<SIDE:ストレア>
アタシはストレア。いま、アタシはキリヤと一緒に四十九層にある宿屋へ向かっていた。
彼にとっての思い出の場所らしいそこは、赤い風見鶏がカラカラと風に吹かれている。
「ここが、シノンと会った場所?」
「ああ、まー落ちてきたとこを助けたから正確に言うと違うけど…」
「思い出があるんだねえ。…アタシは無茶してたのか記憶がほとんどないけど」
そう言うとなんだか困った顔をされてしまった。
「………なんで記憶喪失の人間とこんなに会うんだ?
僕の
「うーん。でもね、記憶がある時もキリヤを探してた気がする。…なんとなくだけどね」
本当にキリヤと出会うちょっと前だ、はっきりした記憶があるのは。
それよりも昔のことはまったく思い出せない。…でも、分かっていることもある。
彼の悲しみを癒したいという、どこからか湧いてきたこの気持ちは噓ではなさそう。
でもアタシがぎゅってするより好きな人とイチャイチャするほうがキリヤには良さそうだ。
「そーいうわけで、ごゆっくりどうぞー♪ アタシはどっかで暇つぶしするから、なんか問題起きたらメッセで呼んでねー!」
「わかった、ストレアさん。…ありがとう!」
キリヤが宿に入るのを見届け、アタシはごはんを食べに行った。
サンドイッチに舌鼓を打って、宿屋に戻ると二人の女の子が入っていくのが見えたので、
黒髪の女の子はすぐに二階へ行ってしまうが、フードの女の子はその場に留まった。
(…?
「オイ、隠れているのは分かっていル。とっとと出てこイ!」
「………って、なんでえ!?まだ七割以上
アタシがそう叫ぶと、女の子はニシシと笑った。
「オレっちの
「うう、悔しいー!アタシはストレア、あなたはだーれ?」
「…アルゴダ。アンタなんでここで
「…人間観察が趣味なんだ、って言っても信じないよね?
アタシ、キリヤの友達なんだ。悩んでたから相談にのってたの。」
アルゴを説得しようとすると、彼女は笑顔で
「…いや、大丈夫だヨ。アンタ
だから、ストレア。ちょっと話をしようゼ。…夜も長いことだし、ナ?」
と言った。
…彼女と夜通し話した結果?ひどい目にあったよ、情報屋ってこわいね。
<SIDE:キリヤ>
シノンと夫婦になって数日後、僕は最前線の迷宮区をさまよっていた。
一週間森に潜伏して、シノンとイチャイチャして迷宮区にしばらく行ってなかったので、勘を取り戻すためだ。
目の前にMOBが湧いてくると、僕は『オレ』に切り替えた。
『オレ』は愛剣を構え、敵の攻撃を《アバランシュ》で無理矢理失敗させた。
「よっしゃあ死ねえ!!」
…予想通りあんまり苦戦はしないなー。さっきから、問題なく戦えている。
今回『オレ』はどの程度戦えるのかを知るための
「…これじゃ、どのくらいであの時みたいに暴走しかねないのかわかんないな…。
いや、よく考えたら病み上がりみたいなものだし、無茶しない方がいいのかな…」
よし、今回はこのくらいで帰ろう。僕だって過信したら思わぬ
帰り道、ストレアと遭遇した。彼女はどう見ても疲れていた。
「…大丈夫か?昔見た睡眠不足の母さんみてえな顔してるけど…」
「エ、アタシがお母さんみたいって?もう、キリヤったら。寂しいなら甘えてもいいよ~?」
「だれもそんなことは言ってないんだが??ちょっと頭バグってないか?
