ソードアート・オンライン アナザーゲート・プログレッシブ 作:たかてつ
アインクラッド編です。
四十八層攻略中のお話。
モンスターをペットにしたら、モテるに違いない。
そう思ったコムロンは、先日攻略を終えたばかりの四十七層へ向かうことにした。
《ピネウマの花》 なんてスペシャルなアイテムが出現するくらいだから、きっと他の層よりモンスターテイムに成功する確率は高いはずだ、と。
翌朝、主街区 《フローリア》 に転移した直後、コムロンは思った――ここはひとりではつらすぎる。目の前に広がる美しく羨ましい光景に耐えられる自信がない。
そんなわけで、俺は今、ここにいる。
友人のメッセージひとつで、いつでもどこでも行けてしまう自分のフットワークの軽さが悩ましい。
「……全然駄目じゃん、お前」
彼の 【大丈夫、オレは動物に好かれるタイプだから】 ――それが通用したのは現実世界だけだった。
「おかしいなー、やっぱりわんこだけなのかなー」
圏外を何時間も彷徨い続け、何度も遭遇した動く草花のバケモノと格闘した結果、コムロンが手にしたものは、その事実だけだった。
「今日は花の収穫と草刈りを頑張っただけで終わったな……」
「でも、いっぱいアイテムドロップしたでしょー。コルも稼げたし、めでたし、めでたしー」
――めでたいのはお前の頭の中だけだ。
「じゃあー、オレは時間だから行くけど、シュウはどうすんのー?」
これから四十八層で行なわれる会合にギルドリーダーとしてコムロンは参加する。その会合の結果によって、彼らの前線攻略は今後大きく変化するだろう。
「疲れたから……今日はこっちの宿に泊まる、と思う」
「オーケー。なんか決まったら連絡するねー」
青光に輝きながら笑顔でこちらに手を振るコムロン。俺も小さく手を振った。
「しかし……その前にやることだったのか? これ……」
《フローリア》 は観光地として大人気のようだ。
転移門広場に近い宿はどこも満室で、空き部屋があったのは圏外まであと数メートル、といったこの場所の怪しげな安ホテル。
明日からの四十八層攻略の前に――明後日からにするかもしれないが、今日はせめて美味しいものを食べてから寝ようと部屋を出た。
日中は全く気付かなかったが、ライトアップされた美しい花々、それをさらに引き立たせる圏内BGM、夜の散策を多くの男女が楽しんでいる。
――こんなに女性プレイヤーっていたんだな。
コムロンが 「耐えられる自信が無い」 と言っていた理由も少しは理解出来る気がする。
そんな光景を眺めながら大通りをしばらく歩いて、レストランやカフェが立ち並ぶ路地に曲がろうとした時だ。
青紫の花が広がる花壇の前に、美しい女性が立っていた。
それは、美しさだけ、の女性だった。
「昨日はじめて会ったばかりなのに、来てくれてありがとう。今日は本当に助かったよ」
三十五層、 《迷いの森》 の出口で、ギルド 《フルムーン・ウルフ》 のリーダー・ソウタはそう言って握手を求めた。
――昨夜、偶然俺の隣の席に座った彼らは、今月末に迫った 《サンタ狩り》 の手がかりを探しているようだった。
どうやら最近ギルドメンバーを亡くしたようで、彼らの真剣さは隣でハンバーグに舌鼓を打っていた俺にもひしひしと伝わってきた。
めんどくさいことから距離をおきたいスタイル――の俺は、とりあえず急いで食事を済ませ、その場から離れようとした。
だが、席から立ち上がった瞬間、 「あの、すいません」 ギルドメンバーのひとりから声を掛けられてしまう。
そんなわけで、俺は今、ここにいる。
女性の声ひとつで、いつでもどこでも行けてしまう自分のフットワークの軽さを呪いたい。
「あの木だとは思うけど、絶対ではないから……」
「それでもかまわないさ。この森の攻略法を教えてもらっただけでも全然違うからね。僕らが行った他の場所より可能性を感じたよ」
そう言うと、離した手でソウタはウインドウを操作する。
「……あ、いらないよ。美味しいワイン、ご馳走になったから」
「いや、それじゃ申し訳ないよ。シュウがほとんど一人でモンスター倒してくれたから、僕達は無事帰ってこられたようなものだし……」
「うん、それで稼がせてもらったから。今度は俺がおごるよ」
そう言って俺が笑うと、ソウタは 「それなら、お言葉に甘えて」 と、こめかみを掻く。
長槍使いのササオが振り返り、 「よ、太っ腹」 などと、おじさんめいた台詞を言うと、ギルドメンバーは一斉に笑った。ただひとりを除いて。
