ソードアート・オンライン アナザーゲート・プログレッシブ 作:たかてつ
新生アインクラッド編Ⅱです。
二〇二五年十二月のお話。
穏やかな抱擁を終えると、俺たちは 《近所のカフェ》 で遅めの朝食を済ませて、七瀬の東京道場へ向かった。
到着すると、瑞希の父は角田さんと居合の新作動画を撮影していた。
やはり、こちらの世界の剣技……怖すぎる。
――とてもじゃない。俺には無理。
「秀君、ちょっと振ってみる?」
ひとしきり撮影が終わると、刀を片手に額の汗を手ぬぐいで拭きながら瑞希の父は笑顔で俺を誘う。
刹那、思いっきり睨みつける娘――
すぐに刀を仕舞うと、大人しく正座した。
瑞希の父は俺たちの報告を終始無言で聞いていた。
「……ということです。お願いします」
俺が頭を下げた瞬間、 《ヴォーパル・ストライク》 以上の速さで間合いを詰める――俺たちふたりを凄い力で抱きしめると号泣。
……このままだと、三人とも死んでしまう。
ということで、瑞希が一撃。
しばし、泣き笑い――角田さんに、 「酒っ、一番良いやつ!」 と大声で命じるも、にこにこしながら瑞希がひとこと、
「飲ませるなら、抱かせてあげない」
「…………」
事前の打ち合わせ通り、見事 《泥酔地獄》 に落ちることを回避した。
そして追い討ちをかけるように、 「二月からお母さん、東京来るから」 の直後、瑞希の父は愕然として可哀想なほど顔面蒼白……がっくりとうなだれた。
俺は、それに関しては一切関与しない――考えることはしないでおこうと思う。
――頑張れ、お父さん。俺は何も知りません。
帰り際、角田さんが、
「いつかソードスキルの稽古、手伝ってもらえると助かります」
その真面目すぎるお願いに、俺たちは苦笑いで了承した。
帰宅して、中島家に電話。
「ああ、そう。良かったね」
それだけ。俺のターン、終了。早急に瑞希に代われ、の圧力を感じる。
「……はい、瑞希」
およそ一時間程度、俺の両親は楽しそうに瑞希とおしゃべりをしていた。
それから 《近所のカフェ》 で遅めの昼食。
帰宅後、俺たちはベッドに横になり、あの言葉を同時に呟いた。
アインクラッド・四層主街区 《ロービア》 北東エリアの高台広場。
後のコムの話では、前夜は雪が降ったらしい。
しかし、その雪は全く残っておらず、のんびりするには調度良い気象条件であった。
先日と同じようにベンチに座ると、瑞希は穏やかに語り始めた――
俺たちに出会う前の日々。
はじまりの日のこと。
圏外でのこと。
パーティを組んだこと。
クリスマスのこと。
正月のこと。
ギルドのこと。
大切なひとのこと……
その話を何も言わず、俺はただずっと、聞き続けた。
ふいに、瑞希は立ち上がる。ちょっと伸びをして、
「ちなみにシュウとコム君って、クリスマスイブ、何やってたの?」
俺は苦笑いを浮かべながら、 「クマ退治」 と告げると、瑞希は笑いだして、
「あはは、何やってるの。ほんとバカ」
そう言って、俺の前に右手を差し出した。
「馬鹿だろう? 翌年は、あれだし……あっちのクリスマス、散々だったよ」
笑いながら、その掌を握った。
夕食後、瑞希の入れてくれたお茶をすすっていると、
「でも珍しいね、秀が何も言わずに、人のお話聞くなんて」
……ああ、そうですね。ごめんなさい。
茶碗をテーブルに置いて、溜息混じりに、
「まあ……そういうこともありますよ、たまには……」
俺は適当に答えた。
「ねえねえ、嫉妬した? 妬けちゃった?」
楽しそうに両手で頬杖をつきながら、目を輝かせて、にこにこしながら俺を見つめる瑞希。
――かわいいけど、めんどくさい。
溜息をひとつ。俺は首を傾げながら、
「うーん……嫉妬、というか……良かった、って思った」
瑞希も首を傾げる。
「だってさ、もしも……まあ、一緒に死んでたら、それは残らなかっただろ? だから、良かった……」
