ソードアート・オンライン アナザーゲート・プログレッシブ 作:たかてつ
アインクラッド編です。
一層攻略中のお話。
薬で治るなら、楽でいいな。
幸薄感を漂わせた母親のお願いを聞かなければ、このクエストは始まらないと分かっていても――めんどくさいから他のやつに頼んでくれ。
今回も同じようにそう思った。
「わあーっ! シュウくん、マズいって!! それ斬ったらっ、」
大口を開けた 《気持ち悪い植物》 を伐採する俺を大慌てて止める。
「えっ? あっ、」
パアァァン!
と、破裂音。そして臭い……これだからソードスキルはやっかいだ。 《バーチカル》 で加速した切先は不味そうな実を一瞬にして叩き斬った。
「はぁ、そういうことですか……」
「あわわ、はっ走ってー!」
もくもくと広がるひどい匂いの煙から、俺とコムロンはダッシュで逃げ出す。
「あの……まずかったよね? ……」
「もうー、なんでもかんでもズバズバ斬ったらダメだよー。こういうタイプのモンスターは特殊攻撃ありーって、昔から決まってるしー。とりあえず、毒じゃなくて良かったー」
そんなの知らんし――RPG、それこそゲームなんて全くやる時間が無かった俺は、そういった 《お決まり》 についてはサッパリ、だ。
《自称、凄いゲーマー》 のコムロンは困ったように顔を振ると、前を走る俺にショートソードの柄を向けた。
「それよりシュウくんの剣、耐久値が減りまくっているから、こっち使って」
手元の剣に目を落とすと、剣身のいたるところに傷や欠けが見受けられる。下手に振り回せば折れそうだ。
「いいのか? コムロンは?」
「大丈夫っ! 予備のショートソード、買っといたからー」
すでにウィンドウを操作している。現代っ子だな、と、適応力の高さに俺は感心した。
だが、冷静に考えれば同い年――俺がそういった家電製品に関心が無さすぎるだけだろう。電話すら持って歩くのがめんどくさい人間だからか。
まだ使えそうでもったいない気もしたが、やはり命には代えられないので、ぼろぼろになったショートソードをぽいっと投げ捨てると、すぐにウィンドウを開いて貰ったそれを装備する。
――もうまじでめんどくさい。毎回この作業やらないといけないのか?
「……シュウくん。さっきのレベルアップで 《索敵》 と 《隠蔽》 のどっちにしたー?」
先ほどよりも青ざめた様子と震え交じりの声で俺に問う。
「確か……うん、よく分からないから適当に 《索敵》 にしたはず。隠れんぼよりは鬼ごっこのほうが……」
「そっかー。なんかめちゃくちゃ集まってきてるんだけどさー、これって、さっきの煙のせいかなー?」
そう言われて気付いた。視界の赤い点は次々にその数を増している。あの 《気持ち悪い変な草》 に囲まれるのも時間の問題だろう。
「まずいんだろうな、この状況……でも、やっと面白さが分かってきたよ……」
それを聞くなりコムロンは、ほとほと呆れたような声で、
「その発言がマズイよー……パーティー組むひと、完璧に間違えたー」
何故か笑みが浮かんでくる。身体がさらに加速する。
――ずっとこれを待っていたんだな。
「俺が進路を斬り開くから、コムはサポートよろしく……次は早めに言ってね……」
「もうー、了ー解。ダメだよー、適当に斬りまくったら、あっ、」
その声を置き去りにして、 《ホリゾンタル》 で斬り込んだ――
まもなく日付が変わる深夜、ようやく 《ホルンカの村》 から次の街へ向かう。
あの後、大量発生した 《悪い草》 をこれでもかと徹底的に伐採して、何とか二人分の 《変な種》 を手に入れることが出来た。
それを依頼人の病気に苦しむ親子に届けて、 《アニールブレード》 を入手成功――クエストが達成できれば、もうここは用済み、と村のNPCショップで回復ポーションを大量購入してその足で村を出た。
「何となくだけど……八月の時よりも大変だった気がしないか?」
試し斬りついでに、通行の邪魔をするイノシシをすぱっと斬って爆散させた俺は、振り返ってコムロンに問う。
「いや、だってー、βテストの時とまるっきり同じだったらつまんないでしょー。けどさー、始めっからこうする予定なら簡単なほうに変更してほしかったなー。こんな最初でみんな死んじゃったら、それこそつまんないでしょー。カヤバさんとしてもさー」
確かに――しかも、あの頃の俺はあくまでこのゲームに招かれた 《ゲスト》 であって、その本質はプレイヤーと呼ばれるような能動的存在ではなかった。
多くの関係者、スタッフがサポートに付いて、 《ソードアート・オンライン》 という世界初のVRMMORPGの世界を案内し、全く興味の無い俺でも楽しめるようにしてもらっただけでしかすぎない。
「……うあっ、こっちくんなって!」
唐突に真っ暗な道の先で男が叫んだ。
