ソードアート・オンライン アナザーゲート・プログレッシブ 作:たかてつ
アインクラッド編です。
四十九層攻略中のお話。
蟻地獄を最後に見たのはいつだったろうか。
大人と呼ばれる年齢になってから、それを見かけた記憶は全くない。
あの砂に開いた穴は何だろう。そんな疑問を抱くような年齢だったら十年以上も前になる。
そういえば、あの砂の穴は蟻にとっての地獄ですよ――そう教えられた時はとても驚いた気がする。
俺はずっと、蟻に襲われる者にとっての地獄、そう思っていたのだから。
「ソウタ、五分前!」
四苦八苦しながらも、クォータースタッフを巨大アリの腹部に叩きこんだソウタへ撤収を知らせる。
「了解、やっと終わる……」
安心したのか、不用意にこちらを見たソウタの死角へ巨大アリは回り込む。
瞬間、飛び出してソウタを突き飛ばす。二人の間を緑色の酸はすり抜けた。
そのままアリの顔面に二連撃 《ホリゾンタル・アーク》 を放つ。勢いのまま水平に跳び、こちらに反転するタイミングで一閃、さらに左に踏み込んで多足の隙間を縫うように切り上げる。その勢いでひっくり返るアリに最後の閃光を振り下ろした。
「はい、ダッシュ!」
振り向き様、座り込んでいたソウタの肩を叩くと、一気に出口を目指して加速した。
「あっ、うん。了解!」
巣穴から湧き出る巨大アリの群を横目に、ソウタも後ろから全力疾走で俺を追いかける。
三十メートルほど走って 《蟻の谷》 の出口を抜けると、ソウタはもう限界のようだった。ふらふらとしゃがみこみ、そのままぱたりと後ろに倒れる。
「はい、お疲れさま」
大の字の胸の上へそっと小瓶を置くと、 「ありがとう」 そう言ってゆっくりと体を起こした。
蓋を開け、レモン風味の回復ポーションを一口飲むと、ソウタは遠くを眺めるように小さく呟いた。
「これを、ずっとひとりでやらないといけないのか……」
自分に問うように俯いたまま答える。
「それはまだ、決めなくてもいいと思う……」
ソウタは前を向いたまま、 「そうだね」 と言って、飲み干した小瓶を軽く投げる。
ゆるい放物線を描いた小瓶は、地面に落ちると小さく光って消え去った。
「なんだよぉ、こんな時間でも順番待ち多いなあ……」
聞き覚えのある大声がした。俺は素早く立ち上がると、ソウタに 「逃げるよっ」 と言ってウインドウを操作する。
「おっ、シュウ! お前も来てたのか!!」
まずい、見つかった――転移結晶を握る。
「あっ、あー!! 逃げんな、コラ! おいっ、」
唖然としているソウタの腕を引っ張ると、眩しい光の中へ連れ込んだ。青光が視界を染める直前、俺はクラインに手を振った。
【相談したいことがある】 そんなメッセージが届いたのは昨日の昼のこと。
四十九層の圏外で珍しく攻略に励んでいた俺は、そのメッセージが届くとすぐに彼を街に呼び出した。
主街区のカフェにやってきた彼の姿は、この世界ではありえないことなのだが、以前よりも少し痩せたように見えた。
ソウタがリーダーを務めていたギルド、 《フルムーン・ウルフ》 は解散していた。
あの日、彼女は彼らに謝罪した――理由を聞いても語らなかったそうだが、涙を流しながら 「すみません」 と一言告げ、その場を去ったらしい。
他の二人も同様の思いだったのか、それからまもなく 《はじまりの街》 へ戻ると言って、ギルドは解散した。
ソウタも今後クリアを目指して攻略を続けるか悩んだ。そこで俺に相談してみようと思ったらしい。
ソロプレイヤーも考えている――それを知った俺は、最近 《攻略集団プレイヤー》 の間で最も人気の高いレベリングスポットへ案内した。ソウタがこの世界のクリアを目指すのであれば、有力ギルドに所属する道を選んでくれることを願ったからだ。
別れ際、 「また連絡する」 と言って笑うと、ソウタは常宿のある十一層へ戻った。
ちなみに、涙を流しながら謝った、という彼女は、俺の左前の席でサンドウィッチを美味しそうに頬張っている。
「まだそんなに流行ってるのかー。この間、ナナちゃんと行ったときも、待ち時間凄かったよねー」
うんうんと、ナナミは頬張りながら頷いた。
現在、コムロン君とナナミさんは所属ギルド公認のお付き合いをされている。
