ゲーム・オブ・ドローンズ—椅子取りゲーム— 作:生き残れ戦線
公園に黒蟻が入って来た。
それを確認した後に蔵人達は走り出す。敵が追いかけてきているか見極める為に、走り出すタイミングがかなりギリギリになってしまった。黒蟻はしっかりと二人をターゲットにおさめ向かってきている。追いつかれるのは時間の問題だろう。
なのでコレを使う。
蔵人は逃げながらまきびしを撒いた。
進路上にバラまかれた無数のまきびしの上を黒蟻が走る。
その瞬間、景気のよい音が鳴った。
ガコンと車体が沈み黒蟻がスリップする。
綺麗にくるりと横回転して路上の木にぶつかった。
こんな事もあろうかと用意して正解だった。
やったか?
そう思っていると案の定、直ぐに動き出した。
口に出さないようにしていたんだけどな。
黒蟻はパンクしたタイヤをものともせずホイールを回して地面を走る。
だが速度は目に見えて落ちていた。
もう最初の半分も出ていない。
「よしっこれなら問題なく誘導地点におびき寄せられる」
「そうすれば私達の勝ちですね」
「おうっ」
....ってヤバ!口に出しちまった。
口を噤んでも後の祭りである。蔵人のフラグを回収する様に黒蟻に異常が起きる。ホイールの回転数が変わったのだ。明らかに早くなっている。
「おいおい設定速度があったんじゃなかったのかよ」
間違いなく60㎞は出ていた。瞬く間に黒蟻は彼我の距離を縮める。
やられてたまるか。
「これでもくらいやがれ!」
蔵人は火炎瓶を取り出し着火すると黒蟻めがけて放り投げた。
放物線を描いた火炎瓶は黒蟻の目の前に着地して豪快な炎を立ち上げる。
機械のくせに驚いたのか黒蟻は慌てて進路を変える。
急な進路変更でスピードが減じた。
よし効果ありだ。
目的の広場にやって来た。
湖と展望台が傍にある。普段ならデートスポットのそこが俺の仕掛けた罠の狩場になる。あと少し、そこで黒蟻が追随して来た。蔵人は残りの火炎瓶を使う事を決めた。
ライターで着火し投げる。瓶が割れオイルに引火して周囲に炎をまき散らす。
これで残るは一つ。だがこれはまだ使えない。
「このまま走り切るぞ!」
「はい!」
言下に蔵人達は最後の力を振り絞って走り出す。
目標地点まで10メートル、9、8、7......。
黒蟻が炎を避けて迫って来た。
ドンドンと加速していく。死の気配がすぐ後ろまで迫る。
押し潰される恐怖が襲う。どっどッと心臓の音が聞こえるぐらい走る事だけに集中した。
「.....っ跳べえええ!!」
言下に地面を蹴って跳躍する。走り幅跳びの選手の様に。
空中に身を投げ出した俺達の体は数秒間の浮遊の後に地面にたたき戻された。
着地の時に足がもつれて倒れる。あ、死んだと思ったが杞憂に終わる。
なぜなら目的は達成されたからだ。
大きな音を立てて何かが落ちる音がした。
後ろを見ると大人の背丈程の穴が出来ていた。
覗き込むと中には黒蟻が入っていて穴から出ようともがいている。
どろどろの液状のコンクリートに阻まれて上手く抜け出せずにいた。
30分前に水を流して作った出来立てのセメント液だ。
固まっていないがそれなりの粘度だろう。
抜け出すのは容易ではない。
「諦めろ人間の作った小賢しい知恵の前にお前は負けたんだ」
そう言うと黒蟻はふざけるなと言わんばかりに暴れ出す。
ホイールも車体もセメント液で汚れるのも気にせずアクセル全開だ。
それでもぬかるみにはまって抜け出せない。
焦った様なスリップ音が鳴るばかりだ。
やがてピタリと止まる。ようやく理解したのだろう。
自分が穴にはまって抜け出せない事を。そして考える。
どうやったら抜け出せるかを。
答えは直ぐに出た。黒蟻は車体を変形させ歩脚を出した。
六つの脚からなる歩脚で穴からの脱出を試みる気だ。
「——そうするよな」
俺は最後の火炎瓶を取り出した。
悪いが脱出はさせない。その思いで俺は黒蟻を見た。
黒蟻も俺を見ていた。俺が何を持っているのか分かっているのだろうか歩脚を震わせているその様が怯えている様に見えた。とりあえず目の錯覚という事にしておく。こんな機械相手に情が湧くとは思えんが安心しろ、これでお前を焼却するつもりはない。
もっと別の用途がある。
瓶を開けて内容のオイルを黒蟻の周囲に振りまいた。
黒蟻にかからないよう注意して。
円を描くように撒いたらそこに火種を投げ入れる。
