とある『個性』研究員の日記   作:小腸菌

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とある『個性』研究員の日記

⚪月a日

 異動になったので引っ越しのための片付けをした。

 ボロボロの教科書を見つけた。パラパラとめくると、発光する胎児のことが記載されていた。懐かしい。学校で昔習ったなあ。

 引っ越し準備はあまり進まなかった。

 

⚪月b日

 ほとんどの荷物を新しい引っ越し先に移動させたので、いつもの部屋が広く見える。この部屋で日記を書くのもこれで最後だと思うと感慨深いものがある。

 社会人になってから書き始めた日記だが、もう3年も続いている。この日記帳も3冊目か。私が死ぬときは何冊書いていることだろう。

 

×月c日

 今日は異動先で挨拶した。研究所の人員はそこまで多くない。明らかに近付きたくない感じの人は居なかったし、私も無難に挨拶できたはずだ。なかなか良い雰囲気の職場だと期待出来る。

 

×月d日

 今日は研究テーマについての話があった。

 とはいえ、事前に知らされていた内容と変わらないので戸惑うことはない。

 研究内容について本当は書くべきではないが、正直な話、実験自体は小学生が自宅ででも出来る内容である。細菌培養でしかない。ただ、大規模なだけだ。

 いかにそこから有用なデータを見つけるかというのがメインになるだろう。

 念のため、日記帳を入れる鍵つきの棚でも買っておくか。

 

×月e日

 今日は、検体数の確保のため、普通に細菌培養した。

 20分に1回増えるのでどんどん増やせて楽しい。

 真っ白(黄)な培地にコロニーがどんどん増えていく。

 シミュレーションゲームでもしている気分だ。

 テンションが上がって鼻歌を歌っていたら同僚に見られた。恥ずかしい。

 

×月f日

 菌の数を確保出来たのでこれからは遺伝子を組み込んでいく。まずは当たり試験だ。自分の遺伝子を組み込んで良いとのことだったので口の中に綿棒を突っ込んで採取した細胞を処理して組み込んだ。

 DNAのどの部位が『個性』発現に寄与しているのだろう。それともDNAは『個性』との因果関係は無いのか。

 ワクワクする。

 

◽月g日

 見事に全滅していた。総当たりで行くしかない。

 そもそも、私の『個性』は視覚強化だが、大腸菌に視覚なんて無いわけでどうやって『個性』発現を判断すれば良いのか悩ましい。変なテンションで仕事すべきではないな。

 

△月h日

 『個性』発現は観測できないけど全滅はしなくなった。大体この辺にこの量組み込めば死なないって感覚は掴んできた。上は標準化しろって言ってくるけど無理無理。感覚だよ。感じろ。

 まあ、真面目に言えば、視覚強化の『個性』でも持ってないと厳しいと思う。最後は結局勘だし。

 

⚪月i日

 色々と条件を変えたが、『個性』遺伝子導入時生存率2割くらいで頭打ちのようだ。組み込む『個性』の種類に多少は影響されている気がするけど、多分気のせい。ざっくり計算してみたら相関係数0.4くらいだった。仮定に仮定を重ねたどんぶり勘定の計算だけど。

 発光『個性』の遺伝子が入手出来たので組み込んだけど、発光しないので『個性』発現は間違いなくしていないはず。そもそも、『個性』が遺伝子に依存しているという前提が間違っていると意味ないんだけどそんなこと考えても何も進まないので仕方ない。

 

×月j日

 飽きた。培地の匂いが取れない。食欲も低下気味だ。

 単純作業と覚悟はしていたが、本当に単純作業だ。

 生存率2割、『個性』発現観測出来ず。

 上は組み込む『個性』に知能向上や治癒を提案して来るけど、どうやって観測するんですかと言いたい。いや、治癒なら観測できるか。一応培養はした。

 

×月k日

 今日は久々に笑えた。上が調達してきたジョーク……じゃなかった『個性』が面白過ぎた。なんだよ、『二倍』って。大腸菌にはデフォルトで付いてるんですけど。上がニヤニヤしながら渡してきたと思ったら、笑い殺すつもりか。これで死んだら労災だぞ。

 

◽月l日

 異形型『個性』も組み込み始めた。これらの検体の生存率が1割切っているのは私の経験が足りず、勘が働いてないためだろうか。他と同じく生存率2割を今月の目標にしたい。それにしても異形型か。久々にサメ映画でも見ようかな。

 

