ソードアート・オンライン アナザーゲート・プログレッシブ 作:たかてつ
アインクラッド編です。
七十五層攻略中のお話。
あいつは俺に死んで欲しいの?
真っ黒――次の瞬間、薄暗い回廊を必死で駆け抜けた。
「そのバケモノ、オイラも生で見てみたかったナー」
《はじまりの街》 での恐怖体験を聞き終えたアルゴの感想は、それだけだった。
「シュウが遭遇したヤツ……そんな感じのヤツが次のフロアボスだったら、みんな死んじゃうよねー」
迷宮区のボス部屋を発見した帰り道、そう言ってコムロンは溜息をついた。
「私も参加する。大丈夫、自分で決めたから」
DDAの攻略会議が終わり、帰宅したナナミは俺たちにそう告げた。
七十五層フロアボス攻略戦、最終的にヒースクリフが選抜した精鋭三十二人、そこに俺は入っていない――
「あっ! シュウ、鍵、預けとくねー」
部屋のドアの前で振り返り、ぽーんと鍵を投げた。
「了ー解」
俺はそれを右手でキャッチすると、ソファーから落ちるのをこらえながら腕を伸ばしてテーブルに置こうとした。が、背中を何かで突つかれ、どすんと転げ落ちた。
「もうちょっと……別にいいけど」
「何だよ……緊張してるのか?」
ボス戦用の蒼い金属装備の上に濃紺のロングコートを羽織ったナナミは、 「別に、いつもと同じ」 ひとつ睨むと玄関へすたすた歩いていく。
ゆっくり立ち上がろうとする俺に、コムロンは苦笑いを浮かべながら右手を差し出すと、
「でもさー、マジで全滅もありえそうだから、いつもとはちょっと違うよねー」
俺にだけ聞こえるように小声で言う。
「だからお前に預けたんだよ。まじで危なくなる前に、絶対装備しとけ」
「でも、シュウみたいに使えないよー。ぱきってすぐに折れそうだから、」
「大丈夫だって。一発ヒットした後は適当に斬りまくればいいだけなんだから……」
「何してるの?」
すぐ目の前に無表情が。俺とコムロンは頑張って変な笑顔を浮かべる。
「えっ?」 「はっ?」
瞬間、俺とコムロンは、細い両腕で抱き寄せられた――あのナナミが、震えている。
「…………大丈夫だよ、ナナちゃん。オレはともかく、団長もいるしー、アスナさんもキリトくんも一緒だよー」
ぽんぽんと背中を優しく叩くコムロン。
「……何回も説明しただろ。茅場は全滅なんか望んでいないから大丈夫。適当に回避しとけばいいんだよ……」
ちょっと、どうしたらいいのか分からない、俺。
「入ったら……死んじゃったら、ふたりに会えなくなる」
「ナナちゃんは死なないよー。だってオレより強いしー、オレも結構強いしー、みんなはもっと強いし!! そうだよね、シュウ!」
「ああ……大丈夫。ナナミは俺よりも、ちょっと弱い程度、痛っ……」
ぱんっと後頭部を叩かれた。
そしてさらに強く抱きしめられる――苦しい。少しでいいから自分の筋力値、考えてくれ。
「私は……コム君が大好き。シュウは大っ嫌い。でも、どっちも大切だから、怖いの……」
やれやれ……コムロンと目を合わせる。
「オレもナナちゃんが大好きだよー。だから団長に、オレ行きまーすって、志願したんだしー。それにボスを倒して、シュウと一緒に七十六層、攻略したいしー」
「好きも嫌いもないし、攻略に行くのもめんどくさいけど……さくっと倒して、帰ってこいよ……」
「…………うん。了解」
俺たちを解放すると、何事も無かったかのようにすたすたと玄関へ。
「じゃあ、シュウ、行ってきまーす!」
いつも通り、俺たちはパンッと右手を合わせる。
「はいはい、楽しんでこいよ……」
俺はコムロンを玄関まで送る。
コムロンが外に出ると、ドアの外のナナミはじっと俺を見つめながら、
「絶対に、ゲームが嫌いで、剣が使えない女の子、紹介するまで死なない」
微かに微笑むと、ゆっくりとドアを閉めた。
「いないでしょ、そんな女の子……ソードアートだし……」
大切なふたりが去った部屋で、ひとりになった俺は笑いながら呟く。
【暇だろ?全滅したら攻略手伝って】
【Ok! It's Showtime! 】
「早っ、……暇なんだろうな……」
たまに殺そうとしたり、されたりするくらい仲の良い古い知人からのメッセージが届くと、 「おっ! これはデカいで!」 隣の竿が大きく曲がる。
あっという間に釣り上げられた 《手足の生えた変な色の魚》 はぴちゃぴちゃと暴れた。
慣れない手つきで針を外そうと悪戦苦闘しているのを横目に、俺はアタリが全く出ない仕掛けを上げてみる。
餌がついていなかった。これでは釣れるわけがない。
「フン、誘っておいてジブン、ヘタクソやな」
相変わらずの口の悪さだな――このトゲトゲ野郎、へこんでるくせに。
「あれから 《はじまりの街》 に引きこもってた誰かさんと違って、釣りをする暇なんか無かったんだよ……」
作戦成功。見事に俯いて黙りやがった、このトゲトゲ。
「……確かに、ジブンに丸投げしたのは、わいや…… 《攻略集団》 を支えてくれ、何でも協力するからプレイヤーを護ってくれと、言ったのは、」
「めんどくさいから、そういうの……あんたが下で頑張ってたの、知ってるし……」
俺はキバオウの言葉を遮って、ぽーんと仕掛けを投じる。
「最初から答えが分かっていても、その方法が分からなかった俺は……あんたと同じだ……本当に、いつも間違えてばかりだよ……」
キバオウは 「フンッ」 と荒々しく仕掛けを投げると、それからは黙ったまま、ただひたすら浮きを見つめていた。
【ナナちゃんへのプレゼント!出来たよー!!】 ――桃色鍛冶屋からのメッセージ。
「悪い、ちょっと出かけてくる……」
視線を浮きに向けたまま、キバオウは行ってこいと小さく手を振る。
「うーん……もったいないか……」
使うかどうか迷ったが、転移門広場へ続く街道に向かって歩きだす。
――この美しい景色を出来るだけ見ておこう。
それから程なく、鐘の音が鳴り響き、空が赤く染まった――はじまりのように。
(終わり)