ソードアート・オンライン アナザーゲート・プログレッシブ 作:たかてつ
新生アインクラッド編Ⅱです。
二〇二五年十二月のお話。
ベッドから転げ落ちるように起床。デスク上のアラームを止めた。
つま先に触れる冷えた電話。どうやら壊れてはいないようだ。
メール着信のアイコン――
小村、沙希、明日奈、直葉、珪子、里香、壷井、角田。
「…………」
ようするに、 【最低。死ね】 ということか。
女性陣は嫌悪、男性陣は妬み。
……めんどくさいな。
「とりあえず、シャワーしよ……」
電話をベッドに放り投げた。
年長者として、いつかハッキリと彼らに伝えなければならない。
――ゲームばかり、やっていては、いけない。
だから、あんな画像一枚で、いちいち困惑し、激怒し、嫉妬せねばならんのだ。
世の中は広い――社会は己の価値観だけで形成されておらず、常に流動的で変化し、拡大し、縮小するものなのだ。
いつだって観察し、考察し、体験せねばならんものなのだ。
世界とはカオスでありフラクタル――
自分の価値観でさえ疑ってかからなければ本質を見失う。
常に科学的に、そして自然的に。そのバランスを欠いてはならない。
――冷静に考えてみろよ。新婚さんだぞ、俺。
君達が考えているようなこと、するわけないだろ……まあ、信用されていないのは自業自得なんだけど。
あの世界で出会った最愛の女性が悲しむようなこと、するわけないだろう。
……まあ、あっちではしょっちょう泣かせたり、怒らせたり……だったけれど。
欲望くらいコントロール出来なかったら、プロアスリートなんてやってられませんから……まあ、今はフリーターだけど。
特に女性陣よ……少しは学んでくれ。
そんな感じだから、あんな黒一色のごつい剣を両手で振り回して喜んでいる少年に憧れてしまったりするのだぞ。
まあ、しょうがないか……それは十代だもの。未成年だもの。
今後様々な男性と知り合って、嬉しいことも、悲しいことも、辛いことも経験して素敵な女性になってくれ。
君達が強く、美しく、たくましく成長することを願っているよ。
「……まずいな……どうしようか?」
俺はシャワーを止める――瞬間、ぶるっと悪寒がした。
冷蔵庫からサンドウィッチを取り出し、適当にお茶を入れて、テーブルのパソコンを立ち上げた。
メール……瑞希。
「おお、かわいい……」
中学時代の同級生に囲まれて、満面の笑顔の瑞希。嬉しそうで、楽しそうだ。
【今日は温泉。楽しみ】 とのこと。
――良かったな。最近は寒いから、ゆっくり温まっておいで……香織に会わせておいて良かった。さすが、俺。
当然、あの画像は瑞希も目にしたことだろう。だが、あんなもので心が動くような彼女ではない。
――さすが、瑞希。最愛の妻。愛しています。
【行ってらっしゃい。楽しんで】 さくっと返信すると、俺は今日の仕事の準備をはじめた。
「秀ちゃん、お疲れ。またよろしくー」
「はーい。お疲れ様ー」
「中島さん、面白かったです。お疲れ様でしたー」
「はーい。お疲れ様ですー」
ひとりベンチに座って報告書を作成している俺の前を、次々に通り過ぎていく 《デポルティボ東京》 の選手達。
歴史ある元旦決勝――冬のリーグカップは残念ながら準々決勝で敗退。
そんなわけで、この 《VRトレーニングセミナー》 終了と同時にチームはシーズンオフに入る。
まあ、それはそれで休みが長くなる、ということでもあるので、選手としては微妙な感じだろうけれど。
プロチームのサイクルは早い――俺が在籍していた当時の選手はもう半数程度。
これから契約更改、また移籍などもあるので……オフとはいえ、選手それぞれ様々大変だ。
とにかく、オフに入ったチームから片っ端に片付けていかないと――
「おっつ、シュウ! すっかり協会人だな」
思いっきりチャージを受けて、俺はごろんと転がった。
「……全然っす。というか、相変わらずですね。西さん……」
俺をいきなりぶっ転がした 《西圭介》 は満面の笑み。ほんと、めんどくさい。
「しかし、すげえな。これがVRって……おっさんには信じられないよ」
……でしょうね。おっさんだもの。とは言えない。
西さんはデポルティボ東京のジュニア出身――つまりずっとこのクラブを支えてきたバンディエラ。
とはいえ、俺がドイツに渡る数年前から、あの超名門クラブ 《ミュンヘン》 のボランチとして活躍。
当然、日本代表でもキャプテンを務められた、レジェンドクラスにスーパーな方である。
ちょうど俺の帰国と同時にデポルティボ東京に復帰。その後も日本代表を支え続けている。
プレイメイカーのシンとハードワークの西――俺はこのコンビが最も日本代表を輝かせると思っているのだが、年齢的なものもあるのか最近はバックアップ……といった感じの扱いが、俺は大変不満だったりする。
「でもさ、お前、やっぱり惜しいわ。ドリテクある若いやつはいっぱいいるけどさー、お前ほど点取れるやつは、そうはいないからな」
なんだろう……褒められているのか?
