ポケモン世界に転生したら悪の女幹部になった 作:すごいぞ!すえはら
青空に浮かぶ雲の量が多くなって、日の光に影がさす。先ほどまではあれほど綺麗な青空だったのに、天気の移り変わりは早い。
小走りで岩場を駆け抜けて、最愛のホップ君の待つ大樹の根元の木陰に向かう。白衣の裾がパタパタと踊るのも気にせずに一目散に。
近づいてもホップ君は私に気づかないのか、じっと膝を抱えたまま神妙な顔つきでモンスターボールの入った緑色の鞄を見つめていた。
ホップ君——そう呼びかけようとして、思わず喉が詰まる。言葉がうまく出てこない。
地面から空へと突き上げるような突風が、私とホップ君の間をふわりと吹き上げて、木の梢をざわざわと揺らした。
「あ……レイコさん」
目を上げたホップ君は呆然とした様子でそう呟いたが、手のひらで両の頬をバチンと叩くと笑顔を作って私の方に歩み寄ってきてくれた。
「へへっ、今ポケモンバトルで負けちまったから修行の真っ最中なんだ!」
「そう……」
無理に作った笑顔が痛々しくて。
でも、それが彼の強さなのだと思うと一層愛おしくなった。
「今日は負けたけど努力を続けていれば、いつか……」
「負けに価値はないわ」
発言を聞いて思わず溢れてしまった言葉でホップ君の顔が強張った。
優しく優しく慰めて、お姉さんの愛でホップ君のことを抱きしめる予定だったはずなのに……私は自分の発言を後悔したが、本音を言ってしまったので、このまま続けるしかない。
「負けに価値なんてない。今日の負けが明日の勝ちに繋がるなんて、負けを肯定する心は捨てないと駄目ね。勝ちたいのなら、勝って、勝って、勝って、それではじめて勝てるようになるのよ」
ホップ君の顔がどんどん曇っていって、下を見て俯いた。
太陽が大きな雲に遮られて、日差しがさらに陰る。薄暗い大きな影が私たちと木の枝々の色を深くした。
「勝ちたいなら勝てって……言ってること滅茶苦茶じゃないか」
「そうね。でも負けは次の負けを誘引し、次の負けはいつしか習慣になる。習慣はいつしかその人になって、その刃を曇らせる」
極度に単純化されたRPGの世界でも、勝たなければ経験値を得ることは出来ない。勇者は魔王を倒すために、ショボいモンスター達を何度も何度も蹴散らして旅を進めていく。
勝たなくてはいけない。
「だから、負けた時は泣いて良いのよ?」
私の言葉を聞き終えたホップ君短い嗚咽が風に乗って、それから彼の頬を涙が濡らした。
宝石のように綺麗で透き通った男の子の涙。
先日、見苦しいものを見せられた私の心を洗い流すようなホップ君の純粋さに胸を打たれる。
肩を震わせるホップ君の後頭部を左手で優しく私の方に引き寄せて、軽く抱き締めた。
子ども特有の熱い体温を腕の中に感じる。頬を濡らしていた涙が、私の白衣へと吸われていく。
背筋をゾクゾクとさせるような快感と、少年に頼られる幸福感が入り混じる。
——ああ、やっぱり真面目にお仕事をしていると良いこともあるのねぇ
❇︎
「ありがとう、博士。悔しいって気持ちに蓋をするのはもう辞めたよ」
「そう、それがいいわ」
泣きやんでから、憑き物がとれたように笑うホップ君にそう言われて心が温かくなる。
本当に大丈夫? あとでお姉さんのおうち来る? そう言いたくなる気持ちをグッと堪えて、私は年上のクールで知的なお姉さんキャラが言いそうな台詞を口に出した。
大樹の幹の根本に並んで座る。いつのまにか曇り空だった空模様も快晴に変わって、強い日差しを緑の葉っぱが遮ってくれる。
「オレはオレのスタイルで……チャンピオンになる。アニキにも博士にも勝ちたいんだ」
「ふふっ、待っているわ。小さなチャレンジャーさん?」
彼の目の前に現れるであろういくつもの壁が私には見える。
それでも彼のことを応援してあげようと思った。だって、ホップ君ならその壁を乗り越えて、軽々と私のことを置き去りにしていってくれると信じているから。
「今日のバトルでは使わなかったけど、このポケモンをこれからは使って行こうと思うんだ」
そう言ってホップ君は、モンスターボールを地面に優しく投げた。
モグラポケモンのモグリュー。
土をかきだすために、シャベルのようになったおててが可愛らしい。
「あら? 良いポケモンを選んだわね」
私がそう言うと、ホップ君は嬉しそうにしてくれた。
すなあらしの状況で強くなるモグリューは、ホップ君の連れているサダイジャとの相性が良い。
「博士のバトルを見ていて気づいたんだ! 天候を味方につけられると強いって」
ガラル地方よりもイッシュ地方で主流とされる考え方だが、決して弱い訳ではない。ただ、ダイマックスが可能な環境でどこまで天候を軸にしたパーティが通用するのかは、私自身も掴みきれていないところがある。
「エースになってくれると良いわね」
そう言って私はモグリューの頭を撫でる。
このモグラが、私のガマゲロゲのような可愛さと強さを身につけて、ホップ君の助けになってくれると嬉しい。
ワルビアルをプレゼントしてあげようと思っていたが、ホップ君が自分で強いポケモンを選んで成長していってくれるならそれに越したことはない。
「ところで、バイウールーはまだパーティに入れておくのかしら?」
「ああ、博士からもそういうふうに思われちゃっているのか」
私がそう問いかけるとホップ君は苦笑いをしてから、バリバリと頭を掻いた。
ホップ君は、バッグからバイウールーの入ったモンスターボールを取り出して、小さな両手でボールを握りしめる。
ボールを真っ直ぐに見据えてから、ゆっくりと目を閉じてホップ君は言葉を紡いだ。
「今のこいつは足を引っ張っているかもしれない。でも、オレはこいつのこと信じたいんだ。一緒に頂点に立ちたい」
再び目を開いたホップ君の眼差しは、一流のトレーナーのそれへと変わっていて……
願望ではない、強い想いの力が溢れていた。
「そっか……簡単じゃないわよ?」
「それでもいい」
そう言ったホップ君に私は小さく微笑んでから頷いた。
それが彼の強さになるだろうから。
「もう、大丈夫そうね。それじゃあ私はもう行くわね」
「ありがとう博士。オレ、絶対にチャンピオンになってみせるから!」
「ええ、期待しているわ。それから、これ……」
自信を取り戻したホップ君に、餞別としてだっしゅつボタンを渡して、私は立ち上がった。
爽やかな風が大地を吹き抜ける。
次に会う時は、ホップ君はどんなトレーナーになっているんだろう。
もし、強いトレーナーへと成長してくれるなら……
お姉さんと一緒にポケモンバトルしようね!