ソードアート・オンライン アナザーゲート・プログレッシブ 作:たかてつ
アインクラッド編です。
五十八層攻略中のお話。
二十五メートル先の標的めがけて、思いっきり石を投げた。
「そういうことで、今後はご遠慮願いたい所存、と、言っても彼のことですからね。無理かもしれませんが」
右に一メートルほど外れる。やはり俺の 《投剣スキル》 の熟練度では、この距離になると厳しいようだ。
「うーん……難しいかもしれないですね。基本的には自分の理屈と自己利益を優先して行動するタイプだけれど、変なところで利他的、というか……」
手頃な石を探すが、なかなか見つからない。
「彼女のようなリーダーシップがある、というか欲求を刺激して人身掌握出来る存在は、こちらでもレアなんですよ」
やや厚みに不満はあるが、これくらいなら許容範囲だ。
「あちらもこちらもそういう女性はレアだから大切に、とか言ったら怒られそうで恐いな……」
微笑しながら標的の位置を確認した。
「分かりました。引き続き、 《タイタンズハンド》 との交渉はこちらで行います。それと、ちなみになんですが……シュウさんに彼女を引き合わせたのは、そういった思惑があってのこと、そう思われますか?」
再び投げる――だが、やっぱり駄目だ。
「その辺は正直分からないんですよね。そこまで考えていそうではあるけれど……あいつの理屈じゃない部分はサッパリ、です」
やれやれと肩を落とした後ろから、小さく笑う声が聞こえた。振り返るとその声の主も、いつのまにか石を手に持っている。
「シュウさんが絡んでくるとなれば、さすがに彼らも下手に動くことが出来なくなる、彼ならそう考えてもおかしくはなさそうですが――」
その恐ろしく速い 《シングルシュート》 は、先ほどから俺が狙っていた、対岸の食べたらまずそうな蟹に直撃する。一投であっさりHPバーをゼロにした。
「凄っ……俺も熟練度、上げようかな……」
「私達のような卑怯者にとっては、重要度の高いスキルですので、これくらいならば」
自虐的な言葉に笑みを添えた彼は、被っていたハンチング帽を取って軽く掲げると、その腕の時計に目を落とした。
「では、そろそろ。ようやく、 《禊》 もクリアしたことですから、街を堪能しようか、と」
「えっ、そんな時間? すいませんでした。急に呼び出してしまって……ありがとうございました」
「いえいえ、大丈夫ですよ。 《赦しの花びら》 が入手出来れば良い仕事が貰えますからね。またお願いいたします。それでは失礼します。」
深く下げた頭が上がって振り返る寸前、彼のロングコートの下の鈍い萌葱が一瞬眩しく輝いた。
エントランスまであと十数秒、 【裏庭、集合】 目的地を変更させるメッセージが届く。
「はっ……?」
しかたなく通り過ぎて、 《コムナナ家》 がある、 《アルゲード》 ではちょっと高級なホテルの裏に面した狭い空き地へ向かった。
角を曲がったところでキィン! という、出来れば係わりたくない甲高い音が聞こえた。だが、おそらく知人が発生させたと思われるその剣戟音のほうへ向かう。
「あ、おはようー。どこ行ってたの?」
「何してるんだ……あいつ」
頭にピナを乗せたパジャマ姿のコムロンは、あくびまじりに苦笑いを浮かべた。
「いやー、三人で朝ごはん食べてたらさー、なんかさー、急にスイッチ入っちゃったみたいなんだよねー」
「何でまた……」
お手上げです、といった感じで頭を左右に振ると、コムロンは二人のほうに視線を戻した。
「とっ、とりやあああー!」
短剣にライトエフェクトが燈ると、シリカは一直線にナナミへ突進した。
――軽い。素直過ぎる。
僅かな重心移動、上体の捻りだけで捌くナナミ――高速で振り下ろした刀身を左足に軽く当てると、 「わわわ!」 悲鳴とともにシリカは豪快にヘッドスライディングを決めた。
「いたたた……はう……」
「そう簡単に、跳んでは駄目。体勢、崩れてないと斬れない」
「あっ、えっと、はい……」
