ソードアート・オンライン アナザーゲート・プログレッシブ 作:たかてつ
新生アインクラッド編です。
二〇二五年六月頃のお話。
若くして中途半端な小金持ちになってしまった俺は、驚いたことがひとつある。
それはよく分からない 《儲け話》 をやたらと持ちかけられることだ。
ナンチャラ投資、ナンチャラ経営、その他様々……
まったくもって、そういった事に関心がないサッカー馬鹿は、 「嫌です。めんどくさい」 それだけで話を終わらせていた。そういった話を聞く気がなかった。
プロサッカー選手、特に若い選手は想像以上に暇である。
チームキャンプやアウェーゲーム等での移動がない場合、チームに拘束される時間は通常三、四時間。(短ければ二時間)
当然、十代で海外クラブと契約するような選手――プロフェッショナルアスリートとして意識の高い人間はクラブの練習が終わってからもサッカーに、仕事に関連した何かに取り組むことが多いだろう。
だが、全ての若手選手、皆が皆、そんな高尚な人間のはずがない。
ということで各々が暇な時間を潰す為に、様々な趣味や勉学、また恋愛や婚活などを頑張るわけだが……球、以上に、玉が大好きな方々も数多くいらっしゃった。
ど田舎生まれ、ど田舎育ち、挙句の果てに夢の欧州クラブと契約しても、その本拠地は、ど田舎……結局、国内の首都クラブと契約するまで都会で生活したことがなかった俺は、どうしようもなく静かな環境を好むようになったわけで、あのジャラジャラピコピコの密集空間に長時間居続けることは不可能だった。
とはいえ、ギャンブラーの気持ちは理解できる――その生死をかけた、ひりつくような感覚に魅了されるのは分かる。
俺自身、プロサッカー選手を選んだ時点で、就職というよりは人生を賭けた 《ギャンブル》 、そうとしか思えなかった。
おそらく今、目の前にいる少年も生死をかけた戦いの真っ最中なのだろう。
いつまで経っても背後に立つ俺と、素敵で可愛くて綺麗で優しくて料理上手で母性溢れる……鬼に気づかない。
あっ、小さくガッツポーズした。なんか小刻みに震えている。勝ったのかな?
でもね、震えたいのはこっちだよ。ほら、かわいい妹さんも真っ青だ――キリトくん、うしろ、うしろ。
「はじめて、お前に感謝した。いい奴だったんだな、お前……」
「そうだよー、お兄ちゃん。シュウさん、ありがとう!」
きらきらと目を輝かせた桐ヶ谷兄妹は俺と握手した手をいっこうに離そうとしない。さすがにちょっと気持ち悪い。離してください。
隣のアスナに助けを……こいつも駄目か……るんるんにこにこしている。心ここにあらず、だ。
キリトが 《ギャンブラー》 になった理由は、共感できるものだった。
ひとつめ、世界樹攻略――アスナ救出の際に所持金の大半を使用したことによって財布の中身が寂しくなった。
ふたつめ、おそらく今後のアップデートによって追加されるはずの二十二層の 《森の家》 の購入資金。
みっつめ、家族や友人とビーチで遊びたい。
よっつめ、本来の 《ソードアート・オンライン》 を楽しみたい。
最後に……男の子だから。
それらの理由のおおよその部分を、俺はあっさりと解決してみせた。
簡単である――俺にとっては、もうほとんど必要がない 《ユルド》 をプレゼントしたのだ。
あの当時、気楽な独身生活 (現在も独身だが) を満喫していた俺は、無駄にコルが貯まっていった。
ゲームクリアの時点の所持金をそのままこの世界に持ち越すことが出来たので、おそらく 《かなりの額》 と思われるのだが、正直この 《アインクラッド》 を真面目に攻略する気なんて皆無なので、多額のユルドを持っていても意味がないのだ。
そんなわけで、 「じゃあ、これ、あげるよ」 と言ってウインドウを開かせ、俺の所持金を彼らに譲渡すると――若夫婦は固まった。
その変わりに 《こちらの問題》 を解決するべく、キリトに協力をお願いしたのだが、
「いや……俺さ、ステータス、リセットしちゃったんだよ」
ということで、期待が外れてがっかりする。
だが、俺の斜め前の席に座っていたリーファが立ち上がると同時に、
「それ、私がやる……絶対、私じゃなきゃ、だめ!」
《七瀬剣心流》 は、その道で頑張っている人間ならば誰でも知っている流派らしい。
正確には 《居合い》 と呼ばれる武術だそうだが……俺は 《そっち系》 に全く関心が無かったので、瑞希に教わるまではその存在を知らなかった。
有名なものにはつきものである 《賛否両論》 様々あるらしいが、ネットを活用した戦略――何より瑞希の父親の剣技に魅了されて門下生が増え続け、現在では本部道場がある京都以外に、東京、大阪、北海道など全国に道場を構えているそうだ。
ちなみに瑞希は東京道場の事務員兼、道場の下の刀剣店の店員だ。本人曰く 「専業主婦希望」 だそうだが……
「七瀬さんと立会いができるなんて――凄いよ、お兄ちゃん!」
だそうだ。俺はそれをやりたくなくて、しかたがないのだが。
顧問の先生からは、 「あんなもの、真似しちゃ駄目」 そう言われているそうだが、 《リアル》 で剣の道を追求するリーファにとっては憧れの存在らしい。
俺としては正直、初対面で記憶が吹き飛ぶまで飲まされ続けたので……剣術の達人で、酒豪で、娘思いのお父さん、という印象だが。
まあ、理解は出来る。あれは凄い。あの動画を見たら真似したくなるだろう。俺はしないけど。
「そのイベント、会場や日程は俺にまかせろ!」
「絶対勝つから! 安心して!」
「大丈夫、私たちにまかせてね!」
にっこにこでこちらに手を振りながら 《桐ヶ谷家》 の四人は、カジノ近くの高級レストランを後にした。
幸せそうで、なにより――
俺はその後ろ姿に微笑ましさを感じて笑みが零れた。
【到着したよー】
ひとつ溜息、カジノに向かう。
《ウォルプータ・グランドカジノ》 のエントランスホール。
俺は待ち人を探してうろうろするが、見当たらない。
「あいつ……プレイルームか?」
たくさんの妖精たちがゲームを楽しんでいる。ごちゃごちゃしていて、行きたくない。
その時だ――
「おーい。ひさしぶりー」
巨大扉の影からひょこっと、そいつは姿を現した。
「ちょっとルーレットやってみたけど、ダメだったよー。やっぱりオレ、ギャンブルむいてないなー」
懐かしいその声。間違いなく、これは俺の親友……だが、しかし、
「おまえ……コムだよな……」
ひょこひょこと動く。まじでやめろ、それ。
「ひどいなー、あんなに一緒にいたのにー。アバター同じだし、忘れないでしょー、半年くらいでさー」
メンタルと連動するのか? それ……まじでやめて。
俺は必死に堪えた。だが、もう、限界だ――
「くく、くくっ、あっ、あはは、ああっーははははー。なんで猫なんだよ、あははははあー、猫耳って、あーっはははは、あっはははー」
きょとん、としているコムロン。しかし、にこっと笑って、
「だって、かわいいでしょ? ほらっ、しっぽもあるんだよー」
ぴょこっと尻尾が出てきた。もうだめだ。
「あはは、あっははは、それ、まじか、おまえ、、ぎゃははははー、最高だな! あーっははははー」
間違いなく、俺は 《アインクラッド》 で、これほど笑ったこと、ない。
(終わり)