――彼女だけはやめておけ。
あの後、俺はナナミについて知っている情報と今後予想される災悪の全てをコムロンに伝えた。
それでも彼は納得しなかった――俺は語気を強めて説得を続ける。その時だった。
「何言ってんだ、明日死ぬかもしれないんだぞっ! あんなに綺麗で可愛いくて素敵なひとっ、もう一生出会えないだろっ!!」
絶句した――あれをそう思えることに。嘘だろ、と。
とはいえ、コムロンがここまで怒ったことはなかった。彼と出会ってからの一年、声を荒げる場面は一度も見たことがない。
本当にめんどくさくなった俺は、 「だったら上司に報告しとけよ」 と彼に告げた。おそらくあの人ならば、上手い具合にコムロンを諦めさせてくれるに違いないと思ったからである。
すぐにコムロンはナナミを連れて、三十九層の 《血盟騎士団本部》 へ向かった。
KoBの副団長は、 「少し彼女とお話してもいい?」 と、部屋にナナミだけを招き入れたそうだ。十五分程でドアが開き、 「大丈夫」 そう言ってナナミは彼を部屋に招いた。
それでも一抹の不安を抱えていたコムロンは、本当に問題が無いのか 《攻略の鬼》 にたずねると、 「うん、いっぱいいるから、大丈夫だよ」 と、にこにこしながら話したそうだ。更には 《聖竜連合》 のほうにも了承済みだった……そうだ。
大手ギルドって凄いな――それが俺の率直な感想だ。
それから数日後、無粋を承知でナナミに 《彼のどこがいいのか》 をたずねると、 「好きになったから」 の一言だった。その鉄壁すぎる返答に、俺は沈黙せざるえなかった。隣のコムロンは固まっていた。
「ではでは、行ってきまーす!」
遅めの朝食を終えると、コムロンはKoBの攻略に参加する為、四十九層圏外へ向かった。
「シュウ、これからどうするの?」
手を振り彼を見送ると、それまでの笑顔が嘘のように一瞬で消える。
「特に……アリの駆除でもしようかな?」
「私も、」
即答ですか――めんどくさいから、断る理由を考えようとしたら、
「行こ、」
彼女はすでに転移門へ向かって歩き出していた。もはや隙が見当たらなかった。
天性の剣才。特殊攻撃への反応はいまいちだが、とにかく相手の動作に対応する速度が恐ろしいほど速い。
相手の身体操作を観察しながら、最適な動作を最速で実行出来ている。俗に言う 《後の先》 の技術が神懸り的に高い。
それだけならば、俺が知る限りの 《攻略集団プレイヤー》 の中でも、五本の指に入ってしまうかもしれない。
「スイッチ」
水面を飛び跳ねるようなバックステップで後方に下がったナナミ。俺は迷わず 《ヴォーパル・ストライク》 を放った。その轟音を伴った血色の閃光が一瞬で巨大アリを貫くと、光塊が拡散する向こう側から、 「それ、ずるい」 小さな声が聞こえた。
剣技リストに昨夜出現したばかりのソードスキルだったので、俺自身も正直驚いたのだが、 「知らないし」 と、硬直したまま答える。
「やっぱり、卑怯」
側面から襲ってきた巨大アリを、八つ当たりのごとく何度も日本刀で斬り刻むナナミの姿は、とても恐かった。
それから俺はナナミのサポート役に徹し、制限時間が終わると 《蟻の谷》 から脱出した。出口には先週ほどではないが、日中ということもあり二組のパーティーが並んでいる。その最後尾に最近、 《蟻野郎》 という称号が新たに追加されたらしい古い知人が立っていた。
「ナナミ、あの黒い奴に、次いいですかって聞いてくれる?」
「また、やるの?」
「とりあえず、聞いてみて……」
ナナミは一瞬怪訝な眼差しを俺に向けたが、すたすたと近づいていくと彼に話しかける。古い知人は顔を起こさず首を立てに振った後、ちらっとこちらを見るとすぐに横に数回振った。
訝しげに首をかしげながら戻ってきたナナミは、
「いいよって、言って、やっぱり駄目だ、って。次、友達が来るって」
――ふーん、そうですか。友達ですか。
溜息が終わると、 「しょうがないね、ありがとう」 そうナナミに言って、俺は歩き出した。彼の横を通り過ぎた時、 「邪魔するな」 そう聞こえた気がした。
