ウマ娘に恋してしまったトレーナーの話   作:かぃ

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キングヘイロー④

 とりあえず横になっていればいつか眠れるだろう、という淡い期待は見事に打ち砕かれ窓からは朝日が覗き始めていた。

 

 まだ隣からは規則正しい寝息がすぅすぅと聞こえてきていて、今になって眠らなかったことへの後悔が募り始めていた。

 

 そろそろ起きて昨日勢いまま約束してしまったお弁当を作ろうか、とまだ繋がったままの通話をミュートして立ち上がる。

 まだキングが起きるには早い時間だ。作り終わる頃には良い時間になっているだろう。

 

 昨夜から彼女の健やかなる睡眠のため、ベッドの上で微動だにしなかったせいでバギボギになった体を背伸びで解しながら弁当の中身を考える。

 

 一瞬なんかこれ主夫になったみたいだな……なんていけない考えが思い付いてしまって、いやいや!と冷水で顔を洗いながらついでに頭も冷やす。

 寝ていないせいで、深夜テンションが続いたままなのかもしれない。

 

 閑話休題。

 話に上がった卵焼きは当然として、まあ冷蔵庫の中身を全部使ってやっとウマ娘の胃袋を満足させられるような量になるだろう。

 

 そう考えながら冷蔵庫を開ける。

 あるのは、卵にピーマン、挽き肉やらウィンナー、ほうれん草その他色々。 

 うーんこれならメニューは、卵焼きとピーマンの肉詰め、ウィンナーはタコさんにして、あとはほうれん草のゴマ和えに炊き込みご飯でいこうかな。

 

 あ、でもそういえば、弁当箱のことを忘れていた。

 量を作っても、入れる箱がなければ始まらない。

 

 何かあったかな……。

 シンク下のボウルやら何やらが入っている収納をあれでもないこれでもないと熱をいれて探る。

 

 するとその中に一つ、重箱といっても差し支えないサイズの弁当箱?が見てとれた。

 

 こんなの持ってたかな……あ、これトレセンに勤めることになって最初に母さんに持たされたやつだ。

 でかすぎて終ぞ使うことはないだろうと思っていたけど、まさかウマ娘用だったとは……。

 

 母の先見の明に感謝して、ありがたく使わせてもらおう。

 それにしてもでかいなこれ……。

 

 蓋を開けてどこに何を詰めるかイメージしつつ、卵をボウルに割り始める。

 

 自分以外に料理を振る舞うなんて久しぶりのことだから少し緊張してしまうけど、一流のトレーナーとして料理だって一流にこなしてみようじゃないか……!

 

 ……と気合いを入れて料理すること数十分。

 

 出来上がった具を丁寧に一つずつ、最後の卵焼きを詰め終わってこれにて完成だ。

 

 彩りも綺麗だし、食欲を誘ういい匂いもしている。

 これならきっと、キングも美味しいと思ってくれるはずだ。

 

 時計を見やれば、予想通り時間もキングが起きるのにちょうどいい頃。

 

 俺が起こさずとも彼女はきちんと起きると思うけど、なにも言わずに通話を切ってしまうのもなんだか他人行儀というか冷たすぎる気がするしな、うん。

 ちなみに、これは言い訳でもなく大義名分とかいう言葉とも一切合切全く関係ない……ほんとに。

 

 俺はスマホを手に取るとミュートを解除して、未だ寝息を立てているキングを起こしにかかった。

 

「キング、朝だよ。起きて」

 

 できるだけ目覚めが良いよう紳士的な格好のいい声を心がけたが、口から出たのは震えた情けのない声だった。

 

「ん……とれーなぁ?……なんで、トレーナーが、ここに……」

 

 起きてくれたのはよかったが、どうも起き抜けのキングはいつも凛とした彼女と違って無防備で破壊力が大変なことになっている。

 

「……おはよう、キング。遅刻しないようにな」

 

 まだ頭が働かないのかそれから黙ったまま恐らく混乱しているキングにそう一声だけかけて早々と通話を切る。

 キングも起きてすぐのまだ気の抜けた自分を人に晒すのは恥ずかしいはずだ、というかこのままだと俺がもたない。

 

 よし。それじゃあ準備して今日も一日、張りきっていこう。

 

 

 ×     ×     ×

 

 

 時刻はそろそろ昼休憩を迎えるお昼過ぎ。

 

 寝ていないのが祟ったのか能率が上がらず、こんなギリギリまで午前分の仕事が残ってしまった。

 以前キングにも、夜更かしは明日に影響がでない時間まで、と言われていたのになんとも不甲斐ない。

 

 でもとりあえず、午後からの彼女のトレーニングは問題なく始められるので、あとは俺の踏ん張り次第だ。

 

 とはいっても眠たい訳ではない。

 いや、寝ていないので眠たいはずははずなのだが、俺は今更ながらに思い出していた、今朝の失態を……。

 

 なぜ、なぜ俺は味見をしなかったのか……。

 

 これでもしありがちに砂糖と塩を間違えたりしていたのなら、キングにこのへっぽこ!と言われても甘んじて受け入れる他ない。

 かといって先に弁当を食べ始めてしまうのは変だし、どうするべきだろうか……。

 

 なんて右往左往している間にも時は進み、遂には扉を開く音と共にキングは現れてしまった。

 

「ごきげんよう、トレーナー。あら?」

 

 結局なんの策も思い付かなかった俺は、挨拶を返しつつ弁当を机の上に置く。

 顔をあげると、向かいに座った彼女は心配げな表情で俺を見つめていた。

 

「あなた、なんだか疲れた顔をしてるわよ?シャンとしなさい……ってあ、そっかお弁当……」

 

