ソードアート・オンライン アナザーゲート・プログレッシブ 作:たかてつ
新生アインクラッド編Ⅱです。
二〇二五年十二月のお話。
「……終わった」
慌しかった二〇二五年もあと数日――年の瀬の土曜日、正午前。
一部リーグ・全十八クラブの 《VRトレーニングセミナー》 を何とか無事に終了することが出来た。
元旦の決勝戦を控えるふたつのクラブはさすがにピリピリムード――選手・スタッフ共にまだシーズンモードだったが、ほどよい気分転換になったようで両クラブの監督さんからは好評をいただいた。
ちなみにミニゲームで俺のプレーを見た外国籍の監督さんは通訳の方に、 「あいつ、補強リストに」 と言ったらしい……だが、アシスタントコーチの方が苦笑いで俺の膝の状況を伝えると、悲しそうに天を仰いだそうだ。
……ありがたいことである。
そのクラブに所属していたSBとGKは 《U-20代表》 で共に戦った戦友だったこともあり、めちゃくちゃ本気で遊んであげた……当然、ちゃんとセミナーしたうえで……嬉しいことである。
「趣味と実益……か」
アミュスフィアを外し、疲れているわけではないが、ぐったりとした身体を起こすとシャワーに向かう。
「あ、おかえり」
瑞希はキッチンで何かをレンジで温めている最中だった。
「ただいま……疲れたっす……シャワーします」
軽くハグをしてタオルを手にバスルームへ入ろうと――突然、がくんと背中に重量感。
「ふふっ、一緒に」
がっちりと俺を後ろから捕らえた瑞希。
……こんな甘えっ娘に、何時からなったんだ?
遅めの昼食を終えると七瀬の東京道場へ。
二〇二五年の稽古納めということで、沢山の門弟さんが集まっていた。
本来なら稽古を見学する場合、 《正座》 なのだが、俺は膝がぶっ壊れているということもあり、椅子を用意していただいた。
――うん、眼差しが痛い。なんか、ごめんなさい。
どうしても偉そうに見えてしまう、という理由以上に……思うところが、様々あるのだろう。門弟の方々。
特に若い男性の俺を見る眼……いやー、こわい、こわい。
「すいません……挑戦者全員、ミズさんに斬殺されていますから」
角田さんは頭を掻きながら、小声でそう教えてくれた。
稽古終了後、瑞希の父から忘年会に誘われたものの、事前に瑞希が 《はっきりと》 伝えた通り、俺は丁重にお断りをして道場を出た。
何とか取れた指定席に座ると、人だらけの新幹線が動き出す。
「久しぶり。楽しみ」
そう言って、笑う瑞希。
だが、がちになった、あの世界の恐ろしさを、彼女はまだ知らない――
「ねえ、秀……これって、大丈夫なの? おうち、潰れない?」
揺れる窓に顔を近づけて、唖然とする瑞希。
京都のど真ん中に生まれて、高校入学と同時に上京した彼女にとって、この悲惨な光景に驚くのは……当然だろう。
「……たまに、潰れる」
素早く俺のほうを振り向くなり、心配そうに袖を引っ張る。
「ほんとに? 秀のおうち、潰れてない?」
にやにやしながら俺は、
「今夜、潰れるかも……」
適当に答えると、ぽんぽん叩かれた。
そのやりとりに、ミラー越しの運転手のおじいさんは、にこやかだった。
「こんばんは!」
身軽な瑞希は玄関を開ける――少しは荷物を持って欲しい。
それに応じる嬉しそうな母の声が聞こえた。
――やれやれ、少しは荷物を持ってくれ。
雪だるまになりかけた俺は、両肩、両腕の重いバッグとお土産袋の山をどさっと置くと、玄関から外に出て雪を払い落とす。
振り返ると、リビングの入り口に立ち尽くす瑞希の姿。
口元に握り締めた両掌を当てて……その目は輝きすぎて星でも飛び出す勢いだ。
「秀……おこた、あるよ」
……やれやれ、だ。それが無ければこっちの世界では生きていけないというのに。
すっと、その 《おこた》 に忍び寄ろうとする瑞希。
「瑞希、コート」
ぱたぱた走り、ばさっと脱いで、さっと俺に手渡すと、そっと進入――だが、違和感を感じたかのようにコタツからぴょんと飛び出ると、かかみこんでそーっと布団をめくる。
「すごいよ、秀! にゃあがいるよ!」
ゆるゆるの表情、きらっきらした瞳で、にゃあ……俺はくすくす笑いながら俯いた。
「おかえり、嬉しそうだね」
母は微笑みながら俺にハンガーを手渡すと、楽しそうな瑞希の姿に視線を向けた。
「ただいま……そうだね」
俺は、コートとダウンを廊下に吊るしながら、 「優は?」 と問う。
その質問に苦笑いで母は、
「同級生、それにユース……飲み会、三日間連続だって……」
……若いって、すごいなあ。頑張るなあ。俺には無理。
到着が遅くなったこともあり、家族四人で軽い夜食を済ませると、両親に風呂をすすめられる。
「ねえ、にゃあと一緒に入っていい?」
温かい猫を抱いた面白い……かわいい瑞希が問う。
「いいけど、猫を風呂に入れると溺れちゃうよ……」
はっとして両親の顔を見る瑞希。
ほどよくアルコールが回っているとはいえ、苦笑いで掌を振る両親。
俺は怒られる前に浴室へ向かった。
背後から 「嘘つきー」 と……まあ、いまさらだ。
俺のシングルベットから、穏やかな口調で、
「秀の部屋って、何にもないね」
……確かに。
床に適当に敷いた来客用の布団に包まりながら、雪明りが差し込んで微かに見える部屋の光景。
「あれじゃないけど……ボールが友達だったからね」
くすくすと笑う瑞希。
「あっちでもコム君しかいなかったもんね、友達」
……確かに。って、いやいや、いたよ。少年とか……黒いのとか。
「そうだね……ああ、そういえばあいつ、ボールっぽいもんな……」
我ながらひどい発言。ごめん、コムロン。
変わらず笑っている瑞希――彼女も同罪、ということで。
「でも、ひとり、いたでしょ、友達っていうか……ね」
……めんどくさい。まだ、言うか。
「ああ、そうだね。最愛のひと……俺のベッドでぬくぬくのひとが……」
布団からそっと左手を伸ばす――瞬間、ひんやりとした。しかし、ほどなく掌が温かい温もりに包まれる。
「そっちじゃないけど……もう、それでいいよ」
ひとのベッドでじたばたする瑞希。
俺はその温もりを感じながら、そっと瞼を閉じた。
目を覚ますと、瑞希の姿がない。
ぼんやりしたまま、布団を抜け出し窓へ向かう。
快晴――反射光が眩しい。けれど、久々に見る美しい白銀の世界。
下の方から、ざくっ、ざくっと固い音がする。
……楽しいんだろうな。はじめてだから。
俺の真っ黒なダウンを着た瑞希――プラ製のスコップを手に雪かきをして遊んでいる。
……黒い雪達磨、なんて、絶対言えない。
笑みを浮かべながら、がらっと窓を開けて、素早く雪をすくった。
シングルシュート――
べちゃっと固まった雪球はふんわりと瑞希を襲う。だが、かなり手前で落ちた。
「ちょっと! 上から投げるのは卑怯」
にこにこしながら瑞希はスコップで俺を誘う。
「寒いから嫌だよ……屋根の下、危ないからね……」
俺は首を横に振って笑うと窓を閉めた。
リビングで珈琲を飲んでいると、ぼさぼさの弟が階段から降りてくる。
「悪い、うるさかったか?」
弟はコタツにずぼっと入ると、猫を引っ張り出して、
「いや、大丈夫。まだグループリーグ初戦だから……」
相変わらずのサッカー馬鹿……まあ、それが俺としては嬉しいのだけれど。
「ああ、そういえば、これ……」
俺はコタツから抜け出して、部屋の隅に置かれていたお土産袋を手に取ると、弟に手渡した。
ぼさぼさで、まだ 《おやすみ中》 といった感じの弟は、その袋をがさがさ開くと……目をがっと見開いた。
「これって……レアすぎる。マルセイユのサードって……」
さっと取り出してシンのネームと背番号が入ったユニフォームを広げ、にやにやする弟。
「着られるようにサイン入りとネーム無しのオーセンティック、二枚送ってくれたから……後でお礼、送ってね」
弟の憧れの選手であり、俺の親友でもある男の気遣いにふたりは深く感謝した。
仲良くふたり並んでオコタに入り、にこやかな表情で強く握手を交わす、ぼさぼさ兄弟……その光景に、
「何やってるの?」
額に汗――黒い雪達磨は不思議そうに首を傾げていた。
大型スーパーへ買出しに向かう両親と瑞希を見送った直後、細かい振動――
【暇? リズちゃんのお店いこー!】
ということで、自室でごろん、れっつごー……
「なんかのクエに行くらしいよー、キリトくん」
相変わらず笑わせてくれる親友の化け猫の後姿……やめてほしい。アバター、変えて。
「年末だというのに……ああ、冬休みだからか……」
本当にゲームが好きなのだろう。
「そういえばシュウはみっちゃんと実家でしょー。いーなー、オレさー、東北って行ったことないから、行ってみたいんだよねー」
……今は来るな。まじで死ぬぞ。
とはいえ、東京都心住まいのコムロンの気持ちは分からなくもない。
「ああ、春休みにでも行けばいいよ……俺は案内しないけど」
「えー、案内してよー……あー、でもシュウは地元の面白い所とか、全然知らなそうだもんなー」
……うるさいな。その通りですけど。
ようやく 《リズベット武具店》 に到着。コムロンが、 「こんにちはー」 と店の扉を開いた……うわー、やべー。
店内には暇人、ではなく素晴らしいゲーマーの皆様が集結していた。
その全員、黒の少年を除く、特に女性陣の熱い視線に耐え切れなくなった俺は、コムロンに、 「悪い、また今度」 と言って扉をそっと閉める。
適当な宿を探してうろうろしていると……うわー、まじか。
「アスナさん、これ、斬ってもいいかな?」
バスケットを抱えた金髪緑と水色の鬼が俺の前に立ちふさがる。
「うーん、いーかなー?」
笑顔の鬼。懐かしい。
俺はウインドウを素早く操作――借りっ放しだった 《レンタルキリト》 を取り出すとアスナのバスケットの上にぽんと乗せる。
「わっ、」
「こらっ、」
ふたりのかわいい叫び声が一瞬で聞こえなくなるほど全力で、殺されたくない一心で、その場から全速力で逃走した。
(終わり)