ソードアート・オンライン アナザーゲート・プログレッシブ 作:たかてつ
新生アインクラッド編です。
二〇二五年、六月頃のお話。
瑞希の母は、かんかんだったらしい。
はるばる京都から訪れた瑞希の母親を東京駅で出迎えた俺たちは、まるで 《セルムブルグ》 の馴染みのカフェのような駅構内の高級喫茶店に入った。
美しく、穏やか。終始そんな印象で俺は全く気づかなかった。
確かに瑞希と同じように、俺の人生で出会った人達――家族や友人、知り合いからは感じたことがない圧倒的な 《品格》 のようなものを、瑞希以上に醸し出していらっしゃったので、ちょっとどう接していいのか分からず戸惑ってはいた。
俺は冷静ではあったが、平静ではなかった、かもしれない。
とにかく瑞希曰く、 「うん。あれは危ない」 そうだ。 「怒り、マックス」 だそうだ。
――女性は分からん。ほんと怖いな。
「……じゃあ、行ってくるけど……やっぱり、めんどくさいな……」
ベットに横になって 《アミュスフィア》 をセットしても、全く行く気はおこらない。出来れば行きたくない。誰かに代わってほしい。
「えっと……日付が変わる前には帰ってくる予定……瑞希は夕食食べて、お風呂入って、先に、」
「はいはい。ちゃんと待ってるから」
俺の言葉を遮ると、まるで駄々をこねる子供をあやすように瑞希の掌が胸をぽんぽんと優しく叩いた。
その穏やかな表情に、俺は様々諦める。
「じゃあ、よろしく」
瑞希はすっと隣に身体を倒した。俺の肩に腕をまわす。それを受けるように瑞希を抱き寄せる。
「安心して、隣にいるから」
「……了解。行ってきます」
ひとつ溜息。俺たちは小さく声を合わせて――
《妖精》 といえば、革靴でスーパーなロングシュートをぶち込み、見事退席処分になった 《超カッコいいおじさん》 しか頭に浮かばないサッカー馬鹿は、予想通り出だしで躓いた。
「何ですか……これ?」
妖精イコールピクシー、ではないらしい。もうわけの分からないカタカナだらけ。誰か助けて欲しい、が、ここには俺しかいない。
とりあえず、少年とかぶりそうな黒っぽいものを選ぶ。
《ホームタウン》 なるよく分からない街に転送されるらしいので、ばったり遭遇する確立も高まるだろう……知らないけど。
人口音声の 「幸運を祈ります」 というアナウンス――不運しか訪れない気になった。
眩い光に包まれる。懐かしい感覚。ふと、あの頃を思い出す。
だが、そんな余裕はあっさりと消え去った。
「……これ、大丈夫なの?」
とてつもない高さから落下している。普通、死ぬ。
徐々に暗闇の中からその姿を現した、 《いかにも》 なゲームっぽい街並み。その中央にRPGっぽい城が――ああ、やっぱり。
【SAOのデータを引き継ぐと 《稀に》 起こるらしいから気をつけろ】
フリーズした。盛大にノイズが走る。バリバリと世界が崩壊する。
「ああ……稀に、ねえ……」
俺はエギルからのその一文を思い出して、やれやれと諦めて、そっと瞼を閉じた。
「むしろ死んじゃったほうが……良かったかも?」
途方もない時間落下したあげく、実家の周辺よりも激しい森の奥深く。
変な草。気持ち悪い虫。遠くに聞こえる唸り声。闇を深める見たことのない木々。そして、夜空に輝く月と星。
「……また、来ちゃったな……めんどくさい世界に……」
もうこの手のゲーム、この世界に足を踏み入れることは一生無い、と思っていた。
けれど、こうして実際に訪れてみれば、どこか懐かしく、そして少しだけ嬉しく、なによりも、めんどくさい。
とりあえず、このまま草むらでごろごろしていると痒くなりそうなので、ぴょんと飛び起きた。
ウインドウを……ウインドウが開かない。あれっ、これトラブル? またですか、これちょっと、帰れなくなるやつですか? 攻略とかまじで嫌ですけど。
【……操作は左手】 またエギルのメールを思い出す。持つべきものは頼りになる友人――ありがとう、エギルさん。また飲みに行きます。大酒飲みの 《元同僚》 も紹介します。
