ポケモン世界に転生したら悪の女幹部になった 作:すごいぞ!すえはら
スタジアムの女子トイレにバシャバシャと洗面台で手を洗う音が響く。その音をたてているのは、他でもないこの私だ。
何度おててを洗っても、試合後の握手の感触が拭えそうにない。
「あー最悪、最悪……握手なんて求められたら拒否するわけにもいかないじゃない」
スポーツマンシップに則った握手など想像するだけでも反吐がでるし、ああいうちょっと容姿の良いからって性格が悪い女と触れ合うと、その性格の悪さがうつってしまうので、御免被りたい。
あんなクソ雑魚ど三流ナメクジ相手に何度か読み負けを喫した上に、握手までさせられるとは何の罰ゲームなのだろうか?
大衆の面前であのような辱めをうけるなど、魂の殺人に等しい。
「はあ…………」
大きなため息がもれる。
ペリッパーに、何度もぼうふうを打たれて翻弄される展開は最悪だった。才能の欠片も感じないような選手だと、ナメてかかったのが良くなかったのかもしれない。
ナットレイ1匹に負担をかけすぎたのもそうだし、とつげきチョッキを持たせたワルビアルもあまり機能しなかった。
蛇口から流れ落ちる水の様子を眺めながら、私は簡単に敗因を分析する。
6回目の手洗いでひとしきり区切りをつけた私は、油が抜けきって乾燥してしまった両手にハンドクリームを塗り込んだ。
爽やかなラベンダーの香りが広がって、試合後の消耗した私の心を少しばかり晴らしてくれた。
「ふぅ……ま、こんな茶番に付き合っていられるのも今のうちか」
アクロマからは、ムゲンダイナを使用したエネルギー生成の研究は、最終段階に入ったと聞いているし、ねがいぼしの欠片もだいぶ集まった。
ケロケロ団、勝利の日は近い。
ポケモンリーグにはローズ会長に付き合って出場してはいるものの、計画が軌道に乗った暁には本業のほうに集中したい。
組織内でカントーやジョウト地方にも橋頭堡を築きつつある現状、私がロケット団の実権を握る未来はそう遠くはないだろう。もちろん、反発はあるだろうが。
私は鏡に映る自分の顔をじっと見つめる。
「鏡よ、鏡。この世で一番強くて美しいトレーナーはだあれ?」
前世の記憶の中にある童話の台詞を私はつぶやいた。当然、答えはかえってこない。
しかし、童話のように声は聞こえずとも私にはそれが誰なのかわかっている。
今、鏡の中に映る端正な顔立ち。
それが答えだ。
白衣の襟を整えてから私がスタジアムの関係者ロビーに戻ると、その場に似つかわしくないようなオラオラ系の服装をした男がいた。
「あら? グズマ来ていたの?」
「ああ、良い試合だったぜ」
「本当は興味ないくせに」
「いや、本当だぜ!? 俺はポケモンバトルで敵を叩き潰すのが大好きだからよう」
「奇遇ね。私もそうだわ」
私がそう答えると、グズマは豪快に背を反らせて笑った。こういうところは嫌いじゃない。
「ところで、本題は?」
「ああ、そうだな。ルザミーネのやつが呼んでる」
その言葉を聞いて、私は周囲の視線もはばからずに、大きな音で舌打ちをした。
ルザミーネ。
アローラ地方で、ポケモンの保護活動をしているエーテル財団の代表を務める女。
年齢は40近いはずだが、容姿はそれよりも少し若く見える。年齢の割には、まあ綺麗なほうと言ってもいいのかもしれない。
若作りするおばさん特有の性格の悪さが特徴の悪の頭領だ。
保護活動をしているとはいっても、裏ではポケモンの生体実験や強盗などを行っており、エーテル財団は悪の組織に他ならない。
容姿こそ昔は綺麗だったであろう生き恥のような女だが、表向き善人面をしながら極悪非道な犯罪に手を染めるエーテル財団の組織作りの手腕は、私の琴線に触れる。
しかし尊敬できる面もあるが、出来れば会いたくない相手であることは間違いがない。
「それにしても、ロケット団とは対立していると聞いていたのに、団長とは仲が良いなんてケロケロ団に入るまでは知らなかったぜ」
「声が大きいわグズマ……そうねえ、ま、向こうにも色々あるのよ」
表向き保護団体を名乗っているエーテル財団からは、悪の枢軸と名指しでロケット団は批判されている。
特に過去の諍いもあり、サカキ様や側近のアポロ達の世代とは、上手くいっていないようだ。
しかし、悪の組織同士協調していける部分では互いに協調していきたいのがロケット団、エーテル財団双方の本心であり、決定的な対立には至っていない。
「あ! ひとつだけ訂正させてもらうけど、別にあの女と仲が良いわけじゃないわよ? 向こうがそう思っているだけで、ただのビジネスの関係だから」
「あーはいはい。向こうも同じこと言いそうだな」
グズマのあきれたような態度に、私はイライラが募っていくのが自分でもわかった。
ルザミーネと仲が良いなんて思われるのも心外であるし、似ているなどもってのほかである。あんな性格が悪いおばさんと一緒にされてはたまったものではない。
「で、行くのか?」
「ええ、もちろん」
グズマの問いかけに私は即答した。
ルザミーネには利用価値がある。
資金面や技術面のバックアップもそうだが、これから先、アポロと対立することになった場合にそなえて、エーテル財団とは良好な関係を維持しておきたい。
向こうがこちらを利用する気なら、こちらも利用してやるまでだ。
「断ると思っていたんだが意外だな、アローラは遠いし気をつけてな」
一度眉を上げてから、豪快にそう言ったグズマに私は言った。
「何言ってるのグズマ? あなたも来るのよ?」
「な、なんで俺が!」
驚愕しながらも露骨に嫌そうな反応をするグズマの態度に、吹き出しそうになった。
「だって、私だけであのババアの相手をするの嫌だもの」
「おかしいだろ!? 行かなきゃ良いじゃねえか!」
「人間生きていれば、気が進まずともやらなくてはいけないこともあるものよ」
「それに、あなたのことを紹介してもらったよしみもあるしね? 今回は諦めて頂戴」
私がそう言うと、グズマはガックリとうなだれた。どうやら本当に会いたくなかったらしい。
「要件は何か言ってたかしら?」
「いや、まったく。あの女変に秘密主義みたいなところがあるからよ」
どうせロクでもない要件なのだろう。
私の直感がそう確信する。
あの女はお金では動かない。キ◯ガイ特有の独自の行動原理で動くきらいがあるので、それに振り回されると厄介だ。
お願い事や、無理な業務提案は最悪断ればいいとはいえ、ロケット団での今の私の立場を考えると無碍にも断りにくい。
「やっぱりやめとくか?」
「ま、なんとかなるでしょ」