ソードアート・オンライン アナザーゲート・プログレッシブ 作:たかてつ
新生アインクラッド編です。
二〇二五年六月頃のお話。
淡い水色の閃光は、まるまると太った 《黄色いモンスター》 の短い脚の間をすり抜ける。
システムアシストに押されるように右脚が急角度で開かれた。
――ちょっと強引すぎるだろ。
そのまま前方へ弾む光塊をスムーズに運ぶ身体――左脚から迸る真紅の光彩。
ぎこちないシュートフォーム。まるで、コマ送り。逆に面白い。
「いっけぇー!」
……けっこう、はずかしい。これ、言わないといけないの?
左足から放たれた 《ファイヤー・ショット》 は、火の粉のようなキラキラしたポリゴンを撒き散らしながら猛烈な勢いで飛んでいく。
ぴょーんっと思いっきり横っ飛びした、可愛らしい 《緑色のトカゲくん》 の掌をかすめてゴールネットを揺らした。
「やっぱエフェクト効きすぎてるっしょ。あれじゃ小さい女の子はびびっちゃうよ? もうちょい弱く出来ない? あっ、ふわっとした色味にするだけでかなり違うから、そっちでもOK!」
額から滴り落ちる大量の汗。それを一生懸命タオルで拭きながら開発スタッフに駄目出しする、ぐっちょぐちょでびっちゃびちゃの奈良さん。
現在は人気動画番組 《ピッチのNARA様》 で様々な体当たり企画を面白可笑しくこなす 《サッカー芸人》 といった感じではあるが、現役時代は日本代表のワールドカップ出場に貢献したスーパーなセンターバックだった。
「秀ちゃんもそう思うだろ? あれ、かなり眩しいよなっ?」
ベンチに横になってぐだぐだしている俺に振る。めんどくさい。すっと起き上がって答える。
「うん。そうですね。あとはシステムアシスト、まだ効きすぎですね。あれだとミスは減るかもしれないけど、 《動かされてる感》 がすごいっす……分かってても怪我しそうで怖い……」
うんうんと頷くたびに汗が飛ぶ。分かっていても……なんか汚い。
「そうそう、ハイボール対応でジャンプした時、クロスバー越えるんじゃないかって笑っちゃったよ。そのあたり次回、あっ、それと味方のNPCプレイヤーのポジション移動! オレがこう、バックラインでボール持ったら普通…………」
身振り手振りを交えた奈良さんの熱弁を、調整スタッフの方は熱心に聞きながら素早くウインドウを操作する。
――熱くなると長いからなー、奈良さん。とりあえず、逃げるか。
俺はそーっと、ロッカールームに向かった。
「じゃあ秀ちゃん、木曜日よろしく! 次回はいよいよ伝説の 《顔面ブロック》 だな。オレ、マジで楽しみなんだけど!」
ちょっと……そこらへんの 《ディフェンダー魂》 的なものは理解しかねる。
「あはは、そうですね。今日はお疲れ様でした。木曜、お願いします!」
握手を交わすと奈良さんはウインクしてログアウトする――めんどくさいけれど尊敬できる熱血でお茶目な先輩だ。
俺もウインドウを操作して薄いピンク色の光に視界を染めた。
「……疲れた……ただいま」
アミュスフィアをそっと外して枕の横に置いた。
――奈良さんが主体になって調整中の 《サンダーイレブン・オンライン》 は今作が初のVRMMOゲームということで、企画、製作、開発スタッフ全員の気合が感じられる。
どちらかといえば低年齢向けのゲームではあるが、子供達がVRMMOサッカーゲームを楽しむ最初のきっかけとしては、素晴らしい作品になりそうだ。
さらに、フルダイブ型VRの特性を生かして、様々な理由で身体を動かすことが出来ない子供達にもサッカーを楽しんでもらうことが出来る。
予定としては夏休みに合わせて 《βテスト》 を行い、今年のクリスマスには販売になるそうだ。