下層よりも手強くなった二足歩行するカマキリに、ずばずばずばーんと 《シャープ・ネイル》 を浴びせ、そのお友達らしき赤色のカタツムリへずどーん、と 《ヴォーパル・ストライク》 を放った。硬直が抜けた俺は、寄り添いあうように固まった二匹 (二体?) の間へ割り込むように突っ込むと、 《スネーク・バイト》 の一閃、振り向き様にもう一閃。カマキリとカタツムリは、ほぼ同時に拡散した。
「オマエ、ほんとに可哀想なやつだナー」
ほっと溜息をついた俺の背後から、 《情報屋》 は同情の言葉をかけてきた。
「こんな日の、こんな時間に、わざわざ攻略しにくるヤツなんていないゾ」
「そういうお前もここにいるだろ……」
「オマエと違って、オイラは仕事だからナ」
呆れ顔のアルゴは小瓶をぽいっと俺に投げた。左手でキャッチすると 「どうも」 と、蓋を空けて一気に流し込む。
「こっちにいていいのか? お前から情報を買いたい顧客がいっぱいいるだろ?」
「そっちはもう大体終わったヨ。それに今から行っても手遅れだしナ」
すでに目ぼしい場所は全て押さえられている、ということだろう。いまさら情報を仕入れてそこへ向かってもしょうがないのは確かだ。
小瓶を放り投げると、俺は剣を収めた。
「キリトも狙っているんだろ? アイツから奪うのは不可能だろうな……」
「ま、無理だろうナ。ずいぶんとあのアイテムにご熱心なようだから、鉢合わせたヤツは大変だろうナー」
まさかな――不安を感じた俺はすぐさまウインドウをタップし、コムロンにメッセージを送る。
「KoBのパーティーに、オマエもまぜてもらえるといいナ」
ニヤニヤしながらそう言うと、アルゴは背中を向けた。
返信はすぐに届いた――転移結晶を取り出し握る。
「あっ、おしいっ! イケるぞ、ネーチャン、やっちまえー!!」
「もうバンダナ、へばってるぞ! 斬っちまえっ!」
小雪舞う白銀の森に、屈強な男達の大歓声が響き渡る。
「……邪魔だな」
疾駆する勢いのままに、群青の集団の僅かな隙間に滑り込むと、決闘中の二人に目掛けて、 《ヴォーパル・ストライク》 を放った。
雪原を斬り裂く轟音と真紅の光芒、爆発的加速が膨大な雪煙を吹き上げる。
鍔迫り合いに俺の剣尖が割り込んだ瞬間、ナナミは大きく後方へ跳んだ。
「……なっ!? シュウ、お前ェ、!」
「ナナミ、刀を下ろせ。クラインはデュエルを終わらせてくれ。どちらにしてもあいつらは襲ってくるぞ」
「あぁ? どういうことだ、そりゃぁ……って、まさか、」
察したナナミが無言で刀を鞘に収めるのを見ると、クラインもウインドウを開いてデュエルを終了させる。
「なんだ、てめー! 邪魔すんじゃねぇーぞ、こらぁ!!」
「てえっめぇ、殺されてえのかっ!」
「おいっ、ふざけんじゃねーぞ」
罵声を上げる者、静かに剣を抜く者、周囲を取り囲んでいる 《青竜連合》 全員が俺に敵意を向ける。
「あぁ、撤収してくれると、思ってないよ」
俺はそう言い放つと、彼らひとりひとりに剣先を向けた――まずい、早く来い。
「静まれーーーいっ!!」
森の木々に積もった雪が一斉に落ちるほどの大声が発せられた。ちょっと格好悪いが 《聖竜連合》 を振り向かせるには、むしろ効果的だったようだ。
「私達も参加していいかしら」
《攻略の鬼》 KoB副団長を先頭に三十名以上の白と真紅の騎士が並ぶ。
「私ひとりで全員片付けるから、あとはよろしく」
その絶対零度の指示だけで全てが終わった。群青の集団は森の暗闇に次々と消えた――
俺は剣を収め、ひとつ溜息を吐くとゆっくりと彼女の前へ進んだ。
「お疲れ様。あなたの焦る顔、見られてよかった」
「あぁ、ありがとう。サンタ狩りから戻ってきたら、優しく慰めてあげたら?」
ものすごい形相で俺を睨むと、 《攻略の鬼》 は即座に振り返り、必死でなだめようとする彼らとともに帰還の途に就いた。
コムロンは俺に向けて、 「ばかやろー」 と声を出さずに罵倒する。そして、笑顔でピースサインをするなり、あわてて彼らを追った。
「あのなぁ、そういうこと言うから、嫌われるんだぜ。ちょっとは乙女心ってものをだなぁ……」
クラインの参考にならない話を聞き流しながら、俺は転移結晶を取り出して 「メリークリスマス」 と 《風林火山》 の方々に告げる。
その青い光は雪原に反射して、いつもより眩しく輝いた。
(終わり)