あくびを噛みしめながら、まだ日の出ていない街を歩く。
誰もまだ起きていないであろう早朝(もちろん徹夜していたら話は別)に、ホロウ・エリアの管理区についた僕は睡眠中のフィリアに近づいた。
フィリアの入っている寝袋を勢いよく揺すると、少女はすごい声で飛び起きる。
「にゃあああーーー!!?だ、誰ぇ!?てきしゅう!!?」
「おはよう、フィリア。」
「あ、おはよう。………じゃなくて!何時だと思ってるの!!五時よ、五時!?」
「起きなかったら僕一人で行っちゃうぞ?いいのかー?」
寝袋をストレージに突っ込みながらフィリアは半泣きになりながら怒る。
「良いわけないじゃんかぁ!…あれ?……今日は仲間、連れてきてないの?」
「うん。…少数精鋭で行こうと思って。」
今日の朝、僕は起きた瞬間にとてつもなく嫌な予感がした。
経験上こういう時は被害覚悟で人数を用意するか、逆に少数で目立たないように行動するのがいい。
六人パーティなら一人が酷い目に遭ったとしてもリカバリーが効きやすい。
少数は…時と場合による。『オレ』一人では完全に守り切れると断言できるのは一人だけだ。
「まあ、ついてきてくれる方がありがたいけどさ。もしかして焦ってない?」
「あせってるよ、間違いなく…!ごめん、理由はないけど今を逃したらまずい気がするんだ!
いきなりだけど準備はできてるか!?」
「だいじょうぶ!! キリヤの直感をしんじるよ!」
「ありがと。じゃ、行こうぜ。」
ホロウ・エリア管理区、秘匿領域。
そこは、余計なテクスチャが一切存在しない殺風景な空間だった。
あまりに飾り気がないせいで距離感がつかみにくい。
「…どうやってPOHはここを突破したんだ…。どこまでいっても同じ景色で気が狂いそうだ…!」
「でも少なくとも攻略はできるってことだよね。」
「だと思うけど。…邪魔だァ!!」
『ブヒィィィ!!?』
敵を《暗黒剣》の脳筋バフ込みソードスキルで粉砕しながら、次のフロアを目指す。
数こそ多いものの大したことないのが気がかりではあるものの、気にしてばかりもいられない。
代わり映えのしない景色は次のフロアに転移しても続く。
今どこにいるのかもわからなくなりそうだ。
「……………きっつ。」
「今地下三階だよね…?ちょっと、休憩しない…?」
「そう、だな……。」
どこまで続くのかすらわからないのに、無理をして進んだら逆走しかねないな。
水筒を取り出し中身のあったかいスープと干し肉を二人分用意しながら、僕は座り込んだ。
「ほら、朝食代わりにどうぞ。」
「ありがとー。……コンソメスープだ、けっこうおいしいねコレ。」
「その代わり干し肉の方は期待しないでほしいな。コンソメで柔らかくするといくらかマシになるよ。」
「ら、落差がひどい…!」
硬い干し肉とスープで英気を養った僕たちは、座ったまま話し始める。
「…長かったな、ここまでくるまで。」
「……そうね。この世界に来たばかりのころは、野垂れ死ぬものとばかり思ってた。でも……ね?」
すすっと音もなく彼女は僕の隣に移動してきた。そのままもたれかかってくるフィリアに、ドキッと胸が高鳴る。
いやいやいや、まずくね…?
「キリヤが、絶望から救ってくれた。生きるための希望になった。
きみは、わたしのこころの虚ろを埋めてくれた。」
「フィリア…。」
「きみは、わたしのフラグメント。あーあ、こんなんじゃもうソロには戻れないわね。これからもよろしく!」
そういうと彼女は僕を強く抱きしめた。女の子特有の柔らかさと熱がこちらを包む。
ぎゅうっと抱きしめられてすこし困惑するものの、なんだかこころがあたたかい。
「……………そっかぁ。僕はフィリアを助けられたんだなぁ…。」
そのひとりごとを聞かれたのか少しだけ抱きしめる力が強くなった。…心配させてしまったかな?