その瞬間、すれ違い様だ――狭い林道を先頭で歩いていたカダル、その後ろに並んだソウタとササオが突然倒れる。
「イヤッーホォー、どう? 痺れちゃうでしょう?」
「次はオネーサンとオニーサン、どっちにしようかなあー?」
ダガーやクナイで彼らを切りつけた三人の男達は、歪んだ笑みを浮かべながら俺達を舐めまわすように睨みつけた。
めんどくさい――俺は柄に手をかけず、突っ込んだ。
「えぇっ?」
十字の閃光、ニ閃、そして三閃輝く。ひとつの光塊が弾けた次の瞬間、再び十字の閃光が走る。続け様に輝いた三閃は儚く消え、俺は振り返りながら加速させる。
「お、おい、こ殺すことはないだ、ぉっ!」
硬音と共に砕け散った光彩を背に、その剣尖は喉元を斬り裂いた。
「……何で?」
橙色の光芒が震える声を失わせるまで、それほど時間はかからなかった。
ドスン、という音が部屋中に響き渡る。
「……もう無理っ」
ようやくベットに倒れこむことが出来た幸せ――この衝撃でHPバーがレッドに変わってもいいとさえ思った。
あれから、転移結晶で 《フローリア》 に戻ると、 「今日はありがとう」 そう言い残して、 《フルムーン・ウルフ》 の面々は足早に転移門広場を後にした。
あれだけのことがあったのだから、それはしょうがないだろう――問題はその後だ。
コムロンから 【大至急、四十八層転移門】 というメッセージが届く。
二分ほど考えて、 「いや、ごめん。ダンジョンに潜っていた」 という言い訳を生み出すと、一時間程度食事を楽しんで四十八層へ向かった。当然、怒っていた。
転移門から数分のスペイン風 (ポルトガル?) のレストランに連行され、そこで俺を待っていた知り合いに、また凄く怒られる。
もうめんどくさくなった俺は、 「無理です」 と告げて、帰ろうとすると、彼女は絶対零度で 「残念ね」 そう言い放った。
そんなわけで深く傷ついた俺は、 《前線攻略》 という名目で変なガイコツやオバケを相手に八つ当たりを済ませ、ようやくこの安っぽいベットに帰ることが出来たのである。
「……もう動けない」
ドアがノックされた。勘弁してほしい。ゲームは一日一時間だったはずだ。
「こんばんは」
そう言って、すっと窓際へ進んだ。俺はドアを閉め、ゆっくりとソファに腰を下ろす。
立ったまま窓の外を見ている彼女の口元が動く。
「あの、今日は、」
「あっ、悪いけど、 《ありがとう》 とか 《こわかった》 はいいよ……こちらこそ、ありがとう。久しぶりに恐かったよ」
彼女は、振り返らない。しかたなく俺は続けた。
「踏み出す瞬間、もし抜いたら反転して牽制しよう、そう思った……けれど君は抜かなかった。それはどうして?」
月光が薄く差す窓に、無表情の彼女が映る。それは微かに動いた。
「……だって、三人だけのほうが……七人よりも、少ないから」
それは簡単な算数だった。
「そう……なら、命拾いしたわけだ……ありがとうございました」
俺は立ち上がり、目を逸らさずにドアを開けた。
「圏内PKとか……そういうめんどくさいことは嫌いなタイプ、と思うけど、出来れば一緒の部屋には居たくないな……」
彼女は何も言わず振り向くと、ドアの外へ向かう。
「今日はお疲れ様。おやすみなさい」
そう言ってドアを閉めようとすると、
「私のこと、分かるのね」
そんな呟きが聞こえた。俺はドアを閉める。彼女は部屋を後にした。
深く大きい溜息。
再び、ドスン、という音。もう嫌だ。そしてメッセージだ。
俺はウインドウを操作する……明日の予定が決まった。
「もうーまじーむりー」
それが今日、最後の言葉となった。
まだ薄暗い早朝の圏外。周囲は深い霧と朝露でしっとりとしている。
「おはようございます。ここまでご足労いただきありがとうございます。お久しぶりですね、シュウさん」
ハンチング帽にダークグレーのロングコート、まるで刑事か探偵のような風貌のフロッガーは、にこやかに挨拶をした。
「久しぶりです、フロッガーさん……とりあえずメッセージは飛ばしましたけど、来るかどうかは分かりませんよ」
「はい、それは構いませんよ、その際はこちらで対処いたしますから」
それから数分と待たずに、彼女はひとりでやってきた。
「おはようございます。はじめまして、フロッガーと申します。お願いいたします」
「おはようございます……メッセージ、読みました。お願いします」
