ポケモン世界に転生したら悪の女幹部になった 作:すごいぞ!すえはら
「レイコちゃん! 来てくれたのね!」
アローラ地方に浮かぶ人口島。エーテル財団の本拠地であるエーテルパラダイスのメインホールにルザミーネの耳障りな声が響く。
いつものテンションではあるのだが、私の腰元に抱きついてくるのはやめてほしい。
エンニュートの毒袋を薄めて作ったであろう女性らしいフェロモン満点の香水の香りが鼻をくすぐる。
「お久しぶりです。ルザミーネさん」
「ええ、久しぶり。もっと来てくれればいいのに……冷たいのね?」
「アローラは距離がありますから」
私がそう言うとルザミーネは、かわいこぶってすんすんと泣くような仕草をした。
もう羊水が腐る年齢だろうに、魔女のような魅力を放つその女の若作りに、私は頭を抱えたくなった。
「ふふっ今日はレイコちゃんも来てくれましたし、良い1日ですね」
私から離れたルザミーネは、そう言ってウツロイドに微笑みかけた。
ウツロイドはルザミーネの言葉にこくりと頷いてから、クラゲのような体をゆらゆらと左右に揺らし私の方に近づいてくると、触手を伸ばして私と握手をしてくれた。
どうやら彼女にも歓迎されているらしい。
「ふふっ、やっぱりウツロイドちゃんには心優しく優秀な人間がわかるのね! 素晴らしいわあ」
一人で盛り上がっているおばさんのことを無視して、私はウツロイドのことを観察した。
あの女がこじ開けたウルトラホールの向こう側に棲む異世界のポケモン。
ウルトラビーストと呼ばれているその種は異形の容姿を持ち、非常に危険と言われているがウツロイドの様子を見る限り、それほど危険とは思えない。
ひんやりとして心地の良い感触の手足と、キラキラと輝く透明のガラスのような体がなかなか可愛らしい。
私は膝をついてしゃがみ込んで、ウツロイドのことをじっと覗き込んだ。
「お、おい! 大丈夫なのかよ」
「問題ないわよこのくらい。ポケモンであることに変わりはないわ」
「ポケモンじゃねえかも知れねえじゃねえか」
アローラ地方の出身で、ウルトラビーストに関する噂や伝承もそれなりに聞いたことがあるらしいグズマに止められたが、気にせず観察を進める。
いわ、どくタイプという話だが、透き通った体からはなかなか想像がしにくい。
「レイコちゃんもウツロイドのことが気に入ったみたいね。美しいものと美しいものは惹かれ合う運命なのですね」
「からかうのはやめてください。それで……要件は?」
「もう! せっかちね。もっとゆっくりしていってくれても良いじゃない!」
イカれた若づくりおばさんと会話をしているのも嫌なので、こちらとしてはさっさと本題に入りたいのだが、そうさせてくれる予定ではないらしい。
「来年からね、ボール&テクノロジーへの研究資金をもっと拠出しようと思うの」
「ん……それはありがとうございます」
「ウルトラボールの開発が上手くいったのもレイコちゃんのおかげ……でも、わたくしの愛すべきポケモンちゃんたちを保護するために、もっとたくさんのボールが必要なのです」
ボール&テクノロジーは私が経営している小さな会社だ。モンスターボールに関する研究を行うシンクタンクと言っても良いかもしれない。
構成員はシルフカンパニーとロケット団の研究員がメインだが、エーテル財団からの支援も受けながら研究を進めている。
莫大な資金が求められるモンスターボール開発において、財団からの金銭的な支援は会社の命綱だ。試作品ひとつ作るにしてもお金がかかる。
ケロケロ団からの持ち出しにしてもいいが、ガラル地方というブルーオーシャンを手に入れた今、従来のボール開発に資本を投下するのは効率的ではない。
なので、エーテル財団や上部組織であるロケット団にお金は出させたい。私の考えをルザミーネに察されているのは癪ではあるが、申し出そのものはありがたいので、おとなしく受け入れておく。
「ボール開発ではお世話になったことですし、わたくしの大切なコレクションを見せてあげようと思って」
「コレクション……ですか?」
「そう! ほとんど誰にも見せたことないのよ」
「はあ……ありがとうございます」
「レイコちゃんは特別だからね」
ルザミーネは私たちのことを先導するように施設のことを案内してくれた。何度もカードキーを使用し、エーテルパラダイスの最深部へと向かう。
この女のコレクションなどあまり興味がないのだが、付き合ってあげないとご機嫌ナナメになってヒステリーを起こしそうなので、仕方なく付き従う。
しかし無機質な研究施設の通路をしばらくの間進み、目的の部屋の扉の前へとたどり着く頃には、私はルザミーネに連れられてここまで来たことを後悔していた。
金属製の分厚いとびらの向こうから、底冷えするような冷気が漏れ出ている。
「少し寒いからこれを着るといいわ、グズマは……大丈夫かしら?」
「おう、それほど長居するわけでもないんだろ?」
「ええ、そうね」
ルザミーネは、扉の横にかけてあったジグザグマのベージュのファーコートを私に手渡した。たしかに、このデザインではグズマは着られそうにない。
