ポケモン世界に転生したら悪の女幹部になった 作:すごいぞ!すえはら
広大な草原と険しい山々が連なるガラル地方のワイルドエリア。
青々とした空に分厚いうろこ雲がかかって、空と雲の境界を明確に分断する。
ケロケロ団の仕事もひと段落ついたので、私はホップ君を見守るお仕事を再開することにした。
ロトム図鑑を使って見守るのも手軽で悪くはないが、実際に同じ空気を吸っているのも乙なものである。
昨日なんて、一人でキャンプしているホップ君が缶詰を食べているのを見ながら私も同じ種類の缶詰を野営中に食べて、とても幸せな気分になれた。
一緒に冒険している気分が味わえるのが、現地観戦の魅力である。
いや、もはや一緒に冒険していると言っても過言ではないだろう。
山の上から双眼鏡でポケモン集めに励むホップくんのことを観察する。
何匹かポケモンの捕獲に成功している様子だったが、ホップ君の表情は晴れない。ここのところ、伸びないポケモンバトルの実力と周囲とのレベル差に思い悩んでいる様子なので、心配である。
「ホップ君の辛い心のうちを思うとお姉さん、心が張り裂けそうになるよ」
私はそう独り言を呟いてから、岩山の上で匍匐前進の姿勢をとりながら、ホップ君の一挙手一投足を双眼鏡に映し続ける。
普段通りの元気いっぱいの姿を見せていてくれていても、ふとした瞬間、影がさす。
可愛い男の子が思い悩んでいる姿も綺麗なものなのだが、やっぱりホップ君には笑っていて欲しい。
そんなことを考えていると、草むらで捕獲を続けるホップ君に近づいていく人影が見えた。
悪いメスガキであれば、私が追い払ってあげなくてはいけないので思わず身構えたが、どうやら男の子のようだ。
ホップ君と似たような背丈に、紫色の衣服をまとったアンニュイな雰囲気の少年。雲のような白色の癖っ毛が印象的だ。
「なかなか可愛いわね……」
少し生意気そうなところがあるのが、なお可愛らしい。
ホップ君と年齢は同じくらいだろうか?
紫色の少年がホップ君に何事か話しかけると、ポケモンバトルが開始された。
おそらく、彼はホップ君のライバルなのだろう。
思わぬ少年たちが織りなす熱い展開に、私は慌ててロトム図鑑を起動して音声データをリンクさせる。
『また会いましたね、ホップ。まだ冒険を続けていたんですか?』
『うるさい! オレはチャンピオンになるんだ! 諦めたりしない!』
ホップ君のバイウールーと少年のブリムオンが対峙する。
バイウールーは物理攻撃にこそ、高い防御力を発揮するものの、ブリムオンのような特殊攻撃で押してくるようなタイプとは相性が悪い。
何故可愛くもないし、強くもないポケモンを使ってしまうのか?
眉間に皺が寄っていっているのが、自分でもわかった。
バイウールーをボールに戻して、他のポケモンに交換した方が良いがホップ君の手持ちだとそれでも間に合わないかもしれない。
『ブリムオン! トリックルームです!!!』
アンニュイな少年のトリックルームが決まり、素早さの序列が逆転する。
バイウールーのとっしんを受け止めて、ブリムオンのマジカルシャインがバイウールーの体を貫いた。
『くっ……よくやったバイウールー。いけ、ゴリランダー!』
倒れたバイウールーを戻して、ホップ君はゴリランダーを繰り出した。バチンキーから進化して成長しているものの、ブリムオンとはそもそも相性が悪い。
トリックルーム下でサイコキネシスを当てられて、なすすべもなくゴリランダーが気絶する。
くさタイプにエスパータイプ。この結果は仕方がない。
特に目を引くようなポイントもなく気がつけば、トリックルームを使った少年の戦略に見事に嵌め込まれていた。
「も、もしかして……ホップ君ってポケモンバトルのセンスない?」
ホップ君の3匹目のポケモンであるアーマーガアがじわじわと弱らされていくのを見ながら、私はそう呟いた。
このポケモンというゲームの世界で、主人公キャラのホップ君がポケモンバトルが弱いなんてことがありえるのだろうか?
