ソードアート・オンライン 暗黒剣の使い手   作:シャザ

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第三十七話 VSホロウ・キリヤ

 鏡写しのように《ヘイル・ストライク》が激突し、その衝撃が自身の体を思い切り震わせる。

 『オレ』のホロウが《暗黒剣》を使ってくることは想定していた。

 ホロウでテストを行うならスキル構成をまるごとコピーしなければ意味がないからだ。

 

 ギリギリッ…と両手剣が擦れ合う。

(自分と全く同じ顔の相手との戦い…か。キリトと戦った時とはまた、違うな…!)

 自分のことは自分自身がよく知っている。一つでもミスをすれば返しの一手で致命傷を与えてくるだろう。

 

 《暗黒剣》のバフってHP管理気を付ければわりと無法な火力出すからな。

 仕様を知ってるから敵に回すのが怖い、素手でも殺そうと思えば殺せるほどの倍率だ。

 

「…うおっ!?」

 

 鍔迫り合いをして考える時間を稼いでいたが、ホロウはそれに気づいたのかわざと力を緩めてきた。

 前のめりになってバランスを崩した『オレ』を、ホロウがサッカーボールのように蹴り飛ばす。

 

「ぐ、うぅ…!」

 

 透明な床に剣を突き立て、落ちないように踏ん張りながら『オレ』は危機感を覚えた。

 こいつは、本当に強い…!

 

「キリヤ……だいじょうぶ…?」

 

 後ろを見ると、麻痺で動けない状態のフィリアがいた。…ホロウは二人まとめて叩き落とそうとしたらしい。

 なにもしてなかったら混乱してるうちに死んでたやつだコレ…。

 

「…わりと手一杯。どーしようかな…。」

 

「…………わたしたち、しんじゃうの…?」

 

 その弱弱しい、絶望の言葉は僕の頭をおもいきり殴りつけてきた。

 

「…あ……。」

 

 …ここが、僕たちの終点なのか…?

 こんな場所で死ぬのか…。……()()()()()()()

 

 …べつに(オレ)が死ぬのは…まあ、許容できる。どうせクリスマスで一度死んだ身だ。現実世界に戻れなくてもそれはそれでしょうがない。

 けれど……けれど、シノンを悲しませるのは嫌だな。

 

「ちゃんと帰るって約束したのに、死んだらダメだわ。」

 

 ぽろりと自分の口からそんな言葉が出たことに苦笑する。

 なんてこった死ねない理由があるじゃないか…!

 

「…なあ、ホロウの『オレ』。おまえ、大切なヤツはいるのか?」

 

「……………。」

 

 相変わらずの無言。だが、こいつにはそういったものはないのだろう。戦うために生み出されたホロウに過去を設定するなんて無駄だからだ。

 先ほどまで恐ろしさすら感じたホロウは、どこか小さく見える。

 

「…なーんだ、こんな奴に殺されるなんて考えるのも馬鹿馬鹿しいな!」

 

「が、がんばれキリヤ!!…誰とのやくそくかは知らないけど、ホロウなんてやっつけちゃえ!!」

 

 フィリアも恐怖を抑え込んで応援してくれている。

 気づけてよかった…(オレ)は一人で戦っているわけじゃないことに。

 

 脳がフル回転しているせいか敵の動きがゆっくりに見える。…敵のソードスキルの軌道すら!!

 なら、ホロウの攻撃を避けながら反撃もできるはずだ。

 

(ホロウは《アバランシュ》を繰り出そうとしている。一定距離が空いたから突進するつもりだな?)

 

 剣を相手の進行方向に置く。勢いよく突っ込んできたホロウの身体が、その勢いのまま切り裂かれた。

 敵のHPがゴリッと一割も減る。

 

「…!!!??」

 

「…はじめて、表情が変わったな…!!」

 

 驚愕の表情を浮かべたホロウに、ニヤリと笑う。

 

「もう一発だ!!」

 

 (オレ)の放った《ヘイル・ストライク》がホロウのHPをさらに削る。

 《暗黒剣》のスリップダメージ込みでホロウのHPは二割弱。

 

「……………。」

 

 敵の目が危険な光を放つ。追い込まれた獣などがする捨て身の特攻…シャレにならねぇ!!

