ソードアート・オンライン アナザーゲート・プログレッシブ    作:たかてつ

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SAOです。
アインクラッド編です。
五十八層攻略中のお話。


004 桜の足音

五十層主街区 《アルゲード》 には無数の飲食店が軒を連ねている。

《はじまりの街》 からグルメマップの作製を続けてきた情報屋も、この街に関してはお手上げのようだ。

俺は、五十層の開通からこの街をずっと生活 (稀に攻略) の拠点にしていたが、およそ二ヶ月が過ぎた今でも常宿周辺以外の店には入ったことがなかった。

「いつものカフェじゃ駄目なの?」

「あー、確かにねー。あそこ二階もあるし、いいかもねー」

「異議、なし」

そんなわけで、二次会会場はすんなりと決まった。だが、あの時は、この状況を全く予想していなかった。

「外って……なんで隣がお前なんだよ?」

「嫌われ者席……ということじゃないかな?」

 

 

二〇二四年、三月十四日、コムロンとナナミは結婚した。

あちらでもこちらでも結婚は人生の一大イベント――らしいので、新郎新婦の関係者に声をかけると、すぐに三十名ほどの参加者が集まった。

当日――四十七層の美しい花畑に囲まれた教会で行われた結婚式は、本当に素晴らしいものだった。

純白に赤、純白に青。

その姿に新郎新婦がいつもとは全く違う人物に感じられて、こちらも妙に照れくさくなった。

みんな笑顔で祝福していた。それにつられて俺も感動させられた。いつしか泣きそうになった。KoBとDDAのおじさん達は号泣していた。

そして二次会。式の後、俺たちは五十層主街区の 《いつものカフェ》 に集合した。二階からは楽しそうな笑い声が絶え間なく聞こえてくる。

だが、俺の席はいつもの一階のテラスだ――目の前のテーブルに飾り付けが施されたプレートへ 【シュウくん】 と、書いてあるのだからしかたがない。そして、その隣の席のプレートには、 【キリトくん】 という、嬉しい名前がある。その文字と飾り付けのセンスに思い浮かぶ顔。

――あいつ、やりやがったな。

 

 

「これ、結婚式で花束渡してた子、だよな?」

「間違いない、と思う。私も、受け取った」

俺とナナミはこの少女が何者なのか、お互いに確認した。

「ということは、まあ、な。あいつだし……」

「犯罪者、レッド、牢獄行き? ふふっ、違う、地獄行き」

もう誰にも彼女を止めることは出来ない。ここが圏内だとしても一瞬にして斬り刻まれるだろう。この横たわっている少女をどうするべきか……とりあえず、俺はこの場から一刻も早く逃げたい。

「しかし、何でここにいるんだ? この子」

「連れ込んだ以外、何かある?」

――はい、もうそれでいいです。

その時、隣の部屋の玄関扉が開いた。俺もナナミも柄を握る。

「私が動きを封じるから、シュウは転移結晶、用意して。圏外に出したら、斬る」

「了解……」

――周りの目、どうでもいいんだな。 

「ただいまー。あれっ、ピナだけ? オマエの主はどこに行ったんだい?」

ナナミの眼から光が消える。ボス部屋突入以外で見たことのない表情に変わった。

――もう、知らないぞ。俺、関係無いし。

部屋の扉が開いた。赤色と青色の光芒が突き抜ける――

 

 

「ご、ごめんなさい。寝ちゃったあたしがいけないんです。ピナとベットで遊んでいるうちについ、うとうとしちゃって……」

少女は先ほどから同様の弁解を何度もする。だが、それは一切ナナミの耳には届いていない。

「彼女、連れ込んだの? それから、何したの?」

ナナミも先ほどからこれの繰り返しだ。もういいかげん飽きてきた。

「いえ、そんなことは絶対にしてません」

コムロンも同様……ずっとこれの繰り返し。

「シュウ、どう思う?」

深く溜息をついて、俺は突きつけた剣尖を彼の首から離した。

「もう、いいよ。とりあえず話を聞こう……」

ナナミも切先を下げた。眼はそのままだが。

「ナナミさん、シュウ、ありがとうー……」

そう言ってコムロンは壁をつたってへなへなと倒れた。

圏内とはいえ突進系単発重攻撃を二発同時に受けたことで、隣の部屋の壁まで転がっていったコムロンは可哀想だった。その後、俺がナナミに斬りかかって……現在に至る。

 

 

先日、シリカは四十七層で友人達とお花見をした。

その最中、風で舞い散った桜の花びらをピナが空中で上手に咥えるとシリカにくれたそうだ。その貰った数枚の花びらの中の一枚が、S級レアアイテムの 《赦しの花びら》 だった。

レアアイテムなど入手したことがないシリカは、そういったことに詳しい知人に相談した。その知人は 《アルゲード》 のエギルの店で買い取ってもらうことをすすめたらしい。

そこでシリカはエギルの店を訪ねた――だが、あいにく店は閉まっていたそうだ。

しかたなく引き返そうとした時、何者かに尾行にされている気配を感じたらしい。そこへ偶然通りかかったコムロンの姿を見つけて話をしてみたところ、この部屋で一時的に匿ってもらえることになった。

