ソードアート・オンライン アナザーゲート・プログレッシブ 作:たかてつ
コムロンさん目線のお話です。
多分……続きます。ごめんなさい。
「凄いですね! ボスを倒しちゃうなんて……私には無理だから、尊敬します」
うん、なんかすごく嬉しいけれど……こわすぎだよー、この状況。
ナナミちゃんはあれからずっと質問攻め――オレのこと、シュウのこと、そして、 《攻略集団》 のこと。
もし会話が途絶えたら、もし答えられなかったら、もし攻撃されたら……
殺されるかもしれない――猛烈な恐怖と不安に襲われながら、オレは最大限の集中を保ったまま必死で頭を動かした。
――もうやだよー。せっかく 《血盟騎士団》 に入ったのに……ここであっさり殺されちゃうのかな? この娘、絶対強いよー、わかるよー。戦っても勝てないよー。無理無理無理無理……
とにかく質問に答え続ける。適当でもなんでもいいから会話を続ける。オレに残された生存ルートはそれ以外ないはず。
時折、彼女がふふっと笑う。それがたまらなく怖い。
その度に冷や汗――手汗、腋汗、額の汗、すごいでーす。びちょびちょ。ぐちょぐちょ。
にっこり笑っているつもりだけど、ちゃんと笑えているのか心配でーす。あはは、えへへ、うふふ。
「あっ! ほら、あそこで釣りをしているのがシュウくんだよ!」
どよーんとしたシュウの後姿発見! もうダッシュで飛びつきたいくらい嬉しい。
でも、落ち着いて、オレ。
「おーい、なんか釣れたー?」
はやくたすけてー、おねがいしまーす。
くるっと振り向いた。
……うわー、笑ってるよ。絶対これ、似合わないんだ、オレ。
シュウは一度俯いて、溜息。
……うわー、おもしろーい。器用だね、シュウ。
目は怒ってるけど、すっごい笑顔。こわーい。
「いやー、大成功だよー。オマエには焦ったけどねー。あっ、この人はさっき出来た友達だよー!」
やった。ようやく辿り着いた……カミサマ、ありがとうー! そのうち、なんかお供えしまーす!
ウインドウをタッチして釣竿がふっと消えると、シュウはゆっくり立ち上がった。
ナナミちゃんを一瞥、それから気持ち悪い笑顔を浮かべながらオレにむかって、
「それ、どこで拾ってきたの? 返してきなさい……」
――もう絶対殺される。パパ、ママ、サキちゃん、ごめんなさい。
うへー、めちゃくちゃ睨んでるよ……こわいなー、ナナミちゃん。
かれこれ五秒、けれど体感では一時間くらいナナミちゃんは無表情で、それが余計に迫力があって怖いんだけど、だらーっとした感じで眠そうなシュウを睨み続けている。
「ごめん……でも、何しにきたの?」
ようやくシュウが……って、知り合いなの?
「会いに」
うわー、こわいよー。駄目だよ、シュウ。そんな謝り方じゃ許してもらえないよー。かえって怒っちゃうよー。殺されちゃうよー。
「そうか。じゃあ、お疲れさま。コム、めんどくさくなったから、結晶使って帰ろう……」
ばかやろー! なんでそんな言い方しかできないのー。オトナでしょー、シュウ!
「私も行く」
……はい? なんで? どういうこと? ……ん? もしかして、えっ、ひょっとして……
「は? 俺は、あれを取りに行くつもりはないよ……とりあえず、あの場所は確立高いと思うから、頑張って」
違った? でもさっぱり意味がわからないよー。
そう言って背を向けると、シュウはウインドウを開いて転移結晶を取り出そうとしている。
「それはそれ。私の仕事、他にもあるから」
うん、もうついていけない……さっぱりわかりませーん。
「じゃあ、その仕事も頑張って」
瞬間、水色の閃光――あ、シュウ、死んだ。
と思ったら、すっごいでかい布? 布団? 絨毯? なにこれ?
