ソードアート・オンライン アナザーゲート・プログレッシブ 作:たかてつ
アインクラッド編です。
七十五層攻略中のお話。
001 剣の連鎖
静かに構える。ライトエフェクトが輝くと同時に地面を蹴った。
急激な加速、鳴り響く金属質な轟音、迸る血色の閃光。
ダメージエフェクトが飛散する。視界の端に映るHPバーは急速に減少した。
次で終わる――技後硬直から解放された瞬間、反転しながら右腕の剣を再び加速させる。 《ホリゾンタル・スクエア》 その光芒は連続する直角を空間に描く。
正方の光跡が拡散すると、光塊は砕け散った。
「あ、ありがとう……」
回復ポーションを差し出すと、彼は震える手でそれを受け取った。
周囲はすでに群青や深緑の金属鎧達に囲まれ、動揺するプレイヤー達の姿が散見される。
俺は、彼らの方へ進み、 「後はお願いします」 と告げて、転移結晶を手に取った。
青光に視界が染まる。
アルゲードのカフェテラスは夜になっても満席だ。
喧騒を眺めながら珈琲を味わう俺の隣の席では、パーティーメンバーらしき四人の男女が先日解放されたばかりの七十五層の話題で盛り上がっている。
「そういえば、あの 《二刀流》 の剣士、KoBに入ったらしいぞ!」
――大変だろうな、あいつ。
七十五層開通の二日後に催された 《大イベント》 によって、すっかり有名人になってしまった古い知人は、あの派手な白と紅の騎士服を着させられて、昼夜問わずの攻略にあたらされているのだろう。ご苦労なことである。
とはいえ、いずれソロ攻略は限界を向かえる。それにKoBには彼を愛する女性が所属している。ふたりの時間も増えることだろう。ある意味ちょうど良かった、のかもしれない。
俺は席を離れて、そのまま雑踏へ紛れた。
無数の店が並ぶ狭い路地が終わり、中央広場へ続く街道に出ようとした時だ。
「ちょっと、こい」
いきなり腕を掴まれた――敏捷値と索敵能力は比較的高いはずだが、それを遥かに上回る能力の持ち主なのだろう。
「……人違いでは?」
そんな俺の戯言を、完全に無視して引っ張り続ける。
フーデッドコートの下に鈍く光る蒼い金属防具とレザーのワンピース。腰には質実剛健な日本刀。そして、深く被ったフードから流れる黒髪――
間違いなく、俺もよく知っている人物だ。
「……疲れて、」
「いいからっ!」
うん、かなり怒ってるな。
「…………はい」
これはもう、どうあがこうと逃げることは出来ない。がっくりと肩を落として、宿に帰ることを諦めた。
黙ってその人についていくしかなかった。
どれだけ時間が過ぎただろうか――
強引に連れ込まれた和風ホテルの一室は、予想通り修羅場と化した。
その原因はもちろん俺、ではない。
ついに怒りを通り越した彼女は、細い肩を震わせながら泣きはじめた。
「それはアスナさんは凄いよ……攻略しながら料理スキルを 《完全習得》 なんて絶対出来ないもの。でも、それをわざわざ奥さんに自慢する夫なんて、ありえないでしょ……」
――凄いな。料理スキルをコンプリートしたのか、 《閃光》 さん。
「私だって毎日、攻略頑張って、お料理も勉強して……でも、なかなか上がらない。だから……それ、分かって欲しいのに……」
俺はウンウンと、黙って首を立てに振る。
「……もう私、KoBに入れてもらおうかな」
とんでもない騒ぎになるな、それ。
何も言えず、苦笑いを浮かべるしかなかった。
「……でも、やっぱり……いろいろ言われてはいるけれど、それでもDDAでこの世界をクリアしたい」
そう言うと彼女は、すっと腕を伸ばし、その細い小指を俺に向けた。
「だから、シュウ、DDAに来ない?」
何度も聞いたその誘い文句に、一呼吸入れて俺は答える。
「それは無理……とりあえず伝えるから。ナナミは料理、頑張って」
納得出来ない表情のまま涙を拭うと、彼女は巻きつけた手首の髪結い紐に視線を向けて、 「駄目ですか」 と、小さく呟いた。
俺は溜息をついて、それから視線を逸らす。
