ポケモン世界に転生したら悪の女幹部になった 作:すごいぞ!すえはら
ふわりと浮き上がったそらをとぶタクシーは、冷たい夜風を切り裂いて、地面のアスファルトをぐんぐんと置き去りにしていく。
ふかふかの座席にお尻がぐっと聞き寄せられるように重力の重みを感じて……アーマーガアの高度が一定のところまで達すると、ふっと身体が軽くなった。
眼下にはガラル地方のビルの窓が無数に瞬いて、星の見えない夜空と地上を逆さまにしたような錯覚に囚われる。
「綺麗ね……」
思わず唇から溢れでたその言葉を目敏く聞きつけたのか、アーマーガアの操舵手のお兄さんから声をかけられる。
「そうでしょう、そうでしょう! ガラルの夜景は世界一と言われていますから」
マスコミや雑踏を避けるために、スタジアムまでの移動は会長に手配してもらったそらをとぶタクシーを使うことにしたが、この景色は思いがけない幸せである。
窓から半身を乗り出して頭上を見上げると、ずっと深い紺色が果てしなく続いていた。
「ガラルの夜空は……いえ、なんでもないわ」
思わずでかかった言葉を私はそこで止めた。
あんまりロマンチストすぎるのは、悪の女幹部には似合わない。
吸い込まれそうになる濃紺から目を背けて、市街地から少し離れたところで輝く工場地帯に目を向ける。機能的な構造美がライトに照らされていて眺めているととても落ち着く。
「スタジアムの中心までなんて言うから、驚きましたよ。世間じゃポケモンリーグの改革で大盛り上がりですから! まさか、あなたがレイコ博士だったとは! 応援してますよ!」
パイロットキャップに手を当ててから、操舵手は嬉しそうに私の顔を眺めやった。
黒色のユニフォームの上に羽織った白衣の裾がたなびくのを抑えながら私は答えた。
「ありがとう。でも、ガラルの人は余所者の私よりも、地元のジムリーダーを応援しているんじゃないかしら?」
「そういう人もいる。でも他の地方のトレーナーがどれほどのものか興味がありますし。それに、チャンピオンを破ったトレーナーは、美人だって噂になってるんだ。これほどとは思わなかったけど……」
ローズ会長の打ち出したワールドカップ構想は、あっという間に浸透した。
チャンピオンダンデは他のリーグにどこまで通じるのか。ガラル全体でポケモンバトルを盛り上げていこうという一体感が生まれつつある。
私が参加を了承してからローズ会長が発表するまで、3日となかったが投資銀行を通じた取引だけでなく、PTSもフル活用して、なんとか足がつかぬよう、テレビマクロや関連企業の株式を買い集め無事売却することができた。
仕事で大慌てになっている間に、私の試合の予定が週末に勝手に組まれていたことは、想定をはるかに超えていた。
しかし、これがローズ会長がローズ会長たる由縁なのだろう。
「メロンさんはこおりタイプのジムリーダーで、チャンピオンのライバルのキバナにも一度も負けたことが無いって聞いてる」
「それは、残念ね」
「初戦の相手が彼女でかい? たしかに上位層の選手は難しいよなぁ、ヤローやカブあたりだったらやりやすいだろうに……おっと、試合前に言うことじゃないな! 忘れてくれ」
気を遣ってくれたお兄さんに柔和な微笑みを返す。致命的な誤解をしているようだが、とくに正しておくこともないだろう。彼が試合を見ればわかることだ。
「さあ、つきましたよ! シュートスタジアム! 私もこんな超満員の観客の真ん中に降りるのははじめてだ!」
興奮気味の操舵手の声が響いて、スタジアムのサーチライトが一斉に私を載せるそらをとぶタクシーを照らした。
ゆっくりと降下するアーマーガアの羽音が、だんだんとスタジアムの観衆のどよめきと歓声に包まれて消えていく。
スタジアムの端の緑のターフにとすんと着陸すると、アーマーガアが翼の先で器用にドアを開けてくれた。
「ありがとう、勝ってくるわね」
そうお礼を言ってから、私はゆっくりとスタジアムの中央へと歩みを進める。人工芝の感触がパンプスの靴底を突き上げてきた。
『さあ!!! ショータイムの時間です!!!!! キルクスタウンのジムリーダー氷使いのメロンに対するは——』
『チャンピオンに勝利したと噂のインバイテッドプレイヤー!!! ドクターレイコ!!! 謎に包まれたその実力が今夜ついに、明かされるのかああああ!!!!!!』
ハイテンションの実況の声がスタジアムに響き渡り、観客の声援もさらに熱を帯びてくる。
「遅かったわねえ? あたしのこおりポケモンに尻尾をまいて逃げ出したのかと思ったよ?」
「ヒロインは、必ず最後にやってくるものなの」
羊水が腐っているおばの安い挑発を軽く受け流して、モンスターボールを手のひらの上でドリブルをさせる。
おばさんのポケモンはこおりタイプがメインと聞いていて、対戦映像などは集められる限り確認しておいた。
見苦しいブスの映像を確認するのは骨が折れたが、ポケモンバトルに勝つためにはあらゆる布石をうっておく必要がある。
私という最強のトレーナーが負けることは、万に一つもあり得ない。しかし、念には念をいれておくに越したことはない。