「特に今はウイングの時代だからなあ。やっぱりもったいないって……まあ、そんなこと言っても今更だけど」
……うん、いまさらだね。
「後ろから見てるとむかつくけどな。なんで全部仕掛んだよって。でも向こうはみんな、そんな感じだからな」
……俺は忙しいし、めんどくさいので、黙らせることにした。
「でも、西さんのおかげですよ。あの時、すぐ帰国しろって、西さんのアドバイスを貰えなかったら……俺の最後の一年は無かったと思いますから……感謝してます」
――ほら、黙った。西さんは、照れた感じで、
「……なんか気持ち悪いなあ。まあ、お前も色々あって人間的に成長したってことか……また来るんだろ? よろしくな!」
がっちりと握手を交わすと、さっと立ち上がってロッカールームに向う西さん。俺はその背中に向けて、
「あっ、結婚式の動画、ありがとうございました。めちゃくちゃ歓声上がってましたよ!」
その言葉に振り返らず、すっと腕を上げて応えるスーパースター。
……相変わらず、かっこいいっすねえ……本当はシンが一番盛り上がったんだけどねー。
「……ということで、終わり、でいいですか?」
特に質問は無いようだ。 「じゃあ、お疲れ様でした」 と言ってコーチ・スタッフ陣へのセミナーを終了した。
皆がログアウトする中、椅子に座ってウインドウを操作していると、
「お疲れさま。今日も行く?」
……めんどくさいひと、やはり絡んできたか。
「行きませんよ。昨日の今日でしょうが……」
「え~、行こうよ~。やっとオフなんだからさ~」
気持ち悪い甘え声――ちょっとは年齢を考えなさい。あんた、おばさんでしょ。
俺はウインドウに視線を向けたままで、
「なんか少年少女が勘違いしちゃって大変だから……嫌っす」
「え~、なにそれ! めっちゃかわいいじゃん。秀くん、ロリコンだから最高でしょ?」
いつから俺はロリコン認定されたんだ……意味が分からない。
「妻が瑞希なのに、それで 《ロリコン呼ばわり》 されるなら……もう大半の男性がロリコンってことになっちゃうよ」
早く帰りたいので適当に答えてみた。
「あはは、そうだね! じゃあ、おばさん、かえりまーす。お疲れさま~、秀くん!」
俺の頭をぽんぽん叩いてから、ウインドウを操作して香織は光に包まれた。
それに視線を向けずに俺は手を振る……ああ、まじ、めんどくさい。
「……ただいま」
アミュスフィアを外す。
やはり、プロ選手。新しいものを学ぼうとする意識が素晴らしい。
協会のおじいちゃん達とは頭の柔らかさが全く違う。
……だから、疲れるんですけどね。ん? なんか光ってる?
俺は枕元に置いておいた電話を手にする。
それは、画像流出の犯人からだった。
【今夜ちょっとALO来れる?】
――よし、いじめてやる。いや、いじめられるかもしれないけど……面白そう。
【おーけー】
電話をベッドに放り投げると、俺はうきうきしながらシャワールームに向かった。
(終わり)