俺がタキオンに恋心を打ち明けてから早数日。
あんなに新たなオモチャに興味津々だったタキオンだが、意外にも平穏な日々のまま今日という日はレース当日を迎えた。
今日も緊張なんてどこ吹く風と悠々レース開始を待つのだろうと予想していたのだが、目の前の彼女はどこか難しそうな顔をしていた。
「もしかして、緊張してるの?」
あのタキオンにありえるだろうかと思ったが、もしものために声を掛ける。
「緊張ね……。違う、と言いたいところだが今私は自分で自分の心理状態がわからなくてねえ。身体の調子は悪くない、というよりもむしろ良い方だと思うんだが」
うーんと首を傾げて困った表情のタキオン。
「いやー! 自分のことがわからないなんて不思議なこともあるんだね! この感情の正体は今後解き明かしていく価値がありそうだ」
尻尾をゆらゆらさせて、タキオンはモヤモヤしつつも未知の体験に心躍らせているようだった。
「体調が悪いとかでなくて良かったよ」
一つのレース毎に新たな発見を求め続けるタキオンから、一度でもその機会を奪うのは忍びないものだし。
それにしても、タキオンほどの才媛が自己分析できないとはどれだけ心の中に複雑な感情を持っているのだろう。凡人の俺には想像もつかない。
そうして二人で一緒にウンウン唸っていると、ピピッと短いアラームが俺のスマートフォンから鳴る。もうすぐレースが始まる。
そろそろ出る準備を、とタキオンに伝えようとすると先に彼女が口を開いた。
「時にトレーナー君。今日のレースで調べる事項はすでに決めてあるんだが……。さらに追加して今この場で、実験したいことを思いついたよ!」
腕を開いて、彼女の勝負服の長い袖がバサッとなびいた。
「え、もうレース前だよ!?」
タキオンの実験は手間をかけるものが多いし、レースに間に合うか不安だ……。
「ハーハッハ! なーに、簡単な実験さ! これまでの経験から、応援は走る力を増幅させることが示されてきた」
言いながらタキオンは両の手をこちらに差し出してくる。
「ならばトレーナー君。君の応援ならばどうだろう」
そういえば、あまりにも卒のないタキオンに俺はレース前でも一声ぐらいしか掛けたことがなかったのを思い出す。
「握って声を掛けてくれ。精一杯の気持ちを頼むよ? ふぅン、そうだな君がいつも私に想っていることを話してくれればいい」
コクンと首肯して手をとる。とったはいいもののいざ伝えようと口を開けても、恥ずかしさに中々言葉が出てこない。
「想いを込めてくれるのは嬉しいが早くしたまえよ、モルモット君。レースが始まってしまうよ?」
そうだもうレースが始まるんだった……!
イジワルな顔をしているタキオンを尻目に、覚悟を決めて手を握る力を少しだけ強めた。
そして、ポツリポツリと話し始める。
「タキオン、俺は……君の走りが好きだ。あの日から今まで、君への想いが揺らいだことはない。今日のレースも君の勝利を信じてるよ、勝ってきてくれ……タキオン」
話し始めると恥ずかしさはどこかへ消えてしまって、詰まることなく言葉を口にできた。多分、心からの言葉だったからだ。
「君は結構小っ恥ずかしいことを言うのが得意なんだね……。でも想いは伝わってきたよ。良い実験になりそうだ」
言う彼女は少しだけ頬を染めている。役に立てたみたいで良かった。
タキオンの言葉に思わず笑みを浮かべる。
「そろそろ出る時間だね。クク……だからもう、手を離してくれるかい?」
首を傾げて上目遣いでこちらを見つめてくるタキオン。
「わわ、ご、ごめん!」
言われて考える前に手を離す。
あまりに熱を入れすぎて、手を握っていることさえ忘れてしまっていたみたいだった。
「まあそれだけ君も本気だったってことだろう? これは勝たなきゃならないね! と、思わないでもない……」
立ち上がりゆっくりと袖を回しながらレースに向かうタキオンが先細りの声でそう言った。