ポケモン世界に転生したら悪の女幹部になった   作:すごいぞ!すえはら

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第13話 エメラルドグリーンの瞳とわるい研究者

 金属製の銀色の自動ドアの扉がぴしゃりと開く。

 

 マグノリア博士の身柄をアクロマに預けた後、私はシュートシティ郊外のシルフカンパニーの研究所を訪れていた。

 生活感のない無機質な白い壁紙とグレーのタイル貼りのロビー。神経質な空気が漂う中、似つかわしくない男が一人私の帰りを待っていた。

 

「おう、団長! 遅かったじゃねぇか! 待ちくたびれちまったぜ!」

 

「悪いわね。アクロマの実験室に博士を送り届けていたら、こんな時間になってしまったわ」

 

 私がそう謝るとグズマは、自分の功績を誇るように両手を広げた。

 

「フィールドワークで街からだいぶ離れたところにいたからよお。ポケモンバトルで一捻りしてやってこの通りよ」

 

 グズマは、ジャラジャラとネックレスを鳴らしながら、豪快に笑い飛ばした。

 犯行が目撃されるリスクを考えれば、そもそもポケモンバトルなどせずに、不意打ちで攫ってきた方が良いのだが特に何も言うまい。

 

 組織は適材適所。そうサカキ様もおっしゃっていた。

 

 仮に犯行が目撃されていたとしても、グズマの容姿であれば金品目当ての犯行だと思われやすい。また、彼はマクロコスモスやシルフとも離れたところで仕事をしているため、組織の全貌を掴まれることもない。

 捨て駒にはぴったりの人材である。

 

「ご苦労さま。それで、ケバ子ちゃんはまだ軟禁室に?」

 

「ケバ子? ああ、攫ってきた孫娘のことか。特に部屋に放り込んでからは何もしてないぜ」

 

「ああ、良かった。前に可愛いとか言っていたから変な気でも起こすんじゃないかと思って」

 

「起こさねえよ!?」

 

 露骨に動揺したグズマのことをからかうようにニヤニヤしていると、そっぽを向かれてしまった。

 

「今はこんな地味な仕事だけど、後で大暴れできる機会を作ってあげるから待っていなさい」

 

 私がそう告げるとグズマは、私に顔をあわせることなく、露骨に不満そうな態度で返事を返した。

 

「後っていつだよ?」

 

「ま、そのうちね……カタギの人相手じゃグズマも暴れたりないでしょ?」

 

 好戦的な表情を作ってグズマにそう語りかけると、グズマは嬉しそうに右腕を回した。

 

「抗争か? どんな組織だろうとこのグズマ様がぶっ潰してやるぜ!」

 

 水を得たカエルのように意気揚々と指を鳴らして、グズマは鼻息を荒くする。私もポケモンバトルが嫌いな訳ではないが彼ほどの情熱はない。

 マクロコスモス襲撃以降、武闘派さん達への大きな仕事が確保出来ていないのが気がかりだったので、今後の計画を僅かに示した事でやる気を取り戻してくれればなによりである。

 

「じゃ、私はケバ子と話があるから。グズマはもう帰っていいわよ」

 

 私は白衣のポケットに入っている帯封された100万ポケドルの束を3束取り出すと、グズマの胸元へ押し付けた。

 

「お! 景気がいいじゃねえか」

 

「ええ、飲み過ぎないようにね」

 

 喜ぶグズマから軟禁室の鍵を受け取って、ケバ子のいる軟禁室へと歩みを進める。フロアのタイルに響く靴音がなんとも心地が良い。

 ドア横の機械にカードキーを通してから、スクリーンに手を当てて指紋認証を行う。シルフの関係者でなければ開けられない構造だ。

 

「あら? 起きていたの?」

 

「え……レイコ博士? どうして?」

 

 軟禁室のデスクの前に置かれた事務椅子から立ち上がったケバ子に、穏やかな微笑みを返す。状況をよく飲み込めておらず、目をパチパチとさせながら、必死に情報を咀嚼しようとしている姿がとても可愛いらしい。

 

「ん? わからないかしら?」

 

「え……えっと」

 

 困惑するケバ子の方へと歩みを進める。白衣のポケットに手をいれたまま、彼女のことを見下ろすと、ケバ子は一歩後退りした。

 

「ソニアちゃん、私ね。わるい研究者なの」

 

 出来るだけ酷薄にみえるように軽く笑ってみせると、本能的な危機感を感じたのかケバ子は顔を強張らせる。

 

「な、なにが……目的なんですか? お金のためじゃありませんよね?」

 

「んー研究……かしら?」

 

「……それなら、こんなことしなくても言ってくれれば協力しますよ」

 

 ケバ子の自意識過剰な発言を聞いて思わず吹き出しそうになるのを抑えて、クスクスとからかい混じりの声をあげて、相手の心を折るような視線を送る。

 

「あなたに協力してもらいたいんじゃないわ。だってあなた……せっかくダンデ君やルリナさんと一緒に冒険したのに、何者にもなれなかったじゃない?」

 