その瞬間、二人同時にメッセージが届く。顔を見合わせた後、互いに無言でウインドウをタップした。
【ゴドフリーが殺害された。七十五層転移門で待つ】
何も言わず、俺達は転移結晶を取り出す。
あれから数時間が経った。降り続く雨が夜の闇を深める。
古びた眼鏡橋の向こう側にうっすらと見える人影。目を凝らした。
それは静かに近づいてくると、俺の横に立ち止まり、手にしていた刀の雨露を小さく振り払った。
「転移、してなかったのか……」
無言で小さく頷く。
「シュウ……あの人達、いたね……ほんと、嘘ばっかり……」
刀を鞘に収めると、左腕の袖を指先で掴んだ。
「覚えてる? ゴドフリーさんに結婚したこと、伝えた時……すごく嬉しそうだった。それが私達、とても嬉しくて……」
「あぁ……そうだったな」
指先が小さく震えている。
「あんなに嬉しそうな顔……私、はじめて見たの……ボス戦とかじゃないと、会うこと、なかったから」
「……そうだな」
雨が強くなる。声を掻き消すように。
「どうして……関係ないじゃない……それが間違ってるって、分かってるけど」
「……あぁ、ナナは分かってるよ」
そっと、彼女の腕に掌を重ねる。
「帰ろう……待ってるから」
「…………うん、そうだね」
雨音と静寂を残して、俺達は歩き出す。
「しっかし、これ、すぐに折れちゃうと思ったのになー」
とてもその剣の作成者とは思えない発言に、俺は何を言うべきか悩む。
「速さと正確さ全振りで、若干の特殊効果ありーって全然いないよ、こんな片手直剣欲しがるひと」
「いや……いい剣だよ。大切に使わせてもらってる。リズ、いつもありがとう」
真顔を作ってそう言った。精一杯思わせぶりに。
「……えっ!?」
柄をがっちりと両手で握ったリズベットは、大きく目を見開いて、紅潮して、固まった。
四十八層主街区 《リンダース》 に凄腕の鍛冶職人がいる――それを教えてくれたのはナナミだ。
あの頃、必要な条件を満たす片手直剣が入手出来ず、すっかり困り果てていた俺に、意味ありげな笑みを浮かべながらナナミは 「じゃあ、紹介しようか?」 と、その鍛冶職人が営む店の場所を教えてくれた。
翌日、巨大な水車が雰囲気を感じさせる 《リズベット武具店》 に……そこから先は、あまり思い出したくない。
とにかく、ソロプレイヤーを選んだことを後悔するほど、素材集めは困難を極めた。
数週間かけて全てを揃え、再び店へ戻ると、 「うわー、ほんとに集めちゃったかぁー」 凄腕鍛冶職人のそんな温かい労いの言葉に、俺はただ苦笑いを浮かべるしかなかった。
リズベットは砥ぎ終えた剣身をゆっくり鞘に戻すと、目を逸らしながら俺に手渡した。
「い、いつもありがとう、なんて言われたら、あたし……って他に格安でメンテして欲しいモノ、あったりします?」
「……そういう下心しかない、と思う」
その言葉に、さっと紅潮は引いた。
「つまらんっ、もうちょっとカッコつけてよー。君の方が剣よりも大切ー、とかさー」
「リズが相手じゃ、これが限界」
「むかっ!! それどういうことっ!?」
怒るリズベットをなだめながら俺は佩剣する。
「ほんとにもうー……で、これから攻略? 七十五層、結構大変なんでしょ?」
「うーん、らしいね」
他人事のように答えた。だが、それが失敗だった。
「らしいねって、アンタ……はっ、まさか!? もしかして、前線から離れっぱなしとかじゃないよね?」
「いや、たまには行ってるよ。気が向いた時とか……」
「いや、絶対行ってないでしょ! なにやってんの、もうー」
リズベットは呆れたように首を振りながら背中を向ける。
「あっ!!」
素早く振り向くと、ニヤニヤしながら下から覗き込むように俺の顔を見た。
「ふふふ……ナナミちゃんとケンカしたんでしょ?」
予想の斜め上過ぎるその質問に、答えが見つからない。
「あれっ、違った? ……ま、まさか、その逆ー!! 禁断の攻略とかはじめちゃった!?」
もはや答える気もおきない。がっくりと肩を落とした。