「はい、次っ」
「あっ、はい、お願いします……」
どうやら朝稽古にシリカを誘った、というか強制参加させたようだ。
しかしそれは、傍からみれば恐いオネーサンが可愛い少女をただひたすらいじめているようにしか見えない悲惨なものだった。
千切っては投げ、かわしては斬る。それを淡々とナナミは繰り返し続ける。
「すげーな、ナナちゃん。結婚してよかったー……」
いつしか表情を失っていたコムロンは、平坦な口調で俺にそう言った。
「……最後は、シュウ、お願い」
「えっ、俺もかよ……」
そんな光景を三十分以上見せられ続け、すっかりくたびれてしまっていた俺は、その突然の予想外すぎるお願いに驚いた。
「じゃあ、その前に、私とやる? ふふっ」
――結構です。お断りです。絶対やらない。
嫌々剣を装備して、もうすっかりへとへとなシリカの前に向かった。
「あ、あの……お願いします……」
――うん、これはきつい。疲れきってふらふらな少女に剣をむけるのは、とてつもなく心苦しいぞ。
「ごめんね、俺から攻撃してもいい?」
シリカにだけ聞こえる小さな声で言った。
「……えっ?……あっ、」
「はじめっ――」
ふたりの声の残響が消える前に、ショートソードの剣身はきらきらと舞い散った。シリカは目を丸くして口をぽかんと開けたまま、微細な煌きを見つめている。
「……やっぱり、卑怯」
俺を見るナナミの眼、それは怖かった。
「毎度!! じゃあシリカちゃん、またレアアイテムをゲットしたらよろしくなっ!」
「えっと……はいっ!……お、お願いします……」
「シリカちゃんが持ってきたアイテムなら何でも高く買い取るから、シリカちゃん、いつでも遊びにおいで!」
「あっ、はい。また、お願いします!」
巨躯にスキンヘッドの厳ついおじさんが、愛嬌よくウインクしながら、 「シリカちゃん」 を連呼する――俺は噴出すのをかろうじて堪えていたつもりだった。
「おい、何笑ってんだ、シュウ」
「いや、思いのほか、面白くて……」
エギルは俺をぎろりと睨むと、すぐにナナミのほうへ顔を向け、 「ナナちゃんもよろしくな!」 と笑顔に戻った。客対応の男女差が激しすぎて笑える。
「こんにちは。 ……あれっ!? シュウさん?」
店の入り口から俺の名前を呼ぶ声、それに振り返った。
「あ、ソウタさん、久しぶり!」
ナナミとシリカは彼のほうを見ると、 「誰?」 と顔を見合わせた。俺はソウタと握手を交わして、二人に彼を紹介する。
「友達のソウタ。よろしくな」
ソウタは笑顔で軽く頭を下げた。二人も会釈する。
「で、このオネーサンがナナミ。それとシリカだよ」
もの凄く嫌そうな眼で、 「オネーサン?」 と睨まれた。ごめんなさい。
「シュウ、演技、微妙ー」
俺の背後からそんな駄目出しをするナナミ。
「いいんだよ、それくらいで……」
――あの後、コムロンも合流して俺たち五人は 《いつものカフェ》 で昼食を楽しんだ。四十七層をホームにする同士、ケーキが美味しい店や景色の良い隠れスポット、最近発見されたクエストの話などをしているうちに、すっかり仲良くなった二人は近々、 《巨大花の森》 に行く約束まで交わしていた。
「まー、シュウはダメダメだったけど、結局仲良しになったから大成功だよー、ナナちゃん」
とにかくこういう場合はコムロンの社交性が役に立つ。それは素晴らしかった。さすがナナミの夫だけある。
「ふたりとも、可愛い娘に、甘すぎ」
唐突に恐ろしく冷え切った声で、今まで言えなかった本音をナナミは呟いた。
「……都合があるだけ、だよ。俺は」
前を向いたまま言う。
「いや、ナナちゃんのほうが可愛いよー。オレは」
コムロンのソードスキルが直撃――これは間違いなくクリティカルだ。背後の足が止まった。
美しいほど紅潮して固まっているはず。振り返らなくても分かるその姿に、俺は思わず噴出しそうになる。
「背後から、バッサリ」
その瞬間、俺は飛ぶようにダッシュした。
(終わり)