普通、ゲームの主人公はセンスがあったり技量に優れていたりするものである。
なんとかアイアンヘッドで、ブリムオンを突破したアーマーガアだったが、少年の2匹目のポケモン。ランクルスに無常にも処理されてしまった。
癖っ毛の少年はなかなかパーティの構築が上手い。ランクルスもトリックルームを覚えることが出来るポケモンで、まだ幼いのに一本筋の通ったパーティが組めている。
『くっ……オレの負けだ。ごめんな……アーマーガア』
そう言ってホップ君は、モンスターボールにアーマーガアを戻した。
大好きなポケモン達を勝たせてあげられなかった悲しみが、私にも痛いほど伝わってきた。
負けた試合の後、悔しい心を押し殺して自分から握手を求めるホップ君の右手を少年は払い除けた。
『チャンピオンの顔に泥を塗っていますね』
そんな酷い言葉をかけられて、ホップ君の顔が強張ったまま固まる。
少年は、そんなホップ君に見向きもせずにランクルスをモンスターボールへと戻し、背を向けて去っていった。
癖っ毛で生意気なところも可愛いのだが、アレは頂けない。ポケモンバトルの後に、人のコンプレックスを刺激して、追い討ちをかけるなどあってはならないことだ。
男の子同士のポケモンバトルは楽しく爽やかに行われるべきなのに……
膝をつき地面の土を握りしめてポロポロと涙を流すホップ君のことを、思わず抱きしめたくなる。
強くなれない原因ははっきりしているのだ。
ホップ君は性格的に優しすぎる。
ポケモンバトルの技量はさておいて、生来の優しさが彼の足を引っ張っていることは疑いようがない。
兄のダンデには、燃えたぎるような闘志があった。
仕草や顔は似ていても気質は全然違う。
ホップ君の性格は、ポケモンバトルにはあまり向いていない。
ライオンが狩りをする時に、インパラに優しさを見せることなどありえない。生きるため、勝つために誰もが必死なのだから。
群れの中で一番弱く、足が遅そうな子どものインパラを躊躇いなく狙う。
そうした覚悟が持てなくては、勝負事はなかなか上手くならない。
「うーん……でも、私はホップ君の優しいところが大好きだしなぁ」
ホップ君の性格をバトル向きに誘導していくことは出来るだろう。子どもは柔軟で素直に受け入れる下地を持っている。
彼のチャンピオンになりたいという気持ちを焚き付けてあげれば、動作もないことだ。
でも、そうしたくない自分もいる。
私のように性格がよく優しい女の子と付き合う男の子は、他人やポケモンのことを想う優しさを持ち合わせている子の方が釣り合いがとれる気がする。
でも、ホップ君はポケモンバトルが強くなりたいと思っているだろうから私も協力してあげたい。
「あちらをたてれば、こちらがたたず……なかなか難しいわねえ」
膝についた土埃をパンパンと払って、ホップ君は再び立ち上がった。
でも、また歩みを進める気にはならなくて。
木陰のすみに移動しバッグを抱えて、うずくまって顔をくしゃくしゃにした。
「私がなんとかしてあげないと、いけないかもしれないわね」
ホップ君見守り隊としてガラル地方に来てから、陰ながら応援していたがもう見ていられない。
ホップ君の傷つく姿を見たくない。
特にどう慰めるのかどうかプランは決まっていないが、傷心中の今近づいておけば、ホップ君のことを抱きしめて、よしよしってしてあげることも出来るかもしれない。
うん、そうしよう。
私の中で行われた討論会も終わったので、双眼鏡をポーチのなかにしまって、山肌から立ち上がる。
「ふふっ! 待っててねホップ君! お姉さんが慰めてあげるから!」