「ははは、冗談よ。……ナナミちゃん、今大変なんでしょ? 元気無かったから」
「……そうだな」
虚ろな表情から察したのか、リズベットは笑顔で俺の肩を叩いた。
「だったらシュウさん、攻略頑張らないと! そうだ、あたしとパーティー組もうっ!!」
「……それは、どっちも無理」
「むきーっ!! せっかく誘ったのにー」
堪えきれず、俺は笑った。
拙い――率直な感想だ。
この数分間、二本のシミターに翻弄され続けている。
戦力的に考えれば、こちらのほうが圧倒的であるにも関わらず、形勢は思わしくない。
三対一の数的優位を全く活かしていない――それが最大の原因だろう。
特に、 《スイッチ》 のタイミングの酷さ、これは深刻である。
連携不足というよりも、全く連携していないに等しい。交互に 《タイマン勝負》 を挑んでいるようなものだ。
総じて、攻撃することよりも、ダメージを受けないことに徹している。
――この世界において、それは間違いなく正しい判断だ。しかし、それが時には危機を招くこともある。
彼らは戦闘時間が長引くことのデメリットを考慮していないようだ。
「…………」
最強ギルドの精鋭部隊って、この程度なのか――そうは口が裂けても言えないが。
「よおっしゃあああー!」
振りぬいた両手剣をそのまま高らかに掲げ、ガッツポーズを決めた。やっと一匹 (一人?) の 《リザードマンロード》 が撃破されると、ギルドの仲間達は彼に向かって 「おぉー、グッジョブ!」 そんな歓声を上げる。
いやいや、戦闘中に余所見するなよ。さすがに呆れて溜息をついた。
「よし、こっちも終わらせるぞ」
勢いに乗った長槍使いが腹部に単発攻撃を加えると、ギャッと悲鳴を上げ、大きく後方に退くリザードマン。
「スイッチ!」
その声を受けて、片手直剣使いは走り出した。おそらく 《ソニック・リープ》 だろう。
「オッケー! うりゃあああー」
刃が黄緑色に発光したその瞬間、リザードマンは重心を左に変えた――予感に従って、俺は構える。
「え、うそっ、」
剣は空を斬った。ソードエフェクトが消えゆくと同時に硬直する直剣使い。
「「ば、馬鹿っ、おいっ!!」」
ギルドメンバーの叫びも虚しく、狙い通りにリザードマンは背後を取る。
鋭く振り上げられたシミターからオレンジ色の光彩が、ふっと消えると、赤い光芒が切り離した手首もろとも粉々に砕け散った。
動揺や驚愕が入り交ざった表情で固まったままの直剣使いに、俺は肩膝をついたまま、 「はい、スイッチ」 と平坦な口調でお願いした。
その後は、一方的なものだった。
天気が良いから――そんなどうしようもない理由で七十五層圏外をウロウロしていた俺を、 《血盟騎士団》 の御一行様は、攻略に同行させることにした。
実際は、偶然会って、 「見てるだけでいいから」 と誘って、嫌がる俺を強引にパーティーに加えた、それが正しかった気がする。
彼らがリザードマンとの再戦に奮闘する最中、俺はここぞとばかりに踵を返した。
「おつかれー。さすがだねー。カッコよかったよー」
離脱失敗。見られていたようだ。後ろから声を掛けられた。
がっくりとして振り返ると、コムロンは引き攣った笑顔で手招きしている。
「オマエさー、訓練にならないから見ててねー、ってオレ言ったのにー。みんなビックリしちゃてるしー」
「いや、反射的というか、呆れて、というか……」
コムロンは溜息を吐きながらやれやれと肩を落とした。
「ま、別にいーけどさー。即席の隊だから、まだみんな慣れてないんだよねー」
「そうなのか……」
「うん。七十層以上の攻略はじめてー、っていう人もいるくらいだしねー」
ギルドメンバーのほうに視線を向けて、コムロンはまた溜息をついた。
「あれ以来、KoBは大混乱だよー。ゴドさんが……アスナさんもいなくなって、司令官不在みたいなもんだから、現場の下っ端はしんどいよねー。団長が何を考えているのか、オレにはサッパリ? だしさー」
コムロンはゴドフリーが隊長を務めていたKoBのフォワード隊に在籍している。事件後の混乱と多忙は容易に想像がついた。