「わっ、」
ナナミちゃんがそれに突っ込んで……包まれた。
「転移、フローリア!」
「えっ、」
ひょいっと襟首を掴まれた。そのまま光の中に――
笑ってる……
「くくっ、ふふふっ、いやー面白かったな。ありがとうコムロン、ふふっ、いや、ほんと面白かった。ふふふっ、わっ、だって。あははっ……」
このひと、さいてーだ。絶対モテないや……もう無理だよ、性格ゆがみすぎだよ。
転移門広場の噴水の石積みに腰を下ろしたシュウは、訝しがる周りのラブラブカップルさんの奇異の視線を全く気にせず、お腹を抱えてひとりで笑い続けている。
オレはどてっと隣に座ると、
「ねー、さっぱり意味わからないんだけどさー。あの娘、知り合い? どうなってるのー? 説明してよー」
「ふふふっ、ああ、ごめん。まあ、彼女が、ふふっ、彼女が話してくれるよ……あははっ……」
笑いながらシュウはゆっくり顔を上げた。オレもそちらに……うわー、ぷんぷんだよー。やばいー。
誰が見ても分かるほど、とてつもなくご立腹なナナミちゃん――もう、殺してください。ごめんなさい。
「ふふっ、あれ、どうしたの? ふふっ、あはは」
……シュウ、もう勘弁してくださーい。煽んないでくださーい。お願いだよー。
「………………」
あっ、……泣いちゃった。さいてーだよ、シュウ、さいてー。もうさいあくだよー、シュウ。
「ふふっ、ふふふ、あはは」
笑ってる……すごいよ、シュウ。逆に尊敬しちゃうよー。
なんなの? そのメンタル……鋼どころかオリハルコンだよ、アダマンタイトだよ。
もうどうしていいのか……ラブラブカップルさんも足早にこの場を去ろうと……もうどうしたらいいのかわかんないよー、たすけてー、だれかー。
「……ありがとうって」
俯きながら、ぼそっとナナミちゃんが、
「……ただ、それだけなのに……どうして」
分からないけど、シュウが何かした――それは分かった。
「俺、君達のこと、めんどくさいから大っ嫌いなんだよ……でも、別に君のせいではないから……ごめんね……」
そう言ってシュウは立ち上がると、すっと頭を下げた。
「だから……もし俺が許せないなら、上司に相談してみるといいよ。その時は……まあ、殺し合い、しましょうか……」
このひと、何言ってるんだろう……
「…………もう、聞いたの」
えっ? どういう……
「絶対駄目だ、って……シヴァタさん、だけじゃない。みんな、嫌ってる。けど、絶対駄目って……シュウ、あなた、何者なの? 何やってるの?」
涙を流しながらシュウを睨みつけるナナミちゃん。もうオレは思考を停止して成り行きを見守るしかない……わけわかんないから。
胡散臭い笑みを浮かべていたシュウが、いきなり真顔――
「……当然、攻略だよ」
俯きながら、優しく微笑んだ。
もうさすがに耐え切れなくなったので、オレがこの場を離れようと提案したら、 「ああ、いいよ」 ということで、昨日シュウが泊まったホテルに向かった。
――うん、これは、えっちするところだ。
そうとしか思えない怪しいホテルに入る――これ絶対、三人で楽しむんだーって思われるよねー。ほら、NPCのオニーサン、にやにやしてるもん。
どきどきしながら部屋に入ると……普通だった。おもちゃ、なかった、残念。ん? 残念?
ちらっとナナミちゃんのほうを見てから、シュウは三人分のコップをテーブルに用意する。ウインドウを操作して瓶を取り出すと、お茶っぽい濁った緑色の液体を注いだ。
「……心配なら、飲まなくてもいいよ」
「……うん」
ナナミちゃんはウインドウを操作して小さな水筒を。
――だよねー。それは警戒するよねー。
みんな喉を潤す。そして無言……うわー、気まずいよー、どうしようー。
「えっと、コム……このひと、 《蘇生アイテム》 の情報を集めているらしくて、それでたまたま知り合った。そして、殺そうとしたところを、殺されそうになって……今に至る。分かった?」
うん、全くわかりません。ごめん……なさい?
「あっ、ごめん。俺も手が滑ったら殺してたかも……ごめんなさい」
苦笑いを浮かべながら、シュウはソファーに座ったまま、ナナミちゃんにちょっとだけ頭を下げた。
とりあえず、まったくわからないけど、大変だったらしい……ということで、おーけーかな?