 

「…やべっ。追い込みすぎてやけになったか!?」

 

「や、やぶれかぶれで大技を出す気!!?」

 

 あの構えは《暗黒剣》の奥義《ディープ・オブ・アビス》だ。

 あれをまともにくらえばどんだけあってもHPが消し飛ぶだろう。

 

「……まあ、まともにくらうつもりなんてないけど!!」

 

 漆黒のソードスキルがこちらに迫るのを見ながら、(オレ)も同じ奥義を発動する。

 先ほどとほぼ同じ状況だが…このせめぎ合いに勝てば一気に形勢はこっちに傾くだろう。

 

「おおおおおお!!!」

 

「――――――!!!」

 

 三連撃目の激突で、異変が起きた。

 

 ピキッ

 

 小さな破砕音が耳に届く。…敵の両手剣の刃、その一部に小さな亀裂ができていた。

 …今だ、この勝機を逃がせば後はない!!

 

「これでぇ、どうだァーーー!!」

 

 バキィィィンッ!!!

 

 四連撃目をその亀裂に叩きつけ、剣を破壊した(オレ)もう一人の自分(ホロウ・キリヤ)の顔を見る。

 奥義の直撃で砕け散るホロウに悔しさのようなものを感じたのは、気のせいだったんだろうか…?

 

「…あばよ。」

 

 

 自分と同じ顔の存在が消えていくのは…なんかぞっとするな。殺す覚悟はしてたけど…。

 居心地の悪さをごまかすためにフィリアの方を見ると、麻痺が解けたのか彼女がこっちに突っ込んでくるのが見えた。

 

「キリヤァーーー!!!」

 

 そのままドーンと抱き着かれ目を白黒させる僕に、フィリアはうれしそうに笑う。

 

「えへへ、やったねキリヤ!!………あ、カーソルの色が…。」

 

「あー、オレンジになってんな。」

 

「わたしとおんなじ、だね。」

 

「まぁ、すぐコンソールで元に戻すんだけどな二人とも。」

 

 和やかな雰囲気をかき消すようにアナウンスが流れる。

 

『ホロウ・エリア実装アップデートは中断された』という内容が流れて僕たちはほっと安心する。この流れで止まってなかったらヤバいことになってたな…。

 

「さーて、邪魔するのは倒したしコンソールに向かおうぜ。」

 

「おー!」

 

 カチャカチャとコンソールをいじること三十分。

 バグっていたパラメータを元に戻した僕たちはフィリアとハイタッチする。

 

「いぇーい!犯罪者(オレンジ)から堅気(グリーン)に戻った気分はどう!?」

 

「うん…? なんか…こう、コメントに困るかなぁ…?実感がうすいというか」

 

 ホロウ・エリアに迷い込んでからの毎日は、アインクラッドでの生活よりはるかに過酷だったのだろう。安全圏なんかほぼないし。

 つまりそれは()()()()()()()()()()ということでもある。…トラウマというやつだ。

 

「これからはアインクラッドの圏内でゆっくりできるぜ。おつかれさま」

 

 僕はフィリアの頭を撫でる。小さいころ、妹にもよくやったっけ…元気でやってるかねぇ?

 

「もう、こどもじゃないんだからー。」

 

 なんて言いながらもすごくいい笑顔でされるがままにされている自称トレジャーハンター。

 撫でるのをやめたら名残惜しそうな顔でこちらを見てくる少女に苦笑いする。

 

「……話は変わるけど、帰ったらいつも泊まってる宿で仲間を紹介したいんだけどいいか?」

 

「といってもきみの仲間ってホロウ・エリアにも来てたよね。完全に初対面のひといる?いわゆるいつものメンバーとかじゃない?」

 

「あーーーー……。まあメシくって考えようか。」

 

 

 

「 お か え り 」

 

 《赤羽亭》に戻った僕とフィリアを、こわい笑顔で迎えたシノン。

 いや当然だわ、書き置きだけ残してどっか行くのは10:0でこっちが悪い。

 

「すんませんでした。嫌な予感がしてみんな置いてラスダン突っ込みました。」

 

「書き置き読んだときあんまりにもあんまりな内容で気絶しそうになったんだけど?

なにこれ、遺書?結婚相手と死別したときのアイテム配分なんか知りたくもないんだけど!?」

 

「…だって、ねー?嫌な予感がしたんだよ、ホントに。POHがコンソール悪用してボスコピペしまくってダンジョンに放置してたらどうすんのって話だよ?