ぼっと音を立てて燃えた。かなりの熱量だ。
黒蟻の体から悲鳴のような音が聞こえてくる。
しばらくその様子を眺める。
ふとコノハを見ると彼女は冷たい視線で見下ろしていた。
それから数分程して炎が消える。
残ったのは高温で固まったコンクリートによって雁字搦めにされた黒蟻だった。
歩脚一つ動かせないでいる。先程の悲鳴は内部のコンクリが固まってきしむ音だったのだ。
その様子に俺は満足げに頷いた。
「捕獲完了だ」
後は煮るなり焼くなり試せるという訳だ。
俺は自分の背丈程ある穴の中に降りた。
地面は真っ黒に焼けていた。コンクリも石膏の様にカチコチに固まっている。
案外うまく固まるものだな。と感心しながら黒蟻を見る。
「どうだ動きたくても動けないだろ、今からお前の中を解剖させてもらうぞ」
一緒に降ろした袋から様々な工具を取り出す。
レンチや電動ノコギリ色々ある。色々試そう。
どれが有効か分からないからな。
アタリはつけてある、まずはセンサー系から調べる。
黒蟻の目にあたる部分を探す。やはりこのモノアイが目なのだろうが。恐らくそれだけではない主要センサーを補助する副器官とも言うべきセンサーが存在するはず。
前面にあるモノアイだけでは360度の視界を確保する事が出来ないからだ。
やはり合った。横と後ろに小さなカメラが。
コレを全て塞げば黒蟻から俺達は見えなくなるはずだ。
とりあえず布で覆ってみた。驚くほど目に見えて大人しくなる。
「やっぱり黒蟻の一つ目の弱点は目だな」
目だけにな。
視界を潰す事が黒蟻との戦いのセオリーになる。覚えておこう。
これだけでかなりの収穫だが、まだ足りない。
次はどうすれば黒蟻を機能停止させる事が出来るのかを調べる。
これが最も大事だ。これもアタリはつけてある。
車の命ともいうべき動力部だ。尻部分にある。
それには外装を剥がす必要がある。
手持ちの工具で出来るのか不安だがやってみよう。
結果的にフレームを外す事は出来た。
だがこれにはかなりの時間と労力をかける必要があった。
持ってきた工具はほとんどが使い物にならなくなり、ノコギリの刃を何度も交換する必要があった。そうして苦心しようやく弱点が露わになる。
それは青いラジエーターだった。
黒い外装に似合わず綺麗なものだ。
触れてはならないような気さえした。
ここを壊せば黒蟻は死ぬ。知識は乏しいが確信した。
俺は顔をあげて言った。
「.......やるか?」
俺はそう少女に語りかけた。
こいつを破壊する。その役目は俺じゃない。
俺の呼びかけにコノハは頷いた。
立ち位置を交代する。手には小型のチェーンソーが握られている。
——チュィイイインとかきむしる音が鳴る。
連動して刃が回る。その刃をゆっくりとラジエーターに近づけ切りつける。
金属の削れる音が響き渡った。
途端に黒蟻が動き出す。痛みにのたうち回った。
しかし石膏の様に固まって体は動かない。
「......死ね死ね死ね死ね化け物!」
次第にコノハも激情に刈られて呪詛の様に呟き出した。
それはもう凄惨な光景になっていた。
それを見ても蔵人は何とも思わない。
父親と母親をあんなふうに殺された恨みだ。
きっと俺だってそうする。
「ある意味、復讐できる相手がいるというのは羨ましい事なのかもな」
何故か蔵人は羨む様な目でそう言った。
ありし日の過去を思い出し反吐が出る様な気分で蔵人は黒蟻が死ぬ瞬間を見守った。
それは直ぐに終わった。チェーンソーを深々と突き刺し、黒蟻が断末魔の声をあげる。
正確にはエンジンを破壊した訳ではないのでまだ息はある。
だがここを破壊されると車は熱の交換が出来なくなるので長くは保たない。
事実上の死だ。ゆっくりと死ね。
「人工知能に死の恐怖があるとは思えないがな」
コノハが戻って来た。顔の険が取れている。
どうやら自分の中の憑き物を落としたようだ。
彼女の復讐は果たされた。これでまた前を歩ける、かは彼女次第だ。
だがきっと彼女なら乗り越えていけるだろう。
しかしこれで彼女が黒蟻と戦う理由はなくなったとも言える。
これからどうしよう。弱点を知ったとはいえ俺一人で戦えるだろうか。
「どうしました?」
「え?いや何でもないですよ?」
「なぜ敬語?」
どうやってこの子をこちら側に引き込もう。
そんな不埒な事を考えていると。
微かに地面が揺れ出す。何だ天罰か?
