ソードアート・オンライン アナザーゲート・プログレッシブ 作:たかてつ
新生アインクラッド編Ⅱです。
二〇二五年十二月のお話。
ずいぶんと少なく、とっても軽くなった手荷物。
「何か食べる物、適当に入れて送っていただけると助かります……」
そんな子供のようなお願いに、ただ黙って頷く父と母。
「実家から、美味しい物、送ってもらいますね」
という瑞希の言葉には、満面の笑みだった……
「すぐに降りるの?」
隣の瑞希は不思議そうな顔。
俺は、にやにやしながら、
「ああ、こっちに来たら絶対に顔を出さないと……もったいないし、怒られるから」
仙台市からやや離れた大きな街。
「えっと、山田さん家の本店、お願いします……」
お疲れ気味のおじさん運転手に、俺は笑顔で告げる。
よく分からないといった感じで、瑞希は首を傾げた。
到着――全く変化無し。懐かしい。
「……ここなの?」
瑞希が驚くのも無理はない。
……ぼろいもんなあ。相変わらず。
新築も目立つ住宅街――その中にぽつんと朽ち果てそうな、ちょっと痛みすぎている店舗。
薄汚れた看板には 《山田精肉店》 とかろうじて読める文字。
その裏口に案内すると、
「あぁ、こっちが入り口なの」
にやにやしながら俺は、がたつきのあるアルミサッシの扉を開いた。
お昼時、店内は満席――熱気と煙が凄い。
「あっ、秀ちゃん、おかえり! 」
懐かしすぎる、元気なおばさんの大声。
それに俺が会釈をすると、瑞希も真似た。
ぼろぼろでべたべたな階段をそのまま上がる。
二階には六室ほどあり、その一番奥へ進む。
他の部屋の扉とはあきらかに違う立派なドア。
下品に輝く金属プレート、そこには 《VIPルーム》 というふざけた刻印。
それを見た瞬間、訝しがる瑞希。
「何これ?」
「ふっ、……ただのネタだから。気にしないで」
俺はふたつノックをして、 「こんちわ」 とドアを開けた。
「うーっす。お疲れ、秀、瑞希ちゃん――」
やる気の無い声。
次の瞬間、ちょっと震えたような、緊張したような声で、無表情になってしまった瑞希は、小さくつぶやいた。
「……世界の、山田、さん」
全くサッカーに関心が無い瑞希のような人間でも知っているはず。
――世界のYAMADA。
欧州四大リーグの各クラブで年間チャンピオンを獲得。
スペインの 《バレンシア》 では、ヨーロッパCL準優勝。
さらに、日本代表をW杯の決勝トーナメントに導いた立役者。
あの 《ファンタジスタ三村》 から、栄光の背番号 《10》 を受け継いだ、 《日本サッカー至上最高》 と称される選手。
テレビ、ネット、CM、街の看板、スポンサー商品……様々な場所に登場しまくり……まあ、良くも悪くも国民的有名人。
《バレンシアの太陽》 こと、山田真――俺が唯一憧れた人間であり、ずっとその背中を追いかけて……今でもお世話になり続けている、同郷のユースクラブの偉大すぎる先輩――
その華奢な男が真っ白なTシャツ一枚で、雑に野菜を焼きながら旨そうに烏龍茶が入ったビールジョッキを傾けていた。
「マコさん、寒くないすか。あっち夏でしょ?」
そう言って俺は右手を差し出すと、
「寒いよ。オーストラリア、真夏だぜ? 怪我もあるし帰ってくるか、マジ悩んだよ」
苦笑いでがっちり握手。そのまま、俺の肩をぽんっと叩くと瑞希に向かい、
「瑞希ちゃん、はじめまして。こいつワガママだから、大変だろう? 今日はゆっくりしていって」
さわやかな笑顔で握手を求めた。
「はい。はじめまして。あっ、結婚式、ありがとうございました」
がちがち――珍しい。
変な笑顔の瑞希はぺこぺこしながら両手で握手を交わした。
ほどなく、 「遅くなりました!」 とドアが開く。
瞬間、ぎょっとする瑞希。
でかすぎる男――2メートルに迫る巨躯に立派な髭、さらにスキンヘッド。その後にふたりの美しい女性。
「おっす、秀、久々。おおっ! 瑞希ちゃん、はじめまして」
柔らかい牛タンを味わう俺の肩をぽんと叩いて瑞希と握手。
さらに美女達もにこやかに挨拶する。
「ねえ、シマ。今年、何点?」
にやにやしながら俺は、完全に嫌がらせでしかない質問をぶつける。
「うるせえよ……三点だ」
それにマコさんがのっかり、 「カップ含めて?」 と、にやつきながら問う。
「……はい。いやね、あの監督さ――」
俺たちは 《嶋章》 の苦しい言い訳をにやにやしながら聞き流す。
「もう一生無理だね……マコさんどころか、まず、俺を抜けないでしょ……可哀想に」
「それは、わかんないっしょ。つうか、秀が異常なんだよ。ウイングのくせに九月でリーグ十九得点っておかしくない?」
「だって、秀は外国籍枠だから」
「……いつから日本人じゃなくなったんすか、俺?」
そんなサッカー馬鹿達のやりとりに、終始女性陣は穏やかに笑っていた。
「暇だろ? そのうちシドニー遊びに来いよ!」
「了解っす……クビに、いや、引退しちゃう前に行きますね」
にやにやしながら戯言を残す俺。
胸にどんとパンチを食らわせると、山田真はさわやかな笑顔で手を振って、寒そうな仕草をしながら急いで店内に戻った。
「瑞希、美味しかった?」
「うん、何か、全然違った」
満足そうに頷く瑞希。
俺はそれが、ただ嬉しかった。
軽い夕食を済ませ、瑞希が入れてくれた薄めのお茶をすすっていると、
「ちょっと、疑問なんだけど……サッカーのひとの奥さんって、みんな美人さんなの?」
俺は首を傾げる。
「うーん……考えたことないけど、その傾向はあるかも。でも、顔の好みはひとそれぞれだから……分からないよ」
じっと両掌で握った茶碗を見つめる瑞希。
「シン君もそうだけど、山田さんも嶋さんも、奥さん、素敵なひとだったから」
……ああ、これはまためんどくさいことを。
俺は溜息をひとつ。そして、
「まあ、あの人達の奥さんってみんな若い頃から付き合ってた人達だから……俺からすると、普通の女の子って感じだけど」
瑞希はお茶を一口飲むと、首を傾げて、
「そうなんだね。なんか……ちょっと、困った、というか、気後れ、でもないけど」
「私でいいのかな、っとか、やめてね……ふっ、ふふ」
にやにやする俺。ちょっと睨まれる。
「もう、……でも、ほんとこの数日で、よく分かった、みたいな」
――なるほど。それは、そうだろう。
「むしろ……瑞希がしんどい思いしちゃってるなら、それは申し訳無いと思う。ごめんね……」
ぶんぶん首を振る。ちょっと面白い。
「全然。すごい楽しかったの……びっくりした、だけなの」
「ああ、まあ……でも、瑞希が考えていることの……ちょっと違うかもしれないけどさ……」
――やばい、めんどくさいことが口から飛び出してきた。
しかし、俺は、止めない。
「俺の前の職業って、明日、下手したら、一試合、ひとつのプレーでそれまでの人生が、全部駄目になってしまったりするようなヤバい仕事だったから……」
無言でうんうん頷く瑞希。
「だからさ、ピッチの外って結構重要で、ほんとにリラックス出来るようにしないと……それこそ、シーズン中はメンタルが普通じゃないから……まあ、人にもよるだろうけれど。だから、周りの人、特に彼女とか、奥さんって大変なんだよ。きっと本人が思っている以上に」
俺はそこでお茶をすする。瑞希は黙ったままだ。
「まあ、上手に合わせてくれるってだけでも駄目で……現代では偉そうな職業だけど、所詮ただのサッカー馬鹿、あ、みんなじゃないけどさ。よく分からんビジネスとかやってる人もいるから……だから、変な言い方だけど、普通に人間として生活出来る相手、見た目どうこうよりも、そういう女性じゃないと、しんどいんじゃないかな……とはいえ、遊び人的な奴もいっぱい、いるらしいけれど」
その瞬間、にっこりと笑う瑞希。
「秀、遊び人?」
……怖いよ。何それ?
「えっと、遊ぶも何も……俺はそういうのがめんどくさいって、思ってたから……まあ、証拠も何もありませんけれどね。ただ、先輩方を参考に話を進めると、特に海外は、まじで家族とか恋人って重要。何せほんとに日本とは全然違うから。勝てば英雄、負ければ罪人――そのギャップ、ほんとに凄いよ、街なんて、危なくて出歩けなくなるから。だから、せめて家とか家族、そこだけは安心出来ないと、とてもじゃないけど、やっていられなくなる……いや、そんなの全然気にならないって人もいるけど……」
瑞希は小さく頷く。
「変な話だけど、その経験……それが 《アインクラッド》 で、役に立ったよ……俺と瑞希とコム、その三人だけの空間がしっかりあったから……だから、生き残れた、ような気がする……当然、それだけではないけど」
しばらく黙っていた瑞希は、ふいに、
「じゃあ、ますます変じゃない? だって、私、あの 《聖龍連合》 のひと、だよ。めんどくさくなかった?」
その言葉に俺は堪えきれず噴出した。
「ふっ、ふふ、だから、嫌だって。しかも、あんなに遊んであげたのに……あなたとコム、しつこいから……」
むっとする瑞希――それはそれでかわいい。
「秀、嫌い……でも、もう分かった。ありがと」
すっと立ち上がってキッチンに向かう。俺はその背中に、
「だから、ありがとう……本当に好きなんですよー。瑞希さーん……」
にやにやしながら、お茶をすする。
やれやれと急須にお湯を注ぎながら、
「はいはい。大好きですよ、秀さーん」
瑞希は俯きながら平坦な口調でそう言う。その美しい漆黒の瞳はほんのりと、嬉しそうに、うるうるしていた。
(終わり)