「ま、しょうがないけどねー……あ、そうだ! キリト君がいなくなっちゃったから、代わりにシュウ、入団しない?」
すっと振り向いて、人差し指をこちらに向ける。 《似たもの夫婦》 とはこういうことなのだろう。
「それは、無理」
コムロンは頷きながら 「だよねー」 と呟くと、ゆっくりと仲間達の方へ視線を戻した。
疑いの眼差しを向ける 《コムロン隊長》 に、 「もう無理、時間だから」 と言い残して全力でダッシュした。
事実、集合時間は迫っている。
七十五層の圏外には、主街区 《コリニア》 と同様、ヨーロッパにありがちな歴史的建造物、その朽ち果てた遺跡のようなものが点在している。
「どこだよ……似たようなやつ、ばっかりだし」
途中、何度かモンスターに遭遇したが、 「えい、やー」 と適当にあしらって目的地の場所を探した。
昔はさぞ立派であっただろう 《ナントカ宮殿》 そんな名前が付きそうな遺構の前に、群青の金属鎧二人組みが落ち着かない様子で立っている。
短い金髪の若者が、俺の姿を見つけると大きく手を振った。
「お疲れさまっす! でも、遅いっすよ、シュウさん。やべーって、ドキドキしちゃったじゃないですかー」
「ごめん、遅くなったね」
黒髪の巨漢が宮殿の入り口へ案内する。
「さぁ、急ぎましょう。アネさんがお待ちです」
……アネサン?
「彼女……DDAの人達にアネさん、って呼ばれてるの?」
「えっ……いや、まぁ……」
巨漢が複雑そうな面持ちになると、金髪は俯いて必死に笑いを堪えていた。
「黙って今すぐ出せよ! アンタにお宝ぶん取られんの、もういいかげんウンザリなんだよ!!」
痩躯な男の激しい怒声が空気を震わせた。
「うるせぇな、街に戻ってからでいいだろ。焦んじゃねえよ、馬鹿がっ」
不愉快そうに追い払うような仕草をしながら、無精髭の男は彼を睨みつける。
揉め事に巻き込まれまいと、足早にその場から去ろうとする群青鎧達。
「はっ、低レベルの新参者が俺に意見してんじゃねぇ……」
嘲笑うようにそう言い捨てると、無精髭も彼に背を向けた。
「ふ、フざけんな、出せって言ってるだろ!!」
叫びながら詰め寄り、掴み掛かろうとする。だが、腹部に強打を入れられて、がくんと膝から崩れ落ちた。
「お前、本当うるせえよ……消えろ」
殴った拳をゆっくりと曲刀の柄に置いて引き抜く。赤黒い閃光を放つ刃。
男の顔から笑みが消えた――切先は小さな掌から光を零した。
「なっ……」
轟音を伴った血色の閃光が首を貫く。蒼い光芒は幾度もその身体を斬り裂いた。
「……斬って」
それに応えるように、 《バーチカル・スクエア》 を放つ――
這い蹲る男の首に剣尖を突きつけた彼女は冷血に告げる。
「クラディールに、よろしく」
何かを言おうとした刹那、その首は転げ落ち、砕け散った。
俺が剣を収めると、彼女は 「後は任せて」 そう言い残し、DDAの仲間と共に五十六層へ転移した。
薄れゆく青い光の結晶が消え去るまで、彼女は俯いたままだった。
七十五層攻略は難航しているようだ。
攻略は遅々として進まず、未だフロアボスを倒すに至らないらしい。
《ゴドフリー殺害事件》 によって、有力ギルド内部の人間関係は相互不信により悪化したそうだ。
そして 《攻略集団》 の中心的人物が、二人同時に前線を離脱した影響も大きいらしい。
俺のような 《時々攻略集団プレイヤー》 にも多方面からお誘い、というよりは脅迫まがいのメッセージが度々送られてくる。
【それは、無理】 で押し通すことが出来無くなるのも、時間の問題かもしれない。
そんなわけで、エギルを中心とした 《おじさんパーティー》 も前線攻略に奮闘中のようだ。
「……開いてない」
不要なアイテムを処分しようと思ったのだが、その店の主は留守だった。
「おいっす。ナナちゃんとのデートで最近忙しいらしいナ」
突然、珈琲を味わう俺の背後からそんなゴシップネタが聞こえてきた。