この時はそんな事を考える余裕がまだあった。
少しづつ揺れが近づいて来るにつれ余裕は失われていく。
違う地震ではない。
.....まさか。
音の正体を探ろうと広場の外に目を向け。
思わず息をのむ。
林の向こうから黒蟻の群れが勢いよく現れたのだ。
一匹どころじゃない5,6....8匹は居た。
どこにそんな数が隠れていた。
少なくともこの辺りには居なかったはずだぞ。
考える時間はなかった。とにかくやる事はひとつ。
「逃げるぞ!」
流石にあの数を相手に今の手札で勝つことは不可能だ。
俺とコノハは走り出した。反対方向に向かって。
だが直ぐに行き場を失くす。目の前は湖だ。逃げ場などない。
絶体絶命の状況だ。コノハに至ってはもう覚悟した目をしていた。
「私クラウドさんに会えて良かったです」
「諦めるな!まだ何か手はあるはずだ!」
辞世の句を詠みそうなコノハを制して蔵人は周囲を見渡す。
そしてあれを見つけた。
それは湖に接して建てられた展望台である。
デートスポットその2。
「コノハあそこまで逃げ切るんだ!」
蔵人はコノハを促して展望台に向かった。
目標との距離は百メートル。
普通に走ったんじゃまず追いつかれる。
俺は道の途中で走りながらまきびしを撒いた。
ありったけ全部を使い切る。どれだけ効果があるか分からんがやらないよりはましだ。
一応の効果はあった先頭車両が踏んでスリップしたのだ。
後続車両が巻き込まれた。玉突き事故が起きる。
これで僅かに時間は稼いだ。あと五十メートル。
喜ぶのも束の間、その後ろから四台の車両がまきびしを避けて走って来る。
.....間に合わない。
立ち止まり蔵人はライフルを構えた。
ここで迎え撃つ。
「クラウドさん!?」
「いいから逃げろ!」
怒声を吐き、蔵人は狙いを定める。
目標はモノアイ。奴の目だ。
あそこに異常が起きると劇的なまでに大人しくなる。
その習性を利用する。
息を吐き集中した蔵人は照準を定めトリガーを引いた。
バンと勢いよく射出された弾丸が黒蟻の頭に直撃し奴の動きを止めさせる。
直ぐに次に標的を変え.....撃つ。
また当たった。動きが停まる。
いける。次だ銃口を向け——
「っクソ!」
黒蟻は狙いをつけられないよう左右に動きだした。
学習してやがる。
落ち着け俺、一匹ずつ確実に当てるんだ。
照準を定め狙い撃つ。ギクンと体を硬直させ三台目の黒蟻が停まった。
最後の四台目はもう目の前だ。
焦りから狙いをつけずに撃ってしまう。
弾丸はあらぬ方向に飛んでいってしまった。
.....死ぬ。そう思った瞬間、横合いから誰かが前に飛び出した。
その手には釘バットが構えられている。
「コノハ!?」
なんとコノハが黒蟻に向かって走って行ったのだ。
死ぬ気かそう思った。
だが次の瞬間、彼女はハリウッド映画も顔負けのスタントを見せた。彼女は黒蟻が通り過ぎる間際、一瞬の隙をついて釘バットをタイヤとフレームの間にねじ込んだのだ。木が折れる不気味な音が響きタイヤが裂けパンクする。黒蟻は勢いよく横転し俺の前で止まった。
「.......っコノハ無事か!?」
蔵人は倒れるコノハを助け起こす。
彼女はぐったりとして目を覚まさない。
だけど目立った外傷はない。無事だ。
俺はほっと安堵した。無茶しやがって。
コノハを抱き上げる。ほどよい重量を感じる。
しかし軽い。こういう時の為に鍛えた筋肉が役に立つ。
見れば他の黒蟻達が動きだすところだった。
俺は振り返って展望台に向かった。
何とか黒蟻に追いつかれる前に到達する。
勢いよく駆け上がった。ここまでくれば黒蟻は上がってこれない。
三十メートルはある木の展望台をあがると視界が広がった。
町全体が良く見える。
湖が陽の光を受けてキラキラと輝いている。
その先に広がる町はまるで機能を停止したように静かだった。喧噪一つない。何だかそれがとても美しいもののように見えた。
「......ん」
コノハが目を覚ました。
目の前の光景を見てわあっと声をあげる。
こんな機会もう二度とないだろう。
文明社会の終わりの様な奇妙な光景、それを俺達は時間を忘れ眺めていた。
やがてぽつりとコノハが言う。
「クラウドさん.....。私達の街は元に戻るでしょうか」
