ポケモン世界に転生したら悪の女幹部になった 作:すごいぞ!すえはら
マクロコスモスの本社であるローズタワー。その最上階にある会長室のソファーに私はどかっと腰掛ける。
「やっぱり、何度来てもここは良い眺めね」
「そういってもらえると嬉しいよ」
私の反応に、ローズ会長は嬉しそうに頷いてからそう言った。
窓辺に寄らなければ、下界にあるガラルの工業地帯や街並みは見えない。ソファーからあたりを見回すと、まるでこの会長室が空に浮かんでいるようだ。
「ところで話ってなにかしら?」
「ガラルのポケモンリーグに是非、レイコくんも参加してもらいたいと思ってね」
「そんなの、私が了承するとでも?」
そう即答すると、ローズ会長は笑って言葉を続けた。断られることは想定の範囲内ということなのだろう。
「ガラル地方でポケモンリーグは熱狂的な人気だ。大人もこどもも、みなが試合を見て心を熱くする。その頂点に立つというのはワクワクしないかい?」
「…………特に興味ないわね」
「まあまあ、話は最後まで聞いてくれたまえ。レイコ君、マクロコスモスが多額の資金を使いポケモンリーグのスポンサーとして、積極的に協力する理由……なんだと思うかい?」
ローズ会長はソファーに座ったまま足を組み替えてから、そう私に問いかけた。
——試されているな。
柔和な口調だがはっきりと私の目を見据えるローズ会長からは、私の経営者としての器を伺おうとする意志を感じる。
「スポンサーになる理由ですか……」
同じ言葉を繰り返して時間を稼ぎながら、表情に出さぬよう頭をフル回転させる。
「国民的な人気を誇るポケモンリーグ、その運営に関わるというだけで企業のイメージアップが期待できますね。それに、マクロコスモスネットワークやテレビマクロは直接放映権による利益を得ていますし……その額はグループ全体で見ても無視できないほどです」
私の話を聞いてローズ会長は、大学の教授が学生の発表を見届けるように、こくりこくりと満足げに頷いた。これも想定の範囲内ということなのだろう。
「でも、それだけじゃあないのでしょう?」
「そう! 我々の目的はそれだけじゃない!」
ローズ会長は嬉しそうに手をパチンと叩いて、ソファーから立ち上がる。まるで子供がおもちゃを見つけた時のような純粋な目で将来のことを話しはじめる。
「スポーツを我々はスポンサードして、応援するんじゃないんだ! 我々自身がスポーツになること! それが最大の目的だ!」
我々自身がスポーツになる?
言っていることの意味がわからなかったので、私は黙って顔に出さぬよう、ローズ会長に続きを話すよう目線を送る。
「ふっふっふ……驚くのも無理はないね! ガラル地方の人々もはじめは全員が、ポケモンバトルを観戦することが、大好きだった訳じゃないということだよ! おいしい料理や、豪華なホテル! 素敵な体験だね。でも私が目指すのは、そういうことじゃないんだ」
興奮気味に話すローズ会長の話を聞いて、段々と話の全容が見えてきた。ローズ会長の話はかなり論理には飛躍があるものの、言っていることは正しい。
「顧客が考えもしなかったような需要を生み出すということでしょうか?」
「そう! それだよ! それ! レイコくんは本当に話がはやくて助かるね」
マクロコスモスが巨大財閥へと成長した本質を直感的に理解する。
既存の顧客の需要に応えるのではなく、マクロコスモスが生み出した需要を顧客に与え、それを独占する。
「ガラルのみんなが、想像もできないようなエキサイティングな体験。それを提供するために、ユーザーの意見なんて必要ないんだ」
「全部、ここに入っているからね」
ローズ会長は、自身の左胸を親指で力強く二度叩いてからにっこりと笑った。
「素晴らしい演説です!!!!!! ローズ様!!!」
後ろに控えていたクソブスが涙で目を潤ませながら、狂信的な賞賛を浴びせる声が室内に響く。
クソブスと同じ意見なのは非常に癪なのだが、ローズ会長は間違いなく傑物だ。炭鉱夫から一代で巨大財閥を築き上げた手腕は、尋常ではない。
行動力はあるが脇の甘い経営者との認識は、改めないといけない。
「それで、是非レイコくんにポケモンリーグに参加して欲しいと思っているんだ!」
「え……? 嫌ですけど」
「どうして!?」
「だって、私に一切のメリットがないじゃないですか」
