<SIDE:フィリア>
船長室にかかっていた鍵を開け、わたしはその中のものを手あたり次第に調べた。
…時間はどれだけ残っているだろう、五分?十分?…もしかしたらもっと短いかもしれない。
「…急がなきゃ。単発クエストなんだからきっと打開策はあるはず…!」
壁にかかった槍は店売りのものだ、これじゃない。
チェスト内の片手剣、それなりのレア物だけど、クジラの特攻武器とかではない。
「…!!チェストの奥深くに日記!!お願い、なにか有益な情報がありますように…!」
ページをめくる。…正気と思えないほどの怒りを感じて、思わず閉じかけたものの我慢して読み進める。
…どうやら、この船には全財産を掛け拵えた、クジラ殺しの武装が積まれているらしい。
「…そんなの、この船に乗ったら普通気づくんじゃない…?
……待てよ?
……例えば、船首の真下にある衝角とか。
「……確かめなきゃ!」
甲板に戻ったわたしは日記を手にキリヤのもとへ走った。
「キリヤ!!この船クジラを殺すための武装があるらしいわ!」
「ホントか!!どこにあるんだそれ!?」
「それらしいものは船内になさそうだから、多分衝角!
こっちの損害は?」
キリヤは疲れた顔で笑った。
「…死人は出てないよ。でもそろそろキツイかも…。
……おーい、聞こえるかエギル!!」
「なんだこの忙しいときに!!」
「この船衝角あるんだってよ!あのクジラにたたきこめ!」
「…正気かてめえええ!?」待て待て、早まるな!死のうとするんじゃねえ!!」
エギルという名の男性プレイヤーはキリヤが狂ったと思ったのか慌てて説得を始めた。
「落ち着け、『オレ』は正気だ!このままじゃ船がもたないぞ!!
ヤツの腹にぶちこんでやれ!!」
「ああもうわかったよ!!…おい、みんな!これからクジラに突っ込む、落ちないように注意しろ!!」
白鯨スペルビアは、クールタイムが終わったのかチャージ攻撃の前の予兆である咆哮を始めた。
相変わらず威圧感がすごい…!
「…キリヤ、だいじょうぶなの…?」
「心配すんな。エギルならきっと大丈夫だよ」
スペルビアの突進を余裕をもって回避した船は、そのまま反撃のために旋回する。
白鯨は突進が終わると少しの間動きを停止する。この隙をエギルは見逃さなかった。
「おらああああ!!」
衝角による一撃が、クジラの腹部を直撃する。ほとんど残っていた二本目のHPゲージがあっという間に消し飛んだ。
しかも、防御デバフとスタン付き。
『オオオオオオオオオオオオオ!!!??』
スペルビアの絶叫が船に乗っていたわたしたちの耳に襲い掛かる。
「う、うるさい…。でも、チャンスだね!!」
「ああ、取り巻きも全滅させた。今のうちにタコ殴りだ!」
アスナの号令が船内に響き渡る。
「…今よ!総攻撃、開始ィーーー!!!」
「「「「おおおおおおお!!!」」」」
疲れていたレイドメンバー達は最大のチャンスに奮起した。
全員の後先構わない全力の一撃が、動きを封じられたスペルビアのHPを面白いように削った。
「とど、めええええ!!」
最後はアスナが放った《スター・スプラッシュ》の八連撃。
『オオオォォォ……』
…白鯨スペルビアは、断末魔とともに海に沈んでいき、ガラスが割れたような消滅エフェクトを放つ。
<SIDE:キリヤ>
スペルビアはレイドメンバーの怒りの猛反撃にあい、瞬く間に討伐された。
ふへーと潮のにおいがする甲板に座り込む。フロアボスと同じくらい疲れた…。
「…おつかれー。」
座り込んだ僕の目線に合わせたシノンが、労いの言葉をかけてくれた。
「おつかれ、シノン。そっちはどうだった?」
「出てくるサハギンに集中してたわ。ほぼ無限湧きだったからキツイのなんの…。」
「でも、スペルビアを倒せたのは取り巻き退治してたみんなのおかげだよ、ありがとう」
お礼を言ったら恥ずかしそうに顔を逸らすシノン。
