とある『個性』研究員の日記 作:小腸菌
△月ca日
昨日はとてつもない大発見の衝撃で人語を忘れていた。なんと『個性』非導入大腸菌に『ゴリラ』が発現していた。
もともと、この類いの研究の大目標は、人類の発展である。ただ、望ましい個性をカットorコピー&ペーストして軍事利用したい大人の事情が少しだけコンタミしてしまっただけでちゃんと学術的な価値もあるのだ。
学術的要素の一つとして、世代を経るごとに強化されていく『個性』に対して社会はどう対策すれば良いかシミュレーションするということも期待されていた。
しかし、あまりにも『個性』が発現しないため、下火になった。その上、ヒトの遺伝子の導入は倫理的な問題があり表社会ではできないのと、ヒト以外で唯一『個性』を発現した実例のあるネズミに引っ張られ、ヒトと大きくかけ離れた大腸菌での『個性』研究は、私以外しなくなっていた。
私もこのテーマにかんしては、あまりにも成果が出ないので放棄し、普通の大腸菌は遺伝子導入時の宿主として利用するために培養していたに過ぎない。
私は無神論者だが、凡人の私にこんな世紀の大発見をみせてくれた神と今も元気にドラミングをしている『ゴリラ』型大腸菌に今日ばかりは感謝しよう。
△月cb日
神は死んだ。
△月cc日
嫌な事に気付いてしまったため、昨日はやる気が無くなってしまった。
『ワープゲート』入手時にいくつか試作したものの『個性』の制御ができず、どこかにワープしてしまった大腸菌により、『ゴリラ』遺伝子がコンタミした可能性がある。可能性は天文学的に低いがゼロではない。非常に腹立たしい限りである。
△月cd日
この研究所は敵連合の傘下に入るらしい。知名度の割に構成員の少ない今なら組織内で影響力のある地位が我々にも手に入るだろうと、上司が言っていた。制御不能なため未発現のまま保管している『あの個性』は、今まで以上に慎重に取り扱う必要が出てきた。『もう一つの個性』はどうするかって?あれは大腸菌のデフォルト仕様だから問題ない。
△月ce日
上司が震えていた。敵連合の上層部と直接対面してきたがよほど怖かったらしい。研究所内で上司より上の立場の者は全員粛清されたとのこと。それは怖い。管理職ではなくてよかった。
△月cf日
早速無茶ぶりが来た。戦闘に参加せよなんて研究者をなんだと思っているのか。現場に居ても邪魔にしかならないと力説し、なんとかその無茶ぶりを撤回させたが、代わりの戦力を用意するという条件をつけられた。そこで偵察用大腸菌を供出したのだが、お気に召さなかったらしい。戦闘用も明後日までに作れと次の無茶ぶりが来たので、それが如何に困難か説明するプレゼン用資料を作っている。
△月cg日
殺されるかと思った。というより、一回でも出来ないとか不可能なんて言葉を使っていたら殺されていた。
期限は延びたが、戦闘用大腸菌を作る必要があるのにかわりはないので基礎研究はしばらく諦めよう。『個性』半導入大腸菌といい、世界初の原核生物の『個性』発現といい、せっかくの大発見なのに研究が出来ない。研究者が生き辛い世の中になってしまったものだ。早く秩序を取り戻して思う存分研究に没頭させてほしい。
△月ch日
以前から戦闘用大腸菌の方向性について考えてはいた。まず、大腸菌を数億匹程度集めたところで人間の戦闘に影響を与えられるかというと、食中毒のような特殊な事例を除けば、極めて困難と言わざるをえない。これは、ヒトと大腸菌の持つ特性の違いによるものである。
まず、ヒトは大腸菌と比べて遺伝子のサイズが大きい。1個体が、37兆もの莫大な数の細胞で構成されているというのもある。そして、一番大きい要因は、『個性』遺伝子の稼働率である。『個性』を使おうという意思が影響するのかヒト細胞は『個性』遺伝子該当箇所の稼働率が高い。『個性』は知性でもってコントロールした方が強いということになる。ちなみに、断言している風に言ったが、確証を持っている訳ではない。ヒト細胞なんて本来は研究の範疇に無く、データが不足しているから仕方ない。それに、私はマッドサイエンティストと違って人体実験を積極的におこなおうとは思わない。
戦闘用大腸菌の問題を解決させる方法は、3つ思い付いた。
・遺伝子導入によりヒトと同サイズにする
・大量に運用する
・大腸菌に知性を持たせる
3つと言ったが、実質一択である。
△月ci日
単細胞生物の多細胞体制化というと有名な群体生物が自然界に存在する。それに習い、実現すれば管理しやすい定数群体モデルに着手しようと思う。
それと、よく考えたら戦闘とは自陣営強化だけでなく敵陣営弱体化という手もあった。デバフをばらまくような『個性』も視野に入れよう。
△月cj日
群体モデルの『個性』強度が大腸菌1個体の限界出力より推測される値を下回っている。ヒトゲノム30億塩基に対して大腸菌は400万である。だから単純にヒト細胞37兆個の1000倍の3.7京個もあれば対抗出来るという考えが間違っていたのだろうか。それとも知性での制御がなく、指向性が無いのが理由か。
△月ck日
細胞どうしの結合力を調整すれば、定数群体モデルが出来るといいなあと思っていたが、予想通りただの群体になってしまった。次の出撃まで時間が無いのでひとまず保留し、普通の群体として扱う。
