ポケモン世界に転生したら悪の女幹部になった   作:すごいぞ!すえはら

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第12話 アクロマのお願い

 

 淡いオレンジに紺色の夜を彩ったような春の夕暮れの空。

 

 日中は暖かくてもこの時間になると風が少し肌寒い。ベージュのスプリングコートの下にもう一枚着てきても良かったかもしれない。

 ブラッシータウンの郊外に佇む一軒家の門の前で、私は呟くようにアクロマに問いかけた。

 

「ふうん、ここがマグノリア博士の邸宅ねえ……準備は抜かりないかしら?」

 

「ええ、私は研究には全力を尽くすことを信条にしているので」

 

 嬉しそうににっこりと微笑んだアクロマは、自分の背丈よりも低い簡単な作りの門を開けて敷地内に入るように私を促した。

 

 玄関扉の横のインターフォンを鳴らすと、答えは返ってこない。その代わりに家の中からカツカツと杖の音がだんだんと近づいてきた。

 そして、ガチャリとドアが開く。

 

「ん……これはずいぶん綺麗なお客さまだね。レイコ博士か、噂は聞いておるよ」

 

「恐縮です。突然お訪ねしてしまって申し訳ない」

 

 折目正しく頭を下げて、それから猜疑心を削ぐように穏やかに優しく微笑んでマグノリア博士に向き直る。

 

 あなたに会えてすごく嬉しいです。

 

 そんな気持ちが前面にでるように——もっともその気持ちに、嘘偽りがあるわけではないが。

 

「研究の話かい? ここじゃあ寒いだろう。あがっていきなさい」

 

 人の良さそうな老婆に促されて、私とアクロマはリビングルームの白いソファーへと腰掛けた。ふかふかの羽を使ったクッションの弾力がなんとも心地がいい。

 

 紅茶の入ったティーポットを持って、おぼつかない足取りでソファーへと向かうマグノリア博士を支えるように、アクロマが寄り添う。

 

「悪いわね」

 

「いえいえ、私はティーカップをだしてきますよ。台所にはいっても?」

 

「ええ、もちろん構わないわ」

 

 台所へゆっくりと歩いていくアクロマを見送ってから、ソファーに座ったままティーポットを受け取る。紅茶の深い甘い香りが鼻腔をくすぐった。

 

「孫娘が言っていましたよ、レイコ博士は立派な人だと。研究論文もいくつか読ませてもらったけど……素晴らしい研究だったわ。理論よりも実学よりの研究が多いのは、私としては少し残念だけど」

 

「実現しないことには、あまり興味がもてなくて」

 

 そう答えた私を見てマグノリア博士は優しそうな瞳で私のことを眺めやった。どうやら気に入られたらしい。

 

「それで? 今はなんの研究をしているんだい?」

 

 マグノリア博士の問いかけに、私はねがいぼしのかけらをポケットから取り出し、部屋の電球に向けてかざして透かしてみせる。

 

「ガラル粒子について、それが今の最大の関心ごとです」

 

「ま、そうだろうね。私のことを訪ねてきたということは」

 

 どこか寂しそうにそう言ったマグノリア博士のことを観察しながらソファーに座っていると、アクロマがティーカップを持ってきてくれた。

 慣れた手つきで、アクロマはティーカップの中に琥珀色の液体を注いでいく。ポットの中にあった時よりも強く華やかな香りが、室内に広がった。

 

「今はエネルギーの固着化を進めている段階なのですが……ガラル粒子の制御方法は複雑でなかなか思うようにいかなくて、それで博士に協力を頼みたいと」

 

「私はほとんど引退したようなもの。レイコ博士のような若く才能溢れる研究者に教えられることはないわ」

 

 私の誘いを軽く断ってから、マグノリア博士はティーカップに口をつけた。

 

 マグノリア博士は今はガラル粒子そのものの研究からは離れて、ポケモンのダイマックスの研究や、地方の伝承の研究をしていると聞く。

 ダイマックスは、ガラル粒子研究の一分野に過ぎない。範囲を限定して研究をすすめているということは、彼女にとって粒子の研究を進めたくない要因がなにかあるのかもしれない。

 探りをいれるべく私は口を開く。

 

「無限のエネルギー。そして、無限の未来。そういったことを研究するのは、ワクワクしますよ」

 

 私の発言に大きく頷いたアクロマとは対照的に、マグノリア博士の顔は優れない。

 なるほど、ローズ会長のエネルギー構想に否定的な立場をとっているいうことか。

 

「あなたたちは、今はローズくんのところで研究を?」

 

「直接というわけではないですけど、バックアップはしていただいていますね」

 

「…………そうね、彼が優秀な研究者を引き入れないはずがないもの」

 

