ソードアート・オンライン アナザーゲート・プログレッシブ 作:たかてつ
今回から 《新生アインクラッド編》 です。
二〇二五年六月頃のお話。
017 依頼
鮮やかな緑の芝が宙を舞う。
「危なっ――」
俺の左脚目がけて何本もの鋭利な棘が迫り来る――直撃寸前でジャンプして回避した。
着地と同時に細かいステップ。目前に迫る赤い影。
――えいっ。
「うわっ!? ……マジか」
緩やかな放物線を描き、ふわっと頭上を越える。
ぽんぽんと弾みながら、少しだけ重いボールは白線を越えた。
「お疲れさん。こっちでも変わらんなー、オマエ」
ひとりベンチでスポーツドリンク片手にぐだぐだしている俺の背後から、嫌いではないけれど、あまりかかわりたくはない――しかし戦友にして、尊敬すべき恩人でもある 《白髪のごつい日焼けしたおじさん》 が大声で話しかけてきた。
うわっ、まじめんどくさいやつ、きちゃった――怒られるのが嫌なので、素早く立ち上がると両手を差し出して頭を下げる。
「お疲れ様です、内澤さん。今日はこっちで打ち合わせですか?」
俺の手を凄い力で握りしめる。相変わらず加減というものを知らないようだ。
「そうだよー。しっかし会長もひでーよな、協会公認だから失敗出来ないー、なんてぬかしやがって。その責任、ぜーんぶ俺に丸投げだぞ。サッカーしか分からん年寄りにVRなんて勉強させるなよなー。他に若い暇なヤツ、いーっぱい、いるだろうが!」
――それはグループリーグで敗退したからでしょ。なんて、絶対、言えない。
昨年オーストラリアで開催された 《U-17ワールドカップ》 に出場した若き日本代表チームは、強豪国相手に思いっきりボコボコにされていた。
「うわぁ……かわいそう……」
リハビリ中に言い訳出来ないほど惨敗した試合の動画を見た俺は、ピッチに泣き崩れる選手達に同情してしまい、ちょっと泣きそうになった。
そのチームを率いていたのが、この内澤さんだ。現在は日本サッカー協会の 《現場》 から外されて……こんな場所にいる。
ちなみに俺も出場した 《U-20ワールドカップ》 では、コーチとして良くも悪くも 《個性的な集団》 を上手くまとめ、紆余曲折ありながらも準決勝まで勝ち進み、 《奇跡の世代》 と世間から称えられた (若干馬鹿にされている気もしたが) チームを影ながら支えた続けた功労者でもある。
「それよりどーよ? 膝の具合。少しは走れるようになったのか?」
握手した手を俺の肩に置いて、心配そうに左膝に目を落とす。
「うーん……微妙ですね。十五分くらいならいけるかもしれないけど……そんな感じです」
「そうか。まあ、まだ若いから色々試してみるんだな。 《レジェンド藤山》 みてーに四十過ぎてから現役復帰ってのも、あるからなっ!」
がつっと俺のぶっ壊れた左膝をキックした――相変わらず、ひどいおじさんだ。本当にめんどくさい。
俺は勘弁してください、と胡散臭くにやにやした後、
「まあ、地域リーグでプレー出来るくらい回復したら御の字ですよ。それに今のこの仕事、結構楽しませてもらってますから。協会とスポンサー様……内澤さんには感謝してます……」
意外な謝辞に驚いたようで、目を丸くした内澤さんは頭を掻きながら、
「そうか……それは良かったよ。海外経験もある選手で 《SAOサバイバー》 なんて珍しいヤツは、オマエしかいないから協会としても都合はいーさ……それに、やっぱりピッチに立ってプレーするのは、最高だろう?」
俯いて 「そうですね」 と、少し照れくさくなる本音を呟いてしまった俺は、青いユニフォームの胸にプリントされた 【レクト】 の文字を無意識に軽く掴んでいた。
心地よい疲労感を感じながら瞼を開けると、ベッドサイドのデスクに座っていた瑞希がすっと振り向いた。
「ただいま」 「おかえり」
その絶妙なタイミングに、ふふっと笑う瑞希を横になったまま両手を広げて誘った。
不思議そうに首を傾げながらゆっくり立ち上がると、俺の上にぱたっと倒れ込んだ瑞希は、
「どうしたの? 何かあった?」
その細く柔らかな身体を軽く抱きしめて、
「懐かしい……めんどくさいおじさんに絡まれて、疲れた……」
「ふーん。サッカーの人?」
「ああ、いつもロッカールームで喧嘩になって……悪い思い出、ではないけどね……」
そう言いながら、長く綺麗な黒髪をそっと撫でると身体を起こして、
「もう夕飯済ませた? ごめん、遅くなったね……」
瑞希はうんうんと頷くと、
「秀のご飯、作ってある」
ぴょんとベッドから飛び起きて、すたすた隣の部屋へ向かった。
瑞希の入れてくれた食後の香ばしいお茶をすすりながら、
「明日って十三時頃着の新幹線だよな?……それほど早起きしなくても大丈夫……」
駄目駄目、と首を横に振る瑞希。どうやら毎週末恒例の早朝散歩に俺も付き合わなければいけないようだ。めんどくさい。
「とりあえず……どうしたらいいのかな?」
今朝届いた瑞希のお母さんからの、困難極まりない 《お願い》 について、俺は未だ答えを見出せないでいた。
「うん。斬っちゃえばいい、と思う。容赦なく」
物騒なことを……しかし、確かに一番分かりやすいし、間違いないはず。
とはいえ、全く 《ALO》 をプレイしたことがない俺に出来るのだろうか――
「でも……卑怯なことは出来ないしなあ……かといって、正面からぶつかるってのも……」
「卑怯なこと、秀、得意だもんね」
ふふっと笑う。だが、全く眼は笑っていない。どうやらその辺、まだ根にもっているらしい。怖いな。気をつけよう。
俺はテーブルの端に置かれたパソコンのモニターに目を向けた。
【謎の侍軍団が牽引――第六層フロアボス撃破!】
昨日報じられた 《MMOトゥデイ》 の大見出し……俺と瑞希は目を合わせると、溜息と同時にがっくりと肩を落とした。
(終わり)