しかし、コートに袖を通しても薄ら寒い悪寒は取り除けるものではなかった。
開閉装置のカメラをルザミーネが覗き込んで網膜認証を済ませると、地に響くような重い音をあげて扉は開かれた。
中にあったのは無数の氷塊。
ポケモン達が生きたまま冷凍された姿であった。
「どうかしら? わたくし愛する子供たち……それを永遠に飾るの」
吐き気を催すほどの邪悪の中で、ルザミーネはウツロイドと手を取り合って、氷漬けにされたポケモンたちのことを愛おしそうに眺めやった。
心を殺して冷静さを取り繕った私とは対照的に、グズマはドン引きしている様子を隠そうともしていない。だからおまえは一流の悪党になれないのだと私は心の中で毒づいた。
格上の悪とも真っ向から正対し吸収しなくては成長がないと、サカキ様もおっしゃっていた。
「……どうしてこんなことを?」
「生きているものはいずれ必ず、老いさらばえて美しくなくなってしまうでしょう? わたくしも、そしてあなたも」
「ええ、そうですね」
「だから、わたくしはわたくしの愛したその一瞬……永遠に変わらない愛を彫刻のように刻んでしまいたいのです」
「なるほど」
幸せそうにそう語るルザミーネの考え方は、理解できなくもない。時間の経過とともに人もポケモンも変わっていく。
私の下を去っていった者もいれば、アクロマやグズマのような新しい出会いもある。
幸せなその一瞬を永遠に残したいのは、人のサガなのかもしれない。
「あまり同意していなそうな顔をしているわね? レイコちゃんならわかってもらえると思ったのに」
「ええ、私はそうは思いませんから」
「それは、残念ね」
言葉とは裏腹にたいして残念そうにも思っていない様子で、ルザミーネは冷凍倉庫の奥へ奥へと足を進めていく。
膨大な数の氷塊の中でも、一般のポケモンのそれとは異なる輝かしいオーラを放つ氷塊が私の目についた。
「あら? 最近新しくコレクションしたラティアスちゃんに目をつけるとは、お目が高いわね」
ラティアス。
ホウエン地方に生息していると言われているが、その生態は謎に包まれており、伝説のポケモンとも言われている。
「よく、こんなものが手に入りましたね」
「ええ、昔レイコちゃんが紫色のモンスターボールをくれたことがあったでしょう?」
「マスターボールですか?」
「ええ、そうよ。それで捕まえることが出来たの。本当にありがとう」
「いえいえ、礼には及びませんよ」
年端も行かぬ少女のような無邪気さでルザミーネは、私の右手を両手で握ってから嬉しそうにお礼を言った。
「あのボールなんだけど……また作ってもらうことは出来ないかしら?」
「それは難しいですね。原材料がなくて最後のロットを生産終了して以来、ずっと作られないまま今に至っていますから。探せばデットストックが世界のどこかには、あるかもしれませんが」
マスターボールはすでに生産を終了しており、ロケット団に残っている在庫もない。私が個人的に隠し持っている物がまだ1つだけあるが、なんの利害もなくこのおばさんに渡してやる義理もないので、持っていないことにしておく。
「うーん困ったわねえ……妹ちゃんだけを保護してあげると、離れ離れで寂しい想いをさせてしまうことになるわ」
「あなたもお兄ちゃんに会いたいわよね?」
ルザミーネは素手で、氷漬けのラティアスに触れながらそう問いかけた。
もちろん答えは返ってこないのだが、ルザミーネにはラティアスの声が聞こえているらしく可笑しそうにクスクスと笑っている。
「ええ、ええ……もちろん、あなた1匹にはさせないわ。隣に必ずお兄ちゃんも連れてきてあげるわね。だって家族なんですもの」
太陽の光がさすことのないエーテルパラダイス地下の冷凍倉庫に、ルザミーネの慈愛に満ちた声が響く。
ラティアスと話すルザミーネの後ろの台座に置かれたこころのしずくを、私はそっと眺めやった。
冷たく澱んだこの部屋の中にあっても、こぼれ落ちる涙のようなその輝きは薄れることはない。
背筋にぞくりとした悪寒が走る。
「あら? 少し顔色が悪いわね、大丈夫かしら? 寒いのは苦手なのね」
「いえ、そんなことは……」
「顔が青白いわよ」
「ええ……少し冷えました」
ルザミーネは心配そうに私のことを覗き込むと、私のことを温めるようにギュッと抱きしめた。鬱陶しいことこの上ない。
「実は上で食事を用意してあるのよ。温かいスープと食事をとって……それから、本題に入りましょうか」
優しげな表情で、ルザミーネはそう提案した。私が素直にこくりと頷くと、また嬉しそうにルザミーネは笑った。
「すみません、迷惑をかけてしまって」
「いいのよ、私が寒いところに誘ってしまったわけだし。それに、私はどんな時もレイコちゃんの味方だから」
そう言ってルザミーネは、寒さで少し気分が悪くなった私に、自分の羽織っているコートを被せた。
変な貸しを作ってしまった。私はルザミーネに誘われて、このコレクションルームに来たことを本気で後悔していた。組織の幹部としてあまりにも迂闊すぎる。
「もし……ロケット団にいられなくなるようなことがあったら、いつでも言ってね。わたくしが飼ってあげますから」