 そう言って徹夜でゾンビみたいな顔をした俺に活をいれてくれた彼女の目は多分、弁当を捉えていた。

 

 おそらく、俺のゾンビ顔の理由を弁当を作るために早起きしたせいだと感じているのだろう。

 だが申し訳ないことに、事実はただキングが隣で眠っている錯覚にドギマギしすぎてそのまま夜を明かしてしまったという何とも恥ずかしいものだ。

 

 どうにか彼女が責任を感じないよう取り計らいたいが、正直に言う選択肢なんてのは当然ない。

 何かうまい言い訳を考えないと……。

 

「えーと、実は昨日のホラー俺も怖くて……。キングが眠った後もなかなか寝付けなかったんだ」

 

 急拵えで口から出た言葉だったけど、案外筋が通ったものになってくれた。

 少し曇りかけていたキングの表情も普段と変わらないものに戻っていく。

 

「そうだったの……。それなら、次はやめておいた方がいいかしら」

 

 一先ず納得してくれたみたいで一安心、と思っていた矢先、なんとも気になる言葉がキングから飛び出してくる。

 

「次って、まさか……」

 

 昨日のホラーが引き起こした壮絶な思い出に、口に出すのも憚られる……と彼女を見るとそのまさかよ、と頷きで答えが返ってくる。

 

「……その話はまた後にして、まずはお昼にしようか……!」

 

 なるようになるさ、大丈夫、明日の俺がなんとかしてくれる、はずだ……!

 弁当箱の蓋を開けながら、明日の自分に責任を擦り付ける、もとい期待を寄せる。

 

「そうね。わ、美味しそう……なかなかやるじゃない……!」

 

 今朝慎重に持ってきた甲斐があったのか、崩れることなく綺麗に並べ彩られた弁当は、喜ばしいことにキングのお褒めに預かれるイイ出来だったらしい。

 

 でもその目が輝いていたのは一瞬だけで、今度は卵焼きを捉えた彼女はまるでレース前みたいに熱く燃え上がっている。

 

「あ、キング。卵焼きは手前のが甘い方……」

 

 見た目から分からなくもないが一応説明を、と口を開こうとしたその時、なぜか既に卵焼きは彼女の口の中に入っていた。

 

 おそろしく速い箸捌き……そんなに急いで食べなくてもいいのに……。

 お腹が減っていたのだろうか。

 

「美味しい……」

 

 まるで思わず零れたような感じで、嬉しい感想が耳に入ってくる。

 

 一つ俺も口にして、どうやら失敗はしてないようだと一息つく。

 

「でも、私だってこのくらいの卵焼き作れるんだから……!覚悟してなさい!」

 

 そういえばキングも卵焼き作れるんだったな……。

 なぜ勝負を挑むような口調になっているのか分からないが、キングの料理は素直に待ち遠しく感じる。

 

「あはは……楽しみにしてるよ」

 

 その後は、気に入ってくれたのか一心不乱とまでは言わないまでも二人して黙々と食べ進め、あんなに大きかった弁当の中身はもう消え失せていた。

 

 ご馳走さま、と手を合わせてキングが息をふぅと一息はく。

 満足する量だったみたいだ。

 

「お粗末様、口に合ったみたいで良かったよ……」

 

 最後の一口まで失敗はなかったようだし、これで勢いまましてしまった約束も一件落着かな。

 と胸を撫で下ろしていると、どっと眠気が襲いかかってきた。

 

「ええ、堪能させてもらったわ!また作ってくる権利を……」

 

 そう目の前で話しかけてくれているキングの言葉も、朧気に理解が追い付かないまま話が進む。

 

「……レーナー、トレーナー」

 

 はっと肩を叩かれて、今自分が寝ていたことに気づく。

 午後からはトレーニングが始まるのに……キングに迷惑がかかってしまう。

 

「ほら立ちなさい。座って寝ると体を痛めるわよ」

 

 寝るならこっち、と声がして言われるがまま着いていくとそこにはソファ。

 

 本当に申し訳ないが、このままでは確実にトレーニングに支障を来すので少しの間眠らせてもらおう……。

 

 のそのそとソファに座り込む。

 あぁもう今にも寝てしまいそうだ、と横になりかけたその時、胸にブランケットを抱えたキングが隣へ腰かけた。

 

 あれ、眠っちゃダメな感じか……?

 いやでもブランケット持ってるし……なんで隣に?

 

 訝しむ俺を余所に、俺を見つめるキングはポンと優しく自分の膝を叩いた。

 これから眠るという時に隣に座って膝を叩く……言わずもがなだろう、でも……!

 

「……さ、さすがにそれは……」

 

 俺たちはトレーナーと担当という関係で、然るべき距離感というものがあるはずだ……。

 膝枕なんて俺からすればもう恋人のそれだし、これはさすがに越えてはならないラインな気がする。

 

 なんて考えながら断ったはずの俺の顔にはいつの間にか何か柔らかいものが触れている。

 ……あれ?

 

「昼休憩が終わるまでよ。それなら、一流の名に恥じないで済むわ」

 

 おかしい、ダメだと考えながらも動いてくれない体。

 最後の抵抗に目線だけでキングに訴えかけてみる。

 

 だがそれも叶わない。

 無情にも瞼を覆った彼女の手が、もう俺になんの行動も許さない。

 

「ほら、時間も少ないんだし……早く寝ちゃいなさい……」

 

 閉じた目にじわじわと暖かさが伝わってくる。

 頭の中はゆっくりと空っぽになって、意識はゆっくり薄れていく。




世話焼きなキングは多分、心配が勝ってトレーナーに膝枕することが傍目から見てどうとか考えてない、と思う。
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