ソードアート・オンライン アナザーゲート・プログレッシブ 作:たかてつ
アインクラッド編です。
七十五層攻略中のお話。
こつ、こつ、こつ、……ひょこ。
「みーつけたっ」
すぱーんと輝く茶碗が飛んできて、ぱりーんと砕けてきらきらと舞い散った。
あれから一晩中、開通したばかりの七十五層主街区 《コリニア》 周辺の 《害獣及び変質者駆除作業》 に従事した俺は、うっすらと周囲が明るくなった頃にメッセージを送り、少年の行動パターンを間違いなく掴んでいると思われるアインクラッド最強の敏腕情報屋を呼び出した。 「あんまりイジるなヨ!」 と満面の笑みでご忠告をうけたので、 「ご心配なく!」 とにこやかに返答し、提示された結構な金額を気前よく支払った――なんならもう少し上乗せしてもいいくらいでした。ありがとう、アルゴさん。
「エギルのやつ、何やってんだよ……」
あきらかに不機嫌な少年の声。もうそれだけで、笑いが止まらない。
とはいえ、次は間違いなく刃物が飛んでくるだろう。俺は開いたままのドアから少年に見えるように腕を伸ばして、 《デスブロー》 におしゃべりをさせることにした。
「キリトくん、これ、ありがとう」
しっかりと口調に合わせて剣を動かす。結構面白いぞ、これ。
「あっ!? それ、シュウが買ったのか! それさ、悪くないけど耐久力が――」
ヘビーゲーマーのアイテムウンチクが始まった。こいつらは 《それ系》 の話をはじめると大概早口になってめちゃくちゃ長くなる。俺は適当に聞き流しながら左手に相槌をうたせる。コツを掴んだら、さらに面白くなった。
「……だから六十七層のクエで入手出来る、ってシュウ、聞いてるのか?」
「うん、……キリトくん、大切に使わせてもらうね……」
深々とお辞儀をする 《デスブロー》 、もう笑いを堪えるのに必死。ほんと面白い。
「ああ、って別にどう使っても構わないよ……」
先ほどよりも穏やかになった声。よし、ここだ、ここしかない。
「……でさー、五十連撃って、直剣スキルがいくつに、」
モーションを起こす気配、瞬間俺は構える。閃光が入り口を照らした。最高速で 《バーチカル》 を放つ――
ギンッという硬質の金属音が鳴り響いた。輝きを失ったピックはバチンッと壁にぶつかり失速、ころんと床に落下する。
ほどなく視界に 【Immortal Object】 のシステムタグが浮かんだ。
「……そっちこそ、なんだよ、それ」
呆れたような、けれど関心したような少年の声が部屋から聞こえる。
「まぐれですよー。じゃあ、頑張ってねー!」
俺はコムロンの口調を真似て少年を励ますと、一目散に階段を駆け下りた。
【トゲトゲ、何やってんの】
昨晩そんなメッセージを送っていたことをすっかり忘れていた俺は、上手い具合に記号を使ったその泣き顔を見るなり、大手ギルドのめんどくささを再確認した。
「リッちゃん、かわいそうに……大変だろうな」
ちなみにその旦那は、俺から数十メートル離れた場所で無駄に凶暴な二足歩行の 《ゾウさん》 を数人で取り囲んで叩きのめしている。
「シヴァタさん、頑張って……」
さすがに眠くなってきたので帰ろうと思うのだが、コムロンとナナミからの返信はまったく届く気配がない。
「……家は、やめとくか」
すっかり疲れきっていたので転移結晶を使って 《アルゲード》 に向う。
《いつものカフェ》 のいつもの席に座った俺の耳に入ってくる話題は、客が入れ替わってもずっと同じだった。
久しぶりに常宿に戻って、ふたりの 《あれ》 が終わったら返信もくるだろうと、装備を解除してぱたんとベッドに倒れ込む。
毛布に包まって 「おやす」 まで言った時だった。
【大変なことになっちゃった】 ……知らんし。若いふたりで協力して乗り越えなさい。
俺はまぶたをゆっくりと閉じた。
「ふあぁー、いやダイゼンさんもいきなりだからさー、露店手配するの大変だったよー。ナナちゃんに手伝ってもらわなかったら、完徹確実だったしー」
あくびをしながらソファーに横になってぐったりしているコムロン。もう日付は数時間前に変わっている。
「KoBにも、愉快な人いるね。意外だった」
香ばしい濃い目のお茶を飲むナナミ。今日の夕食はNPC屋台で簡単に済ませた。
「じゃあ、明日はそのイベントの間に、さくっとフィールドボスをやっつけようかな……」
「うそだー」 「嘘つき」
あっさりだった。俺もたまにはボスを倒してみたいのに。
「凄かったね……私、まだ全然駄目」
ふたりの壮絶なデュエルが終わり、巨大なコロシアムから足早に去ろうとする人流のなかで、ぽつりとナナミは呟いた。
「ユニークスキルとか、そういうことじゃなくて、彼らにはあって、私には無いもの、それを見つけないと、駄目」
俯いたまま歩くナナミに、後ろから押された男がぶつかる。俺はその細い肩を掴んでナナミを抱き寄せた。
「えっ、なんで……」
視線を合わせてから、そっと耳元で囁く。
「ナナミ、気づかなかったのか?」
「えっ……?」
ナナミは無表情のまま視線を逸らした。俺は笑みが湧いて零れ落ちるのを感じた。
「探しもの、おそらく見つけた。それにあいつは気づいたかもしれない……さて、どうしようか……」
瞬間、わき腹に思いっきり、がつんと柄が当たった。すごく痛い、気がした。
「シュウ……困るし、めんどくさい」
ナナミの眼が怖かった。
(終わり)