「…そういえばドロップ品、白鯨の赤身肉とか出たんだけど。
…食えそうじゃないか?」
ストレージ内の白鯨の肉を見て、シノンが驚いた声を上げた。
「………え、A級食材!?すごい、高級食材じゃないこれ!今夜はご馳走ね、キリヤ!」
「おおお!!?マジかおい、今夜の夕食楽しみにしてるよ!」
<SIDE:クライン>
オレは《風林火山》のメンバーが無事に生き残っていることを確認して、ホッと一息ついた。
今回のボスは後半あっという間に削り切ったからよかったが、あのタイミング以外で船での特攻をしていたらと思うとぞっとする。
(最後のHPバーが残ってたらまず間違いなく攻撃パターンが増えてただろうしな…。
短期決戦に持ち込めたのはラッキーだったぜ…。)
かっこよく考え事をしていたオレは、誰かに呼ばれた。いつもの仲間の声ではない、若い少女の声だ。
「クライン、なにかっこつけてんの。」
「お、おお!?ミト、久しぶりだなあ!」
「忘れたの?こないだボス戦で一緒だったわ。」
そこにいたのは友人のミトだった。こいつもこの船に乗っていたのか、気づかなかったぜ。
オレとミトの付き合いは割と長いうちに入るだろう。いつも思いつめた顔で戦う娘は、どこかキリトのヤツに似ている気がした。
なんとなくほっとけなかったので、ミトがギルドに入るまでそこそこの付き合いがあったのだ。
最近は忙しいのか会うことすらなかったが…。
「にしても、元気そうでよかったぜー。KOBでバリバリ活躍中とは聞いてたが、無理してねえか心配だったんだ」
「まあ、副団長は苦労してるんだけど…。友達だから不安なんだ。」
「《閃光》のアスナか…。やっぱ女性同士だから仲良くやってんのか?」
「
そうだったのか。
「…こっちはさ、だいじょーぶだよ。毎日大変で悩みもいっぱいあるけど…、楽しいんだ。」
「……ああ、安心した。やなことがあったらよ、いつでも相談しに来いよ?
オレたちゃダチだ、ダチってのは所属するとこが違っても困ってたら助け合うもんだ。」
オレがニヤリと笑うと、ミトはポカンと呆けた顔になってから楽しそうに笑いだした。
「あははは!…うん、わかったよクライン!こっちも頑張るから、そっちも折れたらだめだよ!」
グッと握りこぶしを突き出したミトに、オレはこぶしを合わせた。
…オレたちはきっと大丈夫だ。仲間がいてくれるなら、きっとこのデスゲームだってクリアできると信じている。
<SIDE:シノン>
セルムブルグに戻ってきた捕鯨船は、港から帰った時点でボロボロになっていた。
…港で帰りを待っていた町の住民は気が気でなかったに違いない。
船から降りた私たちは大歓声で迎えられた。プレイヤーもNPCも関係なく、大歓声が港に響き渡った。
男性プレイヤーが船から降りてきたアスナに問いかける。
「なあ、クジラは死んだのか!?」
「ええ、証拠を見せるわ。…これは白鯨のラストアタックボーナスよ!!」
そういって彼女がストレージから引っ張り出したのは、白鯨の角を加工したと思わしき両手用突撃槍だった。
前線で見たことがない業物を軽々と操るKOBの副団長に、感動の声が上がる。
「す、すげえ…!!さすがはKOBの副団長だぜ!!」
「…わたしはラストアタックを偶然取れたに過ぎないわ。MVPは、彼女よ。」
彼女が指さしたのは、フィリアだった。
「…え、えええ!?」
「だって、あの
「そ、そうだけどさあ…!」
「逆転の一手を打ったのはあなたよ、謙遜しない!」
あたふたしているフィリアの周りに人だかりができ始め、質問攻めが始まった。
「どこに所属してるんですか!?」
「え、ええと…特定の団体には所属してないわ」
「普段はなにしてるん?」
「と、トレジャーハンターです!」
「彼氏とかは?」
「ま、まだいませーん!!」
…うーん、なんだか迷惑なマスコミが紛れ込んでない…?