「えっと、ナナミちゃん、ごめんなさい。きっとシュウが全て悪いから。ごめんなさい」
ひたすら謝る――オレにはそれしかできないよー。
「そして、憶測だけど……コムが 《KoB》 に加入したから、だろ?」
……は? 何が?
「……凄いね、シュウ」
両手でコップを握り締め、俯いたままナナミちゃんが呟いた。
溜息を深く吐くシュウ。窓のほうに視線をむけると、
「だから 《DDA》 嫌いなんだよ……賢いけど、アホだから……」
うわー、もう完全に置き去りです、オレ。
「ふふっ、賢いけど阿呆、って、すごい的確かも」
笑ってる……オレはちょっとどうしたらいいのか、どうなっているのか分からなすぎて、なんか腹が立ってきた。
「ねー、シュウ。全然わかんないよ。これって、どういうことなのさー」
きょとんとした表情で首を傾げるシュウ――すっごい腹立つな。オレ、ぷんぷんだぞー。
「だから、このひと……俺たちを篭絡してこいって、命令されてきたんだよ。アホな上司に……」
……ローラクって何?
「おそらく、殺さなかったから……そこに付け入る隙があるんじゃないかって。しかもコムが 《KoB》 に加入したから一石二鳥……ですよね?」
うんうんと頷くナナミちゃん……
「シュウ……ローラクって何?」
分からないことだらけなので、とりあえずそこから聞いてみる。
「ああ、そこね……つまり、ハニートラップ、美人局、色仕掛けだよ……このひと、美人だろ?」
……シュウの口から 《美人》 という言葉が出てきたよ。どういう意味で言っているのか分からないから怖すぎて何も言えない。
しょうがないので、オレはうんうん頷いてみた。
「でも、どうしようね……このまま何も持たずに帰ってしまったら、怒られるだろうし……かといって俺が直接言っても……同じだよなあ」
ナナミちゃんはうんうんと頷く……えっ、ちょっと、えっ?
「アスナに頼んで……頼みたくないなあ……それに、それはそれで……いやー、どうしよう……」
あー、はじまっちゃった……こうなるとシュウはもうずーっとひとりの世界だよー。
オレは頭を掻きながらナナミちゃんのほうを……あれっ?
全く分からないことだらけの話をずーっと聞かされ続けてきたので……今まで気がつかなかったよ。
オレの 《恋愛センサー》 が、びびびっと反応しちゃってる。
――おいおい、それじゃ、恋する女の子の目だよ、ナナミちゃん。殺したいほどむかついていたんじゃないのかーい?
ごちゃごちゃめんどくさいことをぶつぶつ呟いているシュウ。
その姿を見ながら黙って、うんうん頷いているナナミちゃん。
このふたり……なんだか……なんだかなー?
「うーん、俺たちが死ぬか、この人が死ぬか、騙されたふりで騙すか、その三択だね……」
――理由はともかく、すごい三択だ。もうどれ選んでも大変なの間違いなし。
「あいつら、しつこいから……それしかないよね……」
うんうん頷くナナミちゃん。
このモードのシュウについていけるのか、すごーいなー……きっとこのひと、変なひとだ。
「コム……どうしたらいいと思う?」
ここで聞くかー!? オレに聞くのかー?
「えっ……死んじゃうのはいやだから、騙すしかないんじゃないかなー?」
うんうん頷くナナミちゃん……あなた、 《DDA》 のひと、だよね?
「でもさー、俺はこの人を殺すのが、俺たち、というか 《攻略集団》 にとって最も有益な判断かもしれない、って思ってるんだよ……」
は? 何言ってんだ、こいつ……
「おそらく結婚――全ての情報とアイテムを掌握して、それを横流しすることで 《DDA》 の強化と 《KoB》 の弱体化……まあ、そこまでコムが偉くなるかどうかは知らないけどね……偉くなればなるほど 《KoB》 の情報も掴めると……」
うんうん頷かないで、ナナミちゃん。
「まあ、一番はレアなアイテムを入手したタイミングで攻略中にコムが死んで自動的に……殺すよりもよっぽど楽、あいつらだったら、そう考えるよ……ほんとアホだ……」
……えっ、なに、それ?
