ソードアート・オンライン アナザーゲート・プログレッシブ    作:たかてつ

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SAOです。
新生アインクラッド編Ⅱです。
二〇二五年十二月のお話。


043 兄弟とギルド

リビングに横たわる弟、そして猫。

……おやすみ。

俺はダウンを羽織って玄関を開ける。

正午間近の眩しい日差し――ぽかぽかして気持ちが良い。寒いけど。

 

 

久しぶりの重量感。

ぽん、ぽん、ぽんっと軽やかな音。

左膝に走る鈍い痛み――これが現実か。まあ、これでも御の字、か。

 

 

我が家の車が雪煙を上げて帰宅した。

「こら、香織さんに怒られるよ」

ドアを開けるなり、心配そうに瑞希が言う。

「まあ……そうだね。ごめん……」

苦笑いの両親。母が言う。

「蹴ってると不安だし、蹴らないと死んじゃうし……困ったね、瑞希さん」

「……はい。ほんと、困ります」

 

 

親友が出場した昨夜の試合に盛り上がる、ぼさぼさ兄弟。

「この監督に信頼されてるよね、シンくん。ずっと使われてるし――」

「ああ、でも大変だってさ。守備の約束、すげえ細かいらしい……まあ、パリとリールが反則級だから――」

中島家の 《謎鍋》 に舌鼓をうつ瑞希が、俺を肘で突付きながら、

「ちょっと、秀…………お母さん、このひと達って、ずっと、こうなの?」

それに苦笑いで母が答える。

「そう。ご飯とか興味無いの、このひと達。せっかくねえ……美味しいのにねえ」

「美味しいです……」「美味しいよ!」

「確かにパリの前はずるいよね。現在の三人、止めるの無理だよ。速いし、上手いし――」

「ああ、確かに。ドリにワンツーに裏ケア……ちょっと無理だよな。シンもこの間の試合、全く何も――」

「実際、ファイブレーン対策ってもう一般的になっちゃって、次の攻撃戦術は――」

「いや、結局さあ……位置的優位とか質的優位なんて言葉がひとり歩きしちゃってるだけで――」

「そういえば、兄さんが代表の頃にヤバイって言ってた奴、シティ行くんでしょ? 大丈夫かな? 機能しないような――」

「まあ、恐ろしく速かったけど、アホっぽかったからなあ……あそこの天才監督に調教されて――」

「むしろシンくんとか気に入られるんじゃないの? あの監督さんの好みっぽいし、気が合いそうだし――」

「でもさ、あそこの中盤はフランスにイタリアにブラジルにベルギー……W杯四強の代表メンバー揃いだよ? 儲かるけど出られなく――」

「………………」

横目で見る――箸を手にぽかーんと、呆れている瑞希。そんな姿に、父は無言で笑っていた。

 

 

「食べてすぐ寝たら、牛さんになるよ」

ベッドに横になった俺のお腹を擦る瑞希。

「そうだな……そういう意味ではむこうは良かったよね。年頃の女の子としては……」

むっとした感じ――それはそれで、かわいい。

ぱたっと俺の隣に倒れ込む。

「狭いから、そっちいって」

背中で俺をぐんぐん押す。

「これ、俺の、」

「いいから、いいから」

壁に密着。挟まれた。

ふふっと笑う。くすくす笑う。

「秀……優くん、大好きなんだね。あんなに楽しそうにしてる秀、はじめて」

……恥ずかしいことを。

それでも、俺は思いを伝える。

「ああ、だって、凄いとか上手いって思う選手は、いっぱいいるけど……好きな選手は誰かって聞かれたら、必ず、弟って……いつも答えていたから……」

くるりと振り返る瑞希――ますます壁に密着。狭い。

「ふーん、意外。秀だったら、俺、とか言いそう」

にやにやしながら顔を埋めた。俺は腕をまわして抱きしめる。

「……それは、ないなあ。こんな自己中はちょっと……まあ、優やシンみたいな人達に憧れ……いや、ちょっと嫉妬みたいな感情があるからね」

ひょこっと顔を上げる。不思議そうな表情で、

「そうなの? よく分かんないけど」

俺は美しい黒髪に優しく触れる。

「まあ、ね……あんな風には、なれなかったからな、俺……ずっと中途半端に速くて上手かったから……いつでもひとりで突っ込む係だったし……それでぶっ壊されたんだけどね。とはいえ、好き勝手なことしか、しなかったからな。自業自得だよ…………」

 

 

しばらく黙っていた瑞希が、

「同じだったんだね、秀。こっちでも、あっちでも。けど、……変わったと思う」

――変わった? そうなの?

