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「タキオン、やっぱりこれは……」
紅茶を飲み干して落ち着けたはずの心臓が、今もうすでに荒ぶっていた。
俺は今、ソファで横たわるタキオンの脚を抱えながら、診察をする羽目になっている。
今の状態を傍から見たら、休日を家で過ごすカップルみたいなんじゃないかと想像してしまって、更に気持ちが逸る。
まあ例のごとく別に嫌なわけではない、結局断りきれていないのがいい証拠だ。
こうして抗議しているのだって、自分を見失わないようにする意味合いの方が強い。
「んー? 接触範囲が大きくなった訳でもないんだし、何も問題はないだろう? それに、前の体勢には少しツラいものがあったしね」
もう終わりがけなのに今更ぶうたれている俺に、タキオンは耳飾りをつけながら心底楽しそうに反応を返した。
目を細めて睨んでみたところで、なんの効果もでるはずもなく。
それにしても、惚れた弱みとはいえこうもタキオンだけ余裕綽々って感じなのはいろんな意味で悔しいな……。
「クク、やはりモルモット君はからかい甲斐があるね。実験のための身体だけでなく笑いまで提供してくれるなんて、まさに次世代型に相応しいよ!」
なんだかバカにされてる感が否めない、というか完全にバカにされていた。
しかしいつもはこのくらいの冗談には軽く怒りのポーズをとるくらいで何も思わないのだが、なぜか今日という日は少しの反骨心が芽生えてきてしまっていた……。
暫くして診察を終えると突如、俺は声もかけずにやさしく脚をくすぐりはじめた。
「クク、フハハ! トレーナー君、何を!? やめないか!」
蹴られないように軽く足を抱え込んで抑え込もうと、ってウマ娘のちから強!
数秒も耐えられることなく、いとも簡単に一瞬で抜け出されてしまった。
まあもう予想もついているが一応顔色を窺うと、タキオンは立ち上がってご機嫌ナナメに俺を見下ろしていた。
「君、なにか言うことは?」
ここでつい魔が差して、なんて言ってももはや何の意味もないだろう。
俺は少しでも彼女の溜飲が下がるように大きな声でこう言ってやった。
「ごめんなさい!」
頭を深々と下げるのも忘れない。
……まあそれで許される訳もなく、タキオンは数舜口を閉じて俺が顔を上げるのを待つと、目を合わせてから話し始めた。
「この憤懣を果たしてどう解消しようか! わかっているとは思うが、君にはこれから実験を受けてもらうよ?」
彼女の狂った目の中にいる俺が、獲物へと変わっていくのをただ黙って見つめていた。
「さあ、特に準備が必要なものはない! 君はこちらを向いて目をつぶる、それだけでいい」
言われたままに目を閉じる。
何をされるんだろうか。思えば、俺は彼女が怒ったところをあまり見たことがなかった。
予想のつかないタキオンの行動に、何も見られない俺の感覚は鋭くなっていく。
まずはじめに足を擦る音が聞こえて、彼女がかなり近くにいることがわかる。
スカートの先だろう、布状のなにかが一瞬、膝に触れた。
しかしその後、体感的にはかなり長い間何も変化が見られなかった。
まさかどこかに行ってしまったのだろうか、いやでもそんな音は聞こえなかったしな。
なんて考えていたその時、膝に置いた手の上におそらくタキオンの手が徐に重ねられた。
屈んでいるのか、手には少しばかり体重がかかっている。
タキオンはいったい何をやろうとしているんだ!?
思わぬ接触で一気に混乱し始めた俺の脳内に、さらに次の情報が流れ込んでくる。
カチャ、と彼女の化学構造式を模した耳飾りの揺れる音。
髪を拭いたときに香った匂い。
その二つが、疑いようもなく俺の目と鼻の先にタキオンがいることを知らせていた。
タキオン……? とそう口を開こうとした、その瞬間。
柔らかいなにかが、俺の唇に、触れた。
反射的に言いつけを破って目を開いてしまう。
目の前にあったのは、タキオンの顔とくっつけられた二本の指だった。
今、俺、タキオンとキスを? それとも触れたのはあの指?
呆けている俺を、二本指をひらひらと振ってタキオンは見つめていた。
その指がわざとらしく見えたのは、俺の願望がそうさせたのだろうか。
「夜、眠れなくなってしまえばいいと思ってね。さて、今どんな気持ちなのか事細かに教えてくれるかい?」
何も答えられるはずないって、多分タキオンだってわかっていた。
「そういえば、カカオ濃度の高いチョコはキスをする時に比べて四倍も脳を興奮させる効果があるらしいね。本当なのか気にならないかい?」