ソードアート・オンライン アナザーゲート・プログレッシブ 作:たかてつ
新生アインクラッド編Ⅱです。
二〇二五年十二月のお話。
相変わらず何も変わらない真っ白な景色を進む。
「優、六時半でいいのか?」
「うん、七時頃に迎えに来るって言ってたから」
運転する父、第二戦を控えている弟。
俺は瑞希の太腿をぽんぽん叩くと、
「めちゃくちゃに……めんどくさくなるから、真っ直ぐ二階へ、ごー……」
若干緊張した面持ちの瑞希は、無言でこくりと頷いた。
……ああ、めんどくさいなあ。これから疲れるんだなあ。
ミラー越しの父は、うなだれる俺を見て、にやにやと笑っていた。
相変わらず――ぼろっちい。
幼い頃は大好きだった、地元の体育館。
俺、優、瑞希を車から下ろすと、裏手の駐車場に向かった父。
「じゃあ、優、頑張って――」
「いやあ、兄さんみたいに遊べるかなあ……?」
「ふたりとも、頑張って」
俺たちは深い溜息をひとつ――エントランスに突撃した。
相変わらず……元気がよい。
「うわあ! 写真のひとだあ!」
「ぎゃあああ、ほんももだあ!」
「……だれー、おじさん?」
「秀、ひさしぶりー!」
「今日試合するのー?」
「今年は何くれんの? オレ、レアルが欲しいなあ……」
予定通り――知っていたり、知らなかったりする、ちびっこにめちゃくちゃにされる。
「……はい。こんばんは」
きっく、ぱんち、ひっぱり、たいあたり……四方八方から攻撃を受ける俺。
直後、パンッ、パンッと大きく響き渡る。
「はーい、じゃあ、的当てゲームやるぞお! 二列に並べえ、中島選手のプレゼント、早いもの順だぞお!」
俺から離れ、さっと一瞬で並ぶ、ちびっこ達……モノが貰えるとなると、素早いものである。
――ありがとう、監督。
ふと、二階に目を向けると……ああ、頑張って、瑞希。
優が仕切る 《的当てゲーム》 に一喜一憂する、元気で可愛いちびっこ達。
……全員分、あるけどね。
壁に寄り掛かってぼんやり眺めていると、
「今年もありがとうな」
めんどくさいおじいちゃん……俺の最初の監督がにこにこしながら右手を差し出す。
「いえ、ここ数年、来てなかったし……すいません」
俺は握手を交わしながら頭を下げた。
「GEOの試合見たぞ……いいドリブルだった。でも、最後に外すのが、お前だよなあ……」
……はい、すいません。
まだ当てていない――最後まで残ってしまった、ぶかぶかなトレーニングウエアを着ているとっても小さな女の子。
ぽんっと蹴ってころころと転がったボールはようやく、半分くらい水が入った透明なペットボトルに、こつんと当たってぴたっと止まった。
嬉しそうに両手を挙げて、 「やった!」 ぴょんと飛び跳ねる。
だが、 「倒してないから駄目ー!」 と大声で煽る幼い男子達……それに慌てる女の子。
「当てたもん!」
怒ってはいるけれど、幼い女の子は今にも泣き出しそうだ。
しかし、馬鹿な男子は、 「倒れてませんー!」 と更に煽る。
――やれやれ、女の子には優しくした方が、得だというのに。
「はーい、ちゅうもくー!」
それはやる気のない大声に、ちびっこ達の視線が集まる。
俺は足元に置いていたボールを、すっと右足の外側に移動、瞬時に左足が右脚を追い越す。
痛んだフロア、そのすれすれを高速で移動するボール――女の子の脇を通過――ゴール前の止まったボールに直撃。
軽やかに吹き飛ぶペットボトル。ベコンと鈍い音を立ててゴールネットを揺らした。
「はいっ、倒れたから、おっけ!」
うるうる気味でぽかーんと、びっくりして固まっている幼い女の子に、俺はピースサインを送った。
「うわ、すげえ……」
「かっこいい! らぼーな、はじめてみた!」
「もっかいやって!」
……嫌です、外したら格好悪いから。
歓声が上がる二階に視線を向けると……拳を突き上げて喜ぶお父様方、満面の笑みで拍手する若いお母様方、すっかり変な笑顔になってしまった瑞希。
……いろいろ聞かれて、いじられて、可哀想に。
俺はそのまま、くいくいとピースサインを送る。
両肩をぺちぺち叩かれながら、瑞希は小さくピースした。
その表情は、かわいいものだった。
「変わらんな。そんなことだけなら……やっぱりプロだよなあ。お前」
めんどくさい――俺が大好きな監督は、隣でにこにこしながら呆れていた。
「すいません……」
俺は苦笑いで頭を下げた。
「「ばいばいー! 秀っ! 」」
各国代表や海外有名クラブ、デポルティボ東京の小さなレプリカユニフォームを片手に大声で挨拶するちびっこ達。
「はい、またねー」
笑顔で手を振る。
体育館の扉を開くと、疲弊ぎみの瑞希が待っていた。
「お疲れ様」 「お疲れ様」
苦笑いするふたり。
「いろいろ聞かれて、大変だっただろ……」
「パンチにキック、大変だったね。あと、香織さんに叱ってもらう」
ふたりは同時に、ふふっと笑った。
瑞希はエントランスの少し埃っぽい、くすんだガラスケースに視線を向けて、
「秀、人気者だね。良かった」
そのガラスケースの中には俺のネームが入った日本代表、さらにドイツと東京のクラブユニフォームが写真を添えて展示してある。
「まあ、田舎の小さい町ですから……それ、すごい違和感あるけど」
弟から借りたシューズケースに、先日購入したばかりの固いフットサルシューズを仕舞っていると、
「あ、でもほんとに可愛い娘に甘いね。やっぱりロリコン?」
こちらに目を向けず、スリッパを下駄箱に戻す瑞希。
――やっぱり、ってなんだよ? やっぱり、なんか無いでしょ。
「……それはひどいっす」
「ふふっ、嘘」
瑞希は、穏やかな笑顔で柔らかそうなブーツを履いた。
入浴後、髪を乾かしながら猫と遊んでいた瑞希だったが、ようやく寝る気になったのか、そっと抱き上げて部屋を出る。
――あっちで飼ってもいいけど、世話するの、大変だしなあ……
俺はベッドから降りて、適当に布団を敷いた。
「あれ? 一緒に寝ないの?」
部屋の入り口で不満そうな瑞希。
「いやいや、狭いし。落ちるか、潰されるか、」
「うるさい」
ぽーんと体当たり――柔らかく軽い衝撃、そっと抱きしめる。
「ちょっと、お母さん、危ないから……びっくりしちゃうよ」
「まだ全然大丈夫、なはず」
にこにこしながら、瑞希は俺をベッドに押し倒した。というか、俺が倒れ込んだ。
「うーん、逆じゃ駄目っすか?」
きょとん、として、しばし悩んでいる様子。
ほどなく瑞希は俺の上を、 「えいっ」 と移動して壁際に。
「何か、違和感あるけど、これがいい」
いつもとは逆の位置だから……それはそうだろう。
俺は部屋の照明を落とすと、ふかふかな布団に潜り込んだ。
「うん、こっちの方が全然暖かい。昨日はちょっと寒かった……」
「だから、こっちおいでって、言ったのに」
ぬくぬくした優しい睡魔に襲われそうになった瞬間、
「いっぱい、ありがとって言われた」
耳元で、瑞希が囁く。
「お父さん、お母さん、優くんに、父兄の人達……ありがと、って」
「……そうなの? 良かったね」
適当に答えると……柔かな頭突き、ごんごんされた。
「秀が変わった、って。前は笑っていても、何処かぴりぴりしてた、って。全然雰囲気違うって」
「ふーん……自分では分からないよ」
じっと見つめられている気配を感じ、俺は目を合わせた。
「だから、秀をよろしくって言われたんだけど……どうしますか?」
「どうするって……死ぬまで一緒にいてください」
――うん、死ぬほど恥ずかしい。眠気はヤバい。素直になりすぎる。
「うん……でも、不安。何か秀って……凄い人って思っちゃった」
……どこがだよ。ただの田舎生まれの変な 《ニーチャン》 だろ、俺。
「俺が全然駄目な人間なのは、瑞希が一番理解してるから……瑞希じゃなきや駄目」
「でも、私、」
素早くそっと唇を塞ぐ。
――めんどくさい。黙れ、最愛のひと。
唇を離すと、うるうるした瞳。瑞希は、
「……ありがと。もう寝る……あ、駄目だよ、しないよ」
くすくす笑って、ぎゅっと身体を押し付ける。
――アホか。そんな気ならんし……しかし、明け方寒そうだから、床で目を覚ますのは、嫌だな。
俺は星明りに輝く美しい黒髪を、いつまでも撫で続けた。
(終わり)