ポケモン世界に転生したら悪の女幹部になった   作:すごいぞ!すえはら

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第21話 リーリエ

「大丈夫ですか? レイコさん」

 

「ええ……なんとかね」

 

 冷凍室から出てひと段落ついた私とグズマは、ダイニング横の別室で、ブスメガネの淹れてくれた紅茶を飲みながら心と体の疲れを癒していた。

 

「ご高名なレイコ博士とお会いできて光栄です。代表のコレクションは凄かったですか? 私は見せて貰ったことがなくて」

 

「……興味深いものであることは、間違いないわね」

 

「わあ、やっぱり! 代表は素晴らしい方ですから研究の話にも華が咲いたのでは?」

 

「そっちは支援を強化してもらえることになったわ、ありがたい話ね」

 

 

 エーテル財団副支部長のビッケ。

 娼婦のような体つきだけが取り柄の、似合わないピンクのメガネをかけた女だ。

 悪としての資質をまるで感じられないが、そうした人を疑うことを知らない人間の方が、組織の目的をカモフラージュするためには、都合が良いのだろう。

 

 

 それとも、ルザミーネの本性に勘づいていてなお、無邪気な羊を装っているのだろうか?

 

 

 ブスメガネのことをジロリと上から下まで眺めやると、小首を傾げられてから微笑みかけられてしまった。なかなか手強い。

 

「そろそろ用意が出来たみたいですよ、どうぞこちらへ」

 

「ありがとうございます。ビッケさんも同席されるのですか?」

 

「いえ、私が代表とご一緒するなど恐れ多いことです。私のことは気にせず、楽しんできてくださいね」

 

 ブスメガネにそう言われて、私はグズマの方をチラリと確認する。行きたくなさそうに椅子に座って腕組みをしていた。

 冷凍室に入った時も、奥まで着いてくることなく入口付近でのんびりしていた。ルザミーネとは交流を深めたくないらしい。

 

「ええ、お気遣いありがとうございます。じゃあ行くわよ、グズマ」

 

「ん……ああ。そうだな」

 

 渋々といった表情のグズマを連れてダイニングルームに行くと、ミアレ式のコース料理がテーブルの上に並んでいた。

 アミューズ、オードブルと一緒にスープが並んでいるのはご愛嬌だが、センスは悪くない。

 

「ふふっ、寒がらせちゃったと思って心配していたのよ。元気になったみたいで何よりだわ」

 

「ええ、ビッケさんが紅茶を淹れてくれて少し体温が戻りました」

 

「あら? あの子が……ねえ?」

 

 ルザミーネはそう呟いてから私が元気になったのが嬉しいのか、上機嫌に赤ワインを勧めてくれた。特に断る理由もないので注いでもらう。

 

「ふふっ、レイコちゃんと食事ができるなんて嬉しいわあ」

 

「それで、本題とは? コレクションとボール開発の話のためだけに、呼んだのではないでしょう?」

 

「もう、やっぱりせっかちね……今日はあなたに貰ってほしい物があって呼んだのよ」

 

「貰ってほしいものですか?」

 

「ええ、迷惑にならないと良いのだけれど……いらっしゃい、リーリエ」

 

 ルザミーネは、低く鋭い声でダイニングルームの隅で立っていた金髪のメスガキを自分の前へと呼びつけた。見る者の気分を悪くするような澱んだグリーンの瞳と、左頬の青あざが印象的だ。

 

 

「挨拶なさい」

 

 

 ルザミーネがジロリと睨みつけると、メスガキの華奢な肩がビクッと震えた。それから、ぎごちない笑顔を浮かべて私の前で一礼した。

 

「リ、リーリエと申します。博士のお噂はかねがねかあさまから、聞き及んでおります。お会いできて光栄です」

 

「……ええ、よろしく」

 

 このメスガキはルザミーネの娘らしい。言われて見ればどことなく、母親の性悪そうな面影がある。

 

「わたくしには不要なものですから、貰っては頂けないかと思いまして」

 

「……は、はあ?」

 

 ルザミーネの斜め上をいく要求に思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。

 何故、私がこんな性格の悪そうなメスガキの面倒を見てやらなくてはいけないのか。

 

「もちろんタダでとは言いません。ポケモンの複合タイプに関する研究……それを、レイコちゃんと一緒にやりたいと思っているのよ」

 

「リーリエ」

 

「は、はい!」

 

「なにをボサっとしているの?」

 

 ルザミーネが冷たくそう睨みつけるとメスガキは慌てた様子で、ダイニング横の置かれた研究資料といでんしのくさびを私のもとへと持ってきた。

 

「いでんしのくさび……あなたが持っていたのですね」

 

「ええ、そうよ。ザオボーに研究させているけど……なかなか駄目ね。不良品しかでてこないわ」

 

 

 いでんしのくさび。

 伝説のポケモンのDNAデータが羅列されたその一対のくさびは、元々プラズマ団で研究が進められていたが、その解体後は行方しれずとなっていた。

 アクロマがアレをなくしてしまったのは惜しいことをしたと、繰り返し話していたから相当な代物なのだろう。

 

 

「これを私に?」

 

「ええ。レイコちゃんというよりもアクロマ博士かしら? エーテル財団で持っているよりも役立ててくれると思うの」

 

「タイプフル計画は上手くいっていないのですか?」

 

 私がそう質問すると、ルザミーネは苦々しい顔をしながら言った。

 

「研究資料も差し上げます、わたくしの愛しいポケモンちゃんたちを保護するために、タイプフルの量産を実現したいのです」

 

 タイプフルとはエーテル財団で行われている複合タイプに関する研究のプロジェクト名だ。

 複数のポケモンを組み合わせ、既存のポケモンを超える戦闘力をもった合成獣を生み出すことを目的としている。

 

