ソードアート・オンライン アナザーゲート・プログレッシブ 作:たかてつ
アインクラッド編です。
二〇二四年十月のお話。
誰しも、分かっていても言葉に出来ないことがある。
それを言ってしまえば、大切なものが壊れてしまうからだ。
《セルムブルグ》 に憧れる気持ちを理解したければ、この時間に訪れてみればいい。
外周から差し込む夕日が水面を煌かせる様を見るなり、どんな人間であっても一瞬でこの街の虜になる。
「やっぱり、綺麗だな……」
「え、…………?」
広大な湖水と濃紺と朱色に輝く街並み、それにすっかり見惚れていた俺の視界の端に彼女は立っていた。
その驚きと警戒が入り混じった複雑な表情へ、
「……アスナじゃないよ。景色だよ」
これがいつも余計なのだろう。さすがに馬鹿な俺でも理解している。でも、やめないけど。
それによって、腰にぶらさげたレイピアを刺せそうな距離を保ったまま、ずっと 《攻略の鬼》 の姿でついてきたアスナに、
「近所に行くだけなのに、その格好なんだな……」
と、つぶやきながらコンコンとドアをノックする。当然、無視された。こわいなー、やだやだ。
「はい、ただいま、」
玄関の奥から若干の緊張を感じさせる声。静かにドアが開く。
「えっ……ナナミさんっ!?」
「いらっしゃいませ。さあ、どうぞ、お上がりください」
旅館、もしくは料亭――俺がよく知る場所だったら和風居酒屋の従業員のような格好のナナミが微笑みながら招き入れる。
「あっ、はい……おじゃまします」
アスナは後ろで必死に笑いを堪えようと震えている俺などまったくお構いなしに、ナナミの後を追って奥の部屋へ向かった。
「アスナさん、いらっしゃーい!」
緊張感のない 《パジャマ男》 の嬉しそうな声が聞こえた。俺はもうひとりのゲストをこの部屋に迎える為、苦笑しながらゆっくりとドアを閉める。
「美しい街ですね……シュウさんはここに引っ越さないんですか?」
女性の衣服に疎いので何と表現するのが正確なのか分からないが、とりあえずほわほわした若い女の子らしい服装の彼女は、湖に浮かぶ島々を眺めながらそれを問う。
「ここに住んだら、俺は間違いなく圏外に出なくなりますから……」
その答えにくすくすと笑いながら、 「それは困りますね」 と、視線を俺に向けた彼女。
「とはいえ、プレーヤーホームを購入する時に、俺も多少協力しているんですよ……いずれ食費と宿泊代であいつらがマイナスになりますけどね……」
「えっ、そうなんですか!? いいなあ……わたしたちがホームを購入する時は大変でしたよー。アインクラッド中の街をあちこち……」
その幼い外見には似つかわしくないリアルな 《新婚物件探索クエスト》 の苦労話を、俺は到着するまでずっと聞かされ続けた。めんどくさかった。興味、無いし。
それは、我ながらおかしな発言、そう思った。
「うりゃー、しねー!」
《シャープ・ネイル》 によって爆散した光塊は、素敵なドレスをお召しになられているとはいえ、 《白骨死体》 だからとうの昔に死んでいる。いまさらそう言われても困ったに違いない。
そんなわけで、ボロボロの鎧を纏った 《骸骨騎士》 に斬りかかる瞬間、 「成仏しやがれ!」 と叫んでみたものの、ライトエフェクトとの相乗効果もあってそれなりの納得感はあったのだが、語呂がいまいち……かといって 「悪霊退散!」 はこのゲームの趣旨としていかがなものか……
そんなどうでもいいことを考えながら 《深夜の幽霊駆除作業》 に励んでいたら、 【そろそろ終わる下で待て】 ということなので、今にも崩れそうな荒らされ放題の古城を後にした。結構、どきどきした。もうひとりではやりたくない、こわいもの。
「…………来ない」
やはり、女性の 「そろそろ」 という発言はあてにならない――この経験によってまたひとつレベルが上がっただろう。
とはいえ、 《始まりの街》 から全く圏外に出ていないプレイヤー並みのレベルでしかないのだが。
「お待たせ。別にひとりでもいいけど、ナナミさんが……」
ふと気付けば、今まで一度も見たことのない、それは可愛らしい格好をしたアスナが後ろに立っていた。
ここで、 「あんた、誰?」 と言ってはいけない。さすがに学習した。言いたいけど。
「いまさら謝る気は無いけど……考えを改めた、とは言っておきます」
唐突にめんどくさいことを背後からぶつけたアスナに、
「いいよ、別に……俺に問題があるのは間違いないから。それに人を疑うことは、けして悪いことじゃないし、」
と、適当に答えてみた。が、それを遮って、
「なんだろう、現実のシュウさんを知っていたからかな? そのギャップに戸惑った、みたいな……」
さらにめんどくさいことを重ねてきた。とりあえず、どうにかして黙らせよう――
「あの日、いかにも御家族に無理矢理連れて来られたって感じの不機嫌で興味なさそうな少女が、立ち上がって笑顔で拍手をする姿、しっかりと俺は覚えているよ……」
作戦成功――アスナは赤面して俯いて黙った。さすが、俺。
「……見えたの? 結構距離あったけど……」
アスナにひとつ笑みを見せると、振り返って俺は、久しぶりに大切な思いを伝える。
「見えるさ……それが俺たちの戦うモチベーションになるんだから……当然、君たちに喜んで、楽しんでもらう為だけどね……」
ふふっと笑うと、少しだけ 《攻略の鬼》 の表情に戻ったアスナは、
「じゃあ、今のシュウさんを支えているものって、何?」
――ほんと、めんどくさいな、この人。うなだれながら適当に俺は答える。
「かわいいリッちゃんの笑顔、かな……」
真に受けられて告げ口されたらシヴァタに怒られる――そんな後悔も、背後から聞こえるのほほんとした笑い声で、あっという間に拡散した。
(終わり)