「珍しいな、直接来るなんて……あと、嘘つくな」
「にゃハハハ。たまにはシュウの顔、見とかないと忘れそうだからナ」
そこに座ったら見えないだろ――
甲高い声と特徴的な語尾の 《情報屋》 は、俺の背中合わせの席に座ると、NPCの店員に 《本日のオススメナントカセット》 を注文した。
「……で、本題は?」
「オマエ、攻略に行かないのカ?」
いきなり痛いところを突いてきた、この情報屋。
「……行くよ。そろそろ天気も、」
「ヒマだったら 《はじまりの街》 に行ってきてくれないカ?」
「それは、無、痛っ!?」
俺の後頭部へ何かが激突した。間違いなく後ろの客の仕業だろう。
「……何で俺が?」
「おれっチは誰かさんと違って七十五層で忙しいんだヨ」
はい、そうですね、ごめんなさい。
しかし、確かに最前線の情報収集で手一杯なのは間違いないだろう。
ひとつの情報の有無で攻略のスピードと安全性は全く違ったりもする。
「……軍絡みか?」
「まーアイツらも絡んでくるだろうナ。だからオマエなんだけド」
それを聞いた瞬間、あの 《トゲトゲ頭》 がすぐに浮かんだ。
俺は溜息まじりにうなだれる。
「めんどうだな、それ」
「んんっ、たあから、オマエなんだオ」
とりあえず、食うか話すかのどちらかにして欲しい。
「いやー、これ美味いナ! で、ヤバそうなダンジョンへ潜入してきて欲しいんだヨ」
おそらく上層階の解放、もしくはクエスト達成によって出現したのだろう。
上しか頭にない 《攻略集団》 とは違って、中層クラスのプレイヤーはそういった場所……ヤバそう?
ゆっくりと後ろの席へ振り向く。どうやら後の客もそうらしい。
「気をつけろヨ! 六十層クラスのボス級モンスターが居るらしいからナ!!」
クリームを口の端につけたアルゴは、満面の笑みだった。
翌日、 《はじまりの街》 の中央広場は閑散としていた。
他の階層と比較すれば、圧倒的な面積を誇る転移門広場だが、それにしても人が少ない。
「……こんな感じだったかな?」
数ヶ月振りに訪れたとはいえ、その変わり振りに違和感を感じる。
――アルゲードに慣れすぎたのか。
考えてみれば、五十層開通からずっと住み続けているあの街の混沌こそ、むしろ異常、ともいえる。
何度か 《コムナナ夫妻》 が住む六十一層の 《セルムブルグ》 へ誘われたが、あの街の雰囲気と物価は、俺にとってはハードルが高すぎる。何より、引っ越したら毎朝、 「起きろ、攻略行くぞ!」 に違いない。そんな場所に住みたくない。
他の階層にも魅力的な街はあるが、結局住み慣れた街が一番――という結論に毎回落ち着く。
少なくとも 《アインクラッド解放軍》 が統治するこの街で暮らすことはもうないだろう。
広場から大通りに入り、市場エリアの店先に並んだ商品を懐かしく思いながら眺めていた時――
「あれ、シュウさんっ!?」
突然、聞き覚えのある声が俺の名前を呼んだ。振り返って視線を合わせる。
「…………」
目を疑う光景が、そこにはあった。知り合いがいた。そして、その二人の間に少女がいた。
「うっす、久しぶり。こんなところで会うなんて」
俺は、久しぶりに動揺したようだ。思ったことがダイレクトに口から出た。
「凄いな、カーディナルシステム。あの行為の先がある、とは考えもしなかった」
一瞬の静寂の後、
「はっ?」 ――と、相変わらず黒のキリト。
「えっ?」 ――と、騎士服ではないアスナ。
無言で顔を見合わせると、同時にこちらへ振り向いた。
「ち、違う違う、そういうことじゃないぞっ、この娘は……」
「そうそう、シュウさんっ、あのね、これから……」
そんな大慌てな二人の様子を女の子は不思議そうに、嬉しそうな目で見ている。
幸せそうで、なにより――
だが、直感は伝える。この世界には 《NPC》 でも 《プレイヤー》 でもない 《限りなく人間に近い何か》 が存在する、と。
「オマエは分からないのか――この世界は嘘で成り立っているんだぜ」
忘れることの無い、その言葉が脳裏を過ぎる。
(終り)