あいつなら間違いなくやるよ??いやがらせ大好きだぞあいつ。」

 

「……………。」

 

 シノンは無言でこちらをじっと見つめている。 困った顔で何を言おうか迷っている彼女の顔はなんだか新鮮だな。

 個人の努力でどうしようもないトラップが仕掛けられてたら逃げるしかねぇもん、さすがに情状酌量の余地はあるはずだ。

 

「…おなか、すいてない?」

 

「ペコペコだよ。」

 

「なら何か食べたほうがいいわね。」

 

 互いに手探りで言葉を交わす。たわいない話をするこの時間が楽しい。

 自室にもどるとお茶を飲んでいたアルゴがヒラヒラと手を振っていた。

 

「オー、帰ったカ、キリヤ!…まずはよく戻ってきたナ、おねーさん嬉しいゾ♪」

 

「自分の家のようにくつろいでる…。とりあえずホロウ・エリアの最深部の話、聞く?」

 

「聞くに決まってるだロ、ホレホレ座れキリヤ。情報屋じゃなくてただのアルゴとして聞いてやるからサ!」

 

 

 チャーハンを食べながらボス二連戦の詳細を話すと、シノンたちは青ざめた。時間稼ぎをしながらデバフまき散らす害悪ワニドラゴンに、自分の全能力をコピーしたホロウ。

 ここまで『ゲームなんかしてやらねぇ、死ね!!』と言わんばかりの殺意を向けられたのは記憶にないな。

 …でも、システムコンソール目当てでダンジョンに攻め込んでくるヤツとか僕がGMだったらデストラップ嵌めするわ。絶対ろくなことしねーもん。

 

「よく戻ってこれたナ…?デバフを安全圏からばら撒くとかゆるされねーヨ…。」

 

「ホロウって…あっちにいたっていうラフコフみたいな?自分のすがたをした相手と戦うのってこわくない?」

 

「うーん、あいつらと違って完全に人形だったしなぁ。一言もしゃべんなかったし。ああ、でも…」

 

 自分が壊れていく姿を僕自身が見るのは…正気が削れる。『オレ』が僕を壊したような錯覚に嫌悪感が沸いた。

 ほかのことを考えようとして、新たなマイホームの事を思い出す。ホロウ・エリア攻略が終わったら言うって約束してたよな。

 

「…買ったもの見せないとな。」

 

「ん?ほーひはほひりひゃ(どーしたのキリヤ)?

ごくん、なんのはなしー?」

 

 無言でチャーハンをほおばっていたフィリアが笑顔でこちらに視線をむける。

 

「ああ…なぁシノン、前に買ったあれのことなんだけど…食べ終わったらセルムブルグに行こう。」

 

「…………土地買ったの??」

 

 シノンの呆れた顔が突き刺さる。あ、これ土地ころがしてると思われてる!?

 

「シノン、違うんだ!!セルムブルグはたしかに無茶苦茶高いけど転売なんかしたら街中あるけなくなっちゃう!!」

 

「オレっちがブラックリストにまとめた連中、黒鉄宮で元気にしてるかナー?

風魔忍軍(フウマニングン)》とか懐かしいナー。…なぁ?」

 

 すげー怖い笑顔でアルゴがほほえむ。ネズミというか獅子みたいなプレッシャーに冷や汗がでてきた。

 

「…容赦なくリストに書き込む気満々だぁ…。」

 

「セルムブルグは高級住宅多いからナ。住みたい奴は星の数いるゼ、よく買えたナ??」

 

「ホロウ・エリアでゲットしたレア装備オークションで売り払ったからな、攻略組連中の戦力アップもできて一石二鳥ってやつだ。」

 

「リズベットが知ったらキレそうね。」

 

 

 シノンのツッコミに苦笑しながら、お昼は静かに過ぎていく。

 …危機は、ひとまず去った。少女(フィリア)の呪縛は解け、悪魔(POH)の悪意を退けた僕たちは…新たな戦いに巻き込まれてしまうんだけど、それは別の話。




 これにて、ホロウ・エリア編終了です。
 ニューホームについては次回。

 次回も楽しんでもらえると幸いです。

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