「タイプフルってのはすげえのか?」

 

 ダイニングテーブルの上のオードブルとスープをあらかた平らげて、パンをバクバクと食べながらグズマはそう言った。

 

「実現すればね。私も詳しくはないけど、複合タイプを3つ以上備えたポケモン。研究する価値はあるし、ワクワクするわね」

 

「ふふっ、さすが研究熱心ね」

 

 自然界には3つ以上のタイプを備えたポケモンはいない。初等のトレーナースクールでも教わる常識を覆すのがこの研究の醍醐味だ。

 例えば、かくとうタイプの弱点であるエスパータイプの技を、もう一方の属性であるあくタイプが相殺しているズルズキンは優秀なポケモンだが、ここにゴーストタイプが入ることでさらに弱点を少なくすることが出来る。

 

 生命倫理を踏みにじる研究だと、ロケット団内部ですら反論の声があるが、目的達成のためなら仕方がない。

 

 

 エーテル財団のキメラに関する研究データは、喉から手が出るほど欲しい。

 

 だが、しかし。

 このリーリエとかいう、メスガキの面倒を見るのだけはなんとか回避したい。毎日このガキと顔をあわせる羽目になるのだと思うと、想像しただけで、身体中にじんましんが出そうになる。

 

「どう? 気に入ってもらえたかしら?」

 

「ええ、これはアクロマにも伝えておきます。彼も関心を示すと思いますから」

 

「そう! ありがとう! アクロマ博士の協力が得られれば研究も進むでしょう。あ、リーリエのことよろしく頼んだわね」

 

 ルザミーネは上機嫌にそう言って笑ってから、グラスに入った赤ワインを傾けて口元に持っていった。

 私は黙ったまま、ジロリとメスガキのことを睨みつけると、怯えた様子でこちらのことを伺う媚びへつらうような笑みを浮かべた。

 

 身の毛のよだつような生理的嫌悪感。

 

 無理、無理、無理、無理。絶対に無理。

 

 こんなのと一緒にいたら、私の方がおかしくなってしまう。虐待を受けているとはいえ、どうして人としての高貴さを自ら手放せるのか理解に苦しむ。

 

「残念ですが、この話はお断りさせてもらいます。リーリエちゃんはまだ小さいですし、家族仲良く暮らすのが一番ですよ」

 

 私がルザミーネに向けてそう言うと、メスガキは、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。私が肩を持ってくれるとは、思っていなかったのであろう。

 ルザミーネはさっきまでの上機嫌の様子はどこへやら、テーブルを両手でバンっと叩いてから叫んだ。

 

「どうしてそんなことを言うのです!?」

 

「娘は一般的に母親といたいと思うものです。それを引き離すのはとてもとても」

 

「わたくしはその女を娘とは思っていないわ!! 親のわたくしに逆らったばかりか、コズモックのことを逃がそうとしたんですもの!?」

 

 ルザミーネは娘のことを指差してから、大声で喚き散らした。孤児院で私のことを殴りつけていたババアと、ルザミーネの姿がダブって見える。

 

「そうですか。まあ、それは良いんですが……リーリエちゃんも、ここにいたいと思っているようですし、もう少しいさせてあげては? 嫌がっているのに、連れ出すような真似はしたくありません」

 

 私がそう言い切ると、ルザミーネは目を釣り上げて、歯軋りの音がこちらまで聞こえてきそうなほどの形相を浮かべた。

 

「リーリエ!!!」

 

「……は……はぃ……」

 

「あなた! そんなこと思っていないわよね! レイコちゃんと一緒にエーテルパラダイスを出たい。そうでしょう? そう、言いなさい!!!」

 

 立ち上がってメスガキにそう詰め寄るルザミーネの姿を見て、私は心の中で舌打ちをした。これでは、断る理由がなくなってしまう。私の立場では、ルザミーネのお願いはそう何度も無下にはできない。

 メスガキから目を背けて、あまり口をつけていなかったワイングラスを傾ける。

 

 

「…………かあさま! わたしは……わたしはかあさまのことが心配なのです! ここにいさせてください!!!」

 

 

 リーリエの澄み切った声がダイニングに響く。赤ワインの渋みがすっと消えて、爽やかな果実香が口の中に広がった。

 先ほどまでのお人形のようだった姿は消え去って、今では真夏を照らす太陽のようにギラギラと輝いていた。

 

「どうして! どうして! どうして! どうして、わたくしの愛情を受け入れられないのです!!! 美しいレイコ博士と一緒にいれば昔の綺麗で可愛いリーリエに戻って、貰えると思っていたのに!!! どうして母の愛を拒むのです!!!」

 

「かあさまっ! わたしは——」

 

「黙りなさい!!!!!!!!」

 

 ルザミーネがリーリエの頬を平手で何度も何度も打ち据える。それでもリーリエの眼差しは、まっすぐに母親の方へと向いていた。

 

「かあさま、わたしが守って差し上げます。わたしが————」

 

「黙りなさいと言っているでしょう!? わたくしにはグラジオが! そしてビーストちゃんもいるのです! わたくしの愛を拒み続けるあなたなど必要ない!!!」

 

 手を広げて受け入れようとするリーリエのことをルザミーネは拒絶する。リーリエの真っ赤になった頬が繰り返し殴打される。喜劇のように噛み合わない2人。

 

 なるほど、たしかにこれはルザミーネの娘だ。

 

 私は食事をする手を止めて立ち上がり2人にのもとに歩みよると、ルザミーネの右手首を掴んだ。

 

 

「ルザミーネ、気が変わったわ。リーリエのことは私が連れて帰る」

 

 

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