 私の言葉を聞いたケバ子の肩が小動物のようにビクッと震える。

 

「な、なんでそんなこと……」

 

「知ってるんだ? かしら? 攫ってきた女の個人情報を調べておくくらい当たり前でしょう?」

 

 この女は、私の欲しいものを全部持っている。にも関わらず環境に胡座をかいて、研究ひとつまともに仕上げられはしない。

 

 そんな女に、ダンデ君だけでなくホップ君とも一緒に冒険する機会が与えられるなんて、不公平だ。

 

 同い年の男の子も、冒険の旅も私には与えられない。あるのは、ずっと周囲の期待に応え続けていることだけ。

 

「本来使い物にならない子とは関わらない主義なんだけど……あなた、マグノリア博士の孫娘なのよねぇ」

 

「そ、それがどうかしたの?」

 

「共同研究を頼んだんだけど、断られてしまったの。私には協力できないってね」

 

「ま、まさか……そのために! 私のことを!?」

 

「ええ、もちろんそうよ」

 

 手を握りしめてワナワナと震えるケバ子のことを眺め下ろした。

 

 ようやく自分が攫われてきた理由が、理解できたようだ。

 少し考えれば自分にそれ以外の利用価値などないのだと気づきそうなものだが、どれほど無駄な時間をかければ気がすむのだろう?

 

「し……信じてたのに……」

 

「あら? 初対面の人は信じるなと教わらなかったの?」

 

 私がそう言い終えると、堰を切ったようにケバ子は泣き始めた。真っ赤になった頬に大粒の涙が零れ落ちる。

 泣けば許してもらえるとでも思っているのだろうか?

 

 女の涙は見ていて非常に鬱陶しい。

 

「どうにでもしなさいよ!!! おばあさまに研究を無理強いさせるくらいなら! ここで死んでやるわ! あんたなんかの思い通りに……思い通りにはさせない!」

 

 癇癪を起こしたケバ子に私は諭すように告げた。

 

「それは困ったわね。貴方のおばあさまには、研究の成果が芳しくないようなら、貴方の指を1本ずつ切り落としていくと約束しているのよ?」

 

 私が折り畳みナイフを広げると、ケバ子は泣くのを辞めて小さな悲鳴を漏らして、へたり込んだ。

 

 コンパクトだが切れ味の鋭い刀身に蛍光灯の青白い光が反射する。

 

「死にたいんでしょ? それなら両手の指を落としていって……それから喉元に刃を突き立ててあげるわ。さぞかし、痛いでしょうね?」

 

 声があげられなくなったのか、ケバ子はとれそうになる程首を左右に振った。本気で死ぬ覚悟もないのに、物騒なことを言うのはやめてほしい。

 

 彼女に自殺されたとして、短い期間ならマグノリア博士にも隠し通すことができるだろう。しかし、研究が長期にわたることになると思わぬところから、博士に彼女の存否が漏れる恐れがある。

 可能な限りリスクは抑えたい。

 

「そうそう。それでいいのよ。どの道、研究の成果がでなければ、命乞いすることになるんだから、身体は大切にしないと……ね?」

 

「………………はぃ」

 

 お床で尻もちをついて、ほとんど放心状態になっている彼女と目線が合うように、私は膝を曲げて視線を合わせる。

 小さい子どもと話をする時のように、私はゆっくりと明瞭に言葉を紡ぐ。

 

「私としては研究成果がでてくるなら、その手段はなんでもいいの。マグノリア博士であっても、それこそ半人前の貴方であってもね」

 

 淀んだエメラルドグリーンの瞳の奥をじっと見つめる。夢、希望、愛情といった意志の力を失った瞳。

 指を切られたくない保身の心と、死の恐怖が彼女の人格を塗りつぶしている。

 

——まるで獣ね。

 

 心の中で自由意志を失ったケバ子のことをせせら笑ってから、私は彼女に提案をした。

 

「ここで、おばあさまの研究が上手くいくようにお祈りを続けるか。それとも、ソニアちゃんも一緒にここで研究をするか」

 

「選びなさい」

 

 私が選択を迫ると、彼女はビクッと肩を震わせて、そのまま俯いた。

 煮え切らない態度に思わず頬を叩きたくなったがぐっと我慢する。

 

 交渉には飴と鞭が必要だ。

 鞭だけを与え続ければ、最悪の場合この甘ったれたガキが壊れる可能性がある。

 使えるのかどうかは不明だが、手札は少しでも多くあった方が良い。

 

「ゃ…………ゃります」

 

「そう? 私は別にどちらでも良いのだけれど?」

 

「や、やります……」

 

 顔を真っ赤にして震える声を振り絞るソニアの頭を優しく撫でる。

 

「ふふっ、ありがとう。研究のために必要な資料は、あとで他の研究員に言って持ってこさせるようにするから……」

 

 

 よろしくね。ソニアちゃん?

 

 

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