その後三十秒ほど、ぎゅーっと抱きしめてきた彼女は元気いっぱいになったようだ。
「それ、スイッチ!!」
「お、おう!?」
ちょっと押せ押せの彼女に戸惑いながらもスイッチすると、フィリアの《ファッド・エッジ》が敵を切り捨てる。
敵はだんだん強くなっているけど、この一ヶ月弱で鍛えられたコンビネーションの前には案山子同然だ。
「へへん、順調順調!!さあ、先にすすもう!」
「うーん、元気だなフィリア。さて次の転移石は、と……。」
地下十階を突破した僕たちは、赤い障壁に阻まれた通路に出くわした。
僕の手に浮かぶ高位テストプレイヤー権限の紋様を近づけると、それは派手なサウンドで消えていく。
「これさ、高位テストプレイヤー権限なかったらどうなってたんだろ…。」
「門前払いだと思う。ボスの全撃破がここに侵入する条件だから、ほんとならホロウが入ってくるのはあり得ないはずなんだよね。
そこら辺を歩いてるモンスターとはわけが違うんだし。」
「どっちもクリアできるのは相当の実力者でもあるってことだな。…つまりここからはそれ前提のヤバいのが出るってことだ。…こわいか?」
フィリアは首を振る。
「ううん、こわくないよ。…生き残ろうね、キリヤ!」
「おう、いくぜフィリア!!」
グータッチをしてから赤い転移装置でボス部屋に転移する。
床はガラスのように透明で、なんだか落ち着かない。
遠くからボスらしきものが回遊しながらこちらに向かってくる。…数十メートルは離れてるはずなのにはっきり見えるぞ、かなりでかい。
「…ドラゴン、か?」
「くるよ、キリヤ!!」
『グオオオオオオオオオ!!!』
咆哮を上げながら、純白のドラゴンは禍々しいオーラを放つ。
ホロウ・エリアのラスボスにふさわしいそのドラゴンの名前を確認する。
《オカルディオン・ジ・イクリプス》
…ちょっと辞書が欲しいなと思ったのは内緒だ。
ラスボスの腕の振り回し攻撃を回避しながら、突進系スキルで反撃する。
が、ダメージ量は微々たるもので長期戦という言葉が頭をよぎる。
《オカルディオン・ジ・イクリプス》はアインクラッドのボスらしくない立体的な攻撃でこちらを苦しめてきた。
透明な床の下に回り込んで一方的な攻撃を仕掛けてくるボスからは、
『オマエをぶっ殺す』
というホロウ・エリアの殺意を感じさせる。
「クソ、大丈夫かフィリア!?」
「いまので二割削れた!ポーション飲むからちょっとまって!」
時間の遅延をしてくるとかひでぇな、それでいて安全圏から一方的に殴ってくる相手は好きになる要素がないぞ…。
それでも頑張ってHPバーを一本削り切るが、なにやらボスがフィールドから離れていくのを見て嫌な予感がする。
「…………なんか背中のとこがピカピカしてんだけどあいつ。」
「あー、特殊攻撃かな?…ヤバいの撃ってきそう。」
純白の身体を漆黒に染めたドラゴンが、エネルギー弾を生み出しこちらに撃ってくる。
「ぐあっ!!?」
攻撃をくらうと視界が黒く染まり、まともに見えなくなった。
敵の視界を奪うデバフ、暗闇状態だ。ソレを直すためのアイテムである昭光結晶は暗闇状態自体あまりメジャーではないため、回復結晶や解毒結晶よりも優先度が低い。
「ち、くしょう…!!昭光結晶なんてマイナー結晶持ってるわけないだろ…!」
「うわ、もしかしてまともにくらった!?いったん下がる?」
「いや、だいたいの方向と距離を言ってくれたらなんとかなる!!」
暗闇状態はレベルにもよるがだいたい二十秒で視界が戻る。
敵の攻撃は腕に生えたブレードでの斬撃や直線のビームがメインのようだ。特殊攻撃以外ならどうとでもなる。
「特殊攻撃の時は尻尾の衝撃が飛ぶ方向に『オレ』がいたら声で知らせてくれ。」
「いいけど…なんかボス黒くなったんだけど。」
…今の特殊行動で強化されたのか。いや、ここは押すしかない…!
「無視しろ、無視!」
「えー…?気を付けてよ、キリヤ。」
ボスのHPが減るのと反比例するように、嫌な予感はどんどん大きくなっていく。
(……なんだ、この言いようのない不安感は…?こいつは最後のボスのはずだ。
…なら、この嫌な予感は…。)
ドラゴンの攻撃パターンは全て見切った、このまま押し切れば勝てる。
ボスの隙が大きい攻撃を回避し、二人で奥義を叩き込む!!
「いっしょにいくよ、キリヤ!」
「おう、墜ちろおおおおおお!!!」
《暗黒剣》奥義《ディープ・オブ・アビス》と、フィリアの《エターナル・サイクロン》が直撃し、ボスは奈落の底へと落ちていく。
『オオオォォォ…………』
砕けながら落ちていくボスを無視しながら、用心深く周りを見渡す。
…間違いない、
ドサッと、なにかが倒れるおとがした。
「…………フィリ、ア…?」
彼女のHPバーの周りに、緑色の枠が点滅している。…麻痺状態だ。
いきなりで混乱する『オレ』に向けてシステムアナウンスが響く。
『ホロウ・エリアアップデート、最終テストを開始します。』
そこに現れた男は、僕と同じ姿をしていた。…テストの内容が一発でわかると同時に頭が痛くなった。
「……………。」
無言でたたずむ『オレ』のホロウの目は黒く淀んでいる。…ディアベルやPOHとは違って、意思のない戦闘人形か。それなら遠慮なく
<SIDE:フィリア>
二人のキリヤが互いをにらみ合う状況に、わたしは焦っていた。
早くキリヤを助けなくちゃいけないのに、身体がまったく動かないからだ。
(ゆ、指一本うごかないなんて…!これじゃポーチの中のアイテムが取れない!
いやそもそもこの麻痺、自然治癒で治る!?)
「き、りや……!」
「…大丈夫。『オレ』に任せろ、フィリア。」
にっこりと笑いながらキリヤは、ホロウに剣を向けた。対するホロウ・キリヤは無表情。
「…さあ、ラストバトルだ!!」
「……………。」
二人の剣士は、まったく同じ構えをとり、漆黒のオーラを纏った剣が激突した!!