ソードアート・オンライン アナザーゲート・プログレッシブ 作:たかてつ
新生アインクラッド編Ⅱです。
二〇二五年十二月のお話。
二〇二五年、最後の日。
「おはよ。大丈夫? 頭、痛い?」
ほんのりと険しさを感じさせる優しい表情を、くんっと抱き寄せると、俺は眼前の柔らかな唇を押さえ込む。
――何だろう、この気持ち? これが幸せなのか? 分からんけど、それがいい。
「ん――――っん、お酒臭いよ、ちょっと、」
半笑いで面白い動き――脱出しようと頑張ってじたばたするので、俺はさらに強く抱き締めた、が、ぽんと頭突きを喰らう。
「ふふっ。心配して、損した」
「ありがとう……大丈夫だよ……」
パンを焼く瑞希をぼんやり眺めつつ、腕を伸ばしてパソコンを起動させる。
珈琲カップを片手に、くりくりしていると、
「あっ! ……へええ…………あっ、……ああ…………」
変な声を聞きつけた瑞希は、 「何?」 と首を傾げた。
「いや……知ってるひと、ふたり、載ってるから……」
ぱたぱた走る瑞希は俺の肩に両手を置くと、 「見せて」 とせがむ。
俺は無言で……くりくりした。
「……あっ! キリト君……ふーん……は、? ……見なきゃよかった――」
すっとキッチンに向かう。
俺は苦笑いで、そのぷんぷんして、若干うなだれた背中に、
「まあ、広告は大事……でも、な……」
瑞希を慰めながら、サッカー情報サイトをクリックした。
昨夜は瑞希の父をこちらに誘い、三人でささやかな忘年会を開いた。
終始穏やかに、楽しく、ほどほどに酒を飲み交わしたわけだが……やはり酒豪。
実家土産の日本酒は、あっさり空になった。
そうなることが分かりきっていた俺達は、大晦日の本日、何も決めていない。
予定を立てずに思いつきで――その時の気分にまかせることにしていた。
瑞希が入れてくれた、二日酔いに効果覿面らしい変な風味のお茶をすすりながら、
「昼はカフェに行くとして……どこか行きたい? ひと、いっぱいは……俺はあんまり……」
「うん、お昼はカフェがいい……あっちってどこまで行けるの?」
「ああ、確か二十五、六層くらい……そうコムが言ってた気がする。でも、二十五層か……あの辺は、あんまりなあ……」
「あれ? 秀は思い出、いっぱいあるんじゃないの? ふふっ……」
……めんどくさい。余計なことを言ったなあ、これは失敗。
「えっと、俺はシャワーしますので、」
「駄目だよ、私もー」
頬杖をついて、にこにこの瑞希は……俺を逃がしてくれなかった。
ちょっと遅めの昼食――瑞希はくるくるしながら、
「でも、明日行くから、今日は行かなくてもいいかな……おうちにいたい、かも」
俺も今年最後のくるくるをしながら、
「ああ……それでもいいよ。最近は忙しかったから……」
カフェを出たとたん、瑞希は明らかに今思いついた風に、
「あっ! 秀、にゃあが欲しい――」
くるりと振り返り、俺の顔をみるなり、
「……うん、ばれてるね」
俺は無言で頷いた。
「これがそっくり、かも!」
初めての雑貨屋――とはいえ、瑞希は下見を済ませていたのだろう。
灰色と白の小さな猫のぬいぐるみを手にとって、ぐいっと俺の顔面に近づける。
「……じゃあ、これ、連れて帰りましょうか」
「うん。ありがと」
すたすたとレジに向かった。
「そういえば、秀? あの時、 《拾ってきた所に返してこい》 って言ったよね……あれ、ほんとにむかついた」
紙袋を抱きしめ、かわいいふくれっ面を見せる瑞希。
「ああ、そういえば、そんなことも言ったな……ふふっ、ほんとにひどいな、俺 ……ふふ、あはは」
直後、膝でお尻をキック――全然痛くないけれど。
「ほんとだよ。何てことを言うんだ、こいつ、って。それで頭にきて斬りつけたら、あれだし……もう最悪って」
「まあ……ごめん、だけど……面白かったっす……ふっふふ、」
ぐんぐんと肘打ち――痛くないけど、正確に急所に入る。それが怖い。
「でも、あれにはちゃんと理由があって……確か、コムが 《オレは動物に好かれるから》 とか言ってさ、モンスターをペットにしようとかなんとか……それで 《聖龍連合》 連れて帰ってきちゃうから、俺、笑っちゃって……本当に馬鹿なことばかりしてたな、俺達……」
じっとりと睨む瑞希。
「それって、私がモンスター、ってことだよね?」
「まあ、猫とか犬とか……引っ掻かれたり、噛まれたりすることもあるじゃないですか。でも、大人しくしてるなら、それだけで可愛いし、それならいいかって、思ったり。ふっ、あはは、」
ぱしんと、ちょっと強めに叩かれる。面白い。
「もう、ほんと秀、嫌い」
来客用の椅子にスポーツタオルを敷いて、にゃあの居場所を新設すると、俺たちはかなり適当 (瑞希はしっかりと) に部屋を大掃除――それを終えると、母から貰った謎のお茶の楽しんだ。
「なんだろう? やっぱり、地方によって好みがあるのかな? あんまり飲んだことない、この風味……」
「うーん……俺は何でもいいけれど。瑞希が選んだやつなら……」
うんうんと頷く。それから、
「そういえば、さっきの話。あれって、コム君は秀に女の子に興味を持ってもらおうって考えがあった、とか、言っていた気がする」
……はい?
「なんか、リーテンさんと不倫はマズイだろう、って。当然勘違いなんだけど……優しいよね、コム君」
――うん、優しいかもしれないが、伝わるわけがない。
「ああ、だからか……ロリコン。でも、それってリッちゃんが可哀想だな。あの人、幼く見えるだけだよ。正しいけれど、根っからの変人……そう思うけどね、俺は……」
ふいに振動する俺の電話――
瑞希が手に取り、無表情で俺に渡す。
ぱかっと……嘘、でしょ?
「うわあ、まじか…………瑞希さん、また応援してくれますか?」
俺は右腕をいっぱいに伸ばして、電話の画面を瑞希に見せる。
【GEOキックオフゲーム2026、出場決定! スケジュール、入れとくぞ】
きらっきらした目で……うなだれた俺を慰めた。
ふたりでベットに横になりながら、よくわからない映画を見ていたのだが、いつの間にか俺は眠ってしまったようだった。
「あ、おはよ。今夜はお刺身だから、特にやること無いよ」
あわてて起こした身体を、またベッドに倒す。
「だからって、寝てもいいって、言ってないけど」
ベッドサイドの椅子から立ち上がり、そのまま俺の隣に倒れ込む瑞希。
「……そう言って、あなたも寝てるじゃないすか……まあ、それがいいんだけど」
その細く柔らかい身体を抱きしめる。
「怖い夢でも、見たの?」
俺の頭頂部に温かい掌が……滑るように行ったり、来たり。
「懐かしい……怪我する前の、まあ、もうよく分からなくなって……」
ふわふわした感じで説明する俺に、ふふっと笑う瑞希。
「やっぱり……凄いプレッシャーなんだね。でも、いつでも隣にいるから。大丈夫……大丈夫……」
瑞希の入れてくれた今年最後のお茶をすすっていると、
「秀ってこういう時、夜更かしするひと、だった?」
首を傾げながら、それを問う。
「うーん……あんまり。朝練したかったし……どうだったかな? 興味無かったからなあ……」
瑞希は笑いながら、
「秀らしいね。私も実家の頃は道場開きがあって、こっちでは……朝から大宴会の片付け作業。今年は参加者のみなさんがやってくれるみたいだけど」
――それは大変だったろうに。可哀想に。
「……普通に風呂入って寝てもいいかも。明日、大変だし……さ」
「そうだね……ほんと嫌。めんどくさい」
髪を乾かし終えると、俺の隣にころんと転がりこんだ。
「ねえ? なんか……こういう普通がいいよね? 毎年……ずっと続けばいいなって、思う」
俺は美しい黒髪を撫でながら、
「そうだね……もう病院とか、明け方まで、へんてこな生き物やっつけるとか……こりごりですよ」
ふふっと笑う瑞希。
「それは秀とコム君だけでしょ、あっちでもみんな、普通にパーティーとか楽しんでたよ?」
……でしょうねえ。そうらしいですもんねえ、皆様は。
「もう、それはないだろうから……懐かしいけれど、まじで嫌だな……本当に、瑞希がいれば、それでいいよ……」
……眠気は危険だ。素直になりすぎる。
きょとん、と俺の顔を見つめる。
「変わったね、秀。でも、……私も、ほんとは……ずっと、こうしたかった……秀に、こうしてほしかった……ありがとう、秀……」
胸に顔を埋めると、静かに泣き出す――ああ、スウェットが、ぐちゃぐちゃに。
それもかまわず、黙って俺は瑞希を抱きしめた。
(終わり)