左手の指を揃えて適当に振り続ける。それは 【全く困らないはず】 だ。
確かに。よく分からない数値はともかく……あの頃のままだ。それがこのゲームにおいて、どの程度役に立つものなのか、は知らないけれど。
――ゲームを楽しむ為に、この世界に来たわけではない。
それを確認した俺は、慣れない左手でのウインドウ操作に悪戦苦闘しつつ、ようやくこの世界のマップを開くことに成功した。
しかし、さっぱり……だった。
「こ、コイツ、なんなんだよ!?」
「おいっ、……このスプリガン、例のウワサの奴じゃねーのか?」
気持ち悪い羽を装備したうえに、赤を基調とした趣味の悪い鎧を着込んだ二人組みは空中でなにやら喚いている。
――しかし、恐ろしい時代になったものだ。
《森で不用意に火を使ってはいけません》 そう学校で教わらなかったのだろうか。いや、家庭教育が原因か? 不運な境遇で育ってしまったのだろうか……それならば彼らに責任はない、かもしれないが、大人なら判断できるだろう。いや、案外そうでもなかったりするか。
もちろん――これはゲーム。
プレイヤー目がけて火の玉を飛ばして遊ぶのは一向に構わない。ただし、場所を選べ、と。
俺はそんな不良の片割れが放った火の玉を、最高速で思いっきりぶった斬った――上手い具合に火は消えて、森林火災を防ぐことが出来た。
――ひとつ間違えれば消防に緊急連絡を入れなければならない事態だぞ。馬鹿者め。
しかし……ここから最も近いであろう街に辿り着くためには彼らに協力を願うのが妥当。
もう一時間以上この深い、いや、不快な森を散歩している。本当に飽きた。めんどくさい。
相変わらずの、この手のゲーム恒例 《ヘンテコ生物駆除作業》 もウンザリだ。コル、ではなくユルドが貯まるのは何となく嬉しいけれど。
いやいや、二年間もそんな履歴書に書けない仕事を不眠不休で頑張ったんだぞ。真面目に書いたら書類選考で落とされる全く役に立たない経歴だ。
あれっ? でも最後の二ヶ月くらいは適当に……うん、今それを思い出してもしょうがない。
「あの、すいません。ちょっと教えて欲しいんですけど……」
空中の不良二人組みに呼びかける。だが、無視だ。
「ちょっと、すいませーん」
大声を出してみる。あ、気付いた。
俺からかなり離れた場所にすーっと降下する。どうやら警戒されているようだ。
「あの、すいません。ちょっと教えてほしいんですけど……」
比較的、まだ不良感が薄いほうの若者に歩み寄る。彼は立派な直剣を鞘に収めながら、
「もしかしてアンタ、あの 《世界樹》 で百万のNPC兵士を単独で撃破して……クリアされた方、ですか?」
――多分、知ってる人、その方。ちょっと聞いた話と違うけれど。
俺は精一杯の作り笑顔で答える。
「あれっ? ひょっとして、キリトくんの友達ですか? いやー、良かった、助かった! 俺は……」
嘘も方便……とは、このことだ。
「いや、オニーサン、マジヤバいっす。こんな短時間で 《随意飛行》 マスターしちゃうなんて!」
タトゥーが入っていそうな若者に褒められる――なんだ、話してみれば良い子じゃないか。やっぱり学校と家庭、つまり社会問題だな。
「ありがとう……こういう身体操作系、すぐにマスターしないとクビになる仕事をずっと続けていたもので……」
「えっ? なんですか、それ? ダンサーとかすか?」
うーん、ダンサー……知らないけど、それでいいや。
俺はにこにこしながら 「そんなやつっす」 と答え、さらにスピードを上げる。
「おっ! いいっすね。 《スイルベーン》 まで競争しますかー!」
気さくな若者二人組みは、俺を追い抜いて、まだ遥か彼方――闇夜にうっすらと輝く街の光を目指す。
その光に俺は、不安しか感じられない。
「……めんどくさい」
そんな呟きを置き去りにして、儚い光跡は朝焼け間近の夜空を彩る。
(終わり)