ソードアート・オンライン アナザーゲート・プログレッシブ 作:たかてつ
新生アインクラッド編です。
二〇二五年六月頃のお話。
蒼穹に浮かぶ石と鉄の城、その巨大すぎる存在に俺は圧倒された。
少年時代、初めて日本最大級のサッカースタジアムに入った日の記憶――大歓声に包まれた、歴史ある海外名門クラブのピッチに入場する瞬間の緊張。
それらに匹敵するほどの、深く熱い興奮。
「凄いな…………」
空中で静止した俺に気づくと、リーファは振り返って微笑んだ。
「あの時、キリト君も……さあ、行こ、シュウさん!」
美しく翅を羽ばたかせて、リーファは身を翻した。
「……………」
ふいに、零れた言葉。それは、自分でも驚いた。
俺は顔を上げた。
「行こう――」
喜び溢れ空を舞う、その妖精達の後を追った。
「えっ……こんな感じだったかな……?」
数ヶ月ぶりに戻ってきてしまった 《はじまりの街》 の印象はかなり違ったものだった。
街並み、NPC、それらは全く変わっていない。
とにかく驚いたのは、空を舞う人々――自由に飛び回る妖精達、その誰もが幸せそうなこと。
《アインクラッド解放軍》 統治下にあった閉塞感は一切消えていた。
「……やっぱり変な感じ、しますよね?」
その光景に呆然と立ち尽くしていた俺の背後から、懐かしい声が聞こえた。
振り返ると……あんた、誰? とは、言わない。怒られるから。あぶない、あぶない。
髪色が水色になったことによるものか、ちょっと大人になったような気がするアスナが微笑んでいた。
「全然違うもの。みんな嬉しそうで、楽しそうに……それこそシュウさんと最後に会ったの、この街ですよね?」
少しだけ、美しいその微笑みに影を見る。
――当然だ。この場所は誰にとっても、複雑な思いがあるだろう。けして良い思い出、それだけではない。
「そうだったね。でも、今のほうがいいな。あれは、もう懐かしい……まあ、ね。それより、ここまで来てくれてありがとう」
うんうんとアスナは頷くと、
「どういたしまして……シュウさん、ちょっと変わりましたね。ナナミさんのおかげかな?」
にこにこしながら、いきなりぶっこんできた――さすが、閃光。
「でもアスナさん、このひと、お兄ちゃんの言ったとおりの人でしたよー。すっごい、むかつきましたもん」
やめてください――桐ヶ谷、妹。
ぱたぱたとアスナに駆け寄ると何やら……間違いなく先ほどの件だろう。こちらにじっとりとした視線をぶつけながら耳打ちする。
にこにこに、時折ぴくぴくが混じる。なんか面白い。けれど、笑ってはいけない。堪えろ、俺。
リーファの告げ口を聞き終えたアスナは、一度表情を戻すと気持ち悪いくらいにっこりして、
「リーファちゃん、大丈夫。このひと、もう無敵じゃないから」
……そうですね。ありがたいことですけれど。
キリトくんの素敵な奥様、そして可愛い妹さんに丁寧にお詫びした後、 《あっちの時間》 を確認した。
「遅れた俺が言うのもどうかとは思うけど、時間大丈夫なのか? 明日学校あるだろ?」
アスナとリーファは顔を見合わせると、
「うん。そろそろあたし達はログアウトするつもり。もしシュウさん、このまま続けるなら……お兄ちゃん、今はちょっと手が離せないらしいけど 《七層》 にいるから、行ってみたら?」
隣でぴくついている素敵な奥様――ああ、あれね。旦那さん、あれにハマってしまいましたか。心中お察しします。大変ですね、アスナさん。
「そうか。俺もナナミが待っているから、ログアウトするよ。確か宿屋に泊まってからのほうがいいんだよね? ……で、アスナ、あいつ、あそこだろ? 俺が行って連れて帰ろうか?」
ふるふると首を横に振ると、にっこり笑って、
「ありがとう。でも、大丈夫。明日学校でちゃんとお話するから」
リーファの顔面が真っ青に染まった。それを俺は見逃さなかった。
その瞬間、谷間からひょこっと、小さすぎる可愛い顔。
「わっ……あ、あれ、もしかして……」
すーっと飛んで、アスナの肩に降り立つと、丁寧にお辞儀をする。
「お久しぶりです。シュウさん。また、会えましたね!」
「ああ、ユイちゃんだね? 久しぶり。また会えて嬉しいよ」
ちょっとどうしたらいいのか分からなかったが、とりあえず、ものすごくゆっくり右手の人差し指を差し出すと、彼女はそれに握手をしてくれた。
アスナは愛しそうにユイを撫でる。その姿は、もう完璧に母親だった。
「お帰り。予定通りだね」
隣で俺の顔を眺める瑞希。
「ただいま……大変疲れました」
アミュスフィアを外して、そっと抱きしめる。
「お疲れ様。明日奈さんから連絡あったよ。行方不明になって、捜索して、見つかった、って」
俺の頭をやさしくぽんぽんと叩く。
「ごめん、心配させたね……まあ、めんどくさいほうの予想が当たったな……」
うんうんと頷く。
「だから、あんまり心配しなかった。ごめん」
そう言ってふふっと笑うと、ぴょんっとベットから飛び起きて、 「夜食、一緒に食べよ」 と、すたすた隣の部屋へ。
瑞希が入れてくれた、ちょっと苦い気もする食後のお茶をすすっている俺に、
「ところで、私、どうしたらいい?」
意味が分からないので、瑞希の目を見て首を傾げた。
「シュウ、未成年の彼女、出来たんでしょ?」
かろうじて噴出すのは堪えた――だが、思いっきり咳き込む。まじ、あの 《閃光》 めんどくさい。
テーブルの端に置かれたパソコンのモニターを指差して微笑む。しかしその眼は、あの頃のようだ。
俺は視線を……あいつ、やりやがった。
そこには 《はじまりの街》 の中央広場。そして 《緑と黒の妖精》 が寄り添うように……上手い具合の角度とタイミングで撮影した画像。
【証拠、押さえました】 何の証拠だよ、これ。ただの盗撮じゃねえか……ちょっと、面白いけど。
ふふっと笑う瑞希。
「相変わらず女の子との接し方、下手だね。でも、それってわざと、でしょ? 仲良しになると、辛かったから」
がっくりとうなだれた俺に、先ほどとは全く違う優しい眼差しを向けた。
「まあ、下手なのは間違いないけど……もう、あの頃とは違うしなあ……何もないけど、なんか、ごめんなさい」
見透かされたようで、恥ずかしくなった俺は、お茶を濁しながら謝罪して、またすすった。
「でも、そういうところ、ほれたところ」
……おそらく、自分で言って、恥ずかしくなったのだろう。頬杖をついたまま、瑞希は紅潮して俯いた。
俺は、素直に 「ありがとう」 と言って、瑞希の茶碗にお茶を注ぐ。
(終わり)