◽月m日

 湿度を増やしたり培地を変えたりして異形型『個性』導入株の生存率2割達成。そして、なんと『超再生』のサンプルが手に入った。どうやって調達したのか分からないが、自己回復系は生存率が高い気がするから楽しみだ。なお、雑計算では相関係数0.4……

 『個性』発現は観測されず。

 

△月n日

 全然計画が進まないので上がしびれを切らした。

 上ももっと上から圧力をかけられたらしい。

 そのせいで、ついに禁断の『個性』遺伝子導入株同士の組み込みをするはめになった。

 世代を重ねるごとに『個性』も複雑で強力になる傾向があるからそれに期待しているのは分かるけど。

 どこからどこまでの遺伝子を切り取ってどこに挿入すればいいのか分かってないから奇跡的に『個性』が発現しても再現性が取れないと思う。

 あと研究所に怪しい人を見かけるようになった。

 金庫も買っておくべきか。

 

△月o日

 『超再生』か『治癒』が発現している可能性がある。この2つを導入した菌の生存率が3割を越えた。問題はどっちが発現したのか、なぜ発現したのかのメカニズムがまったく分からないこと。だから、2個性導入は嫌だったんだよ。

 とりあえず今月はこの組み合わせを集中的に研究しようと思う。

 

⚪月p日

 大分時間がかかったが、『超再生』と『治癒』の組み合わせで生存率4割を越えた。ほぼ確実に『超再生』か『治癒』が発現している。雑計算での相関係数は0.7。

 そして、上は3個性導入株の培養を指示してきた。

 まだ2個性導入株の『個性』発現のメカニズムが分かってないのにどういうつもりだろう。

 

×月q日

 3個性導入株の培養がまったく上手く行かないせいなのか変な場所に連れて行かれて立ち会い試験が行われた。何で場所を変えたんだろう。

 『超再生』試料提供者が試験を見たいらしい。上にはしっかり断れよと言ったのだけど、『超再生』試料以外にも色々と技術・アイデア提供を受けているから断れなかったらしい。知るかよ。

 ドクターって呼ばれていたけど、よくそんな呼び名で通せるなと思う。この研究所で博士号をとってないやつの方が少ないんだけど。私だってドクターだぞ。医師免許のほうだったら持ってないけどドクターの医師免許を見ていないから私は認めない。

 それで立ち会い試験なんだけどとても緊張した。ドクターの質問がエグすぎるんだよ。正直ここで悪口書いてストレス発散してるくらいエグかった。

 ほとんどの質問を「現在検証中で何日までに結論だします」と「何日にこういう試験をして確認する予定です」ってしか答えられなくて、上は睨み付けてくるし、ずっと冷や汗かいてた。今判明していることなんてほとんど無いんだよ。分かって。

 最後にドクターも『超再生』と『治癒』の組み合わせで遺伝子導入を行ったが、生存率は0だった。素人め。

 ざまぁと言わなかった自分を褒めたい。

 ちなみに、私が培養した3個性導入株も生存率0だった。

 

◽月r日

 3個性導入株の培養に成功した。生存率1/10000だけど1株でも生存すれば培養で増やせるのでこっちの物だ。導入個性は『筋肉強化』と『超再生』と『治癒』。あまりに上手くいかず、深夜テンションで『筋肉強化』を入れたら成功した。やはり筋肉だ。筋肉はすべてを解決する。

 なぜか『超再生』と『治癒』に『筋肉強化』を導入しても上手くいかず、『筋肉強化』と『超再生』に『治癒』を組み込むと上手くいった。

 大腸菌に筋肉は無いとかどういうメカニズムなんだとか色々突っ込みたいけどとりあえず培養できてよかった。

 4個性導入株?知らない子ですね……

 

◽月s日

 4個性導入株は無理だったが、3個性導入株で興味深い結果が出た。『筋肉強化』、『超再生』、『ショック吸収』の組み合わせで培養に成功したものの、その生存株を増殖させると『治癒』を入れたものと比べて明らかに増殖速度が遅い。

 推測だが、遺伝子は増える時に一定の確率でコピーに失敗する。そのエラーを修正する仕組みもあるが、すべてのエラーを直し切れる訳ではない。エラー箇所が生存には不要な部位なら良いが、そうでない場合、遺伝子疾患を引き起こしたり、癌化する可能性がある。

 『治癒』はこのエラーを修復する力があるのではないかと考えられるわけだ。

 特許申請しなきゃ。

 ちなみに『ショック吸収』提供者も例のドクターらしい。嫌いだから特許権は分けてあげない。

 

△月t日

 上が変な『個性』を持ってきた。『抹消』といって視認している者の『個性』を消すらしい。何がしたいの?ただの大腸菌になっちゃうんだけど。そもそも視覚なんてない。

 もう1つ『爆破』も持ってきたけど使えない。使用条件がニトロの汗を分泌して爆破する?大腸菌に体温調整機能なんて無いよ。それとも汗をかく大腸菌を作れと?

