ソードアート・オンライン アナザーゲート・プログレッシブ 作:たかてつ
新生アインクラッド編です。
二〇二五年七月のお話。
カウンターにべたっと潰れている俺に、 「お疲れさん」 とんっと、グラスを置くと深い溜息。
「最後、惜しかったな。あの瞬間はこっちも総立ちだったぜ」
俺は身体を起こして、 「どうも」 エギルに適当な会釈をすると、キューブアイスが浮かぶ透明な液体を一口飲み込む。
微かにレモンかグレープフルーツかオレンジか蜜柑……ほのかな柑橘系さわやか風味の水。
美味しい。胃に優しい。これでいい。
ひとつ溜息、グラスを置いて再びぺしゃっと潰れた。
――このカウンター、冷たくて気持ちいい。もう動く気、全くない。
だらしない姿にフフっと笑うと、
「きつそうだな。久しぶりの試合だったからか?」
俺は潰れたまま、まったく働く気がない頭を頑張って……適当に考えながら、
「うーん、昨日のゲームはちょっと違った……あっちで例えるなら、七十五層までのフロアボスが大集合……退避不可、結晶無効化エリアにお友達とふたりで九十分……いや、前後も含めたら半日閉じ込められた……みたいな?」
先ほどとは違う感じでフフっと笑うと、
「それは……死ぬな」
エギルは溜息をついた。
「はい。ご覧の通り、死んでいます……」
潰れたまま、俺は答える。
背後でカランと乾いた音。ドアが開いた。
「こんにちは、エギルさん――お久しぶりです、シュウさん!」
懐かしい声が俺の名を呼んだ。
のっそりと身体を起こすと、ふわふわした笑顔で振り返る。
「お疲れ様です。シンカーさん……」
今頃、 《あちらの業界》 のライターさん達は、俺のような無名選手ではなく、とってもレジェンドな偉い方々を取材されているはずだ。
とはいえ、 《そちらの業界》 でも昨日のゲームは注目度が高かったそうだ。
なにせ日本サッカー協会が主体となって、今後世界のVRMMOサッカーゲームの覇権をナンチャラするという意気込みで作ったゲームである。
お金と時間と人――その本気度は凄まじいものだった。
まあ、βテストも始まり、 《中島秀はもう用済み》 といった雰囲気はある。よかった、よかった。
そんなわけで、 《GEO》 関連では最後の仕事となるはずの 《MMOトゥデイ》 様の単独インタビューが無事終了。
――さて、無職になった。どうしよう? まあ、いいや。めんどくさい。
事前の予想を遥かに超える報酬をいただいたので、馬鹿な使い方をしなければ、来年末くらいまでなら余裕で暮らせる……はず。
「エギルさん……俺、いる?」
やれやれと、首を横に振りながらエギルは、
「金を貰ったしても、いらねえな」
だそうだ。当然である――俺でもいらない。こんなやつ。
「ということで、協会のVR担当の部署からちょろちょろ仕事を貰う感じで……安定しない貧乏人ですけど、大丈夫?」
くるくるしながら瑞希はうんうんと頷く。
「家も普通にお金、無かったよ。道場はいっぱいあるけど、全然儲からないし、安定もしないお仕事だから。全然気にならない」
――なるほど。こっちの業界と似たようなものだな。
俺はほっとして、くるくるを再開した。
「それで、パスポートって、いつ頃取ればいいの?」
あっさりした和風パスタを味わいながら、ちょっとだけ考える。
「うーん……夏の移籍市場がクローズしてからのほうがいいかもな。あいつは代表戦もあるし、移籍が決まったら大変だろうし……十月までに間に合えばいいんじゃないかな?」
珍しく海鮮系パスタを注文した瑞希は、大げさすぎる海老と格闘しながら、
「ふーん……海外って、行ったことないから、ちょっと怖い、かも」
――かわいいな。そして、お箸、もらおうか?
「そこは心配しなくてもいいよ。シンが連絡貰えれば誰か向かわせるって言ってたから……俺は初めてじゃないし 《あっち》 に比べたら全然安全」
ようやく決着がついて、美味しそうに頬張ると、
「うん、分かった。楽しみ」
瑞希は穏やかに微笑む。
俺もそれに応えるように、自然と笑顔が浮かんだ。
瑞希の入れてくれた胃に優しい濃さと温度のお茶をすすっていると、
「なんか、プロって感じ。めんどくさかった、とか言わないし」
パソコンのモニターに映し出されている 《今日の俺》 はどうやら……それっぽい、らしい。
「ありがとう、ございます……」
変な感じなので、とりあえず頭を下げた。
モニターを見ながらふふっと笑う瑞希。
「なんか、格好いい。ずっとこれでいればいいのに」
珍しくにやにやしている。俺は溜息をひとつ。
「疲れるから嫌っす……まあ、瑞希がそれがいいなら、そうするけど……」
こちらを見るなりひょこっと首を傾げると、瑞希はさっと立ち上がり俺の背後へすたすた回り込んで、その勢いのまま、がばっと抱きついた。
「このままでいい。こっちが好き」
その細い腕を俺は掌でぽんぽんと優しく叩く。
「ありがとう……」
せっかくの雰囲気を思いっきり邪魔するようにメールの着信音――瑞希の携帯。
俺は瑞希を背負ったまま腕を伸ばして、それを何とか取ろうとする。
「あははっ、頑張って!」
微妙に届きそうで届かない。
「うりゃっ!」
指先が届いた瞬間、 「あっ、」 俺はテーブルにぺしゃっと潰れた。
「ふふふっ、面白かった!」
俺の背中から離れた瑞希は、立ったまま 《板電話》 をすっすと操作――俺に画面を向けた。
【ケータイふけーたーい。明日の19時こっちで待ってまーす】
どうやら、そうらしい。というか、どこにいったのかな? 俺の電話。
「何かあったっけ? 覚えてないんだけど……」
瑞希はにこにこしながら、
「だって、秀には内緒だったから。ごめん」
俺は潰れたまま、首を傾げる。
「みんなが、秀の 《ご苦労さん会》 やろうって。嬉しいよね?」
……いや、嬉しいけれど、何故に、あっち?
「うん……それはありがたいことだけど、終わったら攻略に参加しろ、とか、ありそうじゃない……?」
瑞希はちょっと考えてから、にこっと笑うと、
「その時は、ふたりでみんなを、バッサリする」
……物騒だなあ。
しかし、そんな危ない冗談が楽しめるほど 《過去》 になった、ということだろう。
俺は身体を起こして、お茶を一口。
「そうだな、全滅させるか……瑞希、俺が言った約束、覚えてる?」
俺はそっと右手の小指を瑞希に差し出す。
それに、少し照れた様子の瑞希は小指を絡めた。
「うん、覚えてる……死ぬ時は一緒、でしょ?」
……うん。こっちで聞くと、すごく恥ずかしい。まじで死にそう……今更、だけど。
(終わり)