個人情報抜き取ろうとしているのがチラホラいるみたい。
どうするかこまった私がキリヤの方を見ると、先ほどまでそこにいたはずなのに姿がない。
「ほら、逃げるぞー」
「あ、キリヤ!ごめんなさい、わたしもう行きます!」
キリヤはフィリアの手を取ると、すぐにその場から離れ私と合流する。
「おかえり。それじゃあ今のうちに帰りましょうか、フィリアも夕ご飯どう?」
「やったー!ごはん、ごはん♪」
新しいマイホームのキッチンに立った私は、白鯨の赤身肉をストレージから出す。
さて、こうして現物を見るとどう料理しようか悩むわ。
「二人とも、これどうやって食べようかしら。リクエストある?」
「ステーキがいいな。シンプルにかぶりつきたい!」
キリヤは、素材の味を楽しみたいようだった。
「フィリアはどうする?」
「…昔テレビで見たんだけど、竜田揚げがおいしいらしいよー」
「揚げ物かあ…。よし、二つとも作ってみましょうか!」
SAOの料理メニューというのは単純化されている部分が多い。
現実では時間のかかる工程もメニュー操作で済んでしまう。料理の師匠であるアスナが残念がるのも無理はない。
五分もしないうちにクジラステーキと揚げ物が完成し、食卓に並ぶと歓声が起こった。
「おおー、うまそう…」
「なあ早く食べようぜ、冷めたらもったいない!」
「ええ、いただきます!」
クジラのステーキは焼き加減がレアでジューシーに仕上がっていた。脂身のない肉もおいしい…!
揚げ物の方は漬けダレに使ったショウガの風味が良い感じにアクセントになっている。
「この世界でおいしいご飯が食べられるのって、モチベーションに直結するよなあ…。
全部レーションみてえなぱさぱさメシだったら死人もっと増えてるよ」
「うん、地獄かなんかかな??」
「そういえば、この世界で食事するってどういうことなの?
現実世界では食事できてるわけでもないのに」
私の疑問にキリヤはかつての記憶を思い出すように説明し始めた。
「…たしか、アーガスが提携してた別の会社が作った、《味覚再生エンジン》とかいうのを採用してたんじゃなかったか?
脳に食事の情報を送り込んでる…とかなんとか…。」
「でもおいしいから関係ないよね。」
フィリアがバッサリ言ったので思わずふふっと笑いがこぼれた。
「……そうだな!!!うまいもの食えるんなら現実でも仮想世界でもたいして変わんねえや!!
大切なのは誰と囲むか、だと思うぜ。」
「たしかにそうかもねえ。この世界に来たばかりのころは、こんなふうに誰かとご飯を囲むなんて思わなかったな。
わたしソロだったし。ホロウ・エリアに迷い込んで酷い目に遭ったけどさあ、人の出会いってわかんないよねー」
「………運命って、複雑ね…」
多分キリヤがホロウ・エリアに迷い込まなかったら出会いすらしないと思うと、ものすごく奇妙な縁だ。
「そう考えるとゲームの隠しキャラみたいだなあフィリアって…。」
「えへへ、どうも通常プレイじゃ出会えないレアキャラでーす!
今後ともよろしくー、なんてね?」
「…おう、よろしく頼むぜ。」
こうして、セルムブルグの危機が去った片隅で夜は更けていく。
この街を滅ぼそうとした白鯨が死に、街の住人たちは怯えることなく朝を迎えることができる。
…ああ、家が壊れなくてよかった。新しいマイホームが海の藻屑になるとか幸先悪いものね。