『さあ、お互いになにか挨拶を交わした両選手!!! それではバトルスタートです! イッツショーーーータイム!!!!!!!!』
おばさんが振りかぶってボールを投げるのにあわせて、私も手のひらの上で弄んでいたボールを芝の上へと投げ捨てる。
ヒヒダルマに対するこちらのポケモンは、マタドガス。
くしくもガラル地方のフォルムのポケモン同士の対決となった格好だ。
「マタドガス? カントーのトレーナーがガラルのポケモンも使うのね。そんな付け焼き刃があたしに通用すると思ったら大間違いだよ!」
猛然と超スピードで突進してくるヒヒダルマのつららおとしの直撃を受けて、マタドガスのガスの煙がパラパラと崩れ落ちる。
ガラルのヒヒダルマは、同じ技しか使えなくなる代わりに非常に強力な一撃をくりだすことができる特性をもっている。
継戦に支障はないがマタドガスの顔が歪んでいるので、それなりにダメージはあったようだ。
「マタドガス! おにびよ!!!」
マタドガスは大気から紫の炎を集め上げて、ヒヒダルマへとぶつけた! ヒヒダルマの雪混じりの皮膚が焼け爛れて技のキレが鈍る。
『ああっと火傷をしてしまったああああああ!!! しかし、マタドガスにも大ダメージ!!! かたや余裕綽々、かたや疲れを見せております!』
マタドガスには、くろいヘドロを持たせてある。大きなダメージを受けたように見えても、時間の経過と共に回復が図れる。
「ヒヒダルマ! そのまま倒しきるのよ!!!」
「マタドガス! 守って!」
ヒヒダルマの動きは俊敏だが、出してくる技が固定されていれば簡単に守ることが出来る。ヒヒダルマの特性と俊敏さから推測するに、持たせているもちものは、こだわりスカーフだろう。
防戦一方のマタドガスだったが、ヒヒダルマの連撃が止まるのを待って、だいもんじを繰り出した。
ヒヒダルマの氷の身体が炎に包まれたかにみえる直前、おばさんはポケモンを交代しラプラスを繰り出した。
だいもんじがラプラスに直撃したものの、そこまで大きなダメージはなさそうだ。
こおりタイプのほかに、みずタイプを持つラプラスへは、炎の通りが悪い。
「へっ残念だったね! ここから勝負をかけさせてもらうよ!」
おばさんはそう言ってから、ダイマックスバンドを輝かせ、大きなボールをラプラスへと投げつける。
ラプラスの身体がどんどん大きくなっていって、異形へと姿を変える。
ラプラス特有の特殊なダイマックスであるキョダイマックスだ。特殊な技を使えるということ以外に何が違うのか私にはわからないが、ローズ会長の横にいるクソブスが熱心に語っていたので、細部には違いがあるのだろう。
「マタドガス! 守って!!!」
私が指示を出し終えると、ラプラスから巨大な水流が射出されて、マタドガスのことを貫いた。
防御体制をとっていたにもかかわらず、マタドガスの顔が苦痛に歪む。致命傷こそ免れたもののまもるの効果で、防ぎ切るのは難しそうだ。
ダイマックス技の効果で気流が変化しスタジアムの頭上に雨雲が集まって、ぽつりぽつりと雨粒が頬を濡らす。
大好きな雨だがこの雨は、私のマタドガスを殺すための雨だ。
次のラプラスのダイストリームで私のマタドガスは死ぬ。雨の中でのみず技は並外れた破壊力を持つ。
そうやって、私は勝ってきたのだから。
想いの力をダイマックスバンドへと集める。
誰よりも強く! 私は負けない!!!!!
満ちた心の力をガラル粒子に変換して、マタドガスへとぶつける。
「マタドガス!!! ダイバーンよ!」
ダイマックスしたマタドガスが巨大な火球を生み出して、ラプラスへとぶつけた。
雨雲は火球へと全て消えていき快晴となったのも束の間、ラプラスのダイストリームがマタドガスに直撃し再び雨が降りはじめた。
しかし、一度快晴になったことで水流の勢いは弱められて、大きなダメージとはならなかった。くろいヘドロがあれば、まだまだマタドガスは戦える。
「くっ……倒しきれないっ」
悔しさを顔に滲ませた対戦相手の構想が、手にとるようにわかる。
ダイマックスにもキョダイマックスにも時間制限がある。ラプラスのキョダイマックスはそろそろ切れて元の大きさに戻る頃だ。
だから奴は確実に、オーロラベールを貼るためのキョダイセンリツを指示する。
先の見えた行動ほど防ぎやすいものはない。
『オーロラが出現しラプラスの必殺技キョダイセンリツがきまっ——いや、決まらない! 決まらない!!! マタドガスがダイウォールで防いだ! マタドガスが防ぎきりました!!!!!』
シワだらけの肌をお化粧で隠した見苦しいおばさんの顔に動揺がはしる。試合中にそんな表情をするようでは程度が知れる。
悪というものは常に冷静に、不敵な笑みをたたえていなければならない。
奴にはその自覚が足りないのだ。
雨が降り続くこの状況。ラプラスがうたかたのアリアを使ってくるのはわかりきっているので、ダイマックス状態のマタドガスをモンスターボールへと戻した。
そして繰り出すのは私の頼もしい相棒。
とげだまポケモン、ナットレイ!
