ソードアート・オンライン アナザーゲート・プログレッシブ 作:たかてつ
アインクラッド編です。
五十九層攻略中のお話。
斬撃を加えた直後、その勢いのまま壁際まで退避――おそらく 《巨人犬》 の人生 (犬生?) も残り数分、といったところで、俺はいつものように戦線から退いた。
「疲れた……」
どれだけ飲んでも好きになれない小瓶を片手に、必死で頑張っていらっしゃる方々へ向けて、 「がんばれー!」 と観客モードで応援する。
ここから先は、 《ラストアタックボーナス》 奪取の為に、怖い顔で 「下がってろ」 そんな無言の圧力をかけてくる輩がうっとうしい。本当にめんどくさい。
それにしても最近の 《ボス戦》 は、すっかりお馴染みの顔ぶればかりだ。
あの有名人が大騒ぎする 《攻略会議》 も、俺には何の意味があるのか分からない。情報屋や先発隊の情報を元に、偉くて賢くて美人で怖い人が作成した 《戦闘計画書》 の一枚でも事前に読んでおけば、正直それで十分な気がする。
これまでボス戦を経験して分かったこと――想定外、多すぎ。
大手ギルドの 《固そうな方々》 が引き付けて、その隙をついて 《精鋭陣》 が猛攻撃――少数ギルドや俺のようなソロプレイヤーは、それを邪魔しないように適当に何かする。
そんな 《攻略集団》 のはっきりとした役割分担が、毎回予想外の事態に陥っても何とか臨機応変に対応出来ている理由だろう。現在は攻略のペースも桁違いに早いらしい。素晴らしい。みんな凄い。
しかし、それでも変わらない、この場でしか感じられない、死に迫る感覚。
この世界をクリアする、という大義名分はあったとしても……
かなりおかしなやつ。それが 《攻略集団》 と呼ばれるプレイヤー達の実体だ。
「ちょっと――あなた、最後に気を抜いていたでしょう」
五十九層に続く階段の脇で、コムロンと夕飯の相談をしていた時だ。
嫌々振り返ると、白と真紅の騎士服を靡かせながら俺たちに近づいてくるなり、これからお説教を始めそうな鬼がいる。
「士気にかかわるから、そういう態度は慎んで――」
こういう場面、遮って反撃するのが効果的。
「了解。キリトくんにも伝えておきます。あっ、アスナさんが伝えますか?」
全力でにっこりした俺を、もの凄い形相で睨みつけると、 「コム君、行こう」 ぷんぷんしながら階段を上がっていく。それに続く紅白の騎士の方々にまた睨まれたり、苦笑いでがっかりされたり。
「オマエさー、なんでいつもそうなのー? そんなにアスナさん、嫌い?」
青ざめと諦めが同居したようなコムロンは、ぽんぽんと俺の肩を叩いて彼らの後を追う。
「いや、あの人……いちいち、めんどくさいから」
【すぐに記録結晶持って五十九層転移門】 彼はそんなメッセージを楽しんで打ち込んでいる俺に、呆れたような、そして諦めるような視線をずっと向けている。
「……お前、何やってんの?」
「みんなに素敵な写真を見せたいと思って、頑張ってる……」
にっこりと笑う俺を見て、彼はがっくりとうなだれた――ざまあみろ。この間の悪態のお返しだ。
「この人、死んでるの?」
送信を終えた俺は、それがいきなり起き上がって斬りかかってきたとしても、何とか回避出来そうな距離まで間合いをつめた。
「全然起きないんだよ……しかし本当に寝るとは……」
すうすうと寝息を立てている少女に、やれやれとキリトは目を落とした。
「安心するんじゃないの、キリトの隣。毎晩一緒に寝たら?」
「な、なんでだよっ!? それじゃ、俺が寝れなく――」
しーっというポーズをする俺に、動揺と怒りと照れ隠しが混ざり合った表情で、もうどこかに消えてくれ、と追い払うような仕草をする。
そこに 《ビーター》 らしさは全く無かった。ただのお年頃の少年だった。
昨晩からずっと迷宮区の奥深くに潜り込んでいた俺は、 「起きたら楽しみだね」 と、キリトに告げて、逃げるように転移門へ走った。
「おっ、きたきたー。なんだよー、これから攻略だって時にさー」
家族写真用だったはずの記録結晶を握り締めたコムロンに駆け寄ると、
「あそこの丘だから。これを逃したら一生撮れないぞ。頼んだ!」
「えー、なにそれ、」
意味が分からず首を傾けるコムロン。その肩をぱんっと叩いて、そのまま俺は転移門に飛び込んだ。
まだまだ毛布と仲良くしていたい気分だったのだが、 【起きろ五十七層着いたら連絡】 さすがに連続五通も同じ文面のメッセージが届いたので、しかたなく部屋を出る。
ひとしきり怒られた後、 《アルゲード》 に星の数ほど並ぶ飲食店とは全く違う高級そうなレストランに連行された。
「……それで、俺にどうしろと?」
よく分からない味のパスタをくるくるしながら、俺はナナミに問う。
「どうしなくてもいい。ただ、意見を聞きたいの。可能性、ある?」
あまり好みの味ではなかったようで、そっと皿をよけたまま手をつけないでいるナナミは、二時間ほど前に起こったという不可思議な殺人事件について問う。
「うーん……何でもありなようで、そうでもないからな……ただ、圏内でデュエル以外の何かによってプレイヤーのHPが減るってことは、あんまり……」
「どうして?」
ぐいっと身を乗り出した。背もたれに下がりながら俺は続ける。
「いや、それだと、誰も攻略なんかしなくなっちゃうから……寿命っていう概念がないんだよ。この世界」
「それ、どういうこと?」
「普通にお腹も空くし眠くもなるけど、それでHPは減らないだろ? だから、嫌らしいほど圏内では死ねないように設定してあるんだよ。このゲーム……」
すっとナナミの眼から光が消えていく。
「つまり、戦えってことでしょ。敵と、己と」
――なんかストイックなことを言い出した。かっこいいな、それ。
「まあ、今は年齢っていうステータスが無いけど、そのうち突然出現する可能性もなくはない。でも、現実の肉体はさておき、こっちでは寿命がないなら永遠に生きられるってことだから…… 《睡眠PK》 でもされない限り圏内で死ぬのはありえないと思う。それに……もしもHPが減るんだったら、こんなにのんきではいられないよ……」
俺は他のテーブルで食事を楽しむプレイヤー達へ視線を向ける。ナナミもそちらに目を向ける。
「時間経過だけでHPが減るなら、誰もクリアなんか目指さないで……それより大事なものにもっと時間を費やすだろうな。普通は……」
視線を戻して、俺は俯きながら呟いた。
「でも、圏内でHPを減らす何か、あるかもしれないよね?」
小さな声が俺に届く。
「それは、白黒コンビにまかせましょう。めんどくさいから……」
「こういう時だけ、頼りにされても困るんだけど……」
俺は先頭を突っ走るクラインに追いつくと、そっと愚痴をこぼす。
「そんなこと言っても、お前ェくらいしかあんなヤツラと互角に渡り合えるヤツ、いねえだろっ」
「ヒースクリフとか行けばいいだろ……」
「あのなぁ、お前ェみたいにいっつも暇してねえんだよ。ギルドのお偉いさんは」
――悪い人じゃないけど、やっぱりめんどくさい。この人。
突然、止まるクライン――後ろのナナミが俺を追い越して華麗にターンを決める。
「何? 何で止まるの?」
ウィンドウを操作するクラインに詰め寄ろうとするナナミを俺は制した。
「ひょっとして、終わった……?」
凛々しく引き締まったその表情で察した。クラインは目を伏せて大きくうなずく。勢いよく振り返ると、
「はい、解散ーーー! みなさん、お疲れさんでしたっ!!」
クラインの召集に急遽集まった、 《攻略集団》 十数名は、ほぼ同時に大きく溜息を吐いた。
「つまんない」
死んだ目をしたナナミが発したその言葉に、 《風林火山》 の皆様は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「……ほぼ壊滅した、ってことですか?」
背後から降り注いだポリゴンの断片が、足元で最後の輝きを失った。
「はい。そういうことになりますね。ですから彼らを牽制出来る勢力は、もう 《攻略集団》 だけになる――と、いうことです」
閃光を走らせたフロッガーは、振り抜くままに笑顔を向ける。
「ですから、近々小規模ギルドや個別のオレンジ達も、大半が彼らに吸収されていくことになるでしょう。そうなれば間違いなく衝突は避けられません。いずれ大規模な抗争に発展するはずです」
硬直が終わり、俺は立ち上がって剣を収める。
「なるほど。それでわざわざ出張ってきたわけか……宣戦布告、ということで……」
「ええ、そういうことです。通常あの程度の案件では彼らは動きませんから。まあ、相変わらずリーダーの方はキリトくんに御執心のようですけれど」
ふっと笑みが浮かんだ。もてもてだな、あいつ。
「シュウさんは、どちらに加担します?」
にやにやしながら返答に困る俺を楽しんでいる。この男もかなりめんどくさい人だ。
適当に笑って、彼に背を向ける。
「それは当然――茅場を殺せるほうに決まってます」
(終わり)