 

⚪月u日

 今日は酷い目にあった。上が調達してきた『キノコ』をおなじみの『筋肉強化』と『超再生』タッグに組み込んだら、大腸菌から胞子が出た。その時ドラフト……ヒュームチャンバー内で作業していた訳だから胞子がエアフィルターにこびりついて増殖し始めた。それでフィルターが詰まって吸引が止まり、胞子があちこちに撒き散らされた。慌てて避難したけど、マスク付けて無かったら吸い込んでたぞ

。まじふざけんな。

 明日は試験室が使えないから有給でも取るか。

 今日は本当に腹立たしいからキノコ鍋にしよう。

 

⚪月v日

 4個性導入株の培養に成功。生存率1万分の1。

『筋肉強化』『超再生』『治癒』そして知能が高くなる『ハイスペック』。どこから調達してきたのやら。

 多分、ハイスペックが司令塔となって治癒に修復部位を指示することで修復効率を上げているんだろう。筋肉強化と超再生は何してるって?筋トレでもしてるんじゃない、多分。大腸菌に筋肉なんて無いけど、頭脳だってないし、気にすることではない。大腸菌に挨拶とかされても困る。

 

⚪月w日

 5個性導入株に条件付きで成功。正確には培養出来ていないので成功ではないけど興味深いデータが取れた。

 先日の4個性導入株に『トカゲのしっぽ切り』を導入すると数秒で崩壊しながら4個性導入株に戻った。遺伝子も4個性導入株と同一だった。つまり、最低でも『ハイスペック』と『トカゲのしっぽ切り』は発現したと確認できる。

 初めて大腸菌の『個性』発現を観測出来たわけだ。

 キノコの胞子?記憶にございません。

 ここで大事なのは、

 ・大腸菌は移植された『個性』を発現できた

 ・複数の『個性』を同一個体が発現できた

 ・『個性』は任意に消すことができた

 こんなの学会で発表したらすごいことになりそう。

 聴衆は皆、今日が4月1日で無いことを確認するために時計を見るにちがいない。私だってそうする。

 

⚪月x日

 異形型『個性』を含めた4個性導入株の培養に成功した。

組み合わせは、親の顔より間違いなく見ている『筋肉強化』『超再生』に多個性導入時のお供『治癒』、そして残り1つは『サメ』である。『シャチ』も悩ましかったが、やっぱり日本人ならサメだよね。

 サメにふさわしい強力な目に見えない筋肉と生命力に加え、陸上という悪環境でも治癒で無理矢理直し続けてることで形状を維持。サメ型大腸菌の完成である。本当は空も飛ばしたいけどおそらくこのアプローチでは無理だと思う。

 

⚪月y日

 今日は楽しいことがあった。まさか、何の意味もないと思っていた『2倍』にあんな使い方があるなんて。今思い出しても笑えてくる。

 異形型『個性』を含めた5個性導入株の培養に失敗した。

 先日のサメ入り4個性導入株に無理矢理『2倍』を入れたら崩れながら分裂し続けた。でも、分裂しようとした部位も崩れた結果、いい感じに多頭サメの完成である。まったく仕事に手をつけられなかったけど、あれは仕方ないだろう。多頭サメ型大腸菌って字面だけでも笑えてくる。

 導入株そのものが破壊されたのでハイスペックが無いと治癒が間に合わないという検証にはなったか。

 

⚪月z日

 例のドクターからとんでもないサンプルが送られてきた。『超再生』『ショック吸収』『6本腕』の3個性導入サンプルだ。3個性ってしょぼくね、今のトレンドは5個性の多頭サメ型大腸菌だろ、とはならない。何しろ宿主がヒト細胞である。

 私は個性導入の第一人者だと思っていたが、どうやらドクターも第一人者だったようだ。

 同じ分野に第一人者は2人も要らない。ドクターに差を付けるためにかねてから温めていたアイデアを試す時が来たようだ。

 もっとも、私の方が少しばかり上なので、少し遊んで……ハンデとしてサメを飛ばしてからになるが。

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