ポケモン世界に転生したら悪の女幹部になった   作:すごいぞ!すえはら

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第6話 実験器具とコーヒーと天才

「ナックルシティでは、大活躍だったようですね」

 

 アクロマは丸底フラスコに付着した水滴をクロスで拭きながら、嬉しそうにそう言った。

 

「大活躍じゃないわよ!? チャンピオンに勝負を挑まれて……勝ったらギャラリーには取り囲まれるし、散々だったわ」

 

 私は実験机に頬杖をついたまま、ぶすっとそう答えた。

 

「良い勝負でしたし、レイコさんもかなり熱くなって楽しそうにしているように、見えましたが?」

 

「そりゃあ、戦ってるときはね。というかなんでバトルの内容を知っているのよ?」

 

「そこはまあ、企業秘密ということで」

 

「あなたが所属している企業は、私の会社じゃない」

 

「おっと……そういえばそうでしたね」

 

「はぁ…………」

 

 アクロマの実験室のゴテゴテとした機材を眺めやる。アクロマが欲しいと言うから買い与えたが、その用途は半分もわからない。

 本当に必要な機材なのかは甚だ疑問ではあるが、ケロケロ団の研究費全体から見れば微々たる金額なので、アクロマの歓心を買えると考えれば安いものだろう。

 彼ほど優秀な研究者には、ついぞ会ったことがない。研究、開発あらゆる分野でケロケロ団の根幹に関わっている人物であり、私のもとを離れるようなら殺害するしかない。

 

「ところで、ねがいぼしとムゲンダイナの研究は順調かしら?」

 

「それがなかなか……まだ、論文を読んでインプットしている段階ですよ」

 

「ふーん……仕方ないわね」

 

 私は集めてきたねがいぼしの欠片を、バラバラっと実験机の上に広げるとアクロマの顔が輝いた。

 

「おおっ!? こんなにたくさん! ありがとうございます!」

 

「ええ、研究頼んだわよ」

 

 ウキウキとした様子でアクロマはピンセットでねがいぼしの欠片を掴んで、光にかざしたりしてから鉱石標本用のアクリルケースに入れていく。

 

「ムゲンダイナを固定して発電装置にする計画だけど、本当にそんなことが上手くいくのかしら? 一匹のポケモンでそんなことができるとはとても思えないけど?」

 

「理論上は可能ですね」

 

「そうなの?」

 

「エネルギーの変換効率を10%と見積もっても、ガラルのエネルギーを賄うには充分すぎるほどです。問題はその力を制御できるか、というところですが」

 

「……なるほどね」

 

 ローズ会長の言う1000年後のエネルギーの枯渇の問題は遠い未来のことすぎて、本心から言えばあまり興味がなかったが、そこまで大きなエネルギーが得られるとなると少し興味がでてきた。

 

「ムゲンダイナで発生させたエネルギーを各地方に配ったら、大儲けできるんじゃないかしら?」

 

「うーん……ガラル地方の中だけならともかく、送電方法が確立されていないので難しいんじゃないでしょうか」

 

「それなら、浮いた分の化石燃料の輸出のほうで稼ぐしかないわねぇ」

 

 口ではそう言ったものの、ムゲンダイナのエネルギー技術のことが公になればマックス鉱石をはじめとする化石燃料の価値は相対的に下がり、市場価格も下落するのであまりおいしい話ではない。

 もちろん、価格の安定を図るために鉱山は減産ということになるだろうが、他の地方との軋轢を生み出しかねない上に、労使交渉も手間取りそうだ。

 改革の本丸となるマクロコスモス・エネルギーよりも、エネルギー価格の下落による恩恵を受けられるガラル地方の製造業や運輸業の業績向上が期待出来る。下手をしたら、ガラル地方のエネルギー関連企業は衰退するかもしれない。

 計画が上手くいった後には、マクロコスモスのエアラインズやコンストラクションの部門を独立させて新規上場させることで、市場から多くの資金を集めることが出来そうだ。

 

 巨大な財閥は競争の機会を奪ってしまい長期的な発展が難しい。ローズ会長も気づいているだろうが、形の上だけでも分社化しているほうが都合が良い場面が多い。

 ガラル地方の産業界は順風満帆のような印象を内外に与えているが、実際には強権的なローズ会長の手腕で持っている部分が大きい。

 

「前途多難ねぇ……あ、それよりコーヒーはまだはいらないのかしら?」

 

「ああ、すみません。私としたことが鉱石に夢中になっていました。今から準備しますね」

 

 アクロマは漏斗と三角フラスコを持ってきてから、コーヒー豆を小型粉砕器にかける。

 

「それ……いつも言ってるけど本当に大丈夫なのよね?」

 

「私もいつもこのやり方で飲んでいるから問題ありませんよ」

 

 アクロマが手早くお湯を沸かして、漏斗にペーパーフィルターを当てると三角フラスコに真っ黒のコーヒーが一滴ずつ落ちていく。

 

「さあ、どうぞ」

 

 三角フラスコに淹れ終わったコーヒーを目の前に置かれたので、モーモーミルクと砂糖を持ってきてフラスコの中に入れて撹拌する。

 混ぜ合わせる際にスプーンを使わずに片手で回すだけで良いのは、実験器具を使った飲み方の唯一のメリットだ。

 フラスコの中に250cc入っているのを確認してから、細くなった注ぎ口に口をつけると、挽きたてのコーヒーの華やかな香味が口の中に広がった。

 

「ありがとう、おいしいわ」

 

「いえいえ」

 

 ムゲンダイナの計画は焦ることはない。アクロマに任せておけば、研究の成果は時期に上がってくるだろう。それまでにケロケロ団の影響力をさらに強化しておく必要がある。

 

「ところで、レイコさん。ダイマックスについてはご存知ですか?」

 

「ええ、一応ね」

 

 アクロマからの問いかけに、私はコーヒーを飲みながら軽くそう応じた。

 

「あまり関心がおありにならない様子で」

 

「運用できる場所が限られすぎているからね、ジムチャレンジをする人なんかは、血眼になって調べるでしょうけど」

 

「まあ、それはそうかもしれませんが……ねがいぼしと関連があることも、わかってきていてですね。あ、これが論文です」

 

 アクロマはそう言って自分の机の上から紙のの束を持ってくると実験机の上に置いた。

 

 ガラル粒子とダイマックスの相関について。

 高純度のねがいぼしを用いたダイマックスバンドの作成について。

 Magnolia Ph.D.

 

 パラパラと研究資料を眺めながら数式やグラフの羅列を追っていくが、さっぱり頭に入ってこない。

 

「いかがですか? レイコ博士?」

 

「んー、さっぱりわからないわね」

 

 私が正直にそう答えると、アクロマは苦笑した。

 

「研究なんて私には向いていないのよねぇ……」

 

「私はそうは思いませんでしたが?」

 

「本人が向いていないと言っているんだから、向いていないわよ」

 

 私がそうぶっきらぼうに答えると、アクロマは再度苦笑いをした。アクロマは研究者としての道をたびたび勧めてくることがあるが、そんなに良いものだとは思えない。

 

「ところで、マグノリア博士というのがこの研究の第一人者なのかしら?」

 

「そうですね、是非ご一緒に研究を進めたいものです」

 

 眼鏡の奥にあるアクロマの緑がかった黄色の瞳がギラリと光る。是が非でもマグノリア博士の研究成果を閲覧して、真理を解き明かさんとする科学者の本能を剥き出しにする。

 

「そ、考えておくわ」

 

「ええ、よろしくお願いします」

 

 お金や、アクロマのように研究環境になびくような人物なら良い。しかし、ロケット団のような悪の組織には協力したくないというような、くだらない信条を持っていると交渉はなかなか面倒だ。

 三角フラスコのなかのコーヒーがなくなったので、そろそろ戻る頃合いだろう。

 

「コーヒーおいしかったわ。悪いわね、ムゲンダイナとねがいぼしの研究なんて全然専門ではないでしょうに」

 

「いえいえ、これがなかなか面白いんですよ。それに、私は機械は大好きですから。伝説のポケモンを捕まえておけるだけの巨大装置! 胸が高鳴りますよ!」

 

「そう……それはよかったわ」

 

 嬉しそうに語るアクロマから小型試作品や、細かな数字資料の確認を求められたが時間がないので拒否しておく。そういうのは、研究チームの中でだけわかっていればいいのだ。

 私は席を立って、フラスコの中に水をいれて軽く攪拌してから流し台に置いた。

 

「あなたが元々していた研究の方は、順調なのかしら?」

 

 研究室を後にする直前、私はアクロマにそう問いかけた。

 

「ええ、もちろん。順調すぎて怖いくらいですよ」

 

 嬉しそうに眼鏡をくいっとあげてから、アクロマはそう言った。そういえば、アクロマがもともとプラズマ団にいた時にしていた研究はなんだっただろうか?

 

——まあ、気にすることもないか。危険な研究だったら覚えているはずだしね。

 

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