ソードアート・オンライン アナザーゲート・プログレッシブ 作:たかてつ
アインクラッド編です。
二〇二四年九月のお話。
俺の生まれた街では、もうすっかり見なくなった。関東や関西、北海道や九州などには今でも残っているらしい。
この猥雑な 《アルゲード》 という街には、きっと茅場晶彦も足繁く通ったであろう屋台飲み屋、俗にいう赤提灯――そんなカテゴリーの屋外飲食店が星の数ほど並んでいる。
「茅場、行くわけないか……」
そんな屋台群から漂うアルコール臭、そして肉や魚が焼けた美味そうな匂いが充満する誘惑的な小道に並んだ一軒の 《焼き鳥風串焼き》 を提供するNPC屋台。
その狭いカウンターの上に突っ伏した未成年っぽい女性を俺の友人であるふたりは挟み撃ちにして、かれこれ二時間以上あの手この手で必死で慰めている。
そんなのただの吊橋でしょ――開始四分、この一言を華麗に言い放った俺は 《一発レッド》、 つまり退席処分になった。
何とかコムロンの恩情によって、屋台前に特設された丸テーブルと汚れたパイプ椅子、そこに座って試合を観戦することは許されたが、ひとりごとのような野次が運悪くレフリーの耳に届いてしまうと、すごく怖い眼で睨まれるので……野良猫でもいないかと、周囲に意識を散らすことにした。
「……だってえー、てーにぎってっていったらあー、ぎゅって、ぎゅってにぎってぐれたんだもーん」
すでに何度も聞いた切なすぎる涙腺崩壊エピソード。ああ、めんどくさい。
その語り部はカウンターをごんごん叩いて大声で泣き叫ぶ髪を桃色に染めた不良少女――こんなところで飲んでいたら駄目だろう。親御さんはとても心配しているはずだ。さっさと帰宅しなさい。
「……それは、頼まれたからだろ」
刹那、赤い閃光――ほかほかの謎肉とお野菜が刺さっていたはずの竹串が、美しく輝きながら俺の鼻先をかすめる。
――投剣、また上げたのか。
どうやら空腹すぎて俺まで焼いて食う気になったらしい。これからは圏外に出たらそこも警戒しなければならないようだ。プレイヤーに食われて退場するのはかなり嫌だ。
どきどきしながら横目で見ると、ソードスキルを発動して俺を串刺しにしようとした腹ぺこ女は、労わるようにうんうんと頷きながら、震えるリズベットの背中を優しく撫でていた。
盛りすぎに思える太く鋭い爪は見事に頭上を空振った。斬り込みながらそれを交わした俺は、さらに低く跳んで 《おかず》 の懐に入る。
「黙って食われろ!」
《ホリゾンタル・アーク》 の二閃目は彩やかにわき腹をえぐった。コムロンの背丈より倍近い 《クマブタウサギ》 はギュルっと鳴いて痙攣する。
「捕まえたー!」
瞬間、飛び込んだコムロンの 《ソニック・リープ》 によって、今晩のメインディッシュはきらきらと爆散した。
さっそくウインドウを覗き込むと、ぽーんと剣を放り投げて喜ぶコムロン。
「わーいっ!! これ、ちょっといいお肉だー! シュウ、ナナちゃんに褒められるねー!」
やれやれと剣を拾ってコムロンに手渡しながら、
「ナナミ、どんどん料理上達してるよな。ありがたいことに……」
「うん。でもアスナさんはもっとすごいよー。レベルは内緒ーって言われちゃったけど」
――えっ? 鬼って料理するの? プレイヤーとかモンスターを生でばりばり食ってるんじゃないの? 歪んだ知的好奇心を刺激された俺は一応確認した。
「コムは、あれの料理、食べたことあるの?」
首を傾げ何か思案するようなコムロンは、 「うん、ま、いっか!」 と言うと剣を収めながら、
「シュウはあんまり誰ともしゃべらない人だから大丈夫だよねー! オレ、実験台にされてるんだー。アスナさんにっ!!」
久しぶりに絶句した――それは誰にも話せないよ、コムロン。
食後にナナミのいれてくれた濃い目のお茶をすすっていると、
「シュウ、女の子、嫌いなの?」
この世界だと数秒であっさり終わらせることが出来る簡単な洗い物を済ませた彼女は唐突に聞いた。
「その辺り、よく分からないんだけど」
「どういう意味で言っているのか分からないけど……普通に好きだと思うよ……」
じーっと俺を見続ける。それがとにかく怖い。
「自覚なく、酷いこと、言ってるの?」
なるほど、昨夜の話か――俺はお茶をすすりながらその問いに答える。
「自覚は知らない……でも、俺みたいな 《枠外》 はともかく、基本的に女性ゲーマーさんとは全然合わないんじゃないかな、とは思ってる……まあ、ゲーマーとか全然関係無い気もするけどね。よく怒らせるし、男女問わず……」
うんうんと頷く。
「でも、それで、困らない?」
さらに続くのか――もうかなりめんどくさい。俺はコムロンに助けを求めた。が、いない。どこに消えた、あの野郎。
「うーん……あんまり困っていない。それが問題なのかもしれないけれど……」
ナナミは 「ふーん」 といって立ち上がった。やっと終わった――
「信頼はしてるけど、好きにならないのは、そういうところ」
はっ? 信頼って……何?
「先月の 《討伐作戦》 にあなたが参加しなかった理由を教えて」
《アルゲード》 のいつものカフェよりかなり高級で綺麗で高そうなカフェテリア。そこへわざわざお越しいただいた、というかそこに俺を呼びつけたDDAのナナミの上司、そして、料理上手らしい素敵な鬼は開口一番そう言った。
「……めんどくさいから?」
その瞬間、記憶が蘇る――多分、これか。これが駄目なのか。だって、鬼が赤鬼になったし。
俺はその変身が面白すぎて、きっとにやにやしていたのだろう。俺を見る青いおじさんは呆れたように首を振ると、
「いや、君を疑っているようにとられたのなら申し訳ない。とにかく今後、我々は同じ失敗を絶対に繰り返すわけにはいかないんだ。その為に是非、君の協力を得たいと思っている」
――うん、めんどくさいひとだ。俺は青いおじさんを無視して、ずっと睨みっぱなしの鬼へ視線を合わせると、
「協力はする。というか、してるつもり……ただ、俺が、いや、あんたらも含めて今すぐにでも斬り殺さなきゃいけないプレイヤーは、間違いなくすぐ近くにいるはずなんだ……それが誰なのか、まだ俺には分からない……」
ふと気付く。鬼の目、実は透き通った美しいはしばみ色――ということに。
少年はこの瞳に騙されたのか。そう思ったらふつふつと湧き上がる面白さ。どうしようもなく表情から溢れてしまう。
――まずい、堪えないと。
だが、すでに手遅れだった。もう睨んでいた。凄い眼で。
(終わり)