△月cl日
私は戦闘に参加したことがないので、戦闘に必要な能力が分からない。高耐久高火力の近接タイプはドクター製作の量産型脳無があり、対抗できる性能にするのは難しいだろうから避ける。私はドクターが嫌いだが、その腕前については敬意を持っていている。
思い付くのは、飛行可能な高機動タイプか遠距離支援タイプだが、現場のニーズがあるか分からない。戦闘員に戦場で欲しいものやされたら嫌なことを聴いてみよう。
△月cm日
上層部が敵予備軍の一勢力と会談し、話がこじれて激突した結果うちの上層部の一人が死亡したらしい。ピリピリしている。タイミングが悪い。
上司は我々研究所の忠誠を売り込み、ポストをもらうチャンスだと言っていた。
△月cn日
現場からの意見をあまり収集できなかったが、近接支援タイプを作ってみた。遠距離タイプは誤射が怖く、飛行タイプは高度の制御が難しいため、今回は見送った。名称はGシリーズ、通称は顔無になった。攻撃力は皆無だが、防御力と拘束力が高いため、足止めとしての役割を果たせるはずだ。
△月co日
自分たちの獲物が減らない上に行動の幅がように広がるということで足止めに特化した顔無は戦闘員からはそこそこ評判が良い。話をきいている限りでは、人質を逃がさないために使ったり、撤退時の殿として活躍している様子である。
ただ、我らがトップは火力の無さに不満があるようだ。単品で戦力投入できないので脳無と比べて使いにくいとのこと。脳無は私から見ても汎用性の高い傑作品なので急造特化型の顔無と比較されるとつらい。
△月cp日
脳無の対抗馬となる大腸菌の開発は難しいため、脳無の使い勝手をさらに向上させるシリーズを開発した。支援タイプの大腸菌の口無だ。人間サイズの釣鐘型であった顔無と比べてクチナシの花をモチーフにしたデザインであり、外観的には優れている。ただし、脳無の頭に乗っているのでまったく似合っていない。
△月cq日
都市伝説だと思っていた個性破壊弾のサンプルが手に入ったので、その研究をしている。あわせて、副作用有りの『個性』増強薬の分析もしている。それと、死穢八斎會というところが壊滅したらしい。たしか提携していたような気がするが、完全に蚊帳の外なので分からない。
△月cr日
我らがトップは口無のことが気に入らないらしい。寄生タイプとは言っていないのに。勘の良いガキは嫌いだよ。
△月cr日
完全に放置していた『ゴリラ』型大腸菌を久しぶりに見てみたが、蠱毒みたいなことになっていた。天敵が居ないので増殖しすぎたため、生存競争になっているようだ。
コロニーの一部を切り取り、『サメ』型大腸菌と一緒にしてみよう。
△月cs日
『個性』増強薬分析の成果として、『個性』の制御を不能にする代わりに出力を一時的に増強する技術を確立した。文字にすると面白いな。制御不能技術の確立。
これにより、『爆破』を制御不能にすることで、大腸菌に自爆機能を付けることができるようになった。明日トップに御披露目する予定だ。
△月ct日
我らがトップも自爆機能を面白がり、特殊行動隊を名乗れるようになり、私は特殊行動隊隊長の地位を手に入れた。特殊行動と言いつつ、特別攻撃隊である。こんな地位は要らない。
△月cu日
特殊行動隊が対人戦闘で成果を出すためには物量が必要である。数を増やすために大量に大腸菌を培養をしている。
△月cv日
自滅前提なら取れる手段は増える。特殊行動隊に新たな攻撃方法である、空中からの『ブラックホール』散布による爆撃という対空対地攻撃が加わった。現在、ドクターの『格納』を譲ってもらえないか交渉中だが、『格納』があれば、普通の爆撃も出来るようになって便利である。もっとも、私としては大腸菌らしく糞便をばらまかせようとかんがえているが。
△月cw日
新たな『個性』獲得のため、オールフォーワンの塩基配列を調べているが、嫌なものを見つけてしまったため、オールフォーワンから採取した遺伝子はすべてバラバラにして保管することにした。嫌なものというか、嫌な可能性というか。なんというか、例えるなら横書きの文章の頭に縦書きで別のことが書いてある可能性がある。例えば、『乗っ取り』とか『洗脳』みたいな。
△月cx日
物量というものが強いのは確かだが、コストの問題が出てきた。出撃の度に何トンもの資材を消費するのはよろしくない。成功率は無いに等しいが知性の獲得のため、電子回路モデルの研究を行う。また、それがうまくいかなかった時のため、威力の調整を行うことで菌の消耗を抑えるマトリョーシカモデルも開発する。
△月cy日
我々人間の『個性』抜きでの科学力では『ゴリラ』型大腸菌の『個性』増強速度に対応しきれなくなってきた。とはいえ『個性』込みでは、まったく問題が無いので蠱毒は続ける。
△月cz日
今日は、人類史に残る大きな出来事があった。
私が幻覚を見ているのでなければ、私は人類の夢の一つを実現させる足掛かりを得た。しかし、同時に私は開いてはならない扉を開いてしまったのかもしれない。
私に大腸菌語は分からない。大腸菌もまた私の日本語すべてを理解している訳ではない。しかし、ノンバーバルコミュニケーションという言葉もあるように、会話とは言葉のみに限らない。
今日、私は大腸菌と会話した。