「だから、この人を殺しちゃえば、 《DDA》 は 《KoB》 に対しては、流石にこの方法は使えなくなるだろう? あとは勝手に上が揉めて、時間が解決……とかね」
――ギルドの幹部って、そんなことを考えているのか?
きっとみんな、ではないだろうけど、そんなヤツラが……ただのクズヤローじゃないか。
オレはどうしようもなく腹が立って、思いっきり拳を握り締めた。
ずっと、すごいひとたちって思ってたよ。でも、たしかにすごいけどさ……それって、どうなんだろう?
シュウ、それ知っていたんだろう――ずっとわかっていて、あのひとたちと……そうか、そういうことだったんだね。
拳に冷たいもの――オレは自分が涙を流していることに気づいた。
そして、ナナミちゃんも、泣いている。
無表情だけど、きっと、そうだよね――
「……シュウ、オレ、ナナミちゃんと結婚するよ」
その言葉を聞くなり、怪訝な表情に変わる。
「だから、そうするとさ、この先、」
「だから、オレ、死なない。情報もアイテムも全部 《DDA》 が欲しいものは渡す……」
はじめてだ、シュウの話を遮ったの。でも、絶対に違うんだ。
「……それが、どういうことか、分かってるのか?」
溜息混じりでシュウは問う。
「分かってるよ……裏切るってことだよね。騙すってことだよね」
「……俺はそれをコムに望んでないって、言ってるわけだけど」
いらついている――分かるよ、シュウ。もう一年も一緒にいたんだから……でも絶対違う。
「オレはこのひとが死ぬのは嫌だ。だから、」
「このひとは命だけじゃない。 《倫理コード》 を握られているんだよ。失敗したり、逆らったりしたら解除か死……そうだろ、ナナミ?」
えっ……
無表情のまま、涙を流したまま、ナナミちゃんは、小さく頷いた。
「このひと、残念ながら 《DDA》 に入る為に用意出来た物、おそらくそれくらいしかなかったんだよ。この世界だって生と性……それが売り買いされてるんだ。しかもな、それがS級レア扱いなんだよ……アホだろ? でもそんなもんなんだよ。どれだけ仮想の世界が素晴らしいものであっても所詮人間だ。おまえだって、最初から散々経験してきたろ?」
……言葉が、でない。
「アイテムが、レベルが、攻略が、……もうまじで、呆れるよ。何なんだよ。これ……もう黙って圏内で生身が腐るまで待っていればいいだろうが。アホが勝手に攻略を目指して死ぬのは構わないけどな、 《攻略集団》 が焚きつければその結果、こういうことする人間が現れんだよ。バカじゃねえか、ほんとに」
……確かに、その通りかもしれない。でも、
「そうかもしれないけどさ、でもさ、シュウ……シュウは分かってないよ」
溜息。やれやれと首を振っている。
「シュウはいろいろ分かっているけどさ……自分のこと、ナナミちゃんのこと、全然分かってない」
きょとん、って感じのシュウ。すっかり怒りが消え去っている。
――もうさー、笑っちゃうよ。感情のコントロールが上手いって、気づいてないよね、シュウ。めんどくさいなー。
「オレ、ナナミちゃんと結婚するよ。だからシュウは……オレとナナミちゃんを護って欲しい……オレ、バカだから、そういうの、気づけないから……でも、シュウのバカなところ、オレは気づけるし、ナナミちゃんも気づけるから……三人で頑張れば、絶対にうまくいくよ……そんなヤツラに、この世界に絶対負けないよ――」
瞬間、ナナミちゃんが立ち上がる――あっという間に部屋から出て行った。
「あっ、ほらな、耐えきれなくなった……だから、適当にごまかしといて明日また違う方法をゆっくり、」
「何言ってんだ、明日死ぬかもしれないんだぞっ! あんなに綺麗で可愛いくて素敵なひとっ、もう一生出会えないだろっ!!」
ぽかーん、としている。意味がわかってない顔。
このばかやろー。本当にばかやろー。ばかであほでめんどくさいのはオマエなんだよー!
「早くナナちゃん、捕まえてきて――シュウ、殺してもいいから絶対捕まえるんだ!」
「……は、はい」
とぼけたような、驚いたような、気の抜けた返事をするなり、シュウは凄い勢いで部屋から出て行った――
シュウ、ほんとにバカだよ……めんどくさいなー。
(終わり)