ちなみに、例の協会の威信を賭けた 《グロリアスイレブン・オンライン》 通称、GEOはまもなくβテストがはじまる。
そのプレイベントとして来月の初めには、日本サッカー会のレジェンド選手を集めた 《GEOキックオフゲーム2025》 が行われる。
なんとレジェンド選手達の現役時代の映像データを解析して、ベストパフォーマンスを発揮していた頃のステータスで試合をする……という、かなり恐ろしいイベントだ。
その試合に 《SAOサバイバー》 として、というよりゲームの協力者として、というか、内澤さんのお情けで俺も出場させてもらえるらしい。(ほぼベンチ係)
正直、あんな 《バケモノ達》 と一緒にプレーしたら、俺のちょっとだけ残っているサッカー選手としての薄っぺらいプライドが粉々に砕け散ってしまうだろう。
なにより、試合前、試合中、試合後、ずーっと彼らに気を使い続けるの……超絶めんどくさい。
それはともかく会長曰く、 「VRMMOサッカーゲームの覇権を握るのは日本だ!」 とか、……FIFAやUEFAも絡んで壮大なプロジェクトを進行中とか、なんとか……まあ、めんどくさくなる前に、俺は逃げますけど……
「風呂、入ろ……」
俺はゆっくりと起き上がって、バスルームに向かった。
《アルゲード》 のいつものカフェよりも、ちょっとお洒落な近所のカフェで和風パスタをくるくるさせながら瑞希は、
「三番勝負、だって。門弟さんも参加させたい、って。可哀想だよね、無理矢理付き合わされて」
ご機嫌斜めである。眼が怖い。
「それは……あと二人、誰かを誘わないといけないのか……何か巻き込むの、嫌だな……」
同じ和風ではあるが、瑞希が注文したやつよりも鶏肉が多いパスタをくるくるする。
「そうだよね、ほんと迷惑」
くるくるしては食べずにほぐして、またくるくるする瑞希。かなり、いらついて、いらっしゃる。
「確かに 《SAOサバイバー》 と立会いしたいってのは、理解出来なくはないけど、別にみんな 《武道家》 じゃないからなあ……」
真っ白なシャツの上に濃紺のカーディガンを羽織った瑞希は 「もう、ほんとに嫌」 と、フォークを離して背もたれに寄りかかる。
美しく艶のある長い黒髪をくしゃくしゃして……なんか、かわいいぞ。普段落ち着いている瑞希にしては珍しい行動だからかな?
俺は苦笑いでフォークを皿に置くと、
「とりあえず、考えてみるよ。まあ、遊んでくれそうな人、結構思い当たるし……大丈夫」
瑞希は両手で頬杖をつくと、唇を尖らせながら、
「でも、秀……負けちゃったら 《七瀬剣心流》 に入るんだよ? それにギルド、嫌でしょ? 攻略、めんどくさいでしょ?」
それを心配していたのか――嬉しいな、ありがとう。
俺はすっと右手を伸ばし、掌を上に向ける。
頬杖をついたまま、瑞希は一度首を傾げると、それに左の掌を重ねた。
「瑞希は……俺が、というか 《攻略集団》 が……あの世界で誰かに負けると思う?」
そう言って胡散臭く微笑む俺に、ようやく眼の光が戻った瑞希は、
「……やっぱり、卑怯」
いつものふふっとした笑みを見せると、瑞希はフォークを手にして、くるくるを再開する。
【ギャンブル依存症患者、どうなりました?】
【ご心配なく。もうすっかり治りました!】
……かわいそうに。怖かったろうに。
とはいえ、その程度で諦めるような少年ではないだろう。
他のやつらからの返信は無い。もうすでに行ってしまったのだろう。
ゲーマーは凄いなあ……全然、行きたくないのに。
「このまま、隣で寝る」
そういって瑞希は俺をぎゅっとすると、ふっと目を閉じた。
「今日は遅くなるかも……おやすみ」
一瞬の静寂――
そして、俺は小声で 《あの世界》 に向かう。
(終わり)