 マグノリア博士はそう呟いてから、ティーカップをローテーブルの上に戻した。

 

「私も昔は彼のところで研究していたのよ? 彼は真っ直ぐで……未来のことを想って純粋だったわ」

 

 どこか遠い目をして彼女は言った。その表情からは懐かしさと寂しさが入り混じっているように思える。

 そして、瞳の奥にはわずかな怒りと恐れのようなものを感じた。

 

「それの何が問題だというのです?」

 

「それは……言葉にするのは難しいわね。例えるなら……狂気とでも言うべきものでしょうか」

 

 狂気。

 心の中で反芻した言葉をローズ会長に重ね合わせる。 

 

「ローズ会長のエネルギー構想が間違っていると?」

 

「そこまでは言わないわ。未来にエネルギーが枯渇する。それはたしかな事実であって、彼の主張が全く筋の通っていないものだとは思わない」

 

 マグノリア博士はそこまで言い終えると、ティーカップを摘んで喉を潤した。カップとソーサーが触れ合って、カツンと磁器特有の冷たく高い音が部屋に響く。

 

「だけど、私は粒子の力を使ってエネルギー問題を解決する手助けをすることはないわ。もちろん、彼やあなた達の研究を止めるつもりはないけどね」

 

 明確な拒絶の意思を示されたが、私の心に特段の驚きはない。彼女の信条に興味はないが、そういう結論になるだろうことは、交渉前から予測できていたことだ。

 

「それは残念です」

 

「ええ、ごめんなさいね。協力できなくて……ああ、それと————」

 

「研究者のあなたに、どうしてそれほど深い灰色の影が見えるのかしら?」

 

 マグノリア博士は落ち着いた低い声でそう言ってから、鋭い視線で私のことを睨みつけた。

 

 交渉が決裂したことを確認したアクロマは、私が動くよりもはやくに、モンスターボールに手を伸ばし、ルナトーンを繰り出した。

 

 剣呑な空気を察し慌てて立ち上がったマグノリア博士に、ゆらゆらと揺れるルナトーンのさいみんじゅつの淡い紫の光が射出される。

 

 ふっと力が抜けて彼女の意識が落ちていく。

 

 怪我をすることがないように、私は彼女の後頭部に手を当ててそっと抱き寄せてから、床に優しく寝かしつけた。

 

「仕事が早いわね」

 

「恐縮です」

 

 私の真似をするように深々と頭を下げてから、そう言ったアクロマに苦笑いを返す。

 

「邸宅の周囲はケロケロ団の団員に見張らせるようにしておいたけど、他に気をつけて置くことはないかしら?」

 

「監視カメラの類いは、キッチンに行く際にわかる範囲で除去しておきましたが……もう少し調べておいた方がいいかもしれません」

 

「そう、ありがとう」

 

 アクロマは、分解した監視カメラの部品をローテーブル横に置いた紙袋の中に放り込んだ。それから、方位磁石のような探知機を手のひらの上に置いて、部屋の隅々を確認してくれている。

 あまり、長居もできない。私も私の仕事をしなくてはいけない。

 

 マタドガスを繰り出して、フロアランプのコンセントの付近におにびを放つ。電気がほとばしるような火花が飛んで、炎はゆっくりとカーペットの上を走っていった。

 人間の危機感をくすぐるような焦げ臭いにおい。

 事故のようにも見える、良い炎の入り方だ。

 

 アクロマが監視カメラを探し出すのにもうしばらく時間がかかりそうなので、マタドガスをモンスターボールへと戻して、ふかふかのソファーに腰掛ける。

 

 ロトム図鑑を空中へ放り投げて、通話機能を選択する。ワンコール、ツーコールとコール音が部屋に響きわたってから、グズマの顔が画面に表示された。

 

『おう、団長か。こっちは万事順調だぜ! 誰にも見られていない。もうアジトに戻ってきてる』

 

「それはよかったわ。孫娘ちゃんは?」

 

『計画通り軟禁室のなかで、おねんねしてもらってるぜ』

 

「ありがとう、助かるわ。それじゃあ私とアクロマも帰るわね」

 

 おう————そんなグズマの返事が聞こえる前に私はロトム図鑑を切った。

 部屋の隅で一際大きくなった炎の熱風が頬を撫でる。

 

「万事順調か……たわいない」

 

 ティーカップを手に取って口元へ寄せる。

 鋭い渋みが舌の上を過ぎ去ると、ほのかにべっこう飴のような甘みを感じた。冷め切った紅茶はゆっくりと私の喉をつたい落ちていった。

 

「炎はお嫌いではなかったので?」

 

 再び部屋へと戻ってきたアクロマは、ソファーで寛ぐ私に向かって問いかけた。

 

「ああ、そういう時期もあったわね」

 

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