でも!」
がむしゃらに思いの丈をぶつけようとした、が俺が言いかけた言葉は彼女の言葉に遮られて消える。
「トレーナー君。君の言いたいことは大体わかる。だがそれでも、私は……。照れてしまうからあまり言いたくはないんだが……私は、君を信頼しているんだよ」
顔を少しだけ赤く染めながらそう言って、彼女は頬を搔いた。
モルモットではなくトレーナーとしても見てほしくて、今までずっと必死だった。
だけど、意外と俺はタキオンのトレーナーをやれていたのかもしれない。
「それに、あらゆる可能性は実験により発掘され検討されるべきだ。恋という感情がウマ娘にどう働くのか探らなければならないしね」
照れ隠しかなんなのかわからないが、わかったのはタキオンはタキオンだということだった。
「それでは、今日のミーティングはこれで終わるとしよう。左脚を診るのは明日にまわすことにする」
おやすみ! と足早にトレーナー室を出ていくタキオン。やはり照れていたらしい。まあ俺も顔が真っ赤なことが鏡を見ないでもわかるし、いいタイミングだ。
全ての重荷が下りてしまって胸を撫で下ろしていると、外では雨が降っていたことに今更気づく。
いつから降っていたんだろうか。俺には全く見当もつかない。