「.....もう元には戻らない。....でも前みたいな光景を取り戻す事は出来る、黒蟻を倒していけば」
「.....私は取り戻したいですかつての街を。何でこんな事になったのか、何で父と母は死ななければならなかったのか真実を知りたい」
この街で起きている事件はまだ続いている。
それは深い謎に満ちていて私達には何が起こっているのかさえ分かっていない。
でもこの街を探っていけば。鍵であるドローンを追っていけば、いつかたどり着くかもしれない。この世界を覆う混迷なる謎に。
「助けましょうクラウドさんこの街には助けを待っている人達がいるはずです、彼らを助けて事件の謎を追うんです私達ならそれが出来ます」
「まだ黒蟻一匹をようやく倒せた程度だぞ本当にできると思っているのか」
「出来ますよ私達なら何だって」
どこからそんな自信が湧くのか不思議だ。
そういうのは普通、警察や自衛隊、国の奴らに任せるもんだがね。
まあ答えは決まってるんだが。
それを言う前に蔵人は視線を巡らせ市役所を探した。
国の奴らで思い出した。あそこは今どうなってるんだ。
「どうしたんですか?」
「いや市役所をな見ておこうと思って。まずは行政に頼るのも悪くないだろう」
「市役所でしたら反対側ですよ」
ああそうか、どうりで見つからないわけだ。
俺は南側を見ていた。市役所は北側だ。
そして俺達は反対側を見た。
——それは凄惨な光景だった。まず最初に見えたのは黒煙だった。
立ち上がる黒煙が空に向かって伸びている。その下にそれはある。
街の北にある最も目立つ国の威光を示す建造物が激しく燃えていた。
それはこの街の行政機能が完全に機能していない事を示すのに十分すぎる光景だった。
俺達はただそれを黙って見ている事しかできなかった。
薄々そうではないかと思っていた。
昨日聞いたあの爆発音だ。あれは市役所の方角から聞こえていたのだ。
激しい戦闘が起きている事は考えられた。
だが実際に現実として見せつけられるとくるものがあるな。
「日本は負けたんですか?」
「分からない。だけど間違いなく敵は国を相手取っている、これ程の強大な敵を相手に俺達が何か出来るとは思えない」
「.......」
「だけど出来る事をやろう、この街で俺達は生きているんだから」
誰かの為じゃない自分自身の為に。
生きるために戦い。この
「その為にまずはここから脱出しなければならないんだが」
足元には黒蟻がわんさと居る。
地面を伝っての脱出は不可能だろう。
かといってここから飛び降りれば間違いなく死ぬ。
可能性があるとすれば湖に飛び込む事なんだが。
展望台を切ろうにも工具は全て逃げる時に置いて来てしまった。
万事休すである。毎回ピンチだよな。
「クラウドさんそれについては大丈夫かもしれません」
何を言ってるんだと思っていると徐々に視界が傾き出す。
俺が傾いているのではなく展望台全体が傾いているのだ。
まさかと思って下を見ると案の定、黒蟻が展望台を根元から切り倒そうとしてやがった。
器用に前脚を使ってノコギリの様に切っている。
「.....まじか」
そんな事も出来るのかと黒蟻の多様性に驚きを隠せない。
まじで何なんだあいつら。
熟練の木こりも真っ青になる勢いで根元は切り倒され。
展望台は湖に向かって倒れていく。
距離的に少し足りない。ここで跳ぶしかない。
「うわああああああ!」
情けない悲鳴を上げながら俺はコノハを抱えて跳んだ。
数秒後、辺りにドボンと水に落ちる音が響いた。
黒蟻達が喝采を上げている。
俺達はそれを聞きながら湖面にプカリと浮かんでいた。
今度ばかりは本当に死ぬかと思った。
「ふふ、びっくりしましたね」
何でそんなに余裕なんだよ。
湖に浮かぶ俺の胸の上でコノハは楽しそうに笑っていた。アトラクションかなんかだと思ってるんじゃないだろうな。この女の子に末恐ろしい何かを感じた。
そんな思いを知ってか知らずかコノハは確信したように言う。
「私が保証します貴方は世界一強い人です」
「.....どーも」
そう言うしかなかった蔵人であった。
それがどういう意味かは彼女にしか分からない。
俺はただ今日の夕飯について考えていた。