ラプラスのうたかたのアリアを軽々と受け止めてから、ナットレイはたべのこしを食べて体力を回復させた。
「いけ! ナットレイ! ジャイロボール!!!!」
私の指示を聞いたナットレイは重苦しいのそのそとした動きで体を回転させ始めると、段々とその速度を上げていった。
フリーズドライが飛んできたが、ナットレイは気にも止めずに高速で回転したままラプラスへと突進した。
ラプラスの硬い甲羅がナットレイの鋼鉄の体に引きちぎられて、柔らかいブルーの体へと突き刺さる。
耳を切り裂くような悲鳴をあげて、ラプラスは動かなくなった。
「……ラプラス、よくがんばったね。お疲れ様」
おばさんは、ラプラスの背中を一度撫でてからボールへと戻した。
そして、火傷を負ったヒヒダルマを繰り出す。
自分の気持ちを鼓舞するように、おばさんは私のことを睨みつけてきたが空元気だ。流れは完全に私にあり、相手もそれを感じ取っているはずだ。
あとは、わからせてやるだけでいい。
ヒヒダルマのばかぢからを受け止めるために、私はナットレイをモンスターボールに戻しマタドガスを繰り出した。
ヒヒダルマの拳がマタドガスを襲ったが、フェアリータイプのマタドガスに格闘は効果が薄い。くろいヘドロで回復しながら、ヒヒダルマの単調な攻撃を受け流す。
ダイストリームで引き起こされた雨があがったのを確認してから私は指示を飛ばした。
機敏に動いてくれたマタドガスの口から炎が吹き上がって、ヒヒダルマを包み込んだ。
『メロンのヒヒダルマが倒れたああああ!!!!!! マタドガスの炎が冴え渡る!!! マタドガスが! マタドガスが突破できません!!!』
実況を得意げに聞きながら、頭の煙突からマタドガスが炭のように真っ黒な煙を噴き上げた。くろいヘドロを食べ過ぎて、煙に色がついてしまったらしい。
これで3対1。
おばさんの最後のポケモンは真っ白な氷の蛾。モスノウだった。
ラプラスのキョダイセンリツを本線に据えた戦略をとっていたので、薄々そうではないかと思っていたが、バトルで想定内の出来事が続きすぎると、少々興が削がれる。
「モスノウ! ちょうのまい!」
「マタドガス! クリアスモッグよ!」
ちょうのまいで逆転を狙うモスノウにクリアスモッグをしっかりあてて、能力上昇の機会を奪う。
「くっ……ふぶきでマタドガスを蹴散らしなさい!!!」
おばさんの指示を受けたモスノウが発生させたふぶきを全身に受けて、マタドガスはカチカチに固まって瀕死の状態となった。
最後は倒されてしまったが、充分すぎる仕事をしてくれた。
『ついにマタドガスがダウンだあああああああ!!!!! しかし、インバイテッドプレイヤーにはまだ後2匹! そして繰り出すのはもちろんっ!!!』
ナットレイ。
鋼鉄の不沈艦がスタジアムに戻ってきた瞬間に、スタジアムの盛り上がりは最高潮に達した。
ナットレイはモスノウが再度発生させたふぶきを完全に受け止める。そして、自身を高速で回転するジャイロボールに変えてモスノウへ直撃させた。
大きく弾き飛ばされたモスノウは、地面へと墜ちて再び飛ぶことはない。
『試合終了!!!!!! インバイテッドプレイヤーがジムリーダーを下し、勝利を手にしました!!!!! やっぱりスタジアムでも強かった!! 世界の壁がガラル地方に立ちはだかります!!!』
倒れたモスノウの横で、目に光を失ったまま崩れ落ちるおばさんのことを眺めやる。ポケモンバトル最良の瞬間である。
そうそう、それでいいんだよ。
今後はマタドガスの大きな大きな影に怯えながら生きろよ^^
人工芝を握りしめたまま俯くおばさんの下へとゆっくりと近づいてから、彼女にだけ聞こえるように私は呟いた。
「残念ね。ガラルのトレーナーはこんなものなのかしら?」