ふふっと瑞希は笑い、ぐいっと身を乗り出すと、
「秀らしいね。でも、ちょっと嘘、でしょ?」
……ばればれ、だった。
「おめでとう!」
それを聞くなり、懐かしい新居に家具を配置していたアスナは、すぱーんと瑞希に抱きついた。
ただ、瑞希を抱擁しながら俺に向けられた鋭い眼差し――それは怖かった。久しぶりに。
そして俺のじっとりとした横目の視線を感じ取ったキリトは……素早かった。相変わらず。
その状況を見たユイは、不思議そうに首を傾げた。
……ちなみに、 「オレにまかせてー! ネーミングセンス、バッチリだからー!」 というありがたい申し出は丁重にお断りした。
あまりにも馬鹿すぎる猫耳彼氏の言動に……さすがに彼女も呆れていた。
――サッキン、頑張れ。こいつを何とかしてくれ。
顔のすぐ隣に輝く黒髪をさっと撫でる。
「この髪が好きなのかも……」
ぼそっと呟いた。
「えっ、それだけ?」
けっこう睨んでいらっしゃる――俺は苦笑いを浮かべながら、
「それだけ、ってことは当然無いけど……初めて会った時、そう思った……かも」
ごんごん頭をぶつけてくる瑞希。ちょっと面白い。
「でも、最初の印象……あんまり良くないかも」
にやにやしながらそう囁く。
「あからさまにめんどくさそうだったよ。関わりたくないーって」
俺はあの時の光景を思い出しながら、
「それは……まあ、そうだったよ。だってさ、綺麗だけど空っぽの女の子が殺気も隠さず、可哀想なふりしてお願いしてるんだから……」
ぽかぽか俺を叩きながら、じたばたする瑞希。かなり面白い。
「ほんと嫌い。もう……それでも、なんで瑞希なの?」
……よっぽどだな。あいつは余計なことをしてくれたものだ。
好きだから――それは、答えにならない。
俺は、思いつくままに、
「何故か……何でだろうね……ちゃんと心が動くんだよ。瑞希がいると……だから、あんな世界でも、ずっと一緒にいたい……そう思った……まあ、戻れないだろうなって……本当は戻りたいと思っていなかったし。でも、瑞希に出会ってからは……少しずつだけど、こっちに戻りたくなった……ただ、生きたいと思ったよ。だから、瑞希は絶対に護りたいと思ったし、ずっと一緒にいたいと……思った……俺の勝手な理由だったかもしれないけど、」
ふと瑞希の顔に視線を……うるうるしていた。なんか、かわいい。
「秀、良かったね……私も、良かった」
胸に顔を埋めて声を上げて……ああ、スウェットがぐちゃぐちゃに……
俺は、その程度のめんどくささも幸せに感じるほど、瑞希という人間に感謝した。
それは、あの世界でも、この世界でも、全く変わりはない。
「ありがとう。だから、瑞希じゃなかったら、絶対に駄目なんだよ……」
翌朝、目を覚ますと、瑞希は俺の電話をつまんでぷらぷらさせながら、
「おはよ、光ってるよ」
俺は、まだ覚醒していない頭でぱかっと……した。
「おはよう……プレゼント、届いたようだ」
首を傾げる瑞希。
「いや……約束守れなかったし、ちょうどクリスマスだからプレゼント、あげたんだよ……」
ちょっとぴくぴくしている……笑うな、俺。堪えろ。
「ふーん、何あげたの?」
平坦な口調で問う瑞希。俺はにやっと笑いながら、
「総務省と警視庁、そこのひとの名刺……」
瑞希は俺の上に倒れこむと、
「ちょっと、それは、無理かも」
顔を枕に押し付けたまま、くすくす笑う。
「ふっ、まあ、散々だったし……ふふっ、瑞希はあの人、嫌いだもんな。ふふふ」
懐かしいあの光景を思い出してしまい……
ぽんと頭を叩かれたので、さらに笑った。
「秀のこと、あの頃は、あれと同じくらい嫌いだった……」
俺は瑞希の頭を優しくこっちに向けると、
「それ、絶対、嘘だろ」
じーっと俺の目をみつめる瑞希。
「秀、ほんと、嫌い」
微笑みながら、俺の頬に唇をぶつけた――
(終わり)