そう言って彼女は、柄に手をかける。フロッガーも剣を抜いた。
「あっ、すみません、シュウさん。号令をかけていただいてもよろしいでしょうか?」
えっ、俺っ? ――こういう場合、何て言えばいいんだ。分からないのでとりあえず、雰囲気で叫んでみた。
「……はい、はじめぇー」
二人は動かない。大きく間違えたのか若干不安になったが、間合いを計っているだけ、そう信じたい。
先に彼女が走った。瞬時に下段を押さえにいく。フロッガーの切り上げは間に合わない。
「速いっ!?」
抜き打ちでソードスキルを封じられたフロッガーは驚きを隠さない。そのまま紅い閃光を放った刀身は、右側面から平突きで首を狙った。
「……えっ」
粉塵。彼女は緑と黄の薄い煙状の何かに包まれた。その瞬間、身動きが取れなくなったのか、ばさっと倒れる。
「うっ、げほっ、けほっ、うっ、ぐぅ、けほっ……」
倒れた背中から突き抜ける片手剣、間違いなくクリティカルだろう。フロッガーは笑顔でカウントを始めた。
「十……九……八……七……六……」
涙を流し、咳き込んだまま彼女は痙攣している。
三を数え終えると、フロッガーは溜息でカウントを止めた。
素早く剣を抜くと、つまらなそうに首を振りながらこちらを向く。
「シュウさん、残念です。確かに剣才は素晴らしいのですが、それはあくまで、スポーツやゲームとして、ですかね」
笑顔に戻ったフロッガーのそれに、俺は苦笑いだけで応えた。
「し、けほっ、げほっ、……ころ、」
その瞬間――飛び出した。
刀を蹴り飛ばし、彼女の背中を踏みつけ、振り下ろした刃を首元に当てると、
「君は、命拾いしたんだ……素直に負けを認めてくれ」
俺は彼女にそう言った。
「……シュウさん、優しいですね。相変わらずで、嬉しいです」
「知り合いが死ぬところ、出来れば見たくないんだ……」
柄から放した手でハンチング帽を取ると、フロッガーは軽く一礼して霧に消えた。
剣を納めると、足元の彼女は、咳き込みながら静かに泣いていた。
「やっぱり、ギルドって……大変だよな……」
湖水に垂れた釣り糸の先に漂うウキは全く沈む気配がない。もうすぐ正午だというのにも関わらず、まだ俺の胃袋に入ってくれる魚は一匹も釣れていない。さすがに飽きた。もう寝たい。というかずっと眠い。
――結局、なけなしのヒールクリスタルを使ってHPを全回復させたものの、彼女は倒れたままだった。
あれっ、死んだ? しかし、 「大丈夫かっ?」 と、知り合いのようにそっと抱き起こす義理も勇気も経験値もない。
そんなわけで、しばらく様子をうかがうことにした。それが最も無難な判断であろうから。
「……あ、まだ、いたの?」
ようやく身体を起こした彼女の第一声はそれだった。
踏みつけてごめん、と言ってはいけない空気であることくらい、さすがに俺でも分かる。
ゆっくりと立ち上がると、それだけを残して彼女は街の方へ消えた。
《聖龍連合》 ――現在この世界で最大のギルド。そこに彼女は所属している。
あの夜の直感は正しかった。それは 《迷いの森》 へ向かう前のこと――ウインドウに表示された 【正解!】 そのメッセージが届かなければ、俺は迷わず最初に彼女を斬っていた。あの情報屋に五百コルもぼったくられた甲斐もある、というものだ。
《サンタ狩り》 に必死なのはどこも同じで、彼らは至る所に配下を向けている。多分に漏れず彼女が 《フルムーン・ウルフ》 に紛れたのもそれだった。
そして、それを狙っていた 《彼ら》 も動いていた。 【報復してしまったら、流石に攻略集団、動きますよね?】 それは分かりません、とはさすがに返さなかったが、俺は情報提供を条件に彼らの報復先を 《俺のみ》 に絞らせた。
その後、 【上からストップかかりました。またよろしくお願いいたします】 それに安堵したものの、直後に 【女性の方、スカウトしてもよろしいですか?】 ……それは知りません、と。
「おーい、なんか釣れたー?」
背後からよく知っている声が聞こえた。ふっと我に帰り、振り向いた俺は、失笑する。
孫にも衣装――とは、このことだ。
この森の景色に全く溶け込む気がしない、派手すぎる白と真紅を纏ったコムロンがいた。
そして、その後ろに隠れるように、蒼いカーディガンの人影。
「いやー、大成功だよー。オマエには焦ったけどねー。あっ、この人はさっき出来た友達だよー!」
――はいはい、お前は凄いよ。でも、動物じゃなくて、怪物だな。
(終り)