 

 

そんなシリカの説明を聞き終えたナナミは、

「つまり、シュウ? S級レアアイテムを入手したシリカさんを尾行して不安を煽ったところでKoBの威光を利用し、安心しきったシリカさんを部屋に連れ込んで、放置することで眠らせた。それで合ってる?」

青ざめた表情で激しく顔を横に振るシリカ。先ほどからずっとうなだれたままで無反応になってしまったコムロン。

「間違ってるし、要約しすぎだけど、おおよそ合ってるよ」

ナナミがいれてくれた美味いお茶をすすっていた俺は、もう本当にめんどくさくなったので適当に答える。だが、それだけでは圏外に連れ出されてしまいそうなので、

「なんでお前、あんな所にいたの?」

「はい、ちょうどフィールドボス戦直後でしたので、キリトくんがそばにいまして、そのことを彼から教えていただきました。あなたの周囲にはオレンジになりそうな方々が多いから、入手しておいたほうがよろしいのではないか、と彼は申しまして……」

ふたりの顔色を伺いながら、普段とはかなり違う口調で少しずつ小さくなっていく声。

まるで悪いことして親や教師に怒られている子供のようだ。

とりあえず、俺とナナミと鬼に向けたあの野郎の悪態は気にしないことにして、俺は続けた。

「ふーん。それで、シリカさんを残してどこに行ってたの?」

「はい、彼女とお連れの方のお口に合いそうなものを、あいにく所有しておらず、それで私ひとりで近所へ買出しに出かけました。敵の襲撃を受ける可能性がございましたので、そう判断いたしました。その判断がこのような事態を……」

気持ち悪いので普段の口調に戻して欲しい。それはともかく、ただの誤解なわけだから俺はもう用済みのはず――  

「なるほど! そういうことかー。ナナミ、分かった? じゃあ、俺はそろそろ、」

「駄目、帰さない」

離脱失敗。柄を握られた。泣きそうなコムロンも 「オマエ帰るなよー」 と目で縋りつく。

――今夜はここに泊まることになりそうだ。俺は、溜息も飽きていた。

 

 

その後、ナナミの静かに攻める 《お説教》 が始まった。我慢して聞いてはいたものの、すっかり夜も更けてしまったので、俺は同じフロアの空いている部屋にシリカを泊まらせることを三人に提案し、この不毛すぎる 《我慢大会》 を無理矢理終わらせた。

さらに明日、俺とナナミが護衛を務めて、シリカをエギルの店へ連れて行くことにした――ナナミは悩んだ末、 「コムくんは、駄目」 渋々了承してくれた。 

「あ、あの、ほんとにすいません。あたしのせいで、こんな大ごとになって……」

空いていた部屋に向かうシリカは俯いたまま、とぼとぼとついてくる。肩に乗ったピナも元気がないように見えた。

「気にしなくていいよ。原因はタイミングだし……時間が解決してくれる」

「で、でも……やっぱり、寝ちゃったあたしが悪いので……申しわけなくて……」

その程度の慰めでは足りなかったようだ。とにかく涙声がつらい。俺が泣かせてしまったみたいでやめてほしい。

そこで俺は、ずっと気になっていたことを質問してみた。

「そういえばあの結婚式の時、君はみんなに花束を渡していたよね。誰かに頼まれたの?」

「あ、えっと……はい。えっと、キリトさんからお願いされて……あっ、あたし、最近 《フローリア》 にホームを変えたので、それをキリトさんに教えたら、キリトさんが知り合いの結婚式を手伝ってくれないかって……キリトさんに頼まれたので……はい……」

俺たちに悪態をついたやつの名前が何度も出てくる。しかし、そういうことを何も言わずさらっと出来るのが、いかにもあいつらしい。

「そうだったのか。じゃあ、結婚式の際は本当にありがとう……君はキリトくんと仲良しなんだね」

「えっ、仲良しっ!?」

――あーなるほど。またか、こりないな。すっかり紅潮して動揺を隠せないシリカに俺は、もうひとつの疑問をまわりくどく質問する。

「ははっ。でも、彼とはいつ知り合ったの? 彼って 《攻略集団》 だからひょっとして前線?」

「いえ、あたしなんかじゃ、前線なんて……キリトさんに助けてもらったんです。あっ、えっと……はい、二月の終わりごろにピナを助けてもらって、あっ、…… 《ピネウマの花》 を一緒に取りにいってもらったんです。その後も怖かったんですけど、キリトさんに助けてもらって……はい……」

シリカの言った、二月の終わり――その言葉で思い出す光景。

それ以上は何も聞かず、シリカを部屋まで送り、「おやすみなさい。また明日」 と言って、ドアが閉まるとナナミとコムロンが待つ部屋へ急いで戻った。

俺はドアを開けるなり、無表情のナナミと泣きっ面のコムロンへ、

「……狙いは花じゃない。俺たちは、勘違いしていた」

ナナミの眼から、再び光が消えていった。

 

 

(終わり)


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