睡眠時間ってけっこう大切だぞ、夜更かしってパフォーマンス下がるぞ!」
睡眠不足でたまに頓珍漢な事をする母と兄を見ている僕が言うんだから多分間違っていないと思う。
「あー、うん。……わりと限界かも。アタシも帰ろっかな。」
「…一体なにしてたんだ?…まさか、僕と別れた後一睡もしてないのか…!?」
ストレアはため息をつく。
「あの後ね、アルゴって
スキル構成全部知られたよ…。」
「あー…。ドンマイ!アルゴはそういうことやるよ、当然のようにやる。
ぶっちゃけ客とか情報提供するとき以外は逃げた方がいいよ。五分話したら百コル分取られるから。」
「…夜通し話したから五十万は軽いかなぁ…。でもね。
……アタシって何なんだろう?今までなにをして、どこにいたんだろうって考えてたら、眠れなくなって。」
こんな能天気の擬人化みたいな人間でも悩むんだなぁと一瞬思ったが、そうではないと気付く。
きっと、この世界に閉じ込められたプレイヤーのほとんどが大なり小なり悩んでいるんだ。…あの
自分のなりたいものと現実とのギャップ、命懸けの戦いで擦り切れていく精神、もしかしたら他人への愛憎なんかで、苦悩しているんだ。
…だからこそ、相談してほしいと思うのは、きっと間違ってない。
共感できずとも、一緒に悩むことで救われる人もきっといるはずだから。
「んじゃあ、明日一緒にご飯行こうぜ、シノンとか誘ってさ。
シノンもちょっと前まで記憶がなかったから相談してみるといいんじゃないか?」
「え、ご飯おごってくれるの!?やったー!」
「だから、今日はゆっくり寝なさい。寝不足で夢うつつにご飯食べるなんてもったいないぞ?」
「………わかった。ふあぁ、それじゃあまたね、キリヤ」
「……うん。また明日ね、
そそくさと《赤羽亭》に帰る。……なんとなく恥ずかしいな、呼び捨てに変えるのって。
でも、悪くない気分だ。
八月二十六日、僕はシノンとストレアを連れてお気に入りのレストランへ向かった。
「ほんっとうにありがとうストレアさん!キリヤのこと慰めてくれたって聞いて、一度お礼を言いたかったのよ。
何か変なこと言われなかった?たまに天然ボケですごいこと言うから…」
「変なことは言われてないよ?キリヤの思い出を聞いて、大切なことを思い出させただけだし。
思い出しながら話すと、心の整理がしやすいから。」
シノンとストレアはわりと仲良くなったようだ。
「し、シノンさん?天然ボケはひどくないっすか。僕のボケは計算されたボケだよ!?」
「その発言自体が天然ボケなのよね…。あなたは難しい事で悩むよりストレートに考えた方がいいんじゃないかしら」
「…。ひ、否定したいけどなんか納得しそうになった!え、考えるより行動したほうがいい!?」
「いやいやそうじゃなくて、計算してやるボケは向いてないと思う。自然体でいた方がいいわ。」
そんなぐだぐだ話しているうちに、レストラン《大熊の巣》につく。
ここはハチミツを使ったパンケーキが一番美味いので、是非食べてほしいな。
「というわけで、ここがレストラン《大熊の巣》だ。鮭っぽい魚のグリルとかハチミツをふんだんに使ったパンケーキがおすすめ。」
中に入ると人の三倍でかい熊の剝製が客を出迎える。
NPC店主によると昔死闘の末討伐したとか言われるそれは、初見の客を帰らせるには充分過ぎる…。
「「……なにこれ。」」
「《大熊の巣》の店主がぶちのめした化け物熊。店主が詳しい説明してくれるぞ」
「……熊肉のメニューとかあったり?ちょっと興味でてきた!」
僕は魚を使ったサンドイッチ、シノンはアユみたいな感じの塩焼き、ストレアは熊肉のステーキを頼んだ。
ストレアに、それかなりのボリュームだから気を付けてと忠告するも笑ってこれにすると言ったのでもう止めまい…。
「あのねー、シノンはどうやって記憶を取り戻したの?」
いきなりストレアはぶっこむ。…まーそのためにおごったのもあるけど。
「………これ言っていいやつ?というかもしかしてストレアさん、記憶が…」
「ないよ。だから、何か記憶を取り戻すためのヒントが欲しいんだ。…もちろん言いたくないんならいいけど」
シノンは少し悩んだが、やがて笑みを浮かべた。
「………いいわよ。私の記憶が戻ったのは、トラウマが刺激されて恐怖の感情に襲われたから。
ラフィン・コフィンとの戦いは、かなり似通っていた狂気で満ちていたわ。
…だから、自分にとって比率の大きな記憶に関わるモノを探せばいいんじゃないかな」
「………………。なるほど、比率の大きい記憶かあ…。ねえ、キリヤ。
依頼ってどのくらいお金がかかるの?」
「じょ、情報屋の仕事か、それ? ……。たぶん、僕はお金を取れないかな。
友達が困ってるのを見過ごすことができないバカらしいから。」
ストレアはポカンとした後、不安そうに言う。
「…いいの?わりと無茶言ってると思うけど。」
「いいんだよ、納得できたんだから。…一緒に探そう、ストレア」
「…私も手伝っていいかしら。なんか見捨てたらかなり後悔しそうだしね。」
「……ッ!!う、うぅ、ああああん!!あ、ありがとう、二人とも…!」
ストレアは泣いた。そりゃあワンワン泣いた。でも、泣き止まない彼女を止めるなんてできない。
今の彼女は、とても人間らしかったから。
僕とシノンは彼女の記憶を探すために、ストレアとパーティーを組んで度々色んな所へ行った。
しかし、彼女の記憶が戻ったのは、全てが終わる間際になることを、まだこの時の僕は知らない。