「む……むむむむむむむ!!!」
ローズ会長は信じられないという表情をしてから、眉間に皺を寄せて腕を組んだ。断られるとは、つゆほども思っていなかったのだろう。
ローズ会長が天才で、明瞭なビジョンを持っていることはわかった。経営理念も素晴らしい。
ただ、それと私がローズ会長に協力することとは全く別だと思うのだが、何故かそのあたりが完全に抜けているらしい。
「レイコくんなら、わたくしに協力してくれると思ったのに!」
「そうです! ローズ様がこれほど頼んでいるのに協力しないなんてありえません! 恥を知りなさい! 恥を!!!」
驚愕の声を漏らすローズ会長と、クソブスの鳴き声がうるさい。
反論するのも面倒なので、恥なのはおまえの顔だよと心の中でツッコミをいれる。
「話は終わりですか? では、私も所用がありますので……」
そう言って席を立とうとすると、ローズ会長から、まだ話を聞くように呼び止められた。
「フフフ……まさか、断られるとは思っていなかったよ」
むしろ、何故この説得方法でいけると思ったのか、ローズ会長のことを問い詰めたい。
「私自身が目立つ悪事をすることはなくても、顔が広まりすぎて良いことはありませんし……その釣り合いがとれるだけの金額を用意するのも無理でしょう?」
「むむむ……」
ローズ会長の会社とはいっても、マクロコスモスはきちんとした上場企業だ。大規模な裏金を使用するような会計処理にはリスクが伴うし、やるのであれば入念な準備が必要だ。
トップの独断だけで、おいそれと出せるものではない。
しばらく唸っていたローズ会長だったが、ひらめいたとばかりに手を打つと、大きな声で言った。
「そうだ! レイコくん、テレビマクロの株を買いたまえ! それから、わたくしがレイコくんのポケモンリーグ加入を発表すれば、株価はアズマオウの滝登りだ!」
「そ、そんなので騰りますか?」
仮にもガラル財界のトップを務めるローズ会長から、ゴリゴリのインサイダー取引を提案され流石に苦笑いが溢れる。
この人、実は悪役のほうが似合うんじゃないだろうか?
「ガラル地方のポケモンバトルのレベルはダンデくん達の世代で大きく向上しました。しかし! いまだ世界トップクラスの水準には届いていない!」
「そこで、わたくしは各地方からチャンピオンをガラルに招待して真の最強のトレーナーを決める大会! ポケモンワールドカップの開催を計画しているのです!」
はじめて聞いた話だが、話ぶりからローズ会長の中ではすでに私に説明したことになっていたのかもしれない。至る所に論理の飛躍が発生している。
しかし、ワールドカップ構想そのものは面白そうである。
「レイコくんのポケモンリーグへの参加もワールドカップ開催へ向けた布石の一環! まだ公にはしていないことですが、レイコくんの参加にあわせてこれも発表しましょう! 試合はもちろんテレビマクロの独占放送!!! それなら問題ないでしょう!」
「さ、さすがにそれは……」
副社長のクソブスがローズ会長の問題だらけの計画を止めに入ったが、ローズ会長は聞き入れそうにない。
「私とジムリーダーの試合なんて見て観客は喜ぶかしら?」
「それはもちろん。レイコくんは非公式戦とはいえ無敵のチャンピオンを倒した存在ですから」
ガラル地方のチャンピオン、ダンデ。
あの試合はどちらが勝ってもおかしくはなかった。それどころか、トレーナーの技量で言えば負けていただろう。
勝ったのは、ガマゲロゲが僅かに彼のドラパルトの上を言ったからにすぎない。
そんな私の心境を読み取ったように、ローズ会長は言葉を続ける。
「ジムリーダーも実力者揃いです。それとも、チャンピオンダンデに再び勝つ自信がおありでないのかな?」
好戦的な表情でニヤリと笑ったローズ会長から見据えられて、口角が僅かに釣り上がるのが自分でもわかった。
「三下の地方のトレーナーに私の相手が務まるのか心配しただけよ? スタジアムでやっても私が勝つわ」
「素晴らしい!!!!!」
ローズ会長はキラキラとした目で私の手をとってがっしりと握り締めてから、立ち上がって両手でガッツポーズを決めた。
ローズ会長の熱意に、かなり強引に押し切られた形になってしまったが、これでケロケロ団は莫大な資金を手にすることが出来る。
それに……ポケモンバトルは嫌いじゃない。