「何だろー? 狼にでも追い回されてるのかなー?」
額に手をやり、コムロンは目を細める。
「赤い点が追っかけてるからそうだろうな……」
すっと暗闇から姿を現したのは、こちらに向かって必死で逃げてくる男と、圏外に逃げ出したと思われる躾のされていない 《迷惑犬》 だった。
「これって、助けないと駄目なの……?」
「ダメでしょー。普通でしょ、それー」
同時に構える―― 《ホリゾンタル》 の二閃が闇夜を照らした。その振り向き様、一瞬早く硬直が抜けた俺が先に飛び出すと、犬は俺めがけて飛び掛ってくる。
「ホリゾンタル!」
《バーチカル》 で迎撃された犬は地面に叩きつけられ跳ね上がる。間髪入れずにコムロンが 《ホリゾンタル》 の一閃で仕留めた。
「あ、あ、危なかった……すんません、です」
へたり込んでいた男にコムロンが手を貸そうとした瞬間、その右手首から先が、草むらに転がっていった。
「あれっ? 狼さんに食べられたっけ?」
そのあまりにものんきすぎる言葉に、男は一瞬戸惑う――刹那、顔面に青い閃光が直撃。俺は男の右腕を踏みつけると心臓に刃を突き刺した。
「……おまえで、三人目」
月明かりの下、これで三本目になる小瓶を口に咥えながら、 《新しい右手》 を物珍しそうにじろじろと眺めているコムロン。それに呆れた俺は、
「だから助けたくないって、あんなやつばっかりだろ。この世界……」
「そんなことないよー。優しい人やかわいい人もいっぱいいるよー。この世界」
コムロンは振り向いて満面の笑顔を見せる。
「そうかなぁ、いないぞぉ、きっとぉ……」
「そうだよねー、いたらいいよねー」
俺たちは、そのあまりにもまぬけすぎるやりとりに、堪えきれず笑った。
――とりあえず、様々なことがあったこのひと月。かろうじて俺もコムロンもまだ生きている。何度か俺は死にかけたが、その都度コムロンの 《ゲーマー知識》 に助けられた。ありがたいことである。
全くこの世界観に参加する気がなかった俺を、ここまで引っ張り続けたコムロンは、本当に素晴らしい人間だと思う。
だが現在、俺はそんなコムロンに腹が立ってしかたがない。
「うーん。どうやって帰ったらいいのかなー? すごい強そうだよねー、この人たち」
――はい、強そうです。全く見たことない斧持った 《妖怪人間》 三人組みに退路を塞がれていますね。
「まじ死ぬかと……」
迷宮区のダンジョンで生涯の幕を閉じそうになった俺とコムロンは、むちゃくちゃに攻撃して二人 (二体?) を撃退すると全力で回廊を駆け抜けた。
「……いやー、危なかったねー。シュウくん、凄いっ!」
「うん……もうやめよう。こんな奥深くまで来るの……」
何とか逃げきった俺たちは、回廊のど真ん中でその後しばらく大の字になっていた。
「まだ疲れてるだろうけど、ここでは危ないから……」
そう言いながらゆっくり起き上がろうとすると、コムロンが十五メートル先の曲がり角をじっと見ている。
「赤いの、見える?」
「いや……たぶんプレイヤーじゃないか?」
おそらく人間が何かを担いでいる……なんだ、あれは?
二人とも起き上がり、剣を手にしたままゆっくりと近づいていく。
「気をつけろよ……」
「了ー解!」
俺たちはその二つの 《人間っぽいもの》 にダッシュで接近した――だが、その手前で急ブレーキ。止まり損ねたコムロンの襟を掴む。
何も言わず俺たちを睨む少年。その姿に何と声をかけるのが良いのか困ったが、
「ひとさらい……ですか?」
まっすぐにこちらを見る少年は、一瞬悩んでから、
「いや、人助け、かな……」
「でさー、行くの? 攻略会議ー?」
ベンチに座って足をぶらぶらさせながら、全く美味しそうに見えない変なパンを食べているコムロン。
「行かないよ。あの青いやつと絡みたくないし……」
その隣のベンチで横になっている俺は、ただめんどくさいだけだった。
「でも、キリトくんは行くってよー。せっかく友達出来たのにさー。もったいなくない?」
「……コムロンは、あの少年が死ぬところ、見ても平気でいられるか?」
食べ終わったのか両手を何度かぱんぱんと合わせると、コムロンは立ち上がって俺を見下ろした。
「うーん、それは平気じゃないけど……多分、シュウくんがさー、攻略会議に行ったらー、シュウくんの顔見た瞬間、みんなビックリするよー。うわっ有名人だーって。そしたらみんな頑張ろうって、なると思うんだよねー」
あの瞬間――白い光に包まれて、アバターからリアルの姿に戻った時、たまたま隣にいたコムロンは、俺の 《苗字》 を口にした。
だが、それ以降、俺を苗字で呼ぶ人間はいなかった。
「コムロン……俺はゲーマー、っていうか、こんな世界に来るような人間にまで知られているほど、有名じゃないよ……」
そのまま目を閉じると、ゆっくりと睡魔が襲ってくる――襲われるなら、これがいい。
(終わり)