「だって、あんなに危ない戦闘、死ぬかもしれない状況でも、私のこと、気にしてた」

俺の目をじっと見つめる――なるほど、そういうことね。

「まあ……瑞希だから、かな……」

適当にお茶を濁して瞼を閉じた。

 

 

目を覚ますと、ベットに座ったまま、ぼんやり瑞希は壁の写真を眺めていた。

「おはよう……それ、おもしろい?」

まだ頭が起きていない。ふわふわした質問をしてしまった。

「おはよ。これって、みんな友達?」

なんとも微妙――思いつくままに答える。

「うーん……同級生、かな。仲良しってわけじゃないし……でも先輩後輩もいるから、チームメイト……かな?」

ふふっと笑う。振り返ると、

「ふーん、何か微妙な言い方。学校のひとじゃないの?」

……うわー、これはめんどくさい。どう説明したものか。

俺は身体を起こして瑞希の肩に腕をまわすと、

「えっと……長くなるから、」

「長くても、いいよ」

――そうですか。めんどくさいな。

「うーん……ウザい自慢野郎みたいに、」

「自慢でもいい」

……はい。

様々諦めて、俺は脳を回転させる。

「小学生……っていうか気がついたらナショナル……ああ、日本代表ね。小さい頃から海外遠征とか普通で……中学も地元じゃなくて県外の強豪校に……で、そのまま東北で一番実績のあるユース、高校年代のクラブに入ったから……まあ、いつも知らない奴と一緒だったわけ……高校は寝る場所で、グラウンドが戦う場所……小学生の頃からずっと就職活動……みたいな」

分かりやすく、なおかつ、相当はしょって説明した。

それを無表情でうんうん頷きながら聞いていた瑞希。ふいに、

「それって、大変じゃなかった?」

「うーん……大変だったかもしれないけど……あの頃は、それが普通、そう思っていたよ。シンとかもそうだったし……」

「シン君って、そんなに前から友達だったの?」

「ああ、確かジュニ、中学の代表で知り合ったはず……ん? 小六? ちょっと思い出せないくらい前から……あいつ神奈川だけど、いつも遊んでた気が……懐かしいね。シンの奥さんに初めて会ったのが中三だから……ふふっ、あいつさ――」

遠い昔の記憶……辛く厳しく、それでも本当に楽しかった日々。

俺のウザい自慢話のような昔話を微笑みながら、うんうん頷き、楽しそうに聞く。

「……だから、あんまりサッカーの話って好きじゃないんだよ。どう頑張っても偉そうに受け止められちゃうから……ただ事実を伝えてるだけ、なんだけど……でもさ、所詮、玉蹴りが少し上手いだけのバカだろう? 俺なんて……そこを分かってもらえないからね……」

 

 

すっと瑞希は立ち上がり、おもむろにクローゼットを開ける。

「……何してんの?」

瑞希は首を傾げながら、がさがさと漁り、

「えっちな本とか、探してる」

――甘いな、そこにあるわけがない。というか、何故、今。

瑞希は、はっとした表情で真空パックを手に取ると、

「あった! ……私ね、分かったの」

汚い字で書かれたサインだらけの青いユニフォームを広げる。

「秀、ずっとギルドに入っていたんだよ。しかも、ずーっと 《攻略集団》 だったんだよ。」

さっと俺の膝にユニフォームをかけると、瑞希の柔らかい掌が頭に触れた。

「偉かったね……お疲れ様」

――えっ、嘘だろ? なんで、……そんなことを言われたら、俺は……

その言葉に、きっとどこかで望んでいた感謝に……瑞希の思いに自然と瞳が潤む。

「日本代表――それが秀のギルドでしょ? ありがとう、みんなの為に、頑張ったね……」

瑞希の胸に引き寄せられ、ゆっくりと、優しく、背中をぽんぽんと――

俺はただ、何も言えないまま、ゆっくりと瞼を閉じた。

 

 

(終わり)


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