ソードアート・オンライン アナザーゲート・プログレッシブ 作:たかてつ
新生アインクラッド編Ⅱです。
二〇二六年春~夏のお話。
「……辛いのは、これから、か」
珈琲カップをテーブルに置くと、背もたれに体重を預けた。
「そういうこと――だから、心配はないけれど、辛い思いをすることになる、ね……」
組んだ両手に顎を乗せたまま俯いた。
喫茶店を出ると、 「ありがとう」 珍しいお礼の言葉――
「いえ、どういたしまして……」
俺は、細い背中にそんな言葉を掛けた。
二月――予定通り、瑞希の母が上京。
俺たちはとりあえず、何も言わずに状況を見守ることにした。
瑞希も道場に出勤する回数を減らし、母親勉強会みたいなセミナーに通うことになったので、毎日楽しそうだ。
俺は相変わらず協会の仕事をこなしつつ、GEOのトレーニングと平行してイチから身体を作り直す日々。
そして、三月。ついにその日を迎える。
「それじゃ、行ってきます……」
「頑張って」
《GEOキックオフゲーム2026》 俺は、後半三十分から出場し、前年の雪辱を果たした。
「ただいま……疲れたっす」
「おかえり。格好良かった」
四月になり、春を迎えると激務に追われる日々。
協会絡みのVR関係の仕事が倍増する。
俺は肉体的・精神的にへとへとになりつつも、瑞希と生まれてくる子供によって、人生が豊かになるのを少しずつ感じられるようになっていた。
お父さんの為の勉強会――これが、思いのほか、楽しい。
五月。
父親、母親になる実感がどんどん増していく。
「そろそろ名前、決めないとね」
「ああ、どちらでもいいような名前……とか、卑怯かな?」
「それでも、いいかも」
六月――
何もかもが順調で、そして毎日が忙しく、俺たちは幸せを謳歌していた。
俺、そして瑞希――互いに嬉しそうな顔を見る度、ようやく手に入れた普通の日常を確認し合う日々。
他愛もない会話で笑い、どうしようもないことで怒り、しかたがない出来事で悲しむ。
それが、ふたりの願いであって、心の底から欲したもの……だったようだ。
もう、ふたりとも、あの頃の事を懐かしく思い返すこともなくなった。
それが、心地良くもあり、切なくもあった。
そんなある日……
「……秀、何かずっと震えてるよ」
俺は、ゆっくりと瞼を開けた。
眼前に光る電話――ゆらゆらと揺れている。
「ぽいって、して……」
瑞希をぎゅっと引き寄せた。
「わっ、ちょっと。ふふっ」
細く柔らかい身体、そのぬくもりが伝わると同時に、穏やかな睡魔に襲われる。
「でも、さっきからずっとだから」
瑞希はぽんぽんと俺の頭を優しく叩いた。
「ほら、起きて。めんどくさいけど」
「ふあぁ……めんどくさい……まだ、